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第2章 日常の終わり 大乱の始まり

28話 終わりの始まり 其の12  連合標準時刻:木の節 70日目

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 ――地下空調設備室

 超々巨大な艦に住む総勢30億以上の命を守る設備はそれこそ無数に存在する。今、スサノヲが訪れている場所もその内の1つであり、それは各居住区域に点在する空調設備室だ。様々な場所に作られる空調設備は各惑星とは一線を画し、空気清浄は当たり前で温度や湿度、気圧に加え酸素濃度を一定に保つ機能が備わっている。

 区域内に植えられた植物だけでは到底賄えない酸素の供給は必須であり、だから空調設備施設は誇張抜きで旗艦アマテラスの生命線となる為、本来ならば神が直轄するスサノヲでさえ許可なしでの侵入は出来ない場所となっている。故にスサノヲ達は圧倒された。設備管理会社のスタッフに案内されながら不可侵の設備へと踏み込んだ彼等を出迎えたのは無数の空調設備。

 彼等の眼下に見えるのは、巨大な白い正方形の塊が等間隔で埋め尽くされ、ソレ等が規則正しく動く不気味にゴウンゴウンと無機質な音を上げながら稼働している光景なのだが、それ以上に圧巻なのは部屋の広さだ。少々薄暗い照明を差し引いても、部屋の端が肉眼で見えない。

 だがスサノヲ達は直ぐに気を持ち直すと再びスタッフと共に超広大な室内を調査し、遂に無数の空調設備の中からソレを見つけ出した。黒い刃だ。山県令子が所持していた刀の刀身の半分が空調設備の1つに突き刺さっており、ソレは設備とソコから流れる空気を汚染していた。分かってみれば単純明快。あの少女は大多数の人間の意識を制御する為に空調設備に目を付け、更に自身に意識を向けさせる事でこの事実から目を逸らす為に自らを囮として派手に登場した。

「アマテ……ヒルメ、聞こえますか。汚染源となっていたシステムの緊急停止に成功しました」

 その報告と共にスサノヲに同行していた管理会社スタッフはどす黒く汚染された空調設備を苦も無く停止させた。空気の汚染は止まった事に安堵の空気が流れた。少なくともこれ以上の被害拡大は防いだ。

『感謝する』

 ヒルメは淡々と感謝の言葉をスサノヲに投げかけた。が、映像の向こうに立つスサノヲの顔色は明らかに悪い。

「しかし疑問が1つ……あの久那麗華、いや、山形令子か?その少女は何処でこの情報を知ったんでしょうね?」

「ただ逃げ延びたって訳ではないのは2ヶ月以上の捜索でも一向に見つけられなかった事からも明らかです。空調設備の存在はともかくそこへの移動ルートは誰でも知っている訳では無いでしょうし、ましてや居住区域を効率的に汚染できる場所を一発で見分けるとなると……」

 スサノヲが口に出した疑問は正しい。1つが軽く100メートルは超えているであろう巨大な空調システムは、この区域だけでも数千、あるいは数万以上が稼働している。ソレ等を内包する超巨大な設備室は区域内の様々な場所にあるのだが、そこへと足を踏み入れたスサノヲ達でさえその広大さに圧倒されたのに、旗艦の内情を知らぬ地球人の少女がどうやってこの場に訪れ、そして最も効率よく汚染するシステムを選べたのか。

『システムの製造元は分かるか?』
 
「ええと……ウサ工業となってますね」
 
『その1社だけか?』
 
「ちょっと待ってください、今管理会社に聞いています」

『その管理会社の名前も聞いてくれ』

「はい……ええと、設備はウサ工業のみだそうです。管理会社の名前はイワシミズ総合管理ですが、どうされました?」
 
『ほぼ間違い無いだろう』

 そこまでの情報を聞いたヒルメは静かに呟いた。その機能を大幅に落としていても流石に”元”旗艦の神だけはある。

「何がです?」
 
『双方は親会社が共通する。ヤハタが代表を務める複合企業S-INシンだ』

 それがヒルメが導き出した答え。双方に共通するのは複合企業S-INシン。且つてルミナに対しツガイだ何だと言い寄った挙句にいい様にあしらわれたヤハタが代表を務める超絶大企業がこの事件に何らかの形で関連していると、"元"神は結論した。

「つまりアン時、ウチのお姫様に求婚した馬鹿野郎が犯人ってか!!」

『いや……まだ断定した訳では無い』
 
「オイ野郎共ッ、ヤハタの野郎のとこ行くぞッ!!」

「あンのモヤシ野郎、きっちり締め上げてやる!!」

『あの、だからまだ断定が……あの?おーい?』

 かつての上司は今や同僚、とは言ってもそう簡単に切り替える事など出来ないスサノヲ達は、S-INシン……と言うよりもヤハタの名前を聞いた途端にヒルメの言葉を完全に無視すると血気盛んにその場を後にしてしまった。

 今のスサノヲはとりわけルミナへの恩義で動く傾向が高いのだが、あの様子を見れば半ば暴走しているに近い状態だ。まぁ仕方のない話ではある、スサノヲから見れば自らの不始末を付け、同時に悪化する筈だったスサノヲと言う立場をたった一人で回復させたルミナには頭が上がらないのだ。故に誰もが彼女の為ならばと性別年齢の区別無く献身的に行動してしまうのが現状だ。

