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第3章 邂逅

65話 現人神

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 フォルトゥナ=デウス・マキナ。連合の頂点、アマテラスオオカミの対となる二柱の神であり、現人神あらひとがみと崇められる超常の存在。半年以上前に起きた地球と旗艦アマテラスとの戦いにおいて同名の精鋭が投入されたという情報を見た記憶があるが、そんな偽物などと比較するのも烏滸がましい正真正銘の神。それが今、目の前にいる。

「なっ……姫って……誰だよ?」

 女の言葉に真っ先に反応したのは伊佐凪竜一。実に信じ難い話だが、彼は自らと行動を共にする少女の素性を全く知らなかったようだ。

「なんでお前がそんな声上げんだよ?姫っていやぁ連合の頂点……運命傅く幸運のフォルトゥナ姫以外に居ないだろ!!」

「そんな……君が?」

 アックスの言葉に伊佐凪竜一は自らの背後で俯く少女の方向を振り向くが、その表情は驚きと混乱一色であり、ともすれば暴露された情報を信じることさえ出来ていないどころかその意味さえ把握し兼ねているようにさえ見えた。

 連合に於いて"姫"と言う単語を人物に対して使用する場合、それは主星フタゴミカボシの頂点たるデウス家の長女を指すのは一般常識である。伊佐凪竜一は特段の事情により姫の名前を知らなかったようだが、極めて特殊な状況と境遇の彼を除けば連合において姫の呼称と神の存在を繋げられぬ者は居ないと断言できる程にその名は連合全土に轟いている。

 その理由は単純に連合を維持する強力な力を持つという神の如き能力が原因でもあるし、そう言った特殊な能力を持つが故にその姿が一般人はおろか連合の中枢にさえ明らかにされない、通常の公務でさえ超絶厳戒態勢であり素性に繋がる情報を一切遮断するレベルの情報統制が生む神秘性も原因である。万が一連合の頂点に何かあれば瓦解は必死という理由で親族と守護者、対となるもう一柱の神アマテラスオオカミを除けばその姿を誰も知らない。要は暗殺阻止を目的としている訳だ。

 一方、混乱する伊佐凪竜一とは対照的にその足元を転がるツクヨミは"やはり"と、そう呟いた。単独で超長距離を転移する機体、そしてアックとの勝負で見せた一方的な結末を知っているならばそう難しい話ではない。伊佐凪竜一と同じく少女の素性を知らなかったようだが、流石に伊佐凪竜一とは違い露骨なまでに動揺することは無い。

「クソッ、何がどうなってんだよ!?」

 そう叫んだアックスへと視線を移すと、彼は伊佐凪竜一以上に混乱していた。理由は勿論、フォル=ポラリス・アウストラリスと名乗った少女が連合の頂点"フォルトゥナ=デウス・マキナ"だったという事実。とは言え、連合の頂点たる現人神がこんな辺鄙な惑星を碌な護衛もつけずノコノコと旅するという事態を想定しろと言う方が無茶だろう。が、彼が真に驚く理由はソコでもなければそれとは知らずに無礼を働いた方でもなく、伊佐凪竜一が同行者の正体を知らなかったという事実の方だ。ごく普通の思考能力をしているならば、姫を連れ立っているならばその正体を知っていると考えるのが当たり前だ。

「知ろうが知るまいが貴様らの行いが正当化されることは無い。特に姫に無礼を働きおったこのバカ息子がッ!!」

 混乱するアックスに追い打ちを掛ける様に彼の背後から罵倒が聞こえた。振り向けば既にその男は立ち上がっており、そして侮蔑を込めた視線でアックスを見下す。驚きに満ちた彼の表情が露骨なまでに険しくなる。怒気と殺意が滲みだし、その目に冷たい光が宿り始め……

「ナギ、姫を誘拐した罪は軽く無い……同じ英雄として私が君を止めよう」

 再び霧散した。呆気にとられるアックスは伊佐凪竜一と銀髪の女を交互に見つめる。

「は?え、じゃあお前等が旗艦と地球を救ったっていう……マジかよ!?」

 怒涛の如く判明する事実は切れ者を自称する男のキャパシティを軽くオーバーさせるが、更に女が"誘拐"という単語を発した事により出鱈目にかき乱される。彼は唖然と立ち竦むが、状況は彼の様子などお構いなしとばかりに進行する。

 物騒な言葉と共に女は立ち上がると伊佐凪竜一を真っ直ぐに見つめながら同時に銃を構えた。冷たくぽっかりと開いた銃口が心臓を捉える。また、女の視線も先程までの仲の深さを窺わせる様な甘い視線から明確に敵と見据えた冷酷冷徹な視線へと変わっていた。

 戦い、傷つける事さえ厭わない本気の目に私は元より伊佐凪竜一達も大いに混乱した。原因は言うまでもなく、長く短いこの星の旅の何処にも誘拐などという物騒な出来事を想起させるやり取りが無かった事だ。それにもしフォルトゥナ姫が本当に誘拐されたのならば、彼女の能力を僅かばかりでも使用すれば難なく逃げ出せているだろうし、その後も傷一つ追う事無く特区までやって来ることが出来た筈なのだ。そう、あの時の勝負の様に"幸運の星"の力を使えばその程度など造作も無い筈なのだ。

 少女の正体が判明すれば、自ずと数日前の勝負にアックスが大敗した原因も理解できる。フォルトゥナ姫とアックスの勝負の結果は必然だったのだ、彼はそうとは知らず幸運の星に勝負を挑み、必然として負けた。人程度の強運など幸運の星の前では無きに等しい。それはさながらマッチの火と恒星を比べる様な物であり、敵う筈などなかった。

