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第2章 日常の終わり 大乱の始まり

32話 発覚 其の3 連合標準時刻:木の節 70日目

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 タナトスと名乗った女はスサノヲとヤタガラスでごった返す現場から見事に逃げおおせた。が、ソレで諦めるスサノヲではない。1度ならず2度までも目の前で逃がすわけにはいかないと、大半が艦橋に連絡を取りながらタナトス達の追跡へと向かった。

 一方、消えゆく灰色の残光を忌々しく見つめていたアクィラ=ザルヴァートルは、その光が完全に消失すると同時にルミナへと向き直った。
 
「どうやら間が悪かったようだな。私まで利用するとは随分と厄介な者に目を付けられているようだが……今は其れよりも優先するべき事があるのでね。お初お目に掛かる、貴女がルミナ=AZ1、地球という惑星と旗艦の間で起きた戦いを止めた英雄の一人で良いか?」

「はい、そうです。コチラこそお初お目に掛かり光栄です。アクィラ=ザルヴァートル総帥。本来ならば丁重にもてなすところ、どうかお許しください」

 アクィラ総帥と同じく灰色の光を眺めていたルミナは、総帥からの言葉に気づくと淀みなく丁寧に挨拶を行うが……
 
「いや、頭を下げずとも良いでしょう。コチラこそ急な来艦をお詫びする」

 老女はそう言うや頭を下げるルミナを制止すると、あろうことか自らが頭を下げた。落ち着いた寒色系に花柄をあしらった和服に長い髪を後ろで纏め、華美な装飾は一切身に付けず、その表情も振る舞いも穏やかであり、微細な所作に至るまでに上品さと高貴さを感じさせる。

 誰もが偽りであって欲しいと願っていた。アクィラ=ザルヴァートルが何の連絡も無しに動く筈がないと、そんな儚い根拠に誰もが縋った。
しかし目の前に居るのは確かにザルヴァートル財団総帥"アクィラ=ザルヴァートル"その人だと、誰もが直感した。この中には護衛という理由で総帥を間近で目撃した者も多いから尚の事。

 本物だと……そんな空気が徐々に全体に広がれば、今度は誰もが狼狽し始める。ザルヴァートル財団の頂点と同時にザルヴァートル一族の頂点でもある女傑が高々英雄1人に頭を下げるなど前代未聞だ。

「本物……なのか?いやこの雰囲気は確かに、しかしどうしてこの場所に……クソッ、タナトスめ。こんな事、何も聞いていないぞ!!」

 それまで呆然としていたヤハタがそう漏らす声が周囲に木霊した。それまでタナトスと山県令子から辛辣な言葉を浴びせられた男は露骨なまでに不快感を露にした。どうやら体よく利用されただけだと気付いたらしい。浅はかな男だと、誰もが映像に映る男に侮蔑の視線を送る。
 
「ヤハタ坊やか、久しぶりだねぇ」
 
「その呼び方と口調。随分と懐かしい。やはりご本人なのですね」

 タナトスに程よく操られるだけの間抜けな坊ちゃんかと思えばそうでもなかったようだ。総帥と親交のあったヤハタは、僅かな会話から総帥が本物であると見抜いた。

「疑われても致し方なし……だがいけない子だ。忠告した筈だよ。商売に限った事では無い、何事においても手段を選ばないという選択は下の下がする事だと。それは回り回って自らの首を絞める、だがまぁ利用された私が言っても説得力が無いか。さて、改めて話を……」

 ヤハタがほんの僅かだがザルヴァートルと親交を持っていたと記録にあったのは間違いないようで、その事実は図らずも目の前の老女がザルヴァートル財団総帥であるというより強い確信をこの場の全員に与えた。となれば次に誰もがこの状況をまたとない好機と考える。財団の有り余る財力は旗艦アマテラスを苦境から救い上げる一助になる筈だと。しかし、そう考えない人物がいる。
 
