上 下
71 / 345
第3章 邂逅

64話 正体

しおりを挟む
 ――連合標準時刻 火の節 85日目 正午過ぎ

 その場所はこの星の文明とは明らかに違う明るい色合いを基調とした巨大な建物群が幾つも建ち並ぶ。石造り、レンガ、あるいは粗末な木造などは見受けられず、埃っぽさも感じなければ薄汚れてもいない。

 富の偏在、あるいは圧倒的な技術格差が生み出す絶景。但しこの星の人間に限れば"素晴らしい景色"ではなく"絶望的な格差を象徴する景色"という意味になる。それがカガセオ連合下第12惑星ファイヤーウッドの経済特区。

 特区内建造された中でひと際目を引くのが中央を占める宇宙ステーションの地上側施設。ソコに配備された物々しい警備の数に反比例し、そこを行き交う人はそれほど多くは無い。此処を利用するのは主に観光客位であり基本的にこの星から出ない(出られないともいう)大半の市民には無用の長物。

 故に建造に際し派手な争いがあった。それもまた当然であり、この星はグリーンベルトにしか住めないからだ。公転の関係上、常に星の片側を恒星が照らすこの星独特の環境は、日の当たる場所は誰も住めない程の灼熱地獄となり、その反対側もこれまた誰も住めない極寒の地となる。

 必然的に住む場所が狭い故に土地は何より重要となり、土地を持つ者が全ての頂点に立つ事もまた必然だった。だから人が住めない無用の施設などご法度となる、他の惑星に有る娯楽施設なんて代物は存在するがその数は極めて少ないし、歴史的な遺物も調査が優先されるが保全はされない、くまなく調べた後は人が住めるように整備されてしまうのだ。それはずっと昔から……王政から共和制を経て二大陣営によるいがみ合いへと至る現在でもほぼ変わらずにいる。

 今、幾つかのトラブルにより遅延を余儀なくされた"黄金郷"が漸く目的地に到着した。駅前には出発を心待ちにする客が感嘆の声と共に出迎える光景。一方、中から帰途へと向かう客達は名残惜しそうにゆっくりと外に出と特区内に建造された幾つもの建物の内、物々しい数の警備に守られた建物へと向かう。

 その中には当然伊佐凪竜一とフォルの姿もある。その様子は列車から降りる観光客と同じく旅を楽しんだとった呑気な様子に見えるが、それは表向きだけだろう事は想像に難くない。

 時を同じく、アックスから周辺施設の説明を受ける二人の背中から別の列車が到着した。極寒地方から氷塊を運ぶズブロッカ鉄道連合所有の特殊貨車だ。初めて見る超大型特別車両の到着に伊佐凪竜一とフォルは物珍しそうに視線を向け、アックスはそんな2人にヤレヤレと呆れつつも同時に少し寂しげな表情を浮かべた。

「それじゃあ、一旦ココまでだな」

 背後の大型列車を見つめる2人の背中にアックスが声を掛けた。その言葉に偽りは無く、2人を無事に特区まで運ぶという役目は無事終了した。後は未だ出発の目途が立たない"荷物"だけであり、彼はその運搬指示の為に一旦ここを離れる。

「あぁ、世話になった。今度礼に来るよ」

「おう、たくさん持ってこいよ」

「重ねて感謝いたします。何から何までお世話になりました」

「気にしないでくれや、じゃあなお嬢さん」

 アックスは2人を見送ると次の観光客を乗せ次の旅へと向かう"黄金郷"へと乗り込み、荷物到着までもう暫くこの場所で足止めされた2人と1機は転移施設から衛星軌道上を周回する宇宙ステーションへと向かい、更にソコから旗艦アマテラスを経てそれぞれの故郷へと戻る大多数の観光客の列から大きく逸れた場所に建つホテルに向けて歩き始めた。

 3人と1機は再び互いを向き合った。最後の挨拶をしようと言うのだ。特にやり取りをした訳では無いのに全員が一斉に同じ行動を取った事に全員が苦笑した矢先、突如として巨大な音が空気を斬り裂いた。緊急警報だ。

