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第7章 平穏は遥か遠く

269話 強襲

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「こんな事を、頼めた義理では無い、今の連合は思ったほど均衡がとれて……アマテラスオオカミと姫が辛うじてそのバランスを取っていたけど、片方が消えてから……彼方此方で不満が噴出して止められな。もし……もし姫まで消えてしまったら」

 一番多くを語った守護者は、全てを語り終える前に口を閉ざした。未だ蒼ざめた顔は地位、名誉、金銭という欲望のままに入隊した軽率な行動への後悔、守護者と言う組織の実情、何より己が決断の果てに待つ最悪の結末への恐怖に支配された心境を明白にする。呆れ果てた理由で腕を斬り落とされた彼等だが、どうやら人としての正常な思考は捨てていなかったらしい。

 が、世の中には通常とは違う思考の元で行動する人間が存在する。後先を考えない、自分の行動が世界や自分自身を含めた未来にどう影響するか考えない、出来ない、あるいは端から切り捨てる人間。オレステスは少なくともその側だ。

「分かってるわよ」

「まぁ、取りあえず俺達に任せておけや。なぁジーサン?」

「あぁ、どうせそんな有様じゃあ役には立てんからココでゆっくり休んでおけ」

 イスルギの言葉に守護者達のうち3人がまるで死んだように意識を手放した。残る1人は辛うじて起きているが、朦朧とする視界は呆然と天井を泳ぐ。眠れない。疲労と失血で手放しそうになる意識を繋ぎ止めるのはやはり後悔の念だろう。

「ところで先生、まだ時間が掛かるのか?」

「あぁ。いえ、もう終わっているのですが」

「何だ?どうしたんだ?」

「不自然に情報が削除された形跡を発見しまして。見つけたのは偶然なのですが、でも誰がこんな真似を?」

「何か凄い気になるんですけどソレ、何が消されたの?」

「本星王族の遺伝情報です。しかも直系の姫ではなく傍系一族の1つが丸ごと。で、もしかしたらコレも何か関係があるのかと思いまして、何時から消されたか調査していたんですが……」

 妙に時間が掛かると訝しんだイスルギが医者に問えば、男は全くの別件を調査していたとあっけらかんと明かした。

「そう……ところで守護者のオニーサン。これで全部よね?」

 一方、クシナダは視線の覚束ない守護者の傍に近づくと、未だ蒼ざめる顔をジッと覗き込んだ。まだ何か隠していないかと、そう尋ねる心境は全ての中心である明日の儀式で起こるへの関心。

「その顔と態度、まだ何か話してないことあるの?」

 震える唇と揺らぐ視線にまだ何か隠しているのではと、勘の鋭い彼女は勘繰る。

「オイまだあんのかよ。勘弁してくれ」

「いや、後は……そうだ、姫が満5歳となるまでの警護は特に厳重に、とかそんな話位だ」

「5歳?その数字に意味あるのか?つーかよぉ、ホントに全部かぁ?ホレホレ、死にたくなきゃあ全部喋っちまえよ」

「そうやって無駄に圧を掛けないでよ、バカ」

 思い出したように語ったのはさして重要ではない情報。明日の儀とは無関係とクシナダは落胆するが、対するタガミはまだ何かあるだろうと畳み掛ける。が、圧を掛けられた守護者の態度は変調、途端にしどろもどろになる。何かまだ隠しているのか、あるいは思い出そうとしているのか。

「あと、もう1つ」

「ほーら、あるじゃねぇか」

「噂、というか、推測というか」

 意を決した男は"噂"と前置きすると、朧げな記憶を頼りに不明瞭な何かを語り始めた。

「グッ、ガァ!?」

 刹那、事態が急変した。

「オイ!!どうしたんだオイ!!」

「先生っ!!」

 急変する容態。それまで比較的落ち着いていた男は突如として苦しみ、のたうつ。イスルギは急いで医者を呼び、呼ばれた男は調べ物を放り投げるとベッドで悶え苦しむ守護者に駆け寄る。

「ねぇ、一体どうしたの?ただ事じゃないわよコレ?」

「これは、ナノマシンバグ!?」

 医者は守護者を襲う変調を看破するや、端末を操作する。浮かび上がった無数のディスプレイの1つが真っ赤に染まり、同時に激しいアラートを鳴らす。

「オイ、嫌な予感しかしねぇんだけど!!」

「極々稀に発生する体内を巡回する医療用ナノマシンが何らかの要因により通常とは異なった動作を取るんです。でもこんな急に、先程までは何の影響も、いえそれ以前にバグは粗方潰されている筈で、こんな事は……いやまさかッ」