「貴女の事は情報だけですが存じております、しかしあの女と知り合いと言うならば詳しくお話を伺う必要があります」

 その人物はルミナ。彼女はアクィラ総帥の言葉に割って入るだけに止まらず、タナトスとの関連性について事情を聴きたいと要求まで出した。本来ならば相手の話を遮るというのは礼儀に反する行為であり、そんな程度は彼女も知っている筈なのに……一体何がそんな強引な行動を取らせたのだろうか。

「おやおや、人の話を遮るとは、礼儀が少しなっておらんようだ。しかしそれもまた致し方ない事か。ならば先に話しておこう。あの女とは別に知り合いでもなんでもない。ただ私が求める情報を手に入れる事が出来ると言って近づいてきただけ、それだけの関係だ」
 
「その情報とは?」
 
「娘がココに居るのだ」

 "娘がいる"。その話を聞いた全員が一様に驚いた。これもまた周知の話になるが、現総帥"アクィラ"と前総帥"アルマデル"の夫婦には娘が一人いるという。だがその情報の最後にはこう記されている、享年二十八歳、と。しかしその話、実は眉唾物との噂があるそうだ。

 根拠となるのは、誰も遺体を見ていなければ葬儀すら密葬という形で極秘裏に行われたと言う事実。連合に多大な影響を及ぼすザルヴァートル財団総帥の跡取りともなれば連合各地から弔問が訪れる程だが、しかし当時の総帥であった"アルマデル"=ザルヴァートル"は密葬という形で弔ったと報告するに止まった。

 そんな誰もが違和感を持つその行いは、長い時の末に"総帥の一人娘は親子喧嘩の末に家出した"という噂を生み出すには十分であった。何せ誰一人として娘の亡骸を見ていないのだから。しかし何処を探せどもそんな人物は影も形も無く、やがてその噂も風化した。

「そんな話は……いや確かに総帥のご息女に関する噂は多々あります。死亡は偽りで喧嘩の末に家出をして行方知れずとなったなんて噂話は僕も聞いたことがありますが、しかしココにいらっしゃると?」

 やはりヤハタもその噂は知っていたようだが、流石に噂の当人が旗艦アマテラスに居るとは思いもしなかっただろう。というか、私でさえ知らないのだ。そんな人物が接触を図ってくるならば、私の目に留まっている筈だ。

「其れらしい人物のデータは無イそうだ。人違いか、あるいはタナトスなる女に騙されたのでは無イでしょうか?」

 即座にデータを照合したタケルは、そんな人物が存在しない事実を総帥に告げた。やはりそんな人物は居ないのではないか、この哀れな老女もヤハタと同じくタナトスにいい様に扱われただけではないか。私も、それ以外の大勢もそう感じていた。行方不明となった身内がいるという餌につられただけだと。だが総帥はその後も淀みなく話し続けた。
 
「娘の名はセレシア=ザルヴァートル。コチラではオウカと名乗っていた。この名に聞き覚えは無いかね?あるだろう?」

 アクィラ総帥はそう質問すると言葉を止め、ルミナの出方を窺った。対するルミナはと言えば、信じられないと言った驚きの表情を浮かべている。彼女がここまで露骨に感情を露にするのは伊佐凪竜一が絡む場合だけだと思っていたのだが、とにかく今の彼女はそれ位に驚いており、焦点の合わない視線でアクィラ総帥を呆然と見つめていた。その態度に先ほどまでの強硬な姿勢は全くない。

「覚えているようだね。ルミナ、貴女の母親の名前だ。忘れたくても出来ない、そうだろう?」

 今……なんて言った?その言葉を聞き誰もが同じ顔をした、そうする以外に何も出来なかった。スサノヲも、ヤタガラスも、艦橋のオペレーター達も、そして私も同じだ。唯一例外があるとすればルミナの出生を知っていたと思われるヒルメ位だ。最も今のヒルメに表情を浮かべる機能はないのだが。

 アクィラ=ザルヴァートルからもたらされた情報はそれ程に感情を揺さぶり、故に私達はただ唖然呆然とするしか出来なかった。やがて私達全員はまるでそこに誘導されるかの様にルミナを見つめた。

 今の私はどんな顔をしているだろうか。焦っているか、驚いているか、それとも管理下にあったアマテラスオオカミがこんな重大な情報を隠していた事への怒りだろうか。
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