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第7章 平穏は遥か遠く

245話 秘密

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「なんというか、まるで意志があるみたいな反応だな。今更だけど」

 鬱蒼とした森の中を更に歩き、漸く目的地を目視出来る場所まで辿り着いた伊佐凪竜一が不意に私の疑問を代弁した。しかし、疑問は最もだが素直に話す保証は無い。そもそも意志を簡単に……

「ありますよ」

 ハ、と情けない声が口から洩れた。唖然。ソレは教える利など無い秘密。なのにガブリエルは意志を持つか否かという疑問への回答をあっけらかんと口にした。セラフがザルヴァートルの最高機密として扱われる理由、部品一つに至るまでの解析を禁じた理由は連合最高峰の性能を秘匿する為ではなく、意志の発現を隠す為だったのか。

 意志――この宇宙に於いて最も神秘的で最も強く、最も恐ろしい力。そんな力の人工的な生成にザルヴァートルが成功したと、何時の頃からか連合に流れ始めた。当人達は肯定も否定もせず曖昧に濁し続けたが、その真相ががこんな形で露見したのは予想外だ。

「え?あ、あるんだ?」

「はい」

「なら、タケミカヅチ計画?だっけか、アレに協力していたのか?」

 彼はある意味当然の質問を重ねる。タケミカヅチ計画とセラフの共通点、機械に意志を宿さねばならなかった理由は全知的生命体の敵、マガツヒを討伐する戦力とする為。特に財団はその目的から熱心にマガツヒを討伐し得る力を追い求めた。セラフ以外だと艦に搭載する主砲"伍式ゴシキ"など。しかし、何れも碌な成果を上げられず。

「いいえ。そもそもセラフに意志があるという情報は最高機密ですから」

 ガブリエルはまたもあっけらかんと語った。最高機密と、隣を歩く女が発した単語に伊佐凪竜一は殊更に驚き、"え、いいの?"と素っ頓狂な声を上げる。

「驚く理由が分かりません。信用を得る為ですよ。事実、好意的な印象を持ったでしょう?ならば、決して無駄ではありません。それに」

「それに?」

 不自然に止まる口に伊佐凪竜一は固唾を呑む。

「ザルヴァートルの技術開発局はセラフの意志発現は知っておりますが、一方で"何故、どうやって成し得たのか"については解析できませんでした。つまり、我々セラフは奇跡、あるいは偶然の産物であると言う訳です。秘密にする理由、お分かりですか?」

「えーと。何かよく分からない技術を使っているから、かな?」

「いいえ、技術の独占を狙っているという疑惑を払拭できないからです。人は意志の疎通が出来ない故に疑うという感情に支配されます。進化の末に嘘や偽りを獲得した結果、世界は嘘と偽りが溢れました。そんな世界に於いて相手の言葉を鵜呑みにするのは危険と言う理由で、人はその脳内に疑うという感情を発露させました。真実を伝えても信用されなくば意味はない、ならば秘密にしておけば良い。完璧とは言い難い対応ですが、そう言う訳ですよ」

 いいえ、と首を横に振ったガブリエルは信を得る為、たったそれだけの為に頑なに閉ざされた秘密を全て暴露した。この情報の価値を正しく理解する人間が傍にいたならばきっと驚いただろう。

「私が次に言わんとする事、理解していますよね?」

 隣を歩く伊佐凪竜一に問うガブリエルの態度には不思議と圧を感じなかった。暴露した情報の価値を理解出来ないと判断したからか、あるいは彼と言う人間だからか。しかし、何れにせよ世間に漏れ出て良い秘密では無い。

「あぁ。俺も秘密にしておくよ」

 全てを語らず、しかし何を言わんとするか察した伊佐凪竜一は彼女の問いかけに正しく答え……

「はい、お願いします」

「素直に信用してくれるんだ?」

「貴方は我々を信じた、だから我々も貴方を信ずる。ただそれだけの話です」

 今度は伊佐凪竜一からの問いにガブリエルが答える。微かに微笑みを浮かべるその顔は急造故に浅く脆い信頼関係が強固になった確信に満ちている様な、そんな雰囲気を感じる。が、対する伊佐凪竜一の表情はややぎこちなく、つられて微笑を返すと、以後は間近に迫った目的地に向け淡々と歩を進める。

