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第7章 平穏は遥か遠く
274話 終幕への前奏 其の3
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時刻は0時を過ぎて1時間ほどが経過した。後数時間もすれば婚姻の儀を迎えるという状況だというのに、英雄を取り巻く環境は一向に改善の兆しを見せない。
伊佐凪竜一は神託の影響下にあったガブリエルによりディオスクロイ教の元へと案内された後、必然の元で発生した戦闘に巻き込まれながらもなんとかそこから逃げ出した。しかし敵は短期間の内に旗艦全域に根を張っており、程なくそこでの戦闘行為はディオスクロイ教徒虐殺事件へと姿を変えた。当然その首謀者に祭り上げられた伊佐凪竜一は這う這うの体で逃げ出した先でヤタガラスに決別を告げられ、同時に襲撃を受けた。
黒雷での逃走を余儀なくされた2人の前途は暗い。全長20メートルを超える巨大な機体が閑散とした観光区域を逃げ回る状況は、如何に人が絶無の観光地域とて目立つ上、そもそも敵機である黒雷を乗り回しているのだからが、乗り捨てたとて何も変わらず。黒雷から離れて程なく、2人は容赦のない数のイヌガミから追撃を受ける。
旗艦の各所に配備された大量のイヌガミは何処に逃げようが容赦無く、更に疲れ知らずで2人を追い詰める。クシナダ自身のIDは当に捨てていており、夜の闇に紛れても尚、状況は変わらず。
「別行動……」
現状ではこれが最善策とばかりに、クシナダが口を開いた。実質的な囮。その時が来るまで彼女が可能な限りの敵を引きつけ、伊佐凪竜一への意識を逸らす。対する彼は別行動以後、婚姻の儀が始まるまで何があろうとも雌伏する。
最優先すべきは今日の午前と午後にそれぞれ執り行われる婚姻の儀に伊佐凪竜一を万全な状態で送り出す事。その為の準備と休息の時間をより確実に作る為、戦力的に足手纏いとなるであろう己を切り捨てる非常を彼女は選ぶ。
「これ以上の犠牲は御免だし、何より俺は旗艦に余り詳しくない。このまま一緒に来てほしい」
しかし当人は即断で否定、彼女に引き続きの同行を求めた。イスルギから貸し出された"言葉通りに何処にでも出入りできるハイドリ"を作りだす腕輪を持つ手が不自然に固まり、程なく小刻みに震えだす。
自らを囮に伊佐凪竜一を温存する、一網打尽の危険が付き纏うがクシナダと共に安全に艦内を逃げ回る。何方も正しく、故に平行線を辿りそうな意見の衝突は、しかしクシナダがアッサリと意見を翻した為に即、終了した。もう少し抵抗するかと思っていた彼女の様子を窺えば、夜空に明滅する星の輝きに浮かぶ顔は露骨に破顔しており、更にほんのりと頬が朱いような気がしなくもない状態だった。気のせいだろう、多分、きっと。
「ふ、ふぅん。分かったわ。ま、そこまで頼られちゃぁ悪い気はしないし、それに各個撃破されてもね。でも……ンフフフフッ」
「何?」
「噂に聞く告白ってこう言うヤツなのかなぁって。イヒヒッ」
気のせいじゃなかった。はっきりと紅潮した顔は恥じらい、あるいは照れくさいといった表情がとんでもない勘違いを暴露すると、伊佐凪竜一の顔は驚き固まる。そんなつもりで言った訳ではないから当然か。
「え?いや、違うと思うよ」
「えー、そうなのー?」
「それはそれとして、付いてきてくれるのは助かるよ。ありがとう」
「ふぅん、まぁいいわ。じゃあ仲良く行きましょうか」
夥しい数のイヌガミが作る残骸を後に、伊佐凪竜一は神妙な面持ちで、クシナダはそれとは対照的にやけに嬉しそうに灰色の門の中へと消えていった。