「誰かが意図して起こした?」

「えぇ。このまま放置すれば何れ死んでしまう!!」

 幾つものディスプレイを睨みながら、医者は必死で端末からナノマシンを遠隔操作、バグの制御を試みるが、全てにおいて何者かが一枚上手。医者の顔は険しさを増し、それに伴い守護者の様子も悪化する。苦悶と共に胸元を掻き毟り、口からは絶え間なく呻き声を吐き出す。しかし、何をしようが症状は止められず。口から血が拭き零れ、苦悶に溢れた表情は悲痛と恐怖に歪む。

「ゴフッ、い……ひ……に……」

 最後に意味不明な言葉を残し、守護者は事切れた。医者が見つめるディスプレイは呼吸停止と脈拍ゼロを表示する。誰がどう見ても目の前の男が死亡した無常な事実。医者は瞳孔反応を確認、タガミ達に振り向き首を横に大きく振った。

 その様子にそれまで休んでいた守護者達は飛び起き、無惨な最期を遂げた仲間の死に様に混乱し、恐怖した。言葉にならない、言葉と呼べない言葉で何かを叫び、懇願する。が、遠からず踏みにじられるだろう。

「この分だと彼以外も同じでしょうね」

「その前に、今すぐ移動した方が良いわ」

「チクショウ、何だってんだ!!」

「タガミ落ち着け、他の連中にもこの事を伝えねばならん」

「まるでタイミングを見計らったかの様な口封じ、多分私達の動向を向こうは知っている。下っ端の連中はID管理されていた?守護者なのに?好き放題するのに何でそんなとこだけ律儀なの?」

「クソがッ、もっとちゃんと検査しておけば!!」

 クシナダもタガミも迂闊さを呪う。が、間髪入れず医者が"違います"と否定し、続けて"私のせいだ"と詫びた。

 旗艦ココの生体認証IDは人の健康管理を兼ねており、体調不良の際は必要に応じて医療機関にデータを送信、異常があれば個人に警告アラートを返送する仕様になっている。敵はその性質を利用してナノマシンを暴走させた。

「神が健在の時ならば危険なデータを送受信できない様に厳重に監視していて、だからこんな真似は誰もしなかった。だけど遠隔操作でバグを引き起こして殺す、こんな非道な事を平然と。人を救う為に発展した技術を何だと思っているんだッ!!」

 守護者を看取った医者は憚らず憤りを吐き出した。彼らしくない態度ではあるが、その意見は最もなところ。医療用に発展したナノマシンは当初から万能安全だった訳ではない。ナノマシン医療の黎明期には体細胞や臓器を傷つけたり、血管で増殖し血流を止めるといったバグが発生し、その度に危険性が議論され、発展が止まった。神はそうした事態に自らの演算能力を割き、より完璧なナノマシンを作り上げ人に提供した。

 人は神から下賜された技術をゆっくり時間を掛け研鑽し、今日に至るシステムを作り上げた。それは人を救う為という目的で有り、間違っても殺傷する為の技術ではない。本来と真逆の行為に使用された医者の怒りは察するに余りある。

「そうか、口惜しいが敵が一枚上手だったと言う訳か。しかしこんなケースまで想定しておるとは、あの女は本当に何処まで先を見通しておるんだ」

「感心していないで、それよりも逃げま」

「その必要は無いぞッ!!」

 現状を総合すれば敵に行動が筒抜けと、クシナダは檄を飛ばす。が、低い男の声が遮る。

 ドカン――

 同時、入口の扉が地響きのような揺れと共に破壊され、大きな音が壁を突き抜ける。タガミとクシナダは武器を実体化させ、イスルギは衝撃に体勢を崩した医者を庇うように立つ。

「アンタはッ!?」

「テメェ!!」

「裏切り者が居るっちゅう事は、やはり行動は監視されていたか」

「そう言う事だ。無計画に敵を救うべきではないぞ。良い勉強になっただろう、タガミィ!!」

 肉食獣の唸り声の如きドスの利いた声にベッドで横たわる守護者達の顔が恐怖で強張る。獰猛さと冷徹さを兼ね備えた目に射抜かれたからか、それともこの男の出自を知っているからか。

