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第2章 日常の終わり 大乱の始まり

33話 発覚 其の4 連合標準時刻:木の節 70日目

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 且つて地球と旗艦を救った英雄が、まさか連合最大の財閥の関係者どころか現総帥の血縁だなんて誰が想定できただろうか。しかもソレを暴露したのは他ならぬ現総帥であり、当人はタナトスが必死で探したであろうこの情報を理由にたった1人で来艦した。

 誰もが酷く動揺している。が、一方の私は何処か冷静だった。納得出来たからだ。アマテラスオオカミを監視する私は、神が事故により肉体の大半を喪失しただけの"ごく普通の人間"をスサノヲに推したという意味不明な事実の裏には、そうするに足る明確な理由があったのだと漸く納得した。それはスサノヲを経由することで肉体復元を医療機関に指示する為だ。

 アマテラスオオカミは何としてもこの事態を収めたかった筈だ。アクィラ総帥のただ1人の血縁、セレシア=ザルヴァートルを天下五剣計画で失った挙句に奇跡的に生き残った孫娘が肉体の大半を喪失しているという事実が明るみになれば、旗艦アマテラスとザルヴァートル財団の関係に相当以上の影を落とすのは必至。だから神は肉体復元を円滑に勧める為、本来の基準ならば弾かれる筈のルミナをスサノヲに推した。

 そこまで理解出来ればその後の流れも簡単に予測できる。後方任務と支援を担当する第11、12部隊に割り振り、過大な評価を与えた上で早期に退役、同時に医療機関に指示を出して肉体復元を行い、全てが完了したら彼女の素性を明かして財団に引き渡す。恐らくこんな流れであった筈だ。だが、全てが終わる前に神が封印され、ルミナは本来ならばあり得なかった戦闘部隊に配置転換され、地球に取り残され、地球との戦いにおいて認められ、英雄に変貌した。

 濁流の如き運命はザルヴァートル一族への道を断つ程に歪んでしまったが、今その歪みを正す機会が巡って来た。数奇な運命は血縁たる祖母と孫を引き合わせた。

「それでも、私と貴女が血縁だと言う証拠にはなりえません」

 ルミナが絞り出すように零した言葉に誰もが一様に同じ反応を返した。驚き、戸惑う無数の視線が総帥とルミナを交互に見つめる。私は思った以上に彼女は冷静だと、そう思った。彼女は明確な動揺が隠しきれていないが、それでも努めて冷静に振る舞う。ある日いきなり自分が連合最大の金持ちの血縁だと言われれば誰だって多少の差はあれども冷静さを失うのに、彼女はその状況に流されまいと必死で頭を回転させている。

 誰もが余りにもインパクトの大きい情報に肝心な事実を忘却している。タナトスだ。この事態にタナトスが一枚嚙んでいるのならば、全ての情報を鵜呑みにすることは出来ない。アクィラ=ザルヴァートルが騙された可能性だってあり得るのだ。が、相対するアクィラ=ザルヴァートルはそんな彼女とは正反対に落ち着き払っている。荒唐無稽な話ではあるが、こうも落ち着き払っていては信じたくもなる。

「強情じゃな。ではセレシアから教えられた貴女の本名はどうかな?特例でのスサノヲ編入という例外的な措置を取られたとはいえ、通常手順と同じく貴女の経歴一切は出生に至るまで抹消されている。ソレを行った神以外には知り得ない情報ならばどうかね?」

「私の本名を知っていると?」

「望めば名前の由来も答えてあげよう」

 極めて冷静に、落ち着き払った口調と共にアクィラ総帥は新たな情報を提示した。本名を知っている、と。ソレは冷静であろうとするルミナを激しく動揺させた。それ程に総帥からもたらされる情報は感情を揺さぶり、故に部外者である私達はただ唖然呆然と成り行きを見守るしか出来なかった。だが、まだだ。

 どれだけが理解できているか分からないが、少なくともルミナはこの事実に辿り着いている筈。本名だけならばヤハタが知っている。その男だけは……諸々のデータから自動的に配偶者を選定する”キクリヒメ”というシステムが繋いだ縁を持つヤハタだけは彼女の本名を知る立場にある。だから、問題はだ。やがて私達全員はまるでそこに誘導されるかの様にルミナを見つめた。

「では教えて頂けますか?」
 
「女の子が生まれた時には私達の言葉で光を現す"ルクス"に因んだ名前を付ける予定だと、そう言っていたよ……ルクセリア=アルゼンタム・ザルヴァートル」

 その言葉を聞いたルミナの態度の変化は顕著だった。アクィラの言葉を聞けば血縁を疑う余地がない様に見えたし、本名とその由来を教えられた彼女があからさまに動揺したその態度を見れば誰であっても理解できる。

 名前だけならば僅かに可能性が残っていた。だが、スサノヲに入隊する事で過去の経歴が抹消され、自らで決めた(※特例)"ルミナ"というコードネームへと変わった彼女の名前の由来など家族位しか知る由もない。が、彼女の両親は共に鬼籍。故に名前の由来を知り得るのは最早当人以外に有り得ない。それが血縁たるアクィラ=ザルヴァートルの口から説明されたのだ。もはや信じる以外に選択肢は無い。ルミナはザルヴァートル財団現総帥の血縁であると。