『行ってしまったか……少々迂闊な判断だが、しかし彼らの言葉通り恐らくヤハタが犯人、または犯人に脅迫されているか協力している可能性が高いだろう。だが、ここまで慎重に行動を起こしたのにどうしてここに来てこんな致命的なミスをするのだ?それとも他に理由が?とにかく……聞こえるか、ルミナ。端的に結論を伝える。第2居住区域の地下空調施設は正常化した』
 
「そうか」

 ヒルメは勢いよく姿を消したスサノヲを放置し、現在も山県令子を追跡するルミナに連絡を入れると彼女は殊更に安堵したようで強張った表情を少しだけ綻ばせた。

『山県令子の持つ刀の半分が突き刺さっていた空調システムは強制停止させ、同時にそれ以外の空調システムを制御して散布されたナノマシンの拡散を防いだが、肝心の山県令子を止めなければ被害が出続ける。引き続き追跡を頼む』
 
「承知した。他に被害が拡大しないだけ状況が好転したと考えよう」
 
『ソレから……犯人の目星がついた』

「本当か?」
 
「随分と早イな?」

『空調設備とその管理を行う会社は、複合企業S-INシン。代表は半月ほど前、君に求婚したヤハタ。つまり彼を含む複合企業の内部関係者、それも相当に立場が高い人物が犯人である可能性が高い』

 ヒルメが2人に結論を聞かせると……ルミナとタケルは意外にも冷静だった。

「そう……そうか。次いでだが、山県令子が乗る自動運転車の制御開発を行ったのもS-INシンの関連企業だ。側面にマークが見えた」

 点と点が繋がり始めた。空調設備、その管理会社、山県令子が出現したビル、そして逃走に使用している自動運転車。その全てがS-INシン一族を頂点とする複合企業S-INシンの所有物件で製造された。かの一族の影響力は現在でも相応に強いのだが、神が退いてからはその力は日増しに強まっている。

 K-eNケンD-AL-ISo-NソンK-ANカンG-oNゴンKo-Nコン、そしてS-INシン。何れも始祖八家しそはっけと呼ばれる、3000年前に神たるアマテラスオオカミから選抜された優秀な遺伝子を持つ8人を祖先とする。始祖八家はその優秀さで混迷する艦内の生存者達を纏め上げ、今日に至る礎を築いた。

 そんな出自である以上、当然ながら他と比較しても抜きんでて優秀であり、始祖八家の子孫の誰もが相応以上の財を成している。当然ヤハタもその例に漏れず、その優秀さはかつてオオゲツに操られたアラハバキの連中など歯牙にもかけない程であり、S-INシンの若き当主から見れば、あの3人など小物以下の雑魚でしかない。

 しかも複合企業S-INシンは、それ以外が現状維持か没落する中にあって唯一勢力を拡大しており、正に旗艦アマテラスの顔とでもいうべき企業の1つにもなっている。そんな男が旗艦に牙を剥き、山県令子を匿っていた。まだ可能性の段階だが、しかし一方でそう考えれば納得できる点もある。最大の問題は今の今まで山県令子を見つけられなかったという点。しかし、ヤハタが自らの影響力をフル活用すればその程度など雑作も無い。道理で見つからない筈だ。

『全ては状況証拠でしかないが、しかし疑うには十分ともいえる』

「ならば山県令子の能力は依然として健在と言う訳か、ならばまだ俺の役目は終わってイなイ」

「ヒルメ。早急にS-INシンに連絡を行って、自動運転の緊急停止を依頼してくれ」

『駄目だ、連絡を入れたがヤハタ本人含め誰一人として連絡が取れない』

 その言葉にタケルとルミナの言葉が止まった。未だ状況証拠でしかないが、この件に複合企業S-INシンが関わっているのはもはや疑いようがない。言葉にこそ出さないが、しかしその態度は言葉よりも雄弁に2人の心情を物語っていた。

「やはりあの男がこの騒動に関わっているのか?」

「まだ想像の範囲でしかない。確認するにはやはり山県令子本人から話を聞くのが手っ取り早いだろう。しかし……先行され過ぎて追い付けないな」

 そう、ルミナの言う通りだ。全ては状況証拠でしかないが、山県令子から直接話を聞くことが出来ればソレが何よりの証拠となる。勿論、ヤハタがその影響力をフル活用すれば、山県令子を匿った証拠など痕跡ごと抹消できるだろうが、そうさせない為にスサノヲ達が彼の元へと向かっている。

「捕まっていろ、少し無茶をする」

 ルミナの言葉にタケルはそう言うや前方を爆走する自動運転車へ向け距離を詰め始めた。高速道路へと入った両者の距離は相当に開いており、更に一定速度で運行する自動運転車がさながら障害物の如く進路を阻む。

 このまま愚直に進めば遠からず見失う。が、彼はクナドを操作すると道路とその側面の壁側に対し斜めに防壁を展開、更にそれを足場に坂道の様に壁に昇ると垂直の壁を走り始めた。確かに言葉通りに無茶な行動だが、一方でそこには確かに遮る物が無く全速力を出せる場所でもったる。僅かだが事態解決の道筋が見えた事実はタケルの行動を後押しする。このまま進めばそう遠くない内に補足、そうすれば混乱の極致へと進む現状も収まるだろう。誰もがそう考えている。疑うことなく、そう考えている。
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