上 下
28 / 72
大陸編

城郭都市 ~ 絶望浸食

しおりを挟む
 苛烈なゴーレムが繰り出す攻撃により都市中央部は廃墟と化した。が、それでも尚ゴーレムは止まらない。その肩に立つローブの女の命じるまま、300年の時を超えて破壊と殺戮を行う。弱点は単純明快、胸部の核を止めればよい。しかしその核はエリーナであり、核を止めるとは彼女を殺すという意味になる。

 大の虫を生かして小の虫を殺す。その選択が突きつけられた時、即断できる人間などいやしない。ましてや犠牲となる"小"が自らの親しい人物であったならば尚の事。止めねば被害は青天井、止める為には仲間を殺さねばならない。非常の決断に迷う時間は無く、だから4人は覚悟を決めた。そんな選択を強いる女への怒りと不条理と混乱と迷いが胸を支配する。

『クソがァ!!なんで生きてやがる!!』

 だが、その心に一筋の光が射した。ゴーレムの肩の上から勝利の余韻に浸る女が初めて怒りの感情を露にした。予想外。視界に映ったのは伊佐凪竜一の姿。ゴーレムに組み込まれたエリーナを覚醒させる可能性が最も高い男。しかし……

「どけッ。」

「そうはいかないでシょう?」

 直後、その姿を覆うように人影が出現すると彼を滅多打ちにし始めた。
 
『兄貴ィ!!今、助けに……』

 何かと戦っているようだが防戦一方に見えたジャスパーは咄嗟にそう叫ぶと、次の瞬間には勢いよく大地を踏み込んだ。

『駄目よ。』

 直後、彼の背後からの声にその動きが止まった。気勢を上げたジャスパーを制止したのはアクアマリン。

『なんでだよ!!』

『アレは粘土人形クレイ・モデル。大地属性の使い魔で大した強さは無いけど、でもあの状況と女の言葉から察すれば彼の目には粘土人形アレが地球の思い人に映っている筈。アナタ、そんな状態で壊せる?』

 魔術に疎いジャスパーは、当初彼女が制止した理由を正しく理解できていなかった。それを一言で表現するならば粘土状の人間であり、伊佐凪竜一に敵意を向けているのは明白。だがこの中でただ1人、1人だけが人の如く蠢く粘土を人間と誤認していると、アクアマリンがそう説明するとジャスパーは臍を嚙んだ。

『記憶だよ。あの女、記憶転写魔法陣を使って地球の記憶を全く別の記憶に上書きしたんだ。』

『そ、そんな事出来るんですかい?』

『出来ねぇ。だから強引にやったんだよ。エリーナの件と言い、下手すりゃあ廃人一直線だ。』
※記憶領域にアクセスする魔法陣の効果を逆転させる事で任意の記憶を脳に流し込み強制的に上書きした。

『つまり、端から道具としか見ていないという訳か。外道がッ。』

『それに、これだけ的確に変えられるんだから魔術改竄禁止の協定だけじゃなくて人体実験もしてるわね。滅茶苦茶じゃない……だから人類側からも支持を得られないって何で理解できないのかしら。』

 冷静に状況を分析する3人に対し、知識が未熟なジャスパーはただただ驚くばかり。が……

『冷静よ。理解しているわよ。だから……私達の理念を理解しないヤツにも死んでもらわなきゃあいけないんでしょうが!!』

 ローブの女は怒気を籠めて反論した。いや、反論と呼べない代物だった。独善的な言葉に全員が怒る。理念や信念ではなく、妄執や妄念に支配されている。酷く醜く独善的で、自分達を理解しない者に生きる価値などないと断ずる女の言葉は何処までも軽薄で、人間らしさを感じない。しかし、如何に怒れども鋼鉄のゴーレムを抜くことは叶わない。

 エリーナという核を得たゴーレムの圧倒的な火力はかつての英雄、カスター大陸にその名を轟かせるジルコンの膝を容易く折るほどに圧倒的であり、更に核であるエリーナそのものが人質として作用する為に全力を出せない。

 故に全員が賭けに出るしかなかった。伊佐凪竜一がクレイ・モデルを打倒する可能性に賭ける。

『アハハハハハハハッ。ココまで雁首揃えてやることがあんな男に祈るだけってのは芸がなさすぎでしょ?ソレに無理よ!!私の記憶移植の魔術は絶対に解けないし逃げられないッ!!この女も、あの男も、甘く甘美な記憶に殺される運命な……の、よ?』

 女はそう言って伊佐凪竜一へと視線を移し、言葉を止めた。油断した。勝ち誇った。圧倒的な火力と運が味方した計画が崩れ去るなどあり得ないと高を括った。

「なんで……ネぇどうして私を……」

「地球は滅んだ。もう、俺以外に誰もいない。」

「違うわ。まだわたシが生きて……」

「君も死んだ。」

「ネぇ。本当にそう思う?今ならまだ……さぁわたシといっシょに……」

 その光景に誰もが何も言えなかった。彼の目にはクレイ・モデルが大切な思い人の姿に見える筈。なのに、彼の拳は人形の胸を貫いていた。余程の覚悟が無ければ出来ない芸当だ。

