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第9章 神の過去 想い そして託された願い
92話 はるか遠い 昔の話 その続き 其の2
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「翻訳が完了しました。それと……」
踵を返す一団と入れ違いにアベルから連絡が入った。視界前方にディスプレイが表示され、同時に翻訳データがインストールされる。少し早い気もするが、私の意を汲んでくれたのだろう。ともかく――今、最優先すべきは交渉。
「待て」
一段の背中に声を掛けた。驚き振り返る一団。問題なく言葉は通じている。少なくとも状況の悪化は喰い止められた。とは言え、この後の対応次第でいくらでも悪化する可能性もあるが。
一団の様子を観察する。出会った当初の冷たい視線は動揺に塗り潰され、誰もが口々にオニだのヨウカイだのといった意味不明の単語を口走っている。固有名詞の意味までは流石にフォローされていないようだ。ただ、元より不完全など承知。その上で、どうにかして彼等を説得せねばならない。
「貴様は何者だ、答えろ!!返答次第では貴様を斬り捨てる!!」
最初に私と相対した男がひときわ大きな声で威嚇する。想定内の質問だが、不幸にもに今の私に最も難しい質問だ。
何者だ、か。まさか自分でもよく分かっていないと正直に言えないし、かと言って「宇宙からやってきた」と正直に説明したところで、この星の文明水準では到底分かってもらえない。
「言えんのか!!やはり貴様はヨウカイの類か」
返答に困り果てる私に男が怒号を重ねた。汗一つかかない私を、汗まみれの男が冷徹に見下ろす。既に混乱の色はない。立ち直りが随分と早いのか、怒りに我を忘れているだけか。
「少なくともそのヨウカイ?とは違う。君達の領域に大きな被害を与えてしまった事について謝りたい。決して故意ではない。どうか、許してほしい」
状況は徐々に悪化し始める。が、それでも止まる事は出来ない。本質を隠し、謝罪の言葉だけを伝えた。少々、浅はかだと思う。
「それをどうやって証明する!!それに、どうして貴様は自分の事を話さない?貴様の後ろにある奇妙な箱についてもだ。隠し立てする者を信用するなぞ出来ぬ。やはり、この山県兼定が今すぐ貴様を斬り捨ててやるわッ!!」
意図を見抜いた男は質問を畳みかけながら圧を掛ける。怒りっぽいが、思いのほか冷静な部分を持ち合わせているようだ。
言葉が通じるという実現象を通し、少しずつ男の解像度が上がる。気の短さと冷静さが同居した気難しい人物。山県兼定と名乗った男の本質は、対話を通さなければ決して分からなかっただろう。
私は私が何者か分からない。だが、そんな私でもほんの少しだけ他人の事が分かる。言葉を通し心の形を知るという学びを得た私の中に、何故だかとても不思議な感覚が生まれた。
が、今は新しい感覚の余韻に浸る暇もない。一団が納得する回答を出さなければ事態は再び振出しに戻る。山県兼定を含めた一団を見れば、以前よりも鋭い目つきで私を見下ろす。今にもあの乗り物を降り、再び斬りかかりそうな気配を感じた。
「もうすぐ天候が崩れる。遠くない内に雨が降る。君達は幾分か冷静さを欠いているようだから、一度帰ってゆっくり考え直してほしい」
役に立つか未知数だが、翻訳完了と同時にアベルから伝えられた情報を教えてみた。額の汗を頻繁に拭う様子を見れば、この暑さに耐えかねている様子が窺える。それに雨の中で戦ったところで結果は同じ。それどころか衣類が水を吸った分だけ動きが鈍る。理性的ならば退く確信があった。
だが、私の言葉に一団全員がそれぞれ顔を合わせ、そうかと思えば一様に笑い出した。熱中症か?いや、単に信用していないだけか。どうやら今の文明レベルでは数時間後の天候予測さえ不可能らしい。