 成程、財団がセラフを秘密にしたがる訳だ。確かに財団は過剰な富を集めると言う理由で世間的な評判は宜しくない。それは図らずも地球と言う惑星の富を独占支配した清雅財閥と重なる。

 が、清雅財閥は神が与えた技術の漏洩防止と徹底管理を標榜したが故に誕生した、いわば止むを得ない事情があった。他方、ザルヴァートル財団はあくまで経済活動の域を出ない。有能で、且つ一族の理念を理解した人材を取り込み肥大化した組織なだけ。それ以上の悪意は存在しないのだが、一族の教義を世に広めるという目的以外の多くが謎に満ち、それが良くも悪くも人々の想像力を掻き立てたが故に高い信頼を獲得するに至らないと言うジレンマを抱えている。

『おーい、聞こえるゥ?』

 夜の闇に素っ頓狂で力の抜ける声が広がった。出処は伊佐凪竜一の懐、どうやら端末に誰かから連絡が入ったようだ。彼はガブリエルを視界に収めつつも慌てて懐をまさぐる。暗鬱とした森の一角に明滅する人工の光に伊佐凪竜一の驚く顔と、能面の如き無表情なガブリエルの顔が浮かぶ。

「この声、クシナダ……さん?」

「どうぞ。但し、比較的緩いと言っても完全に監視が無い訳ではありません。ですので可能な限り速やかに終わらせて下さい」

 最もな指摘に伊佐凪竜一は頷くと端末を操作する。程なく深い闇の中にディスプレイが浮かび上がると可愛らしい顔が浮かび……

『やーねー、呼び捨てでいいわよ。私達の仲じゃない?』

 と、馴れ馴れしく呼びかける。が……

「どんな仲ですかね」

『そんな事よりも後ろの女、誰?』

 ガブリエルの姿を目に止めた瞬間、クシナダの声色と雰囲気と表情が露骨に変わった。敵意。吊り上がった眉と爛々と輝く瞳に宿る意志は伊佐凪竜一の隣に立つ素性不明の人物を強く警戒する。

「この姿では初めてでしょうね、クシナダ様。お久しぶりです、ザルヴァートル財団所属のセラフが一者、ガブリエルです」

『ガブ……セラフって敵じゃない!!タケル君からルミナと敵対したって!!ちょっとナギ君、私と言う者が居ながらどういう事ッ!!』

「あーと、今彼女達と協力してるんだ。ココで何かが起こるって確信しているから……って、いやそれよりも"私と言う者が"って言い方はどうなの?」

『アハハ、一回言ってみたかっただけだよ』

 映像の向こうのクシナダは険しい表情から一転し屈託なく笑う。伊佐凪竜一も彼女の笑顔に同調する様に引きつった笑みを浮かべた。一方、ガブリエルの表情は無表情を通り越し酷く冷めている。事態に改善の兆しが見えない中で冗談を飛ばすクシナダの態度に不快感を覚えている様にも見えるが……

『で、それよりも信用していいの?』

 クシナダも同じく。隠し切れない疑念が言葉に、表情に滲む。通信を通し、双方が不信感を剥き出す。

「あぁ。疑って無暗に敵を増やしても良い事はないし、それにいざとなれば何とか逃げ切って見せるさ」

『もー、ツクヨミ居ないと全然ダメねぇ。ちょっと待ってて、今ソッチ行くから』

 が、険しい顔は瞬く間に呆れを含んだ驚きの表情へと変わる。短い間にコロコロと変わる態度は、しかし年相応の反応。単独での戦闘能力はスサノヲ上位、全力且つ一対一ならば伊佐凪竜一とルミナをも止め得る彼女はまだ17歳。心の端に年相応の無邪気さを残す少女なのだから。
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