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第7章 平穏は遥か遠く

268話 制御不能

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「ま、まだ……話は終わっていない」

 蒼白の顔を天井に向けたまま、横たわる守護者が震える声で語り掛ける。心なしか呼吸が早い。

「え?」

「アレで全部じゃねぇのかよ?」

「で、次は何だ?」

 驚く声に守護者は動じず、ベッドから4人を見つめる。意を決し、ゆっくりと顔を上げた男は震えを必死で抑えながら……

「そ、その力は……影響力が計り知れないそうだ。少なくとも連合中、少なくとも銀河の半分は姫君の影響下にある。そして全ての人間、生命体が持つ幸運という未知の力を一方的に吸い上げる」

 姫に宿る星の力を改めて語った。何度聞いても理解し難い、神の如き力に誰もが辟易する。無論、守護者も含めてだ。

「さっき説明した通りだな。まぁ確かに規格外だ。で、多少不幸になるのを止むを得ないって受け入れられるかどうかって問題以外に何がアンだよ?」

「れ、冷静に考えてみろ。本当に、本当に完全無……なら、守護者は不要。な、なのに、現実は必要とされて……」

「なんじゃい、藪から棒に?」

「必要って、確かに何でだ?」

 タガミに急かされた守護者の持って回った言い回しに4人は互いの顔を見合わせる。何を言いたいのか分からず、誰もが困惑の色を隠せず。が、直後にクシナダが"あ"と小さく叫んだ。同時、何かに気付いた彼女の表情は守護者と同じに青ざめ始める。

「何だよ、何かわかったのか?」

「もしかして、もしかして制御出来ないの?」

 制御不能。彼女が辿り着いた答えは荒唐無稽、あるいは出鱈目に近く、タガミとイスルギは"まさかぁ"、"流石に荒唐無稽だ"と呑気に構える。が……

「そうだ」

 守護者が振り絞った一言に、言い当てたクシナダは元よりタガミとイスルギ、ココまで冷静だった医者さえも絶句した。全員が動揺、混乱に支配される。力の制御が出来ない。つまり、現状の連合は制御不能の力を抱えた姫が1人で支えているという意味。知れば正気ではいられないに決まっている。連合は姫が1人で維持しているというアイアースの言は出鱈目で、現連合は一歩誤れば瓦解まっしぐらの危険と隣り合わせの状態だった。

「オイオイオイ、制御出来ネェってよぉ!!」

「そう……より正確には半分、つまり幸運の吸収を完全に制御出来ない……コレは姫自らも認めている。それが……それが何を意味するか、つまり姫は自らが危険に晒されると……暴走する形で周囲から幸運を吸い上げ自らを守る、守ってしまう」

 守ってしまう、震える声はそこで途切れた。表情が全てを物語る。嘘ではない。守護者のみに教示される姫の秘密は余りにも衝撃的で、故に道理で秘匿する訳だと納得する説得力がある。護る者。守護者。そう、守護だ。彼等が何をしているか、ここに至り判明した。守護者が守護する対象は姫ではなく、民だった。姫を護る事で間接的に民を不幸から遠ざける、それが守護者の名に籠められた真の意味。

「同時に姫が無用に力を使わぬようにする為、姫が心を痛めぬようにする為、連合に姫への不信感を抱かせない為に俺達は存在する……そう……そう教えられた」

「つまり……レイディアントで起きた疫病は、何らかの理由で先代の姫が自らの身を守らねばならない事態になってしまった結果、引き起こされた可能性があるって事ね」

 守護者の語る情報が警鐘を鳴らす。過去に起きた事件を額面通りに受け取る危険性、即ちクシナダが語る通り先代の姫の身に何かが起きた可能性があると。しかし、真に問題なのは姫ではない。守護者達はクシナダの推測に言葉を失う。彼等も理解したようだ。推測が正しい場合、オレステスには姫、ひいては星を殺害する動機がある事になる。

 幾つもの惑星を連ねた連合と言う組織は、アマテラスオオカミと幸運の星を持つフタゴミカボシの姫が治める事で安定した組織運営を維持出来ていた。神が存在する一つの惑星と一つの超巨大航宙艦を除けば各惑星の治安は大きな差があり、考え方に至っては連合内どころか各惑星内に於いても全く違い統一性が無い。各惑星は当然ながら自らの利益を追求しようとするが、全員が仲良く利益を享受できるはずも無く不協和音に支配されるのは必然。