「何を言うかと思えば。こんな忌々しい晴れ空のどこから雨が降ってくるというのだ。だが、貴様の言い分も一理ある。一度帰る事にする。但し、貴様は信用できん。次までの命と思っておけ!!」
山県兼定は不信と怒りを吐き捨てると足早に引き上げた。交渉は見事に失敗した。分かり切っていたが、言葉が通じるだけでは駄目だな。恐らく私が味わった苦難は、私達の故郷でも、見知らぬ遠い宇宙の果てで同じではないだろうか、とも考えた。
どれだけ技術が発展しても――いや、技術の発展は知的生命体同士の交流成否とは無関係だ。知的生命体との接触において円満に事が運んだケースは少ない。そのような記録が残っていた事を思いだした。
翻訳機能はより早く、より正確に言葉を伝えられるよう進歩していったが、それでも争いが絶える事はなかった。ならば、彼等ともきっと――そんな事を考えるとやはり何故かはわからないが身体の奥底に奇妙な感覚を覚えた。
「聞こえますか?先ほどお伝えした通りもうすぐ雨が降ってきます。一旦、艦内にお戻り下さい」
一団を見送りながら色々と思考に耽る私に、アベルが艦内に戻るよう急かす。提案を受け入れ、艦内へと引き返す――直前に、もう一度だけ一団の後を目で追った。その背中を見ながら考える。彼等と分かり合う為にはどれだけの時間が必要になるだろうか、と。
明日か、それとも数十年後か、あるいは永久に理解し合えないか。いや、そもそも理解とは何だろうか?そう考えた矢先――再び酷いノイズと言いようのない感覚に襲われた。酷くもがく自分を認識するが、しかし何も出来ない。何も聞こえない。考えられない。これ以上の思考を何故か拒む。
彼らが忌々しいと評した青天はいつの間にか分厚い雲に覆われ、程なく雨が降り始めた。降り注ぐ雨に打たれながら、暫し思考を放棄し、雨にその身を任せた。
顔を、目を雨水が伝う。見た事はないが、涙を流すという事はこういう感じなのだろうか。泣く事が出来ない。そんな機能が存在しない我が身を思えば、何故か私を襲う感覚がとても強くなっていく感覚に襲われた。思考すら覚束ない。私は――何者だ?
その部分、とても大切な部分が何故か欠落している。私は、私が分からない――
踵を返す一団と入れ違いにアベルから連絡が入った。視界前方にディスプレイが表示され、同時に翻訳データがインストールされる。少し早い気もするが、私の意を汲んでくれたのだろう。ともかく――今、最優先すべきは交渉。
「待て」
一段の背中に声を掛けた。驚き振り返る一団。問題なく言葉は通じている。少なくとも状況の悪化は喰い止められた。とは言え、この後の対応次第でいくらでも悪化する可能性もあるが。
一団の様子を観察する。出会った当初の冷たい視線は動揺に塗り潰され、誰もが口々にオニだのヨウカイだのといった意味不明の単語を口走っている。固有名詞の意味までは流石にフォローされていないようだ。ただ、元より不完全など承知。その上で、どうにかして彼等を説得せねばならない。
「貴様は何者だ、答えろ!!返答次第では貴様を斬り捨てる!!」
最初に私と相対した男がひときわ大きな声で威嚇する。想定内の質問だが、不幸にもに今の私に最も難しい質問だ。
何者だ、か。まさか自分でもよく分かっていないと正直に言えないし、かと言って「宇宙からやってきた」と正直に説明したところで、この星の文明水準では到底分かってもらえない。
「言えんのか!!やはり貴様はヨウカイの類か」
返答に困り果てる私に男が怒号を重ねた。汗一つかかない私を、汗まみれの男が冷徹に見下ろす。既に混乱の色はない。立ち直りが随分と早いのか、怒りに我を忘れているだけか。
「少なくともそのヨウカイ?とは違う。君達の領域に大きな被害を与えてしまった事について謝りたい。決して故意ではない。どうか、許してほしい」
状況は徐々に悪化し始める。が、それでも止まる事は出来ない。本質を隠し、謝罪の言葉だけを伝えた。少々、浅はかだと思う。
