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第11章 希望を手に 絶望を超える
128話 歪んだ祈りは誰にも届かず
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人は一人では生きていけない。他人と協力して生きる事は強大な自然から身を守る為の手段として人が生み出し身に付けた技術。人は自分の力だけでは生きていけない、それは常識として人の中に刷り込まれ連綿と受け継がれてきた筈だった。
人が集い知識を共有し、新たな知識を生み出し、己のものとする。だが、そうした流れから生み出された幾つかの技術は人が受け継いできた常識を捨てさせてしまった。一人でも生きていける世界、遠く離れた人と繋がる手段は人同士を分断した。人は一人では己を知る事は出来ない。
人が生み出した協力協調という手段は、人が己を正しく知るための手段ともなっいた。人を通し己の形を知る手段もまた、長きに渡り人に受け継がれてきたが、それも失った。
人は一人になり、己の正しい姿を理解出来なくなった。人が作り上げた社会という枠組みの中で自分という輪郭を失った人間は、その次に自分と他人の境界を見失い、最後に自分の物と他人の物、自分の価値と他人の価値が分からなくなった。
人は二つに分かれる。殻の様に自らを閉ざして外界との繋がりを断つか、逆に世界全てを自分と錯覚し傲慢に振る舞うか。渦中の人物は何方を選んだのか――
※※※
誰もがその光景を固唾を呑む。スサノヲの老兵、スクナが清雅源蔵を斬り捨てた。ツクヨミが僅かに作った隙など想定できる訳がない筈。だが、何時訪れるとも知れないその機会を虎視眈々と狙い、遂には実行に移した。
終ぞ清雅源蔵とツクヨミは理解し合えなかった。だが、これで戦争は終わる。アベルは清雅源蔵の安らかな死を願った。世界の頂点でありながら彼の人生は常に不幸の連続で、その末に起きた戦争の最中に無念の死を遂げた。だから、せめて安らかに、と。
「オロチが、起動している。しかも……これは!?」
短い、無垢で歪んだ祈りは無駄に動揺するツクヨミの声に終わった。
「そんな馬鹿な!?」
釣られて叫ぶアベルが生命反応を探る。清雅源蔵は――生きていた。空を踊るスクナが眼下に苦々しい視線を落とす。彼の攻撃はほんの僅か、届かなかった。
清雅源蔵の執念か、あるいはスクナが想像以上に疲弊していた為か。何方にせよ、生き延びた清雅源蔵が端末を操作し、最後の切り札を起動させた。
オロチ――
ツクヨミとアベルがこの戦いの切り札として作り出した兵器。分かってしまえばただただ単純明快、超大容量大質量のマジン。この星において清雅源蔵のみが唯一扱い得る兵器。それを制御可能とするのは清雅源蔵に渡した端末とツクヨミのみ、その筈だった。
「やはり制御を受け付けない……何故?まさか彼が改良した?有り得ない、端末ならばいざ知らずナノマシンまで……私達が彼に教えた知識では手を加えるなんて!?」
現実は神と地球の監視者の予測を完全に超えた。アベルは困惑する。が、現にオロチが止まる気配はない。彼に教えた程度の範囲ではナノマシンの改良など絶対に不可能だと双方共に確信していた。しかし現実は神と己惚れた罰とばかりにツクヨミとアベルを嘲笑う。
清雅源蔵は独力でのナノマシン解析をやってのけた。ただツクヨミの為、それだけの為に彼は僅かな時間を惜しみ、独自に解析と改良を行った。
出鱈目だとアベルは絶句。が、何もかもが手遅れ。清雅一族が地球とは比較にならない程に進んだ文明の知識を持つ理由は、神を守る観点からツクヨミの聖域を超えた活動を許さなかった為。加えてツクヨミが世界中に普及させた携帯端末を含めた通信システムの根幹に地球由来の技術が一切使用されていない。
システムの管理維持代行に技術の漏洩、盗難防止の為に知識の供与は必要だった。
だからこそ、最低限に抑えた。必要以上に教えてしまえば解析、改良され、そうなれば一族の制御がより困難になると判断したアベルとツクヨミは、維持と管理に必要な最低限度の技術しか教えなかった。長である清雅源蔵すら技術の根幹を知らない。が、彼は僅かな断片から技術の全体像を描き、改良まで行った。
天才――
かつて歴史上に足跡を残した名だたる偉人達が称賛された様に、清雅源蔵も地球に生まれた突然変異レベルの天才だった。その結論に辿り着いたアベルの脳裏に才覚の兆候が描き出される。少年時代の清雅源蔵が足繁くツクヨミに会いに来ていた過去。幼少時から並外れた量の知識を詰め込まねばならない彼が如何にしてその時間を捻出していたか。