「そんな……まさか彼女が……」

「嘘だろ?財団総帥の血縁って!?」

「しかし、確かに身内以外に知り得なイ情報だが……こう言っては何だが確たる証拠とは言い切れなイ」

 そう冷や水を浴びせたのはタケル。確かに此処までの情報には証拠が無い。タケルの言葉を切っ掛けに少しだけ冷静さを取り戻し始めたスサノヲ達は、その視線の先を今度はアクィラ=ザルヴァートルへと移す。

 偽物。確かにそう考えた方が自然だし妥当と判断する事に違和感は無い様に思える。ヒルメが落ち着けとルミナに声を掛けさえしなければ、私もそう判断した筈だ。

 だが事態は即座に次へと移る。疑惑が渦巻く一同がアクィラ=ザルヴァートルにより明確な証拠の提示を要求しようとしたその時、スサノヲを遮るように通信が入った。何もない空中にディスプレイが浮かび上がると、ソコに映し出されたのは医療機関"サクヤ"のコノハナ。

「全員揃っているようで何より。さて、先ずソチラの方だが遺伝子調査によりアクィラ・ザルヴァートルご本人で間違いないと判明した。同時に医療機関に登録された遺伝情報を解析、ルミナとの血縁関係も証明された。更にもう1つ、当医療機関内のデータにルミナの出生に関する全データが存在した。アマテラスオオカミがこの事態を想定していたのか、あるいは君の母君であるセレシア=ザルヴァートルとの間で何か密約が有ったのか。タダの医療記録に付随させる形で君の出生届書、ザルヴァートルの国籍と個人認証番号、父母の遺伝情報、果てはザルヴァートルからの星外転出届の写しまで記録されるなんて本来ならば有り得ない。君にとって朗報かどうかは分からないが、全ての情報が君とアクィラ=ザルヴァートルが血縁である事を物語っている。それから総帥、ついでに頼まれた健康診断の結果もお持ちしました。全て異常無し、健康そのものですよ」
 
「ふむ、そうか。流石は連合最高峰の医療機関、随分と早い」

 コノハナがとても冷静な口調で語った内容は、正にタケルの言葉にあった"確たる証拠"であり、スサノヲ達の疑問に対する完璧な回答を寄越したコノハナがこれ以上話すことは無いと通信を切断すると同時、周囲は今までにない大きな動揺に包まれた。

 連合最大の財閥であると同時に連合でも極めて大きな影響力を持つザルヴァートル財団は、経済を完全に牛耳るその影響力で持って二柱の神に並ぶとさえ言われる。

 事実、連合全域に商売の手を広げており、またその理念故に極めてクリーンで誠実であると同時に品質も高い。故に総帥とルミナの顔を馬鹿みたいに見比べるヤハタの様な信奉者を各惑星に生み出すに至っている。

 だが私と仲間達だけが知る情報がもう1つだけある。かの惑星の監視者であったK-99は、"ザルヴァートルこそが我が主が望んだ希望であると確信する、よって私の任務は終了した"との言葉を残し姿を消した事実だ。彼以外の監視者はそんな筈は無いと一笑に付したが、だがそんな私達の浅はかな読みは悉く外れ、ザルヴァートル財団は瞬く間に連合の中枢に喰いこんだ。

 とても懐かしい、彼らが宇宙に飛び出して間もない頃の話だ。私がそんな遠い記憶に浸る間、事態は遅々として進んでいなかった。アクィラ=ザルヴァートルとルミナ……いやルクセリア=アルゼンタム・ザルヴァートル、彼女は実の祖母と互いを見つめたまま一向に言葉を交わそうとしない。両者の行動は同じだが、しかしそれ以外は対照的だ。
 
 アクィラはにこやかに微笑むが、一方のルミナは戦闘時に見せた果断な態度とは対照的にどうしたら良いか迷っている様な曖昧な態度を取り続けている。何か言いたいが何を言えばいいか分からない、そんな様子だ。

「ルミ……いや、ルクセリア。この状況、好都合と判断する。今ここでザルヴァートル財団と良好な関係を築けば復興と今後の戦イの後押しとなる。突然の肉親に戸惑う気持ちを理解する事は難しイ、だがこの役目は君にしか出来なイ」

 そんな彼女らしくない何とも弱気な態度に業を煮やしたのか、それとも助け舟が必要と判断したのか、彼女の傍に近寄ったタケルが助言を行うと、ルミナは彼の方向を振り向き驚きの表情を浮かべた。どうやら相当に動揺していたようであり、傍に駆け寄ったタケルの存在に全く気付かなかったらしい。これもまた実に彼女らしくない。

「流石に最新の式守は話が早い。だが時期尚早だよ。さて、ルクセリアよ。私の話を聞くつもりはあるかい?肉親として、ザルヴァートル財団総帥として貴女と話がしたい」

 そう質問されたルミナは、一度目を閉じ大きく深呼吸をした。息を吐き出すと同時に開かれた瞼から覗く目からは先程までの動揺は完全に消えており、私達が良く知る英雄の姿が其処に在った。
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