【完結】G.o.D 完結篇 ~ノロイの星に カミは集う~

風見星治

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第2章 日常の終わり 大乱の始まり

29話 終わりの始まり 其の13

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 ――第2居住区域内、某ビル屋上

「来たな……」

 第2居住区域の端にあるビルを駆け上がり、屋上へと繋がる扉から姿を現したルミナを一瞥した山県令子が恨めしそうに呟く。果てない逃走劇は何時までも続くかに思え、また実際にそうする事も出来た筈だった。が、逃走劇は唐突に終わりを告げた。少女は、まるで吸い込まれるかのように区域南端の高層ビルを選ぶと、僅かに後方を一瞥した後に内部へと消えていった。

 罠。ココまで周到に準備を重ねた少女が何の意味も無しに袋小路へと逃げる訳がない。事実、ルミナとタケルがビルの内部へと侵入した直後に待っていたのは操られた市民からの襲撃。

 口惜しいが、全てはあの少女の思うがまま。ルミナ側には元から市民を攻撃するという選択肢は無いし、ビルの内部という限定的な空間に限られた量の解毒薬を散布する選択肢も現実的ではない。だが、幸いにも今の彼女にはタケルがいる。彼はルミナに山県令子の追撃を指示しつつ、防壁を展開して市民との間に壁を作る事で彼女への攻撃を完全に防いだ。
 
 分断される形となったルミナは単独でビルを駆け上がり、意図して残されたであろう暴動の痕跡を辿り続け、遂に屋上で山県令子を捕捉するに至った。全てが計画通りなのだろう。逃走経路全般は少女が作ったナノマシンにより汚染されて誰も近づけず、唯一の協力者だったタケルは市民に足止めされた。市民の攻撃対象はルミナではなく、タケルだった。

 そうやってまんまとルミナ1人を誘い出した山県令子の手には刀が握られている。且つて地球に存在したホムラなる粒子により開花した、地球上において少女1人だけが持つ異形で特異な力。刀身から零れ落ちるナノマシンを吸収すると最初は感情を、最終的には自我をも奪われてしまう。

 切っ先から数センチが折れた刀、主を守護する刀はかつての白い輝きを失い、またまるで少女の内心を現している様にドス黒く変色していた。その考えは間違いではないだろう。少女の目は虚ろで、焦点が合っていない。

「……ないの?」

 か細く、それ故に何を問いかけているか分からなかった。だが虚ろな目をした少女が何度も何度も問いかける内、曖昧な言葉ははっきりとした形を得た。"どうして私を救わないの?"と、少女はそう問いかけていた。が、その意味が分からないと思ったのは私だけではないだろう。事実、少女と対面するルミナも唐突な質問の答えに窮していた。

「その為に来た」

 時間を掛ければ説得が可能になる訳ではない。そう判断したルミナは迷いを押し殺し、真っ直ぐ少女を見つめ、虚ろな目で睨み返す山県令子に自らの答えを伝えた。が、その言葉は少女の虚ろな感情に怒りの火を灯した。

「なら……ならあの男を殺せッ、オマエの手で!!そうすれば全員を助けてやるッ!!選べ、男一人かお前の住むこの世界か!!」

 激高した少女は叫びながら再び問いかけた。何を持って満点の答えとするか。人生は学問と違い往々に明確な答えが存在しない場合もあるが、どうやらこの場合に限れば正しい答えすら存在しないらしい。

 ルミナの答えは少なくとも私から見れば無難であると思えたのだが、実際は少女の怒りを買うだけに終わった。ならば彼女の言葉通りに伊佐凪竜一を殺すしかないが、それも選ぶ事など到底できない。

 英雄が同じ英雄を殺すという選択……つまり人の命に優劣や価値を付けるという行為に対し人は拒否感を覚える。自らが"劣"、あるいは"無価値"と見做されてしまう恐怖心に支配されてしまうからだ。だから人は表面上であれ、心底からであれ"人は誰もが同じ"、"神や法の下に平等である"という価値を生み出し、信仰した。

 だから誰も選べるはずがない。その対象が且つて世界を救った英雄ならば尚更だ。不可能な選択。無理難題。少女が怒りのままに吐き出した言葉は、自らが押し付けられた理不尽な選択肢の再現。

 英雄により自らの愛する男が殺された世界は、少女に選択肢を突きつけた。この世界で生きるか、不可能と知りながらそれでも破壊するか。その果てに、少女は選んだ。英雄がもたらした平和な世界で生きる事が耐えらえず、理不尽を生み出した世界を憎み、破壊する事を選んだ。

「さぁ、選べッ!!」

 少女は叫んだ。いや、最早そこに虚ろな目をした少女は居なかった。そこには世界を憎む少女の姿をした悪魔の姿があった。悪魔しょうじょが憎むのは世界とそれを作りだした英雄。英雄は全ての人間にとって英雄である訳では無い。単純で複雑な1つの理由で悪魔しょうじょは世界に宣戦布告した。

「君は助ける、彼も死なせない」
 
「そんな都合のいい奇跡なんてあっていい訳が無いッ!!」
 
「どうしてそう言える、君が失った誰かについては私も知っているよ。だが君が知らない事がある、彼の遺体は見つかっていない。生きている可能性も僅かだがある……」
 
「信じない!!信じられる筈が無いッ!!なら、ならどうしてあの人は連絡を入れてこない?あの人は……もういない、もう死んだ。アイツに殺されたんだ!!」

 正気を失った心に言葉は届かない、彼女はその事実を知っている。清雅源蔵という男もまた、狂気に落ちた山県令子と同様だった事実を知っている。だが彼女に諦めるという選択肢は存在しない。