 また、その事実が炙り出す歴然とした能力差は地球を救ったという英雄であっても同様だ。伊佐凪竜一がどれ程に強かろうが幸運の星は容易く彼の命を手折るだろう。しかしフォルトゥナ姫はその力を行使しなかった。逃げ出す機会など幾らでもあったし、何なら強引に逃げても少女の力がそれを後押し、絶対に逃げおおせる事ができたのだ。なのに、それでも少女は逃げ出すことなく伊佐凪竜一と行動を共にし続けた。その源泉が幸運の星では無い事は明白であり、それはつまり誘拐では無いと言う事でもある。

 しかし英雄と相対するもう一人の英雄は伊佐凪竜一を誘拐犯と断じた。その理由までは分からないが、つまり英雄の敵はもう一人の英雄となってしまったと言う事だ。それが銀髪の英雄たるルミナ=AZ1の意志か、それとも彼女の望まぬ決断かは分からない。

 且つてともに苦境を乗り越えた英雄が今度は敵対する、これほどに悲惨な事はあるまい。相対する両雄は視線から互いを逸らさず尚も睨み続ける。

 そんな彼女に呼応するように背後に控える男達も同様に武器を取り出し始めた。全員が油断も隙も微塵も見せないスサノヲという戦闘集団であり、如何に伊佐凪竜一が強いと言えど多勢に無勢では勝ち目など無い。敗北すれば後はシンプル、伊佐凪竜一はフォルトゥナ姫誘拐と言うあらぬ罪によりこの世から消される。

 世の中は条理だけで出来てはおらず、時に不条理がまかり通ってしまうのは誰であっても大なり小なりの実体験を通して知っている常識だ。だが一人の男はそれを許さない、許しておけるような性格をしていなかった。

「ナギ、フォル!!俺が時間を稼ぐからお前達は逃げろ!!俺にも分かった、コイツ等がお前達を襲ったんだな!!」

 アックス=G・ファーザー……いやアックス=G・ノーストはその表情を一気に怒りに歪めると未だに睨み合う両雄に向けて叫ぶと、その言葉を聞いたスサノヲ達は想定外と言わんばかりに驚いた。しかし、その叫びの意味に思考を割いた為に全員の行動がほんの僅かだけ遅れた。そして、そのわずかな隙を男は見逃さない、見逃す性格でもなかった。

 何故、どうしてその言葉に驚いたのか。今、彼の頭はそんな複雑な事を考えない。才能という土台に築いた努力と言う堅牢な力、天与の射撃能力を持つアックスは目にも止まらぬ速さで腰に下げたホルスターから愛銃を引き抜こうと手を掛ける。

 が、次の瞬間に軽い炸裂音が鳴り響いた。銀色の長い髪が風に揺れ、そしてその直後にアックスの銃は粉々に砕け散った。

「悪いがソレは私の得意分野だ」

 彼は動けなかった。早撃ちだけはこの星の誰よりも自信があった筈の彼は、銀髪の女の攻撃に反応出来なかった。挙句、その女はアックスを一瞥すらせず、伊佐凪竜一を睨み付けたままの姿勢で彼の腰から下げた銃だけを狙い撃った。

 声が出なかった、出せなかった。相手が既に銃を握っていたとはいえそれでも全く反応出来なかった、歯が立たないとは微塵も思わなかったのだ。自信が打ち砕かれたアックスは放心状態のまま、ただ一点をずっと見つめている。彼が今の今まで愛用してきた、幾つもの修羅場を潜り抜けた愛銃が粉々に砕け散り、地面へと吸い寄せられていく光景を呆然と見つめるしか出来なかった。

 一方の女側は撃った方向を一瞥すらしないままに銃を後ろの老兵に手渡し、入れ替える形で刀を受け取った。

「君は私が止める」

 ルミナ=AZ1はそう言うと手に持った刀を両手で握り締め、次の瞬間には伊佐凪竜一にあと一歩と言う位置にまで詰め寄っていた。

「やれるならやってみろ!!」

 対する伊佐凪竜一もその行動を理解していたかの如く迎え撃つ。刀と刀がぶつかり合うと激しい火花が上がり、同時に白い粒子が周囲の赤を押しのける様に強い輝きを放つ。

 且つての英雄同士がぶつかり合う光景を誰もが見つめた。この二人の戦いを止めるなど周囲の誰にも出来ないからだ。故に残ったメンバーは必然的に残った標的に目を付ける。

 一人は保護対象であるフォルトゥナ=デウス・マキナ、連合の頂点たる少女はかつての英雄が激突する光景をただジッと見つめている。何を考えているのか、その瞳の奥に如何なる感情を隠しているのか、私には全く理解出来なかった。しかしただ一つ言えるのは、そこにいるのは何処にでもいる少女では無いと言う事だ。その気になればこの場に居る全員を平伏させる事も出来る、それだけの権力と能力を所有する神に等しい存在なのだ。

 もう一人は運命か必然かこの戦いに巻き込まれたアックス=G・ノースト、彼は忌々しそうに棚引く銀色の髪を見つめていたが、やがて意を決したかのように懐から一丁の銃を取り出した。それは伊佐凪竜一から借りた一式の銃、カグツチを纏う弾丸を発射するソレを取り出すと
伊佐凪竜一と敵対する女に銃口を向け、そしてそこで動きを止めた。

 彼の後ろから撃鉄を起こす音が響いた。
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