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第7章 平穏は遥か遠く

275話 終幕への前奏 其の4

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 深夜の観光区域は静かで、重い。空を見上げれば満天の星が出迎えるが、その輝きは地上を遍く照らすには全く足らず、閑散期により極端に減った街灯の影響で暗く、陰鬱とした空気に支配される。その源泉は闇夜に深く沈む観光都市は完璧な治安と行き届いた整備が崩れ去った楽園崩壊が産み落とす闇であり、更に遡れば地球とその神ツクヨミを敵に回してしまったあの戦いへと至る。

 第49区域は且つてアマツミカボシに存在した、文化を模倣して作られた場所。その特徴的な建築物の構造が伊佐凪竜一の出身地域である日本と酷似しているというのは、偶然とは言え少々出来過ぎだと思う。

 地球で言うところの"和風"に分類される建築様式と庭園、そしてそこに配置された色とりどりの草木が美しさに彩を添える。様々な様式で作られた幾つもの庭園を含む建築物は、それぞれが個別の宿泊施設としても機能しており繁盛期には四季折々に観賞できる景色を楽しむ観光客でごった返す。

 ルミナもまたこの景色が気に入っており、日本と言う地域と極めてよく似た文化に違和感を持ちつつも退院以後は頻繁この区域で療養していた。

「不思議だよなぁ。地球とよく似た景色がこんなふねン中にあるんだぜ?なぁ、アンタもそう思うだろ?」

 その彼女が武器を手に外へと飛び出すタイミングを見計らうように闇から男が声を掛けた。時刻は深夜とは言え、本来ならば其処彼処に付く光が夜の庭園を幻想的に艶やかに映し出している筈なのだが、閑散期の今では殆どが消灯している。楽園崩壊が生む闇、その中から一つの影がゆらりと動く。ゆっくりと、そして何故か覚束ない足取りをしながら、やがて僅かに灯る街灯の下にその姿を見せた。

「お前は!?」

 闇から姿を見せた男の姿にルミナは。無理も無い。その人物が生きているという報告は彼女も耳にしていたから驚きはしない。彼女が驚いたのは……

「馬鹿な、どうやって地球から上がって来たッ!?」

 地球からの移動手段を持ちえない男が旗艦に居るという現実。街灯の下に姿を見せたのは地球で伊佐凪竜一を二度に渡り襲撃した山県大地だった。半年以前までは清雅という地球全域を牛耳る超巨大企業に属し、その頂点に立つ清雅源蔵の命を受け伊佐凪竜一と殺し合い、その果てに死亡し、経緯は不明だがその後に蘇生した男。ある意味においては伊佐凪竜一と同一であるが、両者の立ち位置はさながら光と影の如く対照的だ。

「さあて、どうしてだろうねぇ?」

 女の反応を男は退屈だと嘲笑った。

「次にお前が言いた事、当ててやろうか?"ココで何をするつもりだ?"ってそんなところだろ?詰まらねぇヤツだなぁ」

「お前もッ、いや地球での一連も婚姻の儀に関係していると言う事だな!!」

「さぁてな」

 街路灯の光から再び闇へと歩を進めながらも山県大地は語る口を止めないが、しかし一方的に言いたい事を言うばかりでルミナの詰問はのらりくらりと交わす。元からこういう男なのか、それとも語るつもりなど端から無いのか、無いならば一体どういう理由で彼女の前に姿を見せたのか。

「ならばナギか、彼がココに居るからお前も追って来たのか?」

「口を開けばどいつもこいつもアイツの名前を口にしやがる。あぁそうだよ。アイツがココに居るって聞いて、だから俺もやって来たのさ。元々はアイツを地球に足止めする筈だったんだがなぁ」

 ただ彼女を疲弊させたいだけならば姿を見せる理由はなく、危険を冒してまで話をする理由などもっとない筈。が、山県大地はあっけらかんと目的を暴露した。男の語りにそれまでバラバラに起きていた事象が一つに集束する確信を感じ取ったルミナの顔が険しさを増す。

「オイ、何事だよコリャぁあ」

 直後、同施設に移動した白川水希とアックスがやや遅れる形で施設に飛び出してきた。ルミナ以上に険しい表情で男を睨むアックスに対し……

「敵、ってアナタどうして!?」

 白川水希は露骨に動揺した。且つては同じ目的で行動した仲間は、今や思想を異にする敵。揺らぎながら、それでも半年前の戦いの贖罪に身と命を削るする女と、未だ半年前の泥沼に身体と心を支配される男。この2人の関係性も極めて対照的だ。そう、何もかもが。

