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第6章 運命の時は近い

171話 黄泉 其の3

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 男は悠然と歩み、伊佐凪竜一まであと2,3歩まで近づいたところで足を止めた。

「その声……誰だ?」

「誰、か?間抜けな質問だ」

 目の前にいるのが男であると言う程度しか理解出来ない今の彼は声以外に相手を特定する手段が無いというのに、目の前の男は言うに事欠いて"間抜け"と随分とストレートに悪意をぶつけてきた。

「守護者か?」

 伊佐凪竜一はその悪意を受け流すと、漸く光に慣れた目で相手を睨み付ける。

「そう、だが俺はお前とは浅からぬ縁がある」

「縁?」

「お前が無意味に、散々に連れ回してくれたフォルトゥナ=デウス・マキナの婚約者、と言えば頭の鈍い田舎者でも理解できるか?」

 姫の名を出した辺りから男の語気がほんの少しだけ強くなった。そう。黄泉に現れたのはフォルトゥナ姫の婚約者であり、同時に若くして守護者総代補佐にまで上り詰めたオレステスだった。

 伊佐凪竜一よりも幾分か背の高いその男は見下すかの様に伊佐凪竜一を睨み付けるが、それもすぐに飽きたのかふらつく彼の襟首を掴んだ。金色の髪に整った容姿と黒いスーツを見事に着こなすオレステスに対し、対照的に傷だらけの顔と泥だらけスーツを纏う伊佐凪竜一。2人の姿は姫の知己という共通点を除いた全てが正反対であり、まるで王子様とみすぼらしい平民とさえ思えた。

「貴方が……誓って手は出していない。だが守り通せ……グッ!!」

 その弁明は間違ってはいない。結果的には強く拒絶されてしまったものの、彼なりに姫を守っていたのは事実。が、その言動がよほど癇に障ったのか、オレステスは弁明する伊佐凪竜一の顔面を思い切り殴り飛ばした。さして力を込めていない様に見えたその拳を回避する事すら出来ず真面に受け止めた伊佐凪竜一は黄泉の壁際まで吹っ飛ばされ、動きを止めた。

「そんな事は知っている、今のは挨拶代わりだと思え」

 口から零れた血を拭う伊佐凪竜一を冷酷に見下すオレステスはそう吐き捨てた。酷く短絡的で、粗雑で、乱暴。ほんの僅か前まで漂わせていた"王子"という評価が容易く覆る一幕に私の予感は確信へと変わる。何方が本性かまでは定かではないものの、やはりこの男は強烈な二面性を持っている。

「随分と……乱暴な挨拶だな」

「口だけは達者な事で、だが今は時間が惜しい。本題だ。単刀直入に聞く、お前を襲った者に心当たりはあるか?」

 オレステスの質問を聞いた私の心中を疑問が埋め尽くした。何故、どうしてそんな事を聞くのだろう?一番可能性が高いのは姫を守りたいからという理由だろうが、止むを得ない形で逃避行する事となった事情を知りながら誘拐犯扱いした守護者への信頼度など無きに等しい。

 事実、伊佐凪竜一は質問に対し無言を貫いた。彼の心情を察すれば、目の前の相手への不信感が渦巻いているに違いない。何せ謂れのない理由で、問答無用で犯罪者扱いされたのだから。

「そうか、時間の無駄か。では死ぬまでココに居ろ」

 無言の間に眉を吊り上げたオレステスは早々に話しを切り上げると宣言、淀みなく踵を返した。どうやら酷く短気らしい。

「問答無用で人を誘拐犯に仕立て上げたかと思えば、なんでそんな事を聞く?そもそも信用するのか?」

「漸く口を開けたかと思えば、質問に答える知能が無い猿を相手にするつもりは無い」

「防壁……少なくとも旗艦アマテラスココから来たこと位しか分からない」

 意を決した伊佐凪竜一は真実を伝えた。意地を張ったところで利益は無いし、守護者への心証を損ねる理由もない。理に適っている。が、それ以外の選択肢がなかった、と言う方が正しい。伊佐凪竜一とオレステス。ひいては英雄と守護者。双方の立場は正反対だ。余りにも、不条理な程に、何もかもが守護者の利となっている。

「そうか……やはり同士討ちか。大方貴様に不満を持つ勢力が君を狙ったのだろうな」

 正直に話したものの決して"スサノヲ"と明言しなかった彼の回答は限りなく正解に近い。詭弁と正答の境目。現状におけるギリギリの回答だったが、オレステスは容赦なくスサノヲと断じた。

