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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い

167話 一時の休息

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 日付が変わってから約2時間後、ルミナとタケルはイスルギから当面の寝床として用意された施設の前にいた。煌々と輝く夜の街の奥、複雑に入り組んだ裏道を超え、まるで全ての生き物が死に絶えたかの如く静まり返った森の中を数キロほど歩いた先に建つソレの外観は、蔦が這うレンガ造りのみすぼらしいホテルと表現するのが一番近い。

 しかしその古臭い外観からは想像がつかない程に内部は整然としている。清掃が行き届いているのは言わずもがな、壁には美麗な絵画が飾られ、柱には繊細で芸術性が高い彫刻が施され、散りばめられた豪華で美しい調度品が内装に彩りを添える。

 が、それだけではない。ホテルの周辺から内部に至るまでをよく観察すれば、極めて巧妙に監視カメラやセンサー類が隠されている。しかも異常な数だ。巧妙に隠された分を含めれば三桁は優に超える。その夥しい数は高々一つのホテルに配置される量でもないし、ダメ押しとばかりにどれもこれもが極めて高い性能を持つ。

 無論、理由はある。ココはいわゆる密談、ないし極めて高度で機密性の高い議題を決める場として旗艦アマテラスが提供する施設。利用客は艦内外を問わないが、取り分け大企業や各星系の政治家などが好んで利用する、そんな場所だ。故に地味で目立たない外観をしており、あてずっぽうに歩くだけでは絶対に辿り着けない。

 何せここは楽園。タナトスを始め不特定多数の侵入者を許しはしたし、神の消失により信頼性は大きく下がったものの、それでも神が構築した外部からの侵入を防止する各種機構、監視網は絶えることなく今も動いている。

 そして艦を守るのは神の命を忠実に実行する"スサノヲ"。異物を許さない極めて高度且つ強固なシステムに守られた楽園に連合最強戦力が警護するという最高レベルのセキュリティに比肩するものは連合の何処にも存在せず、一度入ってしまえば極めて安全という訳だ。

 事実、連合の重鎮が幾度も旗艦を訪れているし、アマテラスオオカミも連合内での影響力を強める目的……要は恩を売る為、密談の場として"旗艦アマテラス"を利用する事を勧めている。

 つまりこの場所は極めて安全という事。ルミナ達が拠点とするのにこれ以上の場所は無いだろう。

 ホテル内の監視カメラへを映してみれば、ルミナ達が案内された部屋は少々薄暗い以外に何の文句もつけようがない、豪華で広々としたスイートルームだった。薄暗い理由はカーテンが閉じられていたから。彼女がそこからこっそりと外を覗けば、夜の闇を煌々と照らすネオンの光が薄暗い室内を仄かに照らす。

「カーテンは開けて頂いて問題ありません。壁一面の窓ガラスは全面に渡って偽装が施されていて、外から見る分にはごく普通の壁としか認識されません。それに怪しまれない程度に各種センサー類も遮断します。少なくとも貴女を直接確認する事は不可能です。ご安心ください」

「感謝する。そう言えばアマテラスオオカミがいざという時の隠れ家の存在を仄めかしていたが、ココだったのか」

「無論その意味もあるでしょうが、本来の用途は別です」

「本来?こんな都合の良い場所に別の……?あぁ、匿うのか」

 ルミナは当然の疑問を口に出した。この様な場所が存在する事を一介のスサノヲが知る由もない。本来ならば艦長であるルミナは知っていて然るべきポジションなのだが、恐らく優先度が低いと後回しにされたのだろう。

「当たらずとも遠からずです。実は、ボスの本職は用心棒ではありません。勿論それも含んではいるのですが……本職は依然としてスサノヲのままです」

「極秘の任務か?」

「はい。ボスがアマテラスオオカミより仰せつかった任務は幾つかあるそうですが、その内の一つが宿泊客の護衛です」

「要人が使うのか?」

「察しが良いですね、その通りです。此処はアマテラスオオカミが連合の要人用に用意した場所で、主に彼らが重要事項を決める際に利用されます。密談と言えば少々聞こえは悪いですが、しかし連合の幾つかの惑星においてはお世辞にも治安が良いとは言い難い地域もあります。ココはそう言った方々を匿う、要は暗殺を防止するという目的で作られました。ボスはその責任者です。スサノヲ第零部隊隊長イスルギ。ソレがボスがアマテラスオオカミから"特別な証"と共に下賜された役職です」