「サルタヒコッ、今ココでテメェの面は見たくなかったぜ!!」

「フンッ、俺もだよ!!」

 豪奢で分厚い扉をまるで板切れの様に蹴破り、無遠慮に部屋へと侵入を果たしたのはこの場の誰よりも大柄な男。当時オオゲツと名乗っていたタナトスの部下として暗躍していた男、元スサノヲと言う経歴のサルタヒコだった。ウマが合わない、というよりも心底から嫌悪する両者の感情に反応、カグツチが揺らめき始め、空気も張り詰める。

「まぁ、貴様の事など今はどうでも良い」

「そう寂しい事言うなよ。久しぶりの再会だ、話したい事もあるんじゃねぇのか?」

「相変わらず口が減らん奴だ。そんなに聞きたいなら教えてやるよッ!!」

 大男はそう叫ぶや、手に持つ端末のボタンを押した。全員がその行動に身構える。それは咄嗟の行動であり反射的な行動。相手が何か碌でもない事をしでかす。そしてそれは目の前の男の荒々しい性格と同じで破壊を伴う行動であると3人は判断、反射的に戦闘態勢へと移行すると各々が鋭い視線で周囲とサルタヒコを警戒する。

「グゥ……」

「ゴホッ、い、嫌だ……」

「な、んで……」

 次の瞬間、背後から呻き声が3つ重なり聞こえた。驚き、背後へと僅かに視線を移すタガミ達の視界に映るのは既に死亡した男と同じ症状に苦しむ守護者達の姿。

「テメェッ!!」

「さて、用件は終わった。ではゆっくり話そうか?」

「よくもッ!!」

「ハハハッ、話をしたいと言ったのは貴様だろう?」

 不敵な笑みを浮かべるサルタヒコと対照的にタガミは猛る。同時にそれまでの冷静で豊富な知識を元に無根拠な推論から極めて真実に近い答えへと導いてきた性格は鳴りを潜め、これまでにも周囲から散々に指摘された短絡的な性格が顔を覗かせる。

 急激な変化の切っ掛けはベッドで横たわる守護者達の傍で懸命に介護していた医者が力なく首を横に振るのを見たから。言わずもがな、全員死亡。その事実に激昂したタガミは、躊躇なく実行したサルタヒコ目掛けて飛びかかった。が……

 ドン、と激しい衝撃を伴う鈍い音。続いてくぐもった声。タガミの行動は彼の短所を最も端的に表現しているかの如くに直線的且つ単純、故にあっさりと交わされ、更にすれ違いざま腹部に一撃まで貰った。大きく吹き飛び、体勢を整えようとタガミは必死に踏ん張るが、しかし立ち上がれず、膝から崩れ落ちた。

「バカモンがッ!!」

「なーにやってんのよ!!」

「ハハハッ、相変わらず口と実力が見合っていないな!!そんな貴様程度が暫定とは言えスサノヲとは、随分と落ちぶれたモノだ。だが今はどうでもいい。お前達、何処まで知ったんだ?」

 知った、か。同士討ちの件はどう考えても不測の事態だろうに、よくここまで上手く立ち回れるものだ。あの大男の言動からすれば、重要な情報が洩れようが微塵も影響がないどころか、寧ろ知られる事を望んでいる節さえ感じる。

「アンタに言う必要ある?」

「お前が俺の後釜に収まった噂のルーキーか?随分と達者な口を利くが、経験が足りんよ!!」

「落ち着かんかい!!なぁ、ソイツを聞いてどうするつもりだ?それともワシ等が情報を手に入れるのは織り込み済みだったと言う事か?」

「答える義務は無い。どうしても聞きたいと言うならば力づくで聞くしかないが、しかしッ」

 サルタヒコは言葉を止め、口を大きく歪めた。歪な笑み。直後、外部からの凄まじい衝撃が外壁を抉り取った。他惑星の文化的な景観が再現された美しい内壁は見事に破壊され、清掃の行き届いた部屋は瞬く間に埃と破片に汚された。

「俺が何の手土産も無しに1人でこんな辺鄙な場所に来るわけないだろうがッ!!」

 イスルギとクシナダが轟音と衝撃が発生した方向を振り向けば、黒雷の無機質な頭部が突き破られた壁の奥から覗き込んでいた。

「やはり!!」

「黒雷ッ、見たくもないのがゾロゾロとッ!!」

「ハハハハハハッ」

 僅か数分で事態は一変した。守護者は皆殺しにされ、隠れ家は強襲され、4人は混乱の底に叩き落とされる

 ココまでが伊佐凪竜一と合流する前にクシナダが経験した全て。この場を映した映像は、黒雷の斉射により崩落する部屋に響き渡ったサルタヒコの嘲笑を最後に途絶えた。
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