「違う!!」

「何が?どう違う?その防壁は旗艦特有の技術だ、例外的に俺達の黒雷にも搭載されてはいるが、俺を含めたごく一部の専用機のみ。そもそも人間が装備可能なレベルの小型化はココでしか実現していない。スサノヲを最強足らしめるヤサカニノマガタマ、知らない訳では無いだろう!!」

「半年前に流出した可能性もある!!」

「その可能性も捨てきれない、アレを欲しがる連中なんて吐いて捨てる程にいるからなッ。だからこそ神の厳重な監視の下で守られてきた。だがもしそうだと仮定して、その連中がどうして貴様を狙うんだ?しかも態々わざわざご丁寧に何処を逃亡中か知らない貴様を探してまでだッ。合理的に考えるならば、貴様の逃走先を知っている者が襲撃したと考える方が自然だ!!」

 まるで水を得た魚の如く、大義名分を理由にオレステスはより一層に語気を強めながら伊佐凪竜一を責め立てた。言葉の端々から隠し切れない怒りが乱暴で粗暴な物言いを誘引する。あるいは、コレがこの端整な顔の男の内側に潜む本性かも知れない。

「他にも逃走先を知る事が出来る奴がいるかもしれないじゃないか!?」

「居ないなッ、そんな奴は断じていない!!従って貴様等スサノヲ同士の足の引っ張り合い以外に考えられないッ!!そして、そんな下らない理由で彼女は貴様と行動せざるを得なかったッ!!」

 その言葉に伊佐凪竜一は黙った。豹変したオレステスに気圧された訳では無い。彼は怒りのままに吐き出された言葉が出まかせでは無い事実を見ている。知ってしまった。

 羽田宇宙空港におけるスサノヲとの戦いで、彼は自らという存在を疎ましく思うスサノヲがいる事を知ってしまった。そう言った諸々を含めた全情報はシャットアウトされていて、本来ならばルミナかツクヨミ経由でそれとなく教えられる筈だった。無論、それ以外のあらゆる情報……例えば山県令子の反乱も同じく。全ては地球とは全く異なる環境で暮らす彼の精神面への配慮だった。だが、結果として最悪のタイミングで暴露されてしまった。

「心当たりがあるようだな?」

「……ある」

 オレステスは伊佐凪竜一の返答に酷く驚いた様子を見せた。正直に話すとは思わなかった、そんな風に言いたげだが、忌々しいけど私も同じ感想を抱いている。このまま黙っておけば少なくともスサノヲとの間に存在する確執は隠し通せた。やはり腹芸が苦手(というよりも馬鹿正直)な彼にはツクヨミが不可欠だと、そう痛感する。

「驚いたな。馬鹿なのか、嘘がつけないのか。まぁいい、俺の用件は終わりだ。あぁそうだ、もう一つ貴様に言っておかなければならない事があったな」

「何だ?」

 伊佐凪竜一の素っ頓狂な台詞にオレステスは歪な笑みを浮かべ……

「本当に馬鹿なのか?貴様が散々暴れて破壊した羽田宇宙空港の事だ。何をどうしたかは知らんが、良くもまぁ派手に破壊してくれたものだ。転移施設の破壊を含む地球でのテロ行為に加え常駐していた地球連合軍とヤタガラス、それにスサノヲ全員の殺害。駄目押しに旗艦への不法侵入。あぁ、ついでに武器の管理義務違反もだな。一体黄泉に何年居たいんだ?ざっと計算しても累計千年以上になるぞ?」

 最悪の情報を暴露した。

「ちょっと待て、俺は其処まで……」

「それを誰が信じると言うんだ?現に貴様が羽田宇宙空港に侵入する様子が映像に残っていたし、素性不明の何者かが空港の設備を乗っ取った痕跡も発見された。状況は何一つ有利に働いていない、諦めろ。貴様は堕ちた英雄としてココで死ぬッ。それもこれも何を理由にしてかこんな場所に戻ろうとした事が原因だ!!」

 揺らぐ精神に止めを刺すかのように畳み掛けるオレステスの言葉に伊佐凪竜一は絶句した。彼にそんな意図は無かったし、何より姫の誘拐騒動と同じくそれも無実。だけどそれを知っているのは私を除けば彼の身内や知り合いだけであり、誰も彼もが庇っていると疑われる様な人物ばかりだ。

 状況は圧倒的に悪く、現状で伊佐凪竜一の無罪を勝ち得る材料は無きに等しい。嵌められた。自らが足掻いた末に選んだ道さえも利用されたという最悪の事実に気付いたからこそ、彼は言葉を失った。心が、暗い闇に捕らわれる。
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