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第6章 運命の時は近い
170話 黄泉 其の2
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連合標準時刻 火の節88日 1000
黄泉。白と黒に染まるその場所に今、1人の男が幽閉されている。様子を観察してみれば仰向けに寝そべったまま微動だにしていない。意識喪失か、あるいは死か。人が過ごすには余りにも過酷な環境に調整される黄泉の環境を知っているから、何よりそう指示したのは他ならぬ私だから、監視者たる私が神に指示して作らせたのだから。故に、最悪の可能性が頭を過った。
「ココは……クソ……イテテッ」
その声に心中の不安はかき消され、同時に安堵で満たされた。男は最初に呻き声を上げ、次にその身体を僅かに震えさせ、最後に目を開けた。しかし、スーツ姿の男が立ち上がろうと力を入れたその手は自重を支えきれず、やがて彼は僅かに浮かせた身体を力無く床に投げ出した。仕方が無い、そう愚痴った男は次に仰向けに寝そべる。朦朧とする目に且つての輝きは無く、身体を少し動かすだけで息切れする様子はまるで病人と見紛う程だ。
伊佐凪竜一。且つて地球と旗艦を救った英雄だった男は、今やその座を剥奪され人々から忌み嫌われる存在へと堕ちてしまった。
「重い、それに熱い……まるで夏みたいだ……」
彼の額から玉の汗が浮かぶと眉間を伝い、床を濡らした。此処は重犯罪者収容施設であり、従って人が住みよい環境になどなってはいない。極刑の代わりに与えられる"死ぬまで安息を得られぬ世界に拘束される"という刑罰は、たった1人を拘束するには若干大きな部屋単体では完結しない。
精神に異常を来すまで放置され、そうなったら人道的処置と言う名目で治療され、再度放り込まれるというサイクルを刑期終了まで延々と続けさせられるのだ。黄泉と簡易医療施設を往復するその流れは、ココに収容される程の重罪を犯す凶悪犯罪者の歪な精神すら容易く崩壊させる。強情でいられるのは精々数回度位であり、以後は黄泉への再収用を泣き喚きながら拒絶する様になる。伊佐凪竜一はそんな無慈悲で残酷な世界に拘束された。
黄泉は誰であろうと容赦なく牙を剥く。薄暗く高温多湿、非常に重い重力の中では動く事さえままならなず、音は全て遮断中和され自らの声すら聞こえない。外部との接触は当然不可能であり、唯一の接点は黄泉の入り口となる扉に小さく開いた食事配給用の小さな扉しかない。
が、その表情は何処か穏やかだった。信じ難い、と思う一方でそう言えばと彼の様子を見返してみれば、あろうことか寝息を立てていた。豪胆、あるいは……ともかく、目を覚ました伊佐凪竜一は目を閉じ大きく深呼吸をすると、何かを感じ取ったのか瞬時に膝立ち姿勢を取ると黄泉の入り口を睨み付けた。
「誰だ?」
彼自身にすら聞こえていない言葉から判断すれば、どうやら誰かが黄泉に訪れたらしい。一体誰が来たのだろうかと考えるが、しかしそうした思いを巡らせる暇も無く扉が開いた。
コツン
靴音が1つ響くと、部屋の環境は正常に戻り始めた。1人以上の入室を感知した黄泉の薄暗い空間は天井からの照明に煌々と照らされ、白と黒の二色で彩られた空間は白一色へと変わり、重力も正常に戻った。
コツン、コツン
ゆっくりと歩く足音が大きな部屋に木霊する。が、それまで閉じ込められた伊佐凪竜一は唐突な環境の変化に対応できない。突然の変化に目を庇い、ヨロヨロと立ち上がると音の方向へと顔を向けるだけで精一杯だった。
「ココにぶち込まれたヤツは早ければ数時間で音を上げるらしいが……丸一日以上放り込まれているのに正気どころかぐっすりお休みとは、どんな神経してるんだ?」
一方、足音の主はふらつく伊佐凪竜一の前で歩みを止めると呆れ交じりの言葉を投げつける。堂々と、それ以上に不遜な態度は何処までも真逆で、対照的な双方の立場をよりはっきりと浮かび上がらせる。