「何だっ!?」

 伊佐凪竜一は声を荒げながら周囲を見回し、フォルはツクヨミを抱えながら彼の後ろへと姿を隠れ、ただならぬ気配を感じ取ったアックスは列車から駆け下りると彼等の元へと一目散に駆け寄った。

「あ、あの……これは一体何が起こったのでしょうか?」

「スマンねお嬢さん、俺も初めてだからサッパリ分からん」

「上空です」

「「は?」」

 ツクヨミの言葉にアックスと伊佐凪竜一は仲良く声を上げながら勢いよく上空を見上げれば、視界の先には夕日とは違う赤い色、超長距離を転移する際に見える赤い光が沈まぬ夕日が染める夕焼けを侵食し始める光景。

「ありゃあ何だよ!?」

「アケドリ。何かがこの施設の上空に転移してきます」

「ハァ?転移ってオイ、どう言う事だよ!?」

 何が何だかわからないアックスがツクヨミを持ち上げもっと強く問いただそうとしたその時……

『付近の皆様に緊急連絡をお伝えします。現在、運航予定外の航宙艦が本施設上空に転移する模様です。これによる宇宙ステーションへの転移に支障はございませんが、施設外のお客様は念のため最寄りの施設へ避難をお願いいたします。繰り返しお伝えします……』

 警報に続いて緊急放送が周囲に木霊した。アックスは更に混乱するが、思考が働かない間にも事態は無常に動き続ける。やがて赤い光は円形へと変わり、その中から一隻の艦が姿を現した。遥か上空にありながらも出現した艦の大きさにアックスは驚かされ、そして伊佐凪竜一とツクヨミはソレを強く睨み付けた。彼らは知っているのだ、その艦が何であるかを。当然だ、彼らは其処から来たのだから。

「やはり、アメノトリフネか」

「その名前は確か随分と昔に親父が幾度かその場所に出張していたと記憶があるな……オイ!!迎えじゃねぇよな?」

 アックスはそう聞いてみたが、何故か伊佐凪竜一とツクヨミからは何も返答が無かった。が、アックスは察した。上空を睨む男の焦りが混じった顔は、どう見ても帰還を喜んでいるようには見えなかった。

「下がれ、来るぞ!!」

 赤い光を馬鹿正直に見上げていたアックスに向けて伊佐凪竜一が叫んだ。"誰がだよ?"と、必死で思考を巡らせるアックスがそう聞き返そうと視界を戻した瞬間、彼の目に灰色の光が映った。

 短距離の転移に使用されるハイドリ。そして、アックスが対応を考える間もない内に光から数人が飛び出してきた。眼鏡を掛けた銀色の長い髪の女、続いて浅黒い肌をした一目見れば歴戦と分かる老兵、そして(きっとアックスは自分には劣ると思っているだろう)やけに美形の男、そしてハゲやらガタイのいい男やらが数人がゾロゾロと灰色の光の向こうから姿を現した。灰色の光はまだ閉じていないところを見るに、まだ後続がいるであろう事は十分に予測できる。

 敵。そう判断したアックスは銃に手を掛けようとしたが、その動きを最前列の女が制した。

「君と戦うつもりは無い、手を引いて欲しい」

 眼鏡の奥の鋭い視線がアックスの右手とその僅か先に有る愛銃を捉えると、彼はソレに気圧され黙って手を引いた、引くしか出来なかった。手練れだと判断したのだろうし、その見解は見事に当たっている。一方、その様子に満足した女は次に伊佐凪竜一に声を掛けた。

「やぁ、久しぶりだね。もう随分と会っていない様な気がするよ」

「あぁ、そうだな。そっちは大丈夫か?」

「嘘を言っても君にはすぐばれてしまうだろうから正直に話すけど、コチラも色々と大変だったよ」

 その会話を聞いて、アックスは拍子抜けしてしまった。女がほんの一瞬だけ自分に投げかけた射殺すような冷たい視線は伊佐凪竜一を視界に入れた途端に霧散し、全く別人の如く振る舞い始めたからだ。