「会える可能性を自ら捨てるな、もし君が死んでその男が生きていたならばそれ以上の悲劇は無い」
 
「五月蠅い……ウルサイウルサイウルサイウルサイッ!!何方も選ばないならオマエが死ねばいいッ!!」

 山県令子はそう叫ぶと同時に姿を消した。それが視認できない程の速度からの突撃だと気付いたのはほんの一瞬後。全員が呆気にとられた次の瞬間、山県令子は既にルミナに抱き着くと同時に折れた刃をその柔らかな腹部に突き立てた。

 直撃。いや、敢えて受けた。小柄な少女が出せるとは思えない程に凄まじかったが、それでもルミナの反射神経ならば決して回避できない速度では無かった。

 だがルミナは少女の一撃を敢えて受け止めた。彼女の華奢な肉体を容易く貫いた刃と共に悪魔しょうじょはルミナを勢いのまま押し続け、瞬きするほどの時間でビルの端までルミナを押し出し、何の躊躇いも無く彼女諸共に空中へと踊り出した。このビルの屋上は申し訳程度の段差以外には柵さえ無いという、極めて開けた場所。

 凄まじい高さであるから間違いなく両者共に……いや、ルミナの身体能力その他諸々は既に"欠片"により異常な強化が見られるであろうが、しかし少々"欠片"に汚染された程度の山県令子は確実に死ぬ。いや、元より初めからこのつもりだったのだろう。悪魔しょうじょが憎しみに塗れながら導き出した結論は、どちらか片方だけを確実に仕留めるという答えだった。

「死ね死ねしねしねしねシネシネシネシネッ!!」

 ルミナと共に空中へと躍り出た山県令子は心中から溢れ出る憎しみをそのまま叫び続ける。目の前にいる憎き相手にただひたすら憎悪をぶつける、そうしなければ正気を保てないのだろうと思えるほどに表情は歪んでいたが、疑似重力に引かれるままに地上へと近づくにつれ徐々にその顔に恍惚の色が浮かび始める。
 
 狂気。1人の悪魔しょうじょが見せる愛憎に歪んだ姿は各種監視カメラを通し旗艦の全てへと届けられた。ソレは誰の区別も無かったが、特に恋愛だなんだと騒ぎ立てる若年層ほど強く心に突き刺さったようで、誰もが何も言えず悪魔しょうじょの怨嗟をただ見つめるしか出来ないでいた。
 
 直後、映像から猛烈な光が発生した。誰もが光から目を覆うと同時にカグツチ濃度を計測する機器が異常を知らせた。それまで平常値であった濃度が局所的にせよ危険値にまで達した事が原因だった。同時に誰もが直感した。凄まじい光の発生源は言わすともルミナであると、直感的に理解した。その光景は、過去に地球で見た光景と極めてよく似ていた。
 
 神魔戦役の終盤においてルミナが見せた奇跡の一端、桁違いのカグツチに自らの意志を伝達制御するという能力を如何なく発揮すれば、周囲に集まったカグツチはその強靭な意志に反応し猛烈に輝き居住区域の一角を照らし始めた。

 至近距離でその光を真面に浴びた山県令子は、想定していない事態と圧倒的な光量を前に目が眩み精神が揺らぎ、反射的に手を離した。2人がバラバラに地上へと落ちていく光景に、今度は凄惨な光景の予兆を感じ取った誰もが再び映像から目を逸らした。

 だが、ルミナは山県令子に突き立てられた刃をそのままに一度大きく空を蹴り一足飛びで少女の元へと近寄ると、自分よりも更に華奢で小柄な身体を抱きかかえながら、今度は何度も空を蹴りながらゆっくりと何事も無く地上に着地した。

 周囲から光が引いていく中、地上に無事到着したルミナは山県令子を地面に寝かせると自らに突き立てられた刃を引き抜いた。カグツチの残光が微かに輝く中、ルミナが立っている。その手に握られた折れた刀は何時の間にか元あった鈍色を取り戻しており、周囲の光を反射し輝いていた。

 一方、対照的に彼女の肉体は大きく損傷している。白いスーツからは地球人は元より連合となんら変わらない赤い血が滲んでおり、服を赤く染めるシミを見た誰もが痛ましい表情を浮かべた。

 彼女の肉体はまだ復元されていないと言う情報は周知されており、まるで人と変わらない様に彼女の傷口から血が滴り落ちるその血も、見た目的には全く生身と区別がつかない肉体も、恐らく直接肌に触れるまでは誰も信じないだろう程度に見えるソレ等全てはナノマシン。

 ルミナが普通の人間と違う部分は幾つもあるのだが、その最たる違いは肉体を構成する物質は人と全く変わらない様に見える反面、ナノマシン故に表面温度がとても低いという点。次に、彼女の治癒能力は人を大きく引き離しているという点。

 彼女は傷口から血が漏れないように手で押さえているが、ほんの僅かな時間でその傷口からの出血が完全に止まり、次いで傷口自体も完全に塞がり、傍目には完全に健康な人と変わらない姿を取り戻した。

 その最後、旗艦製の戦闘衣服の標準的な機能が衣服の破れた部分をナノマシンが塞いだ。ものの数秒程度で、白地に残る血の染みを除けば平時と何ら変わらない状態にまで戻ってしまった。完全に元通り、つまり山県令子の完全敗北。一連を見ていた山県令子は呆然とへたり込む。

 悪魔しょうじょは戦う手段を失った。たった一人で起こした反乱は、呆気なく鎮圧された。
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