「それをどうやって証明する!!それに、どうして貴様は自分の事を話さない?貴様の後ろにある奇妙な箱についてもだ。隠し立てする者を信用するなぞ出来ぬ。やはり、この山県兼定が今すぐ貴様を斬り捨ててやるわッ!!」
意図を見抜いた男は質問を畳みかけながら圧を掛ける。怒りっぽいが、思いのほか冷静な部分を持ち合わせているようだ。
言葉が通じるという実現象を通し、少しずつ男の解像度が上がる。気の短さと冷静さが同居した気難しい人物。山県兼定と名乗った男の本質は、対話を通さなければ決して分からなかっただろう。
私は私が何者か分からない。だが、そんな私でもほんの少しだけ他人の事が分かる。言葉を通し心の形を知るという学びを得た私の中に、何故だかとても不思議な感覚が生まれた。
が、今は新しい感覚の余韻に浸る暇もない。一団が納得する回答を出さなければ事態は再び振出しに戻る。山県兼定を含めた一団を見れば、以前よりも鋭い目つきで私を見下ろす。今にもあの乗り物を降り、再び斬りかかりそうな気配を感じた。
「もうすぐ天候が崩れる。遠くない内に雨が降る。君達は幾分か冷静さを欠いているようだから、一度帰ってゆっくり考え直してほしい」
役に立つか未知数だが、翻訳完了と同時にアベルから伝えられた情報を教えてみた。額の汗を頻繁に拭う様子を見れば、この暑さに耐えかねている様子が窺える。それに雨の中で戦ったところで結果は同じ。それどころか衣類が水を吸った分だけ動きが鈍る。理性的ならば退く確信があった。
だが、私の言葉に一団全員がそれぞれ顔を合わせ、そうかと思えば一様に笑い出した。熱中症か?いや、単に信用していないだけか。どうやら今の文明レベルでは数時間後の天候予測さえ不可能らしい。
「何を言うかと思えば。こんな忌々しい晴れ空のどこから雨が降ってくるというのだ。だが、貴様の言い分も一理ある。一度帰る事にする。但し、貴様は信用できん。次までの命と思っておけ!!」
山県兼定は不信と怒りを吐き捨てると足早に引き上げた。交渉は見事に失敗した。分かり切っていたが、言葉が通じるだけでは駄目だな。恐らく私が味わった苦難は、私達の故郷でも、見知らぬ遠い宇宙の果てで同じではないだろうか、とも考えた。
どれだけ技術が発展しても――いや、技術の発展は知的生命体同士の交流成否とは無関係だ。知的生命体との接触において円満に事が運んだケースは少ない。そのような記録が残っていた事を思いだした。
翻訳機能はより早く、より正確に言葉を伝えられるよう進歩していったが、それでも争いが絶える事はなかった。ならば、彼等ともきっと――そんな事を考えるとやはり何故かはわからないが身体の奥底に奇妙な感覚を覚えた。
「聞こえますか?先ほどお伝えした通りもうすぐ雨が降ってきます。一旦、艦内にお戻り下さい」
一団を見送りながら色々と思考に耽る私に、アベルが艦内に戻るよう急かす。提案を受け入れ、艦内へと引き返す――直前に、もう一度だけ一団の後を目で追った。その背中を見ながら考える。彼等と分かり合う為にはどれだけの時間が必要になるだろうか、と。
明日か、それとも数十年後か、あるいは永久に理解し合えないか。いや、そもそも理解とは何だろうか?そう考えた矢先――再び酷いノイズと言いようのない感覚に襲われた。酷くもがく自分を認識するが、しかし何も出来ない。何も聞こえない。考えられない。これ以上の思考を何故か拒む。
彼らが忌々しいと評した青天はいつの間にか分厚い雲に覆われ、程なく雨が降り始めた。降り注ぐ雨に打たれながら、暫し思考を放棄し、雨にその身を任せた。
顔を、目を雨水が伝う。見た事はないが、涙を流すという事はこういう感じなのだろうか。泣く事が出来ない。そんな機能が存在しない我が身を思えば、何故か私を襲う感覚がとても強くなっていく感覚に襲われた。思考すら覚束ない。私は――何者だ?
その部分、とても大切な部分が何故か欠落している。私は、私が分からない――
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