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第6章 運命の時は近い

172話 黄泉の底に希望は無く

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「面白いモノを見せてやろう」

 挑発的な笑みを浮かべる男は端末を操作し幾つかの報道番組を呼び出し、見せつけた。無味乾燥とした空間にキャスター、コメンテーターの声が重なる。無数の言語が、言葉が、あらゆる報道を通して伝えるのはただ1つ。英雄の暴走と凋落、ただそれだけをマスメディアは派手に喧伝する。情報操作という余りにもシンプルで効果的な手段に伊佐凪竜一は絶句した。

「これでも足らんというなら地上に降下した調査部門の報告書も後で特別に見せてやるよ。だが、何度目を通そうが貴様が起こした行動により大勢が命を失った事実に変わりは無い。地球も、そして旗艦もいまや貴様を庇う者は居ない。だが……」

 オレステスは其処まで語ると信じ難い事実を突きつけられ茫然自失となった伊佐凪竜一の元へと無言で近寄る。コツンコツンという足音がやがて彼の元へと辿り着くと、片膝を付き、伊佐凪竜一と視線を合わせ、ひときわ強く睨みつけ……

「いいか、よく聞けよ。無駄に騒いだり、まかり間違っても力づくで出ようなんて考えるなよ?」

 謀略を巡らせる映画の悪役の如く悪辣な表情でそう警告した。挑発。言葉に含まれた感情に失意の伊佐凪竜一は反応、侮蔑と共に見下ろすオレステスを睨み返した。

 口にこそ出さないが、彼は恐らく脱獄するつもりだ。真実を捻じ曲げる露骨な情報操作により犯罪者に仕立て上げた目の前の男への怒りと反骨心は遠く離れた私にも容易く理解出来たし、ならば睨み返された側はより強く感じた事だろう。しかし、当人は意に介さず……

「呆れた馬鹿だ、まだ全部話し終えていないというのに。よく聞け。俺と彼女の結婚がつつがなく終われば恩赦が与えられる。姫を誘拐した汚名を着せた謝罪と、貴様がそれなりに守ってきたと言う恩義に報いるという形で、だ。とは言え、今の罪状から考えれば無いに等しいだろうがな。肝心の婚姻の儀は2回に分けて行われる。前半が旗艦内の特区に作られた大聖堂で、後半が主星のパルテノン大聖堂。いいか、主星で行われる儀式が終わる時まで待て。理解したか?」

 捲し立てるように再度警告した。酷く甘美で、それ以上に残酷な警告だ。誘拐の件は解決したが、宇宙空港破壊に関する罪状に変わりはない。そして、その汚名が雪げる可能性は極めて低い。一方、座して罪を受け入れるならば恩赦を受けることが出来るという。

 極端な二択。この男、思った以上に嫌らしい性格をしている。情報操作を匂わせ反骨心を煽った直後に恩赦と言う挑発あまいみつを目の前に垂らして思考を揺さぶる。脱獄か、さもなくば……

「恩赦?それじゃあまるで俺が……」

 当然、すんなりと恩赦を受けない。受けてしまえば、ソレは罪を認めたのと同義になるからだ。が、その提案を拒絶しようとした矢先、オレステスは反抗する彼の腹部を思い切り蹴り飛ばした。背後の壁に逃げ場を遮られた伊佐凪竜一に渾身の一撃を回避する術は無く、背後の壁に身体をめり込ませながら盛大に血反吐を吐いた。疲弊しているとはいえ、あそこまで手傷を負わせるあの男はやはり只者ではない。

 強い。しかも桁違いに。少なくとも地球で見せた奇跡を発揮できない今の伊佐凪竜一では勝ち目が無い位だ。いや、ソレですら足らない気配さえ漂わせる。一体この強さは何処から来るのだろうか。何を理由にこの男はココまで強くなったのだろうか。そもそもこんな人間がいたのかと呆気に取られる程の強さと冷酷さを兼ね備えた男は、足元に這いつくばる伊佐凪竜一を冷たく見下ろす。

「馬鹿には何を言っても無駄らしいな。いいかよく理解しろ、貴様は一度彼女の好意に泥を塗った。誘拐の罪が誤りであると説得し、汚名を雪いだ彼女を追いかける為に幾多の罪状を増やしてココに上がって来てしまった。だがそんな貴様であっても僅かばかりの恩義を理由に助けようと言うのだ。真っ当な精神が欠片でも残っているのならば大人しく受け入れろ。と言ってもやはり危ういか……仕方が無いから話しておこう。貴様が散々逃げ回ったせいで多数の被害者が出ているんだよ。ファイヤーウッドでの被害報告など目を覆うばかりだ。不幸にも貴様と同じ始発列車に乗り合わせた乗客の大半、子供から大人まで合計254名が死んだ。地球での被害は軽微だが、それでも家屋の倒壊などに巻き込まれる形で8名が死亡した。全て貴様の行動が招いた結果だ。貴様が妙な正義感や英雄を気取った無謀な行動を慎み、素直に旗艦に戻っていれば此処まで犠牲が広がる事は無かった。違うか?」