幼少時から止まる事を知らない才能の果てに、清雅源蔵はカガセオ連合の知識を独力で解析し、オロチを我が物とした。当初は一族の誰よりも優秀な程度と思っていた。が、違った。アベルもツクヨミも彼の才能と執念を見誤った。清雅源蔵がああもツクヨミに執心するとは、その為に歪む事など想像さえしなかった。
少年時代。清雅源蔵が聖域に迷い込んだあの日――ツクヨミと出会ったあの日をアベルは思い出す。彼女が理解を学ぶ良い機会になると考え、全てを黙認した。当時は正しいと確信した。事実、僅かではあるが互いの心は繋がっていた。だが、不幸な出来事が重なり互いの心が分断した。
やがて源蔵の銘を継承した修一はツクヨミの願いを知った。彼の心に夢として刻まれた願いは、様々な事情を経た末に神を故郷たる宇宙へ帰すという目的にすり替わってしまった。
地球の宇宙開発技術停滞はツクヨミが決定した。宇宙進出はカガセオ連合とマガツヒに捕捉される確率が上がるだけと知っていた為だ。だが宇宙が、故郷が向こうから姿を見せた。ツクヨミの願いも、自らの願いも叶わない、叶えられないと絶望した清雅源蔵は、己の内に刻まれ、抑え込み、だが諦らめ切れず、燻り続けていた夢が叶う機会が訪れた事で暴走した。
「私が……」
アベルは辛うじてそれだけを呟き、口を閉ざした。ツクヨミと少年時代の清雅源蔵を引き離せばこんな事にはならなかったのでは。そんな疑念に支配される。だが、どれだけ後悔しても目の前で起きる光景を変えられない。
本社周辺、カグツチが集まり仄かに白く染まるその空間に突如として濃い青が混ざり始めた。本社の真下から止めどなく溢れ続けるマジンは血まみれの清雅源蔵と幾つもの専用端末を巻き込みながら空高く舞い上がる。その光景は美しく、それ以上に悍ましい。
「何なんだコレはッ!?」
「オイ、タガミッ!!何か知ってるだろ!!」
地上は当然混乱する。誰もが終わると信じた戦いが終わらず、それどころか最悪の事態が起こる予兆に混乱し、叫ぶ。声の主が叱責するのは神と行動を共にしていたタガミ。
「不味いぜッ!!ありゃヒルメちゃんが予測した奴等の切り札で間違いねぇよ!!地下から反応検出、エネルギー量は……クソッ、なんだコリャ!?正真正銘のバケモンじゃねぇか。ヤゴウの※※※野郎ッ!!だから本社地下の再調査させろって言ったのに!!」
「つまり、隠したかったのはツクヨミの居場所だけじゃなくてコイツもって事か」
「チィッ!!だから素人が指示を出すなとッ」
絶望的な光景とタガミの回答が示す現実にクズリュウ側の退役兵達が絶句し、抑えきれない怒りを吐き出した。地上の様相は大きく変わった。清雅源蔵はまだ生きていて、戦いを継続する。全てはツクヨミの為、彼の心の奥深くに刻まれた願いの為。
彼は、旗艦アマテラスを手に入れる。命を賭して――
人が集い知識を共有し、新たな知識を生み出し、己のものとする。だが、そうした流れから生み出された幾つかの技術は人が受け継いできた常識を捨てさせてしまった。一人でも生きていける世界、遠く離れた人と繋がる手段は人同士を分断した。人は一人では己を知る事は出来ない。
人が生み出した協力協調という手段は、人が己を正しく知るための手段ともなっいた。人を通し己の形を知る手段もまた、長きに渡り人に受け継がれてきたが、それも失った。
人は一人になり、己の正しい姿を理解出来なくなった。人が作り上げた社会という枠組みの中で自分という輪郭を失った人間は、その次に自分と他人の境界を見失い、最後に自分の物と他人の物、自分の価値と他人の価値が分からなくなった。
人は二つに分かれる。殻の様に自らを閉ざして外界との繋がりを断つか、逆に世界全てを自分と錯覚し傲慢に振る舞うか。渦中の人物は何方を選んだのか――
※※※
誰もがその光景を固唾を呑む。スサノヲの老兵、スクナが清雅源蔵を斬り捨てた。ツクヨミが僅かに作った隙など想定できる訳がない筈。だが、何時訪れるとも知れないその機会を虎視眈々と狙い、遂には実行に移した。
終ぞ清雅源蔵とツクヨミは理解し合えなかった。だが、これで戦争は終わる。アベルは清雅源蔵の安らかな死を願った。世界の頂点でありながら彼の人生は常に不幸の連続で、その末に起きた戦争の最中に無念の死を遂げた。だから、せめて安らかに、と。
「オロチが、起動している。しかも……これは!?」
短い、無垢で歪んだ祈りは無駄に動揺するツクヨミの声に終わった。
「そんな馬鹿な!?」
釣られて叫ぶアベルが生命反応を探る。清雅源蔵は――生きていた。空を踊るスクナが眼下に苦々しい視線を落とす。彼の攻撃はほんの僅か、届かなかった。
清雅源蔵の執念か、あるいはスクナが想像以上に疲弊していた為か。何方にせよ、生き延びた清雅源蔵が端末を操作し、最後の切り札を起動させた。
オロチ――
ツクヨミとアベルがこの戦いの切り札として作り出した兵器。分かってしまえばただただ単純明快、超大容量大質量のマジン。この星において清雅源蔵のみが唯一扱い得る兵器。それを制御可能とするのは清雅源蔵に渡した端末とツクヨミのみ、その筈だった。
