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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い

166話 狙われた神

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「色々あるがまずは……済まない」

 本題。そう語ったイスルギは開口一番、謝罪した。座しながら下げた頭は微動だにしないが、膝に置かれた手は力強く膝を握りしめ、服に皺を刻む。

「大方の事情はタガミから聞いている。無論、今の状況もだ。しかし守護者ヤツラの動きを予測出来んかった」

 顔を上げたイスルギの表情は非常に暗く、つい先ほどまでの豪快さなど微塵もない。また同様に部屋の入り口付近に控える数人の男女、恐らく彼の部下らしき面々も同じく。誰の様子を見ても一様に暗く、ルミナの現状を我が身の様に感じているようだ。

「だからなんでも言ってくれ。ワシも腹を決めた」

「ありがとうございます。では早速ですが、タケルが持ってきた銃を調べて頂けますか?祖母を撃ち殺した銃で、手袋の類はしていなかったので所持者の指紋が付いている筈です」

「分かった。オイ、近くに鑑識課やってた飲んだくれが居ただろ?ソイツちょっと呼んでこい」

「承知しました、ボス」

 そう言うや一人の部下が急いでこの場を離れると……

「確実に証拠は出る。何せ俺達はその場面を目撃したし、俺の中にあるデータも一部始終を記録してイる。証拠と併せて特兵研で映像データを取り出せば嫌疑は晴れる」

 タケルが言葉を重ねた。しかし、その表情は決して明るくはない。

「だがそうは思っちゃいねぇ、だろ?」

「一番気になったのは総帥を撃ち殺したフェルムの言葉。恐らく要所に手を回してイるだろう。最低でも報道機関、下手をすれば司法も……」

 そう、彼は分かっていた。傲慢で大胆なフェルムの態度は口に出さずとも雄弁に物語っていた。"この程度では状況が覆らない"と。

「厄介な相手だな。かつてのセイガってぇ組織もそうだが、目的の為に躊躇ためらいがねぇヤツは特にな」

 一方、タケルの予測にイスルギはそう零した。確かにこの躊躇いの無さはかつての清雅の神、ツクヨミを彷彿とさせる。神魔戦役と呼ばれる戦いに於いて、旗艦アマテラスはツクヨミと彼女の指示で動く清雅社員達に敗北寸前まで追い込まれた。

 戦いを先導した当時のツクヨミは未熟な意志故に人を避け続け、その結果として人の感情に極めて疎いという有様だった。そんな神が先導した当時の状況と今を比べると、確かに"人の意志に極めて鈍感で、どれだけ傷つこうがお構いなし"という共通点が仄かに浮かぶ。

 私は考える。もしかして今度もそうなのだろうか、と。今起きる様々な出来事は人の意を解さない"神らしき存在"が引き起こしたのだろうか。もし仮にそうならばその神とは一体どんな存在なのだろうか、私はそんな見えもしない居もしない想像上の神の輪郭を無理矢理描こうと試みて……そうして最初に辿り着いた神の姿は、現人神と呼ばれ連合から絶対的に信奉されるフォルトゥナ姫だった。

 しかしこう言っては失礼だが、彼女を見た私は何処にでもいる普通の少女にしか見えなかった。勿論、力を行使していないからそう見えるだけだが、しかしそれ以上に私は彼女に自分を奇妙な位に重ねていた。

 特にあの眼差しだ。人に言えない何かを隠しながら表向きは平然と振る舞う部分は私と同じだが、あの目は心中に隠す後ろ暗い何かを隠し切れていない。そしてその目の後ろにある感情は、少なくともこんな馬鹿げた真似を平然と行う狂気と同一には思えかった。

 あの目を見た私はこの一連を彼女が先導したとは思えなかった。寧ろ、それどころかあんな弱々しい目では何も成す事が出来ないと感じた。だとするならば、この考えが正しいとすれば、では"神"とは一体誰を指すのだろうか。そして、今度は一体何が起こるのか。この事態を作り上げた神、そう呼べる何かの姿は未だに見えず、だから……私は見えない神の姿に恐怖し、震えた。

「ツクヨミだ」

 ルミナが不意に呟いた。その表情は悲痛で、暗い。

「どうした?」

「セイガって連中が信じた機械の神……機神だったな。そいつが?」

「半年前の戦いはそもそもツクヨミを巡る戦いだった。理由は分かってはいないけど、当時の"アラハバキ"を操っていたタナトスはツクヨミを狙っていて、その為だけにあの戦いを起こした」