「ネェ……なんで?どうして?」

「もう死んだと言っているッ!!」

 彼はそう言うと人形を力任せに殴り飛ばした。アクアマリンの言葉通り、大した強さを持たない粘土状の人形は粉々に吹き飛び、瓦礫や地面に飛散するとそのまま動かなくなった。その光景を伊佐凪竜一は呆然と眺めていたが、やがてゴーレムの肩に立つ女を睨みつけた。

『何なのよアンタッ!!記憶では確かに恋人と呼んで差し支えなかったのにッ!!ならッ、コレは使いたくなかったんだけどッ!!』

 一方、想定外の事態にローブの女は激高し、鋼鉄のゴーレムの上から魔法陣を空中に描いた。その態度から形振り構わない雰囲気に全員が行動を開始しようとすると……都市全域がボウッと淡い輝きを放ち始めた。いや、ごく一部だった。水路だ。女が空中に描いた魔法陣に呼応するように都市を縦横無尽にめぐる水路の一部に不気味な青白い光が灯り、ソレ等がまるで何かを描くように移動を始めた。

『まさかッ!!』

『何をするつもりだ?』

『これは巨大な魔法陣?まさか、都市全域に魔法陣を展開していた!?そうか、魔力残滓が追えなかったのはこんな巨大な魔法陣があったから!?』

『それは良いが不味いぞ。あの女の言葉が確かならばコイツは!!』

『もう遅いんだよッ!!お前達全員の記憶を壊し、消し、廃人にする!!』

 女は叫ぶと、直後に全員が膝をついた。呻き声をあげながらも辛うじて気絶を避けるが、しかし展開された魔法陣の中央に位置する彼らに逃げる術は無く、さりとて鋼鉄のゴーレムを討伐する火力も出せない。

『クソッ、随分と前から考えてたんだな。都市計画に基づく水路改修工事の最終決定権は都市長にしかない。』

『つまり、コーラルが黒幕って事ですかい?』

『いや。お前、フォシルだな?』

 アイオライトはローブの下の顔をそう推測した。

『ご名答。とは言え、犯人が分かったところでもう遅いッ!!』

 女はそう言うとローブをはぎ取った。アイオライト、アクアマリン、ジルコンは予想通りといった様子で睨みつけ、ただ1人ジャスパーだけは驚き戸惑う。

『え?あ、そうか。別に都市長にならなくても脅せば……』

『そう。だけどもう全部遅い。準備は全部整った、お前達の負けだよッ!!』

『その為に都市の民を巻き込むつもりか!!』

『だからどうしたッ。尊い犠牲よ。本当ならここまでするつもりじゃあなかったんだけど、切り札を切った以上は必ず殺す!!』

 ローブの下のフォシルは躊躇いなく切り札を切った。都市全域を覆う魔法陣を展開すればその痕跡は必ず残り、隠し通せない。ゆっくり時間をかけて準備すれば逃れる術の無い必殺の切り札となるソレは、本来ならばこの場所では使いたくなかったのだろう。恐らく4凶の残り2人と総裁アメジスト用に取っておきたかった筈だ。

『消えなさいよッ!!』

 魔法陣が輝きを増し、都市全域を包む。記憶が無造作に取り出され上書きされ始める。アイオライトはアクアマリンと共に結界を展開するが、しかしゴーレムの攻撃がソレを阻む。圧倒的な火力を前に結界は脆くも粉砕され、フォシルは勝利を確信した……その直後、ドンッという大きな音と共に激しい衝撃が襲った。

『何?』

 ゴーレムの巨体が激しく軋む理由は鋼鉄の脚部に強い衝撃が走ったから。伊佐凪竜一の拳がゴーレムを攻撃すれば、ソレは大きく揺れ動いた。

『お前ェェェエエッ!!』

「止める!!」

『できる訳ないッ。正体不明の力を持っているようだけど、でもチキュウから持ってきたその力に魔力への耐性がてんで無いってのはもうバレてるのよ、死になさいッ!!』

 フォシルは叫ぶと同時に指先を光らせると、ソレは空中を踊りながらやがて魔法陣を描き出す。直後、水路を走る光が魔法陣に呼応する形でさらに強まり、フォシルの言葉通り伊佐凪竜一を苛み始め、やがて膝を付き、頭を抱え、最後には倒れ込んだ。魔力への耐性が皆無という話に偽りない光景が……魔法陣から伊佐凪竜一に何かが流れ込む様子がアイオライトの眼前に広がる。記憶が強制的に白紙状態へと上書きされている光景だ。