「おやおや、また随分と懐かしい顔がいるねぇ。で、隣のオッサンがこんな事態に好き好んで首突っ込んだ阿呆の死にたがりか?」

「誰が阿呆だよ、つーか誰だお前はッ!!」

「山県大地。私と同じ清雅と言う組織に所属していた、でもアナタあの時死んだ筈では?」

「死んでって、なら今度こそ偽物か?」

「お生憎様、本物だよ。ただ生き返ったってだけさ」

「生き返った?私達と同じ、どういう事だ!?」

「悪いがその辺は俺に聞かれても分かんねぇよ。ただ目の前が真っ暗になったと思ったらその次に周りに白い粒が集まって、気付いたら意識を取り戻していた。ソレからよく分からん連中に連れ去られて……まぁそんなところだ」

「ならコレはアナタの意志では無いの?」

「違う、そんな訳ねぇだろ。勿論、協力を約束したさ。復讐の機会を貰るってェなら何だってするさ!!」

 復讐。その言葉に白川水希の顔が歪んだ。苦悶に支配された顔は、彼女の中に渦巻く感情を雄弁に語る。暴走と呼んで差し支えない状態で旗艦に戦いを仕掛けた後悔と、未だ己の立ち位置を測りかねる不安定な胸中がその顔と、揺らぐ瞳に表出する。

「どうして、其処まで」

 彼女そう口走ると、その言葉に今度は山県大地の顔が歪んだ。コッチは至極単純で分かりやすい。

「それを言いたいのは俺だッ!!どうしてテメェがアイツに協力してるんだ!!仇だろう、俺達の全てを奪った!!なのにどいつもこいつもヘラヘラと感謝を口に出して、社長の仇を討とうともしねぇ!!」

「もう死んだんです。私達の戦いは終わった。いえ、そもそもその戦いすら」

「だから何だってんだよ!!終わってねぇよ!!負けた、全部失った、だから取り返さなきゃならねぇ!!それなのになんでテメェはどうしてそんな簡単に切り替えられるんだよ!!」

「贖罪の為です」

「何のだよッ!!知ってるだろうがッ、全部!!全部コイツ等が仕掛けたせいじゃないかッ!!」

 山形大地はそういうと右足で何度も地団太を踏んだ。そう、すべての元凶は旗艦側わたしたちだ。それはアラハバキであり、またそれを操ったタナトスであり、そうとは知らず後押しした市民であり、専横を止められなかったスサノヲとヤタガラスであり、何より私だ。

「アラハバキは死にま」

「死んでねぇよッ、まだ生きてるだろうが!!戦いを傍観したヤツがッ、無関心だった奴等がのうのうと生きてるだろうがッ!!ソイツ等は自分達は関係ありません、罪は無いですって面して今日も無関心に、堂々と生きてやがるッ!!見ろよその女のザマをッ、その女を追い詰めているのは俺達じゃあない。自分達の生きる現実は戦いとは無縁ですって面してる奴等だッ、日和見てナンも決められない奴だッ、何も考えず、その場で聞こえる都合のいい意見に流されるだけの奴だッ!!」

 男の顔が怒りを超え、憎悪に染まる。死からの蘇生という奇跡、辛うじて繋ぎ止めた命の価値を男は知らない。いや、知っていても変わらず復讐に身を投げうっただろう。

「だから教えてやるのさッ、無関心を気取ってる奴全員に、傍観しているってのは、行動しないってのは容認するのと同じ結果を生むって事を!!ご高説垂れるだけじゃぁ、小奇麗な理想を胸に抱えてるだけじゃぁ何も変えられない止められないって事を、ゴミ程の価値も無い命と引き換えに教えてやるのさッ!!」

 その言葉に、身体が震えた。ソレは私の心を穿ち、心の奥底にまでしみ込み、何処までも責め苛む。男の目を見れば、怒り以外の感情を感じない。本音だと、私を含めた全員が真意を解した。男の行動理念は不条理に戦いを仕掛けた旗艦アマテラスへの憎悪。あの戦いを許容した、受け入れた、背中を押した全てへの復讐だ。

 私は、その男の言葉に異様な程の罪悪感を感じた。"違う、違う"と、気が付けば私はそう呟いていた。
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