※※※
同時刻、54区域より数百キロ以上離れた49区域内に配置された隠れ家には伊佐凪竜一とは、対照的に寝息を立てるルミナの姿。彼女も又、旗艦を巻き込んだ騒動における渦中の1人。
ここ数日の間に彼女の立場は凋落した。伊佐凪竜一の行方不明に端を発した今回の騒動、彼が何故かフォルトゥナ=デウス・マキナと行動を共にしていると知った彼女は、同時に不穏な行動を取る守護者への不信と、更に惑星ファイヤーウッドでアックス=G・ノーストが言い放った"誘拐犯"との一言から咄嗟に彼の行動を手助けした。
しかしその行動は当然ながら守護者に咎められ、彼女は過大な罰と共に艦長の座を下ろされた。しかも、まるで追い打ちの如く黒雷に強襲を受ける。しかも敵はミハシラ内部という非戦闘区域で問答無用に戦闘を仕掛けたかと思えば、躊躇いなく戦場を居住区域に移した。そして、そこで初めて自らが市民達からどう思われているか、いやより正確には何者かが誘導した醜悪な民意の果てを突きつけられた。
絶大な支持の元に艦長と言う職に推された且つての英雄は、今や旗艦アマテラス腐敗の象徴として貶められていた。サクヤを除けば基本的に高天原に入り浸りの彼女からしてみれば寝耳に水。が、そんな窮状に敵は一切の容赦を仕掛けず。そうして幾つかの区域を跨いだ戦闘の末、最後で唯一彼女の味方との邂逅を果たした。
アクィラ=ザルヴァートル。連合最大の財閥、ザルヴァートル財団の頂点に立つ総帥であり、同時に彼女の祖母でもある女傑。久方ぶりの邂逅。時間、境遇、その他あらゆる状況が作る溝は最悪の状況が解決した。ルミナはアクィラ総帥の申し出を素直に受け入れ、治外法権内に持つ宿泊施設に身を寄せた。総帥の好意を受けた彼女の心は随分と休まった。
が、しかしその幸運は何時までも続かず。ルミナの目の前で総帥が殺害され挙句に犯人に仕立て上げられてしまった。
苦難は続く。傷心から立ち直る暇さえ与えられないまま伊佐凪竜一救出作戦へと参加、更に守護者に情報を渡していた裏切者の特定に至るが……その相手が彼女の主治医だった。しかも、またしても目の前で殺害された挙句に犯人にまで仕立て上げられた。行動すればする程に被害が広がり、状況は悪化する。
そんな事態を前に彼女はどうにか前を向いているが、最大の支えである伊佐凪竜一との再会は果たせず。ベッドで静かに寝息を立てる彼女は、今でこそ落ち着いてこそいるが少し前まではまるで悪夢にうなされるかの様な呻き声を上げていた。そんな有様を見れば私が思うよりも彼女は強くないと認識するには十分で、やはり伊佐凪竜一と言う人間が必要だと認識させる。半年前、彼女が最後まで戦えた理由は伊佐凪竜一が隣にいたという理由なのは疑いようなく。
しかし今も尚2人はすれ違い、全ての因果が集結する儀式の開始まであと数時間という状況となっても未だ再会を果たせずにいた。今日の戦いがどれだけの規模となるか想像もつかない。出来ればその時まで穏やかに過ごして欲しい、私は映像に向けてそんな願いを吐き出した。
カタカタ
が、願いを踏みにじる変調が起きた。最初の異変は寝室が走った微かな揺れ。一度、そしてまた一度。揺れは次第に大きく、激しさを増す。周囲の調度品が揺れる音が周囲を騒がせ始め、壁に掛けられた絵画が振り子の様に揺れ、水槽の水が跳ねる。既に無視できない程の振動に彼女の重く閉じた瞼がゆっくりと開く。虚ろな眼差しは周囲の異変を察知すると一気に覚醒、枕元に置かれたプレートを起動、鈍色に輝く銃を実体化させる。
ドスン――