『ざまぁ無いわね。後、そうそう。コレ、預かっておくわ。』

「そ、それはル……ら……」

人工妖精こんなもので助けを呼ばれては困るのよ。』

 フォシルが伊佐凪竜一に見せつけるように取り出したのは、彼が出発前にルチルから渡された小瓶。中には遠距離通信が可能な人工妖精エアリーが入っている。彼女は何買った時に助けを呼べるよう渡したものだった。が、その好意も無駄に終わる。フォシルは小瓶諸共にソレを破壊すると、割れた破片と共に中の人工妖精エアリーはキラキラと光る粒子をまき散らしながら力なく地面へと落ち行き、その途中で消失した。

『お前ッ!!』

『無駄よ、全部全部全部全部全部全部全部ッ!!ちょっと計画はズレたけど、今日この日の為にどれだけ準備を重ねてきたと思ってるの!!さぁ、次はアンタ達の番よ。死霊鉄騎兵召喚サモン・ゴーストナイト!!』

 女の怒号が響いた。都市全域に展開された魔法陣の中央から何かを呼ぶ声が木霊すと、巨大な魔法陣の中に小さな魔法陣が無数に生まれ、更にソコから青白く輝く人魂が浮かび上がり、その次に真っ黒な鎧が浮かび上がると人型に組み上がり、最後に人魂が鎧の中に吸い込まれる様に消えるとソレ等は隊列を組みながらゴーレムを取んだ。しかも夥しい数だ。

『あの鎧は……リブラ帝国の鉄騎兵!?』

 アイオライトは鎧がアインワース大陸の"リブラ帝国"の物であると見抜き……

『不味いぞッ、この厄介な魔法陣の中でヤツラの鎧を相手するだけでも面倒なのにこの数は!!』

 鎧の性能を知るジルコンは圧倒的な質と量を兼ね備えた死霊鉄騎兵の軍勢の前に苦虫を噛み潰し……

『そもそもどうやってあの数の鎧を調達したの!?』

 アクアマリンは帝国の精鋭の身に与えられる鎧の不可解な数に違和感を覚え……

『とにかく今はアレをなんとかしなきゃあ兄貴が死んじま……って兄貴ィ!!』

 焦りと苛立ちと怒りがない交ぜになったジャスパーはとにかく行動するよう訴えるが、その視線の先の光景に彼は驚き声を張り上げた。

 絶望的な状況。都市全域に展開された記憶を書き換える魔法陣の中央に陣取る鋼鉄のゴーレムを取り囲む様に守る死霊鉄騎兵の一部が吹き飛んだ。

『何ッ?馬鹿な……動けるのかこの状況でぇッ!!』

 ジャスパーと同じ方向を見たフォシルもまた驚き叫んだ。両者の視線の先には伊佐凪竜一の姿。彼は魔法陣の影響下にありながら死霊鉄騎兵を攻撃していた。有り得ない、理解が追い付かない、誰もが何故彼が動けるのか分からなかった。魔力に対し抵抗力の無い彼が魔法陣に晒されれば瞬く間に全ての記憶を喪失する。記憶が全て無くなれば自分が何者か分からなくなり、ただ生きているだけの人形へと変わってしまう……その筈だった。

『馬鹿なッ。何なんだお前ッ!!何で動けるんだテメェは!!』

『ナギ、今行く!!それ以上無茶をするなッ!!本当にどうなるか分からんぞ!!』

 アイオライトはそう叫ぶとアクアマリンが展開した防御用の魔法陣から飛び出し、ジルコンもその行動に触発されるかの如く魔法陣から飛び出すと死霊鉄騎兵を薙ぎ倒しながら伊佐凪竜一の元へと向かう。一方……

「助ける。」

『助けるだと?ふざけるなよッ!!お前1人に覆せるような状況じゃあないんだよぉ、元々は4凶と総帥を纏めて始末する為に用意された物なんだからなァ!!』

「黙れ!!」

 そう叫ぶ伊佐凪竜一は死霊鉄騎兵を破壊しながらゴーレムを目指す。覆せない……それは事実だろうし、彼も分かっている。だが、それでも尚、彼は止まらない。記憶を消去する魔法陣の影響を受けながら、それでも確実に自らの元へと迫るその姿にフォシルは怒りを露にする。

『苛つかせんなよ!!帰る場所はあれども故郷は既になく、待つ相手も死に絶え、破壊され尽くした世界にテメェが居た面影はない!!人も、物も、思い出も何もかも無くなったんだ。全部失ったテメェに寄る辺は無い。どこまでも孤独で1人でその上お前の記憶まで消えていくそんな状況で、一体何を理由に立ち上がるンだよテメェはァ!!』

 尚も諦めない男にフォシルはゴーレムをけしかけた。怒りを乗せた声と共にゴーレムへと命令を出せば、まるで主の意志を汲み取ったかのように苛烈な攻撃が戦場へと降り注いだ。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界転移!?~俺だけかと思ったら廃村寸前の俺の田舎の村ごとだったやつ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:52,679pt お気に入り:1,492

呪われてしまった異世界転生者だけど、今日も元気に生きています

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:19

転生チートは家族のために~ ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:39,590pt お気に入り:1,352

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:683

処理中です...