「やはり制御を受け付けない……何故?まさか彼が改良した?有り得ない、端末ならばいざ知らずナノマシンまで……私達が彼に教えた知識では手を加えるなんて!?」
現実は神と地球の監視者の予測を完全に超えた。アベルは困惑する。が、現にオロチが止まる気配はない。彼に教えた程度の範囲ではナノマシンの改良など絶対に不可能だと双方共に確信していた。しかし現実は神と己惚れた罰とばかりにツクヨミとアベルを嘲笑う。
清雅源蔵は独力でのナノマシン解析をやってのけた。ただツクヨミの為、それだけの為に彼は僅かな時間を惜しみ、独自に解析と改良を行った。
出鱈目だとアベルは絶句。が、何もかもが手遅れ。清雅一族が地球とは比較にならない程に進んだ文明の知識を持つ理由は、神を守る観点からツクヨミの聖域を超えた活動を許さなかった為。加えてツクヨミが世界中に普及させた携帯端末を含めた通信システムの根幹に地球由来の技術が一切使用されていない。
システムの管理維持代行に技術の漏洩、盗難防止の為に知識の供与は必要だった。
だからこそ、最低限に抑えた。必要以上に教えてしまえば解析、改良され、そうなれば一族の制御がより困難になると判断したアベルとツクヨミは、維持と管理に必要な最低限度の技術しか教えなかった。長である清雅源蔵すら技術の根幹を知らない。が、彼は僅かな断片から技術の全体像を描き、改良まで行った。
天才――
かつて歴史上に足跡を残した名だたる偉人達が称賛された様に、清雅源蔵も地球に生まれた突然変異レベルの天才だった。その結論に辿り着いたアベルの脳裏に才覚の兆候が描き出される。少年時代の清雅源蔵が足繁くツクヨミに会いに来ていた過去。幼少時から並外れた量の知識を詰め込まねばならない彼が如何にしてその時間を捻出していたか。
幼少時から止まる事を知らない才能の果てに、清雅源蔵はカガセオ連合の知識を独力で解析し、オロチを我が物とした。当初は一族の誰よりも優秀な程度と思っていた。が、違った。アベルもツクヨミも彼の才能と執念を見誤った。清雅源蔵がああもツクヨミに執心するとは、その為に歪む事など想像さえしなかった。
少年時代。清雅源蔵が聖域に迷い込んだあの日――ツクヨミと出会ったあの日をアベルは思い出す。彼女が理解を学ぶ良い機会になると考え、全てを黙認した。当時は正しいと確信した。事実、僅かではあるが互いの心は繋がっていた。だが、不幸な出来事が重なり互いの心が分断した。
やがて源蔵の銘を継承した修一はツクヨミの願いを知った。彼の心に夢として刻まれた願いは、様々な事情を経た末に神を故郷たる宇宙へ帰すという目的にすり替わってしまった。
地球の宇宙開発技術停滞はツクヨミが決定した。宇宙進出はカガセオ連合とマガツヒに捕捉される確率が上がるだけと知っていた為だ。だが宇宙が、故郷が向こうから姿を見せた。ツクヨミの願いも、自らの願いも叶わない、叶えられないと絶望した清雅源蔵は、己の内に刻まれ、抑え込み、だが諦らめ切れず、燻り続けていた夢が叶う機会が訪れた事で暴走した。
「私が……」
アベルは辛うじてそれだけを呟き、口を閉ざした。ツクヨミと少年時代の清雅源蔵を引き離せばこんな事にはならなかったのでは。そんな疑念に支配される。だが、どれだけ後悔しても目の前で起きる光景を変えられない。
本社周辺、カグツチが集まり仄かに白く染まるその空間に突如として濃い青が混ざり始めた。本社の真下から止めどなく溢れ続けるマジンは血まみれの清雅源蔵と幾つもの専用端末を巻き込みながら空高く舞い上がる。その光景は美しく、それ以上に悍ましい。
「何なんだコレはッ!?」
「オイ、タガミッ!!何か知ってるだろ!!」
地上は当然混乱する。誰もが終わると信じた戦いが終わらず、それどころか最悪の事態が起こる予兆に混乱し、叫ぶ。声の主が叱責するのは神と行動を共にしていたタガミ。
「不味いぜッ!!ありゃヒルメちゃんが予測した奴等の切り札で間違いねぇよ!!地下から反応検出、エネルギー量は……クソッ、なんだコリャ!?正真正銘のバケモンじゃねぇか。ヤゴウの※※※野郎ッ!!だから本社地下の再調査させろって言ったのに!!」
「つまり、隠したかったのはツクヨミの居場所だけじゃなくてコイツもって事か」
「チィッ!!だから素人が指示を出すなとッ」
絶望的な光景とタガミの回答が示す現実にクズリュウ側の退役兵達が絶句し、抑えきれない怒りを吐き出した。地上の様相は大きく変わった。清雅源蔵はまだ生きていて、戦いを継続する。全てはツクヨミの為、彼の心の奥深くに刻まれた願いの為。
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