同時、一際大きな揺れが隠れ家を襲った。まるで何かに攻撃されたかのような衝撃は施設の周辺で起きる異変、いや追手の存在をはっきりと予感させ、彼女は豪奢なベッドから飛び降りると軽い舌打ちと共に扉の奥へと消えていった。
伊佐凪竜一は神託の影響下にあったガブリエルによりディオスクロイ教の元へと案内された後、必然の元で発生した戦闘に巻き込まれながらもなんとかそこから逃げ出した。しかし敵は短期間の内に旗艦全域に根を張っており、程なくそこでの戦闘行為はディオスクロイ教徒虐殺事件へと姿を変えた。当然その首謀者に祭り上げられた伊佐凪竜一は這う這うの体で逃げ出した先でヤタガラスに決別を告げられ、同時に襲撃を受けた。
黒雷での逃走を余儀なくされた2人の前途は暗い。全長20メートルを超える巨大な機体が閑散とした観光区域を逃げ回る状況は、如何に人が絶無の観光地域とて目立つ上、そもそも敵機である黒雷を乗り回しているのだからが、乗り捨てたとて何も変わらず。黒雷から離れて程なく、2人は容赦のない数のイヌガミから追撃を受ける。
旗艦の各所に配備された大量のイヌガミは何処に逃げようが容赦無く、更に疲れ知らずで2人を追い詰める。クシナダ自身のIDは当に捨てていており、夜の闇に紛れても尚、状況は変わらず。
「別行動……」
現状ではこれが最善策とばかりに、クシナダが口を開いた。実質的な囮。その時が来るまで彼女が可能な限りの敵を引きつけ、伊佐凪竜一への意識を逸らす。対する彼は別行動以後、婚姻の儀が始まるまで何があろうとも雌伏する。
最優先すべきは今日の午前と午後にそれぞれ執り行われる婚姻の儀に伊佐凪竜一を万全な状態で送り出す事。その為の準備と休息の時間をより確実に作る為、戦力的に足手纏いとなるであろう己を切り捨てる非常を彼女は選ぶ。
「これ以上の犠牲は御免だし、何より俺は旗艦に余り詳しくない。このまま一緒に来てほしい」
しかし当人は即断で否定、彼女に引き続きの同行を求めた。イスルギから貸し出された"言葉通りに何処にでも出入りできるハイドリ"を作りだす腕輪を持つ手が不自然に固まり、程なく小刻みに震えだす。
自らを囮に伊佐凪竜一を温存する、一網打尽の危険が付き纏うがクシナダと共に安全に艦内を逃げ回る。何方も正しく、故に平行線を辿りそうな意見の衝突は、しかしクシナダがアッサリと意見を翻した為に即、終了した。もう少し抵抗するかと思っていた彼女の様子を窺えば、夜空に明滅する星の輝きに浮かぶ顔は露骨に破顔しており、更にほんのりと頬が朱いような気がしなくもない状態だった。気のせいだろう、多分、きっと。
「ふ、ふぅん。分かったわ。ま、そこまで頼られちゃぁ悪い気はしないし、それに各個撃破されてもね。でも……ンフフフフッ」
「何?」
「噂に聞く告白ってこう言うヤツなのかなぁって。イヒヒッ」
気のせいじゃなかった。はっきりと紅潮した顔は恥じらい、あるいは照れくさいといった表情がとんでもない勘違いを暴露すると、伊佐凪竜一の顔は驚き固まる。そんなつもりで言った訳ではないから当然か。
「え?いや、違うと思うよ」
「えー、そうなのー?」
「それはそれとして、付いてきてくれるのは助かるよ。ありがとう」
「ふぅん、まぁいいわ。じゃあ仲良く行きましょうか」
夥しい数のイヌガミが作る残骸を後に、伊佐凪竜一は神妙な面持ちで、クシナダはそれとは対照的にやけに嬉しそうに灰色の門の中へと消えていった。
※※※
同時刻、54区域より数百キロ以上離れた49区域内に配置された隠れ家には伊佐凪竜一とは、対照的に寝息を立てるルミナの姿。彼女も又、旗艦を巻き込んだ騒動における渦中の1人。