「それは……」

「不幸中の幸いか、彼女に怪我は無かったがね。だがその代わりに心に大きな傷を負ったようで戻って以降ロクに話も出来ない。良く理解しろ、過去の貴様の行動は大勢の利となったようだが今はその逆だ。行動を起こす度に誰かが犠牲になり、不幸になる。コレは忠告では無く警告だ。婚姻の儀はもう間もなく始まる、それまで黙って大人しくしていろ。いいな?」

 オレステスはそう言うと話を一方的に切り上げ、身を翻すと部屋を後にした。部屋に1人となった事で黄泉としての機能が復活する。照明が落ち、重力が増加し、不快な空気が流れ始める。

 "不幸……俺が……"、彼はそう吐き捨てるとゴロンと横になった。痛みに耐え切れないのか、殴られた腹部を抱える様に蹲り震えた。

 一方、私はその様子を一瞥しつつ幾つもの資料を探す。今の彼を直視できない程に痛々しい姿を見たくないという理由もあるが、オレステスが語った言葉に一抹の不安が過たのも事実だ。"地上に降下した調査部門の報告書も後で特別に見せてやるよ"、と言う言葉。

 あの男が伊佐凪竜一に見せたのは報道機関が垂れ流す報道だけ。守護者の意を汲んだ報道番組など恣意的で一方的で信用に値しない……と、そう思っていた。しかし現実は遥かに残酷だった。

 空港の入り口に設置された監視カメラが警備室から警備会社に転送した映像には、伊佐凪竜一が正面ゲートを破壊し空港へと侵入する姿をはっきりと捉えていた。次は空港内部の記録映像で、警備部隊と戦闘した彼が全員を惨殺した後に爆風の中へと消える背中を克明に映していた。爆破された空港の調査報告書に目を通せば、再建不可能な程に滅茶苦茶に破壊された施設の残骸から地球で産出される火薬類を使用した爆発物を使用した旨の結論が記されており、宇宙空港の警備部隊に関する調査報告書は辛うじて残った肉片から死因が空港の爆発ではないと断定していた。

 視界一杯に並ぶ無数の報告書の複製は、その全てが出鱈目の情報だった。余りにも精巧なデータの改竄は伊佐凪竜一の進退が窮まった事実を意味する。全ては宇宙空港に現れた謎の敵の仕業なのに、その証拠は痕跡の一切までがことごとく消されてる。一体誰がココまで精巧な工作を施せるのか?

 身元の特定が完全に不能な遺体――

 絶望的な状況を前に定まらない視線がそんな一文を捉えた。スサノヲともヤタガラスとも連合軍とも違う遺体。それは……私が最も知りたくて、知りたくなかった事実だ。圧倒的な悪意と殺意を持った謎の敵は、全員を惨殺した後に空港を爆破した。遺体の大半は人の姿をしておらず、だから身元の特定は困難を極めたが、その中でも一際特異な痕跡があった。

 既存の人類とは微妙に一致しない奇妙なDNAパターン。生体認証機能による本人確認時にエラーが表示された事から少なくとも旗艦出身ではないと推測されるが、一方で僅かに残っていた衣服は間違いなく旗艦アマテラスの技術で製造されていた。特定困難なこの人物を"名無し零号"として処理した。そんな情報が無機質に羅列されていた。私は確信した。間違い無い、ソレは私の仲間のN-10だ。

 全てを見終わった私は力無く報告書を眺めるしか出来なかった。とうとう彼までも逝ってしまった。私達にそんな感傷は無い筈なのに、各惑星に散って以降ロクに連絡を取り合わなかったのに、しかしいざ"もう二度と会えない"状況に陥れば、ああしておけば良かった、こうしておけば良かった後悔が心の隙間を埋め尽くす。

 私は恥じた。旗艦の問題は私が解決しなければならないと理解しつつも、彼らの行為に甘えた事を恥じた。そして、感謝の言葉すら言えなかった事を悔いた。だけどもう遅い、全ては何者かの思うがままに動き、そしてその何者かは真綿で首を締める様に伊佐凪竜一とルミナ=AZ1、私、そして旗艦を容赦なく追い詰める。
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