 さながら恋人、もしくは夫婦。この2人の間に流れる空気はタダならない関係だと思うには十分であろうし、実際に事情を知らぬ者ならばそう勘違いしても仕方が無い程の変化だった。アックスは"羨ましい"と、ボソリと呟くと視線の先に居る女に釘付けになった。絶世の美女と称えるに相応しい顔立ちを見たかからか、それとも伊佐凪竜一の知り合いだと知ったからかまでは分から無いが、その表情は大いに緩んだ。

「何だよ、知り合いかよ……ってオイ!!」

 が、次に見た光景を見てそこから先の言葉を胃袋にひっこめた。それまで甘い空気を漂わせていた女が銃を取り出すと、対する伊佐凪竜一も実体化させた刀を鞘から引き抜いた。緩んだ感情は一気に引き絞られ、緊張が再び支配する。

「何だ!?どうなってんだよ、仲間じゃないのかよ!?」

 アックスは何が何だかと言った様子でそう叫んだ、いや既に叫んでいたと言った方が正しいだろう。お前達は知り合いじゃないのか、そう言いたげな表情の理由は言うまでもなく戦うような雰囲気でも無ければそんな会話でもなかったからだ。

 もう目の前で起きる状況を正しく分析出来ない状態であろうが、それは私も同じだ。しかしそんな状況に拍車を掛ける事態が起きた。丁度アックスの背後側、経済特区に設けられた駅側からゾロゾロと一団が姿を見せた。最初に姿を現したのは初老の男、それに続いて屈強な護衛達が姿を見せるとアックス達には目もくれず銀髪の女の元へと駆け寄った。

「これはこれは、初めまして。私、ノースト鉄道公社代表"のアデス=ノーストと申します。コチラに降下されるならばひと声掛けて頂ければお迎えに上がりましたのに」

 アックスはその忌々しい声が聞こえると同時に怒りで顔を歪ませたが、一方で振り向きたい衝動に駆られる事を必死でこらえている。

「ご配慮いただきありがとうございます、コチラこそ事前にご連絡せず申し訳ありませんでした。所要とは申しても直ぐに用件を済ませ引き上げます。それから急な対応に感謝します、お詫びの方は改めてとなりますが宜しいでしょうか?」

「えぇ、私どもは一向にかまいません」

 銀髪の女が軽い挨拶と共に用件を伝えるとアデスは快諾した。まるで示し合わせていたかのような雰囲気は間違いでも勘違いでもなく、両者は意図してココに来た。ソレだけは間違いない。

「それでは……」

 そう言うと女は引き抜いた銃を地面に置き、伊佐凪竜一の方を向き跪いた。直後、その女に続く形で後ろの一団も跪く。視点を動かして見れば、アックスの後ろに控える一団もやはり同じく跪いていた。今この場で突っ立っているのはアックスと伊佐凪竜一とフォルだけとなった。

「お迎えに上がりました。旗艦のみならずフタゴミカボシの民の誰もが気に掛けております。主星に比べれば手狭でしょうが、どうぞ旗艦アマテラスでごゆっくりお休みください。我らが姫、フォルトゥナ=デウス・マキナ様」

 女が少女に向けうやうやしく言葉を掛けると同時、強い風が吹き抜け長い銀色の髪が風に揺れた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛してほしかった

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:6,198pt お気に入り:3,716

これは一つの結婚同盟

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,094pt お気に入り:340

愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:186,003pt お気に入り:4,176

独り占めしたい

BL / 完結 24h.ポイント:894pt お気に入り:12

チート無しの異世界転移

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,072pt お気に入り:1

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:11,276pt お気に入り:4,064

もったいないぞう

絵本 / 完結 24h.ポイント:2,414pt お気に入り:0

キツネとぶどう

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:880pt お気に入り:0

処理中です...