「男?」
そう、男だ。1人の男が黄泉へと入って来た。男の名は……
黄泉。白と黒に染まるその場所に今、1人の男が幽閉されている。様子を観察してみれば仰向けに寝そべったまま微動だにしていない。意識喪失か、あるいは死か。人が過ごすには余りにも過酷な環境に調整される黄泉の環境を知っているから、何よりそう指示したのは他ならぬ私だから、監視者たる私が神に指示して作らせたのだから。故に、最悪の可能性が頭を過った。
「ココは……クソ……イテテッ」
その声に心中の不安はかき消され、同時に安堵で満たされた。男は最初に呻き声を上げ、次にその身体を僅かに震えさせ、最後に目を開けた。しかし、スーツ姿の男が立ち上がろうと力を入れたその手は自重を支えきれず、やがて彼は僅かに浮かせた身体を力無く床に投げ出した。仕方が無い、そう愚痴った男は次に仰向けに寝そべる。朦朧とする目に且つての輝きは無く、身体を少し動かすだけで息切れする様子はまるで病人と見紛う程だ。
伊佐凪竜一。且つて地球と旗艦を救った英雄だった男は、今やその座を剥奪され人々から忌み嫌われる存在へと堕ちてしまった。
「重い、それに熱い……まるで夏みたいだ……」
彼の額から玉の汗が浮かぶと眉間を伝い、床を濡らした。此処は重犯罪者収容施設であり、従って人が住みよい環境になどなってはいない。極刑の代わりに与えられる"死ぬまで安息を得られぬ世界に拘束される"という刑罰は、たった1人を拘束するには若干大きな部屋単体では完結しない。
精神に異常を来すまで放置され、そうなったら人道的処置と言う名目で治療され、再度放り込まれるというサイクルを刑期終了まで延々と続けさせられるのだ。黄泉と簡易医療施設を往復するその流れは、ココに収容される程の重罪を犯す凶悪犯罪者の歪な精神すら容易く崩壊させる。強情でいられるのは精々数回度位であり、以後は黄泉への再収用を泣き喚きながら拒絶する様になる。伊佐凪竜一はそんな無慈悲で残酷な世界に拘束された。
黄泉は誰であろうと容赦なく牙を剥く。薄暗く高温多湿、非常に重い重力の中では動く事さえままならなず、音は全て遮断中和され自らの声すら聞こえない。外部との接触は当然不可能であり、唯一の接点は黄泉の入り口となる扉に小さく開いた食事配給用の小さな扉しかない。
が、その表情は何処か穏やかだった。信じ難い、と思う一方でそう言えばと彼の様子を見返してみれば、あろうことか寝息を立てていた。豪胆、あるいは……ともかく、目を覚ました伊佐凪竜一は目を閉じ大きく深呼吸をすると、何かを感じ取ったのか瞬時に膝立ち姿勢を取ると黄泉の入り口を睨み付けた。
「誰だ?」
彼自身にすら聞こえていない言葉から判断すれば、どうやら誰かが黄泉に訪れたらしい。一体誰が来たのだろうかと考えるが、しかしそうした思いを巡らせる暇も無く扉が開いた。
コツン
靴音が1つ響くと、部屋の環境は正常に戻り始めた。1人以上の入室を感知した黄泉の薄暗い空間は天井からの照明に煌々と照らされ、白と黒の二色で彩られた空間は白一色へと変わり、重力も正常に戻った。
コツン、コツン
ゆっくりと歩く足音が大きな部屋に木霊する。が、それまで閉じ込められた伊佐凪竜一は唐突な環境の変化に対応できない。突然の変化に目を庇い、ヨロヨロと立ち上がると音の方向へと顔を向けるだけで精一杯だった。
「ココにぶち込まれたヤツは早ければ数時間で音を上げるらしいが……丸一日以上放り込まれているのに正気どころかぐっすりお休みとは、どんな神経してるんだ?」
一方、足音の主はふらつく伊佐凪竜一の前で歩みを止めると呆れ交じりの言葉を投げつける。堂々と、それ以上に不遜な態度は何処までも真逆で、対照的な双方の立場をよりはっきりと浮かび上がらせる。
「男?」
そう、男だ。1人の男が黄泉へと入って来た。男の名は……
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