ここ数日の間に彼女の立場は凋落した。伊佐凪竜一の行方不明に端を発した今回の騒動、彼が何故かフォルトゥナ=デウス・マキナと行動を共にしていると知った彼女は、同時に不穏な行動を取る守護者への不信と、更に惑星ファイヤーウッドでアックス=G・ノーストが言い放った"誘拐犯"との一言から咄嗟に彼の行動を手助けした。
しかしその行動は当然ながら守護者に咎められ、彼女は過大な罰と共に艦長の座を下ろされた。しかも、まるで追い打ちの如く黒雷に強襲を受ける。しかも敵はミハシラ内部という非戦闘区域で問答無用に戦闘を仕掛けたかと思えば、躊躇いなく戦場を居住区域に移した。そして、そこで初めて自らが市民達からどう思われているか、いやより正確には何者かが誘導した醜悪な民意の果てを突きつけられた。
絶大な支持の元に艦長と言う職に推された且つての英雄は、今や旗艦アマテラス腐敗の象徴として貶められていた。サクヤを除けば基本的に高天原に入り浸りの彼女からしてみれば寝耳に水。が、そんな窮状に敵は一切の容赦を仕掛けず。そうして幾つかの区域を跨いだ戦闘の末、最後で唯一彼女の味方との邂逅を果たした。
アクィラ=ザルヴァートル。連合最大の財閥、ザルヴァートル財団の頂点に立つ総帥であり、同時に彼女の祖母でもある女傑。久方ぶりの邂逅。時間、境遇、その他あらゆる状況が作る溝は最悪の状況が解決した。ルミナはアクィラ総帥の申し出を素直に受け入れ、治外法権内に持つ宿泊施設に身を寄せた。総帥の好意を受けた彼女の心は随分と休まった。
が、しかしその幸運は何時までも続かず。ルミナの目の前で総帥が殺害され挙句に犯人に仕立て上げられてしまった。
苦難は続く。傷心から立ち直る暇さえ与えられないまま伊佐凪竜一救出作戦へと参加、更に守護者に情報を渡していた裏切者の特定に至るが……その相手が彼女の主治医だった。しかも、またしても目の前で殺害された挙句に犯人にまで仕立て上げられた。行動すればする程に被害が広がり、状況は悪化する。
そんな事態を前に彼女はどうにか前を向いているが、最大の支えである伊佐凪竜一との再会は果たせず。ベッドで静かに寝息を立てる彼女は、今でこそ落ち着いてこそいるが少し前まではまるで悪夢にうなされるかの様な呻き声を上げていた。そんな有様を見れば私が思うよりも彼女は強くないと認識するには十分で、やはり伊佐凪竜一と言う人間が必要だと認識させる。半年前、彼女が最後まで戦えた理由は伊佐凪竜一が隣にいたという理由なのは疑いようなく。
しかし今も尚2人はすれ違い、全ての因果が集結する儀式の開始まであと数時間という状況となっても未だ再会を果たせずにいた。今日の戦いがどれだけの規模となるか想像もつかない。出来ればその時まで穏やかに過ごして欲しい、私は映像に向けてそんな願いを吐き出した。
カタカタ
が、願いを踏みにじる変調が起きた。最初の異変は寝室が走った微かな揺れ。一度、そしてまた一度。揺れは次第に大きく、激しさを増す。周囲の調度品が揺れる音が周囲を騒がせ始め、壁に掛けられた絵画が振り子の様に揺れ、水槽の水が跳ねる。既に無視できない程の振動に彼女の重く閉じた瞼がゆっくりと開く。虚ろな眼差しは周囲の異変を察知すると一気に覚醒、枕元に置かれたプレートを起動、鈍色に輝く銃を実体化させる。
ドスン――
同時、一際大きな揺れが隠れ家を襲った。まるで何かに攻撃されたかのような衝撃は施設の周辺で起きる異変、いや追手の存在をはっきりと予感させ、彼女は豪奢なベッドから飛び降りると軽い舌打ちと共に扉の奥へと消えていった。
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