 二柱の神はそんな状況を是正する為にその能力を振るい続けてきたのだが、半年前の青白戦役を境にアマテラスオオカミは神の座を退いた。人の事は人に任せる。アマテラスオオカミに内包された人類評価プログラムが下した判断を私程度が覆せる筈もなく、結果として連合は姫が単独で治める形になってしまった。

 最初はどうにかしようと思案した。迷い、戸惑い、しかし何らの手立ても思い立たず、忸怩じくじたる思いで現状を受け入れた。

 しかし、そんな過去は全て茶番だった。全てを知ってしまえば無意味でしかなく。これまでの配慮も、心配も、因果予測を覆す絶対無欠の星の前には無力。しかも、挙句に制御不能ときた。如何に優れているとはいえ所詮は機神、本物の神に敵う筈など無かったのだと、そう思えば暗い感情が沸々と心に湧く。醜い安堵が麻薬の様に心を蝕む。委ね、身を任せれば破滅する歪んだ安寧だ。

「その力、オレステスやアイアースのヤツも当然知ってる筈だ。だがそれでもヤツ等は躊躇いなく行動を起こした」

「神の力を知って尚、諦めないのですね」

 出会ってしまった、見つけてしまった正真正銘、本物の神。神の力、その言葉に私の記憶が揺り動かされた。2000年前に起こった機神と現人神の邂逅、アマテラスオオカミが当代の姫と会談した際の様子は記録映像として残っており、興味本位で覗いたあの時の記憶が鮮明に蘇る。映像に映る姫君は、当時の文明水準では絶対に出来ないであろう"宇宙から来た"という言葉を信じるどころか、躊躇う事なく共に同じ道を歩もうと宣言した。

『アナタの言葉を信じます。そして今後は遠き闇の彼方より石の船に乗って現れた新たな神と同じ道を歩みましょう』

 会談の最後、アマテラスオオカミに向けそう語った彼女の目に宿る決意と意志は並大抵では無く、まかり間違っても不安定な力の犠牲を無意味に広げよう等と言う偽善も悪意も感じなかった。もし、もし本当に幸運の星が制御出来ない程に不安定な力だと姫自らが認識出来ているならば、且つてオリンピアと呼ばれた現惑星フタゴミカボシから宇宙に飛び立とうなどと考えなかった筈だ。何かがあった。2000年前のあの日から今日に至るまでに何かが起こったのだと、そう思った。

「普通に考えれば無尽蔵に他者の幸運を吸い上げる能力を持つ姫を殺そうなんて考えない。当然だよね、姫から幸運を吸い上げられたら不幸が訪れる。姫を殺したい人間の不幸は殺害失敗以外に無い」

「つまり、幸運の星……いや、姫を殺す手段は確実にあるって訳だな」

「そして、それは明日執り行われる婚姻の儀でほぼ間違いない。伴侶となる男か、そうでなければ儀式そのものが姫を殺す為に存在するもので婚姻は後付けか」

 意識は過去から現在へと戻る。幾重にも重なった断片的な情報が各々の心に映し出す未来は姫の殺害。しかし推測は何処まで行っても推測でしか無く、故に確たる証拠が無ければ全て夢想と一笑に伏される。だが、最初は漠然としていた推測は、時が進むにつれどんどんと信憑性を増す。守護者の証言を中心に、無数の点の1つ1つが線で繋がれはじめ、やがて1本の長い線となる。終端に待つのは……連合の崩壊。

 誰もが、守護者から直接話を聞いているタガミ、クシナダ、イスルギに加え自ら騒動の渦中へと身を投げた医者、そしてそれを映像越しで見る私であっても彼等がもたらした情報から辿り着く結論が真実であると強く思える何かを感じ取っている。

 最早、荒唐無稽と笑えない。もし笑い、油断し歩みを止めたならば全てが水泡に帰す感覚が、明確な不安と重圧を伴い全員の周囲にまとわりつく。あるいはまるで"急げ"、"全てが手遅れになる前に"と、そんな風に耳元で囁く。
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