「そいつぁつまり、狙いは伊佐凪竜一でも、艦長でも、姫ですらなかったって事か?全員が囮で、本命はツクヨミ。確かにそう考えれば姿が消えた理由にも納得が行くが……」

 ルミナとイスルギが出した結論を聞いた私は、映像に映るタケルと同じく失意に包まれた。

「しくじったか、確かにそうだ。情けない、貴女に言われるまで全く考慮してイなかった。これが自惚れか。本当に情けなイが、今は落胆する時間すら惜しい。既に手遅れかも知れなイが、この状況を伝えなければ」

 復興の出足を挫く様なタイミングで起こった元清雅社員の山県令子が起こした反乱以後、旗艦の状況は停滞を経て徐々に悪化した。それを理由にして良い筈など無いが、しかしアレが原因で関係者に想定以上の負荷が掛かった事は事実。遠のく復興に市民感情は悪化し、だから誰もが復興に没頭した。そんな状況は誰の心からもあの戦いの事など押し流した、一時とは言え忘れてはならない過去を忘れてしまった。

 正体不明の敵の目的がなんであるのか分からないが、半年前の戦いの理由を辿れば単純明快、地球を支える超絶高性能演算システムを搭載した"ツクヨミ"を巡る戦いだったのは疑いようがない。

 未だ正体不明の敵が地球に存在する神をどうして知ったのかは"アラハバキ"の一人であるヤゴウの裁判で詳らかとなった。ヤゴウの話を要約すれば、彼の先祖は何者かから神に対抗する為に様々な情報を集めるよう仰せつかったそうだ。

 やがて真っ当な手段で旗艦アマテラスへと入艦したヤゴウ一族は、500年前に起きた事故にいち早く駆け付けるとデータを解析し、極めて高性能な何かが地球方面に移送された事実を突き止めた。

 同時に接収された"遺産"なるデータは流石に盗み出せなかったようだが、ヤゴウ一族は残存した資料の残骸から地球方面へ移送されたソレこそが稀代の天才と謳われ、大多数が"カイン=デル・ノガード"と認識する男が製造した最新鋭の式守シキガミ、旗艦の神たるアマテラスオオカミに匹敵する存在であると断定した。

 一族はその後分家という形で一部を旗艦アマテラスから切り離し、愚直なまでにその行方を追い続けた。派手に資産を使えば目立ってしまうからと慎重に進められた調査は今より数十年前に実を結び、ついにヤゴウ一族は地球に匿われたツクヨミを発見した。

 旧式の調査艇を使用した幾度もの調査の末にツクヨミの存在が確かであると断定した一族は、彼らと同じく正体不明の何者かの命により連合各惑星に点在する同士との橋渡し役を行うタナトス(※当時はオオゲツと名乗っていた)に連絡を行った、というのが顛末だ。

 だが、ヤゴウは終ぞ神を求めた理由を語らなかった。本人は最後まで連絡役のタナトスが計画に必要だからと言った台詞以外の何も知らないとの態度を一貫し続けた。今回の騒動と前回の戦いは正体不明の何かが求める神を求めての事なのだろうが、その姿の真意は未だ闇の中。

 相変わらず、何も分からないという事だけしか分からない。

「スサノヲに連絡を入れるならばもう一つ伝えて欲しい事がある」

 ルミナの言葉にタケルが反応し彼女を見つめると、頼りがいのある強い眼差しに気付いた彼女もタケルを見返す。

「確証は無いが、アマテラスオオカミも狙われると思う。不測の事態とは言え、旗艦アマテラスの神は今不完全な状態で活動している。かつて"ヤオヨロズ"を制御していた状態ならばいざ知らず、今の状態では大した労力も無く捕縛される。頼む」

「承知した」

「ところで……肝心の連絡手段の方は大丈夫なのか?」

「そちらは問題ない、に協力してもらうつもりだ」

「うむ。任せてくれ、オイ準備は良いか?」

 連絡手段。そう言えばまだ大きな問題が残っていた。旗艦の大半が守護者の手中に落ちたならば、もう連絡を取る事さえ叶わない。が、タケルとイスルギは既に誰かに協力を取り付けていたようで……

「ハイ、問題ありません。連絡の準備は整っております」

 入口に控えていた部下の1人が指示を受けると足早に部屋を後にした。

「それから艦長、差し出がましい様だが一つ進言してもいいかな?」

「何でしょうか?」

「昔っからそうだったがお前さんは何でもかんでも一人で背負い過ぎる。ワシ等は自らの意志でアンタ達に協力すると決めた。だから、何かあっても責任を取れと喚くつもりなんぞ毛頭ない。だから余り背負いすぎんでくれ」

「ありがとう」

「前途有望な若者の道を塞ぐなんて馬鹿な真似はしないし、ワシの目が黒い内はココの誰にもそんな真似もさせんよ。がっははははッ!!」

 ワカヒコはそう言うと最後に大笑いをし、そして随分と温くなっているだろう酒を一気に飲み干した。
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