G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

文字の大きさ
160 / 273
第9章 神の過去 想い そして託された願い

92話 はるか遠い 昔の話 その続き 其の2

しおりを挟む
「翻訳が完了しました。それと……」

 かかとを返す一団と入れ違いにアベルから連絡が入った。視界前方にディスプレイが表示され、同時に翻訳データがインストールされる。少し早い気もするが、私の意を汲んでくれたのだろう。ともかく――今、最優先すべきは交渉。

「待て」

 一段の背中に声を掛けた。驚き振り返る一団。問題なく言葉は通じている。少なくとも状況の悪化は喰い止められた。とは言え、この後の対応次第でいくらでも悪化する可能性もあるが。

 一団の様子を観察する。出会った当初の冷たい視線は動揺に塗り潰され、誰もが口々にオニだのヨウカイだのといった意味不明の単語を口走っている。固有名詞の意味までは流石にフォローされていないようだ。ただ、元より不完全など承知。その上で、どうにかして彼等を説得せねばならない。

「貴様は何者だ、答えろ!!返答次第では貴様を斬り捨てる!!」

 最初に私と相対した男がひときわ大きな声で威嚇いかくする。想定内の質問だが、不幸にもに今の私に最も難しい質問だ。

 何者だ、か。まさか自分でもよく分かっていないと正直に言えないし、かと言って「宇宙からやってきた」と正直に説明したところで、この星の文明水準では到底分かってもらえない。

「言えんのか!!やはり貴様はヨウカイの類か」

 返答に困り果てる私に男が怒号を重ねた。汗一つかかない私を、汗まみれの男が冷徹に見下ろす。既に混乱の色はない。立ち直りが随分と早いのか、怒りに我を忘れているだけか。

「少なくともそのヨウカイ?とは違う。君達の領域に大きな被害を与えてしまった事について謝りたい。決して故意ではない。どうか、許してほしい」

 状況は徐々に悪化し始める。が、それでも止まる事は出来ない。本質を隠し、謝罪の言葉だけを伝えた。少々、浅はかだと思う。

「それをどうやって証明する!!それに、どうして貴様は自分の事を話さない?貴様の後ろにある奇妙な箱についてもだ。隠し立てする者を信用するなぞ出来ぬ。やはり、この山県兼定やまがたかねさだが今すぐ貴様を斬り捨ててやるわッ!!」

 意図を見抜いた男は質問をたたみかけながら圧を掛ける。怒りっぽいが、思いのほか冷静な部分を持ち合わせているようだ。

 言葉が通じるという実現象を通し、少しずつ男の解像度が上がる。気の短さと冷静さが同居した気難しい人物。山県兼定と名乗った男の本質は、対話を通さなければ決して分からなかっただろう。

 私は私が何者か分からない。だが、そんな私でもほんの少しだけ他人の事が分かる。言葉を通し心の形を知るという学びを得た私の中に、何故だかとても不思議な感覚が生まれた。

 が、今は新しい感覚の余韻に浸る暇もない。一団が納得する回答を出さなければ事態は再び振出しに戻る。山県兼定を含めた一団を見れば、以前よりも鋭い目つきで私を見下ろす。今にもあの乗り物を降り、再び斬りかかりそうな気配を感じた。

「もうすぐ天候が崩れる。遠くない内に雨が降る。君達は幾分か冷静さを欠いているようだから、一度帰ってゆっくり考え直してほしい」

 役に立つか未知数だが、翻訳完了と同時にアベルから伝えられた情報を教えてみた。額の汗を頻繁に拭う様子を見れば、この暑さに耐えかねている様子が窺える。それに雨の中で戦ったところで結果は同じ。それどころか衣類が水を吸った分だけ動きが鈍る。理性的ならば退く確信があった。

 だが、私の言葉に一団全員がそれぞれ顔を合わせ、そうかと思えば一様に笑い出した。熱中症か?いや、単に信用していないだけか。どうやら今の文明レベルでは数時間後の天候予測さえ不可能らしい。

「何を言うかと思えば。こんな忌々しい晴れ空のどこから雨が降ってくるというのだ。だが、貴様の言い分も一理ある。一度帰る事にする。但し、貴様は信用できん。次までの命と思っておけ!!」

 山県兼定は不信と怒りを吐き捨てると足早に引き上げた。交渉は見事に失敗した。分かり切っていたが、言葉が通じるだけでは駄目だな。恐らく私が味わった苦難は、私達の故郷でも、見知らぬ遠い宇宙の果てで同じではないだろうか、とも考えた。

 どれだけ技術が発展しても――いや、技術の発展は知的生命体同士の交流成否とは無関係だ。知的生命体との接触において円満に事が運んだケースは少ない。そのような記録が残っていた事を思いだした。

 翻訳機能はより早く、より正確に言葉を伝えられるよう進歩していったが、それでも争いが絶える事はなかった。ならば、彼等ともきっと――そんな事を考えるとやはり何故かはわからないが身体の奥底に奇妙な感覚を覚えた。

「聞こえますか?先ほどお伝えした通りもうすぐ雨が降ってきます。一旦、艦内にお戻り下さい」

 一団を見送りながら色々と思考にふける私に、アベルが艦内に戻るよう急かす。提案を受け入れ、艦内へと引き返す――直前に、もう一度だけ一団の後を目で追った。その背中を見ながら考える。彼等と分かり合う為にはどれだけの時間が必要になるだろうか、と。

 明日か、それとも数十年後か、あるいは永久に理解し合えないか。いや、そもそも理解とは何だろうか?そう考えた矢先――再び酷いノイズと言いようのない感覚に襲われた。酷くもがく自分を認識するが、しかし何も出来ない。何も聞こえない。考えられない。これ以上の思考を何故か拒む。

 彼らが忌々しいと評した青天はいつの間にか分厚い雲に覆われ、程なく雨が降り始めた。降り注ぐ雨に打たれながら、暫し思考を放棄し、雨にその身を任せた。

 顔を、目を雨水が伝う。見た事はないが、涙を流すという事はこういう感じなのだろうか。泣く事が出来ない。そんな機能が存在しない我が身を思えば、何故か私を襲う感覚がとても強くなっていく感覚に襲われた。思考すら覚束おぼつかない。私は――何者だ?

 その部分、とても大切な部分が何故か欠落している。私は、私が分からない――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

処理中です...