「成程……道理で今も鍛えている訳だ」

「まぁ、表向きの仕事……ココに居る荒くれ連中の纏め役とかも仕事の内ですから、どっちみち鍛えない訳には行かなかったでしょうが」

「それもアマテラスオオカミから命じられたのか?」

「はい。表向きは粗暴な連中の纏め役とガス抜き、本来の仕事は極秘裏に来艦した要人の護衛を専属とする第零部隊の指揮。コレが今のボスが与えられた役目の全てです」

「成程、私の特訓を早々に切り上げたのはそう言う理由か……納得が行ったよ、ありがとう」

「いいえ。貴方達がいなければ私達も旗艦もただでは済まなかったでしょう。ですからお気になさらずに何でもご命令下さい。それでは私はこれで失礼します」

 ココまで案内してくれた男は、その大柄で筋骨隆々とした体格と身体に入れた刺青、頬と片目に大きな傷を負った強面の顔という酷く威圧的な見た目に全く似合わない穏やか且つ丁寧な口調で質疑に回答すると、ルミナに一礼してそのまま引き下がった。

「彼は元ヤタガラスだ。アラハバキの誘いに乗る形で彼もクズリュウに入隊したそうだが、余りにも胡散臭イ気配に身の危険を感じたそうで、早々に退役してココで身を隠してイたそうだ」

「そうか。難儀だったな」

 タケルの語る男の過去にルミナは同情した。半年前の戦いにおけるクズリュウの扱いは、正しく"使い捨て"だった。杜撰、楽観的、情報不足と負の三拍子が揃った作戦と呼ぶことさえはばかられる命令に動かされた結果、地球側の戦力と正面衝突したクズリュウの多くは無意味で無残な死を遂げた。

「友人達の多くは彼の決断を臆病と嘲笑あざわらったそうだが、結論として正しかった事になる。彼を笑った者、仲が良かった者の内の何人かはあの戦イで命を落とし、生き残った者達はココに集まりイスルギの元で働いている」

「そうか。"元"とは言えクズリュウでは立場も悪いよね」

「あぁ。戦い自体はアラハバキが原因だが、騙されようが戦イに至るまでに暴走を繰り返し市民を必要以上に傷つけた連中がイる以上、無関係と逃げるのは難しかったようだ。"元クズリュウ"という肩書は今や負の遺産だ。想像以上に大きな、一時の過ちには余りにも大きすぎる……」

「そうか。道理で……」

 案内役の男が辿ったであろう過去が如何に悲惨かは想像に難くない。タケルの言葉通り、ただ一度の過ちにしては過大な罰をその身に背負った男の身をルミナは案じる。

「当然だが誰も貴方も地球も恨んではイなイ。誰もが自責の念に駆られながらそれでも辛うじて前を向き始めた。だがその生き様を踏みにじろうとするヤツ等が居る」

「あぁ、だから何としても生き延びて全てを明らかにしないと」

「その為にも後の事は俺に任せて今はゆっくり休んで欲しイ。休息中の動きがあれば全て纏めておくよ」

「ありがとう」

 ルミナはそう結ぶと部屋の奥にあるベッドに向かい、体重を預けた。直後、彼女は規則的な寝息を立て始めた。これまでを振り返れば最悪と言う他に表現しようがなかった。艦長の座を剥奪され、謂れの無い濡れ衣により市民から罵倒され、黒雷と生身で戦闘をこなし、挙句に久方ぶりに再開した祖母を目の前で撃ち殺され、止めにその罪を着せられた。

 真っ当な人間ならばとうに立ち上がれない程の傷を心身共に追っている筈なのに、それでも彼女は前を向き続ける。

 一方、そんな彼女を見た私は何故だか変な気分に襲われた。それは監視の任に就いてから三千余年の間に一度として経験した事のない奇妙な気持ち。表現しようのない何かは焦らし、急かす時の様に私の心を掻きむしり、同時に揺さぶる。だけど、それがどういう理由なのか、私を揺さぶるこの気持ちの正体は何なのか、今の私には明文化出来なかった。
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