風見星治

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「オイ、お前……な、何してんだよオイ!?」
 
 アレからどれだけ時間が経っただろうか。無我夢中で啜る俺の耳に誰かの叫び声が届いた。

「貴様、ふざけるなッ!!ソレが恩人にする事かッ!!」

 次に聞こえたのはよく知った声、激高するオッサンの声だ。あぁゴメン。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。だけど、だけど俺は俺はこれに抗う事が出来ない。漸く渇きを満たせたんだ。だから、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……

 既にこと切れた夫人の亡骸を抱えながら、俺の口は次に感謝の言葉を呟く。有難う、有難うと。ソレは熱が無く、酷く冷たい。分かっている。渇きを満たす為にこんな事をするなど道理的に許される筈が無いし、そんな自分を許す事も出来ない。だけどそれ以上に抗えない、抗えないんだ。血に塗れたあの人を見た瞬間、自分の中の何かが弾け飛んだ。いや、身体から滴る赤い液体だ。アレを乾いた身体が欲していると、アレなら飲めると、いやそれ以上だと直感した。

「あぁ……なんて、なんて美味しいんだ」
 
 予想通りだった。想像以上だった。乾いた身体を潤す赤い液体は今まで味わったどの飲み物よりも美味しかった。ただ飲むという行為に感動が伴うなんてこの日までは想像もしなかった。夫人の首筋を噛み、流れ落ちる血を全て吸い尽くした俺は彼女の亡骸を優しく地面に横たえた。感謝。圧倒的な感謝だ。有難う。今日この日まで生きてくれて、俺の為に生きてくれて有難う。そんな歪んだ言葉が口から止めどなく溢れた。

 背後を見れば怒りに燃える無数の目が見える。その中にひと際強く睨む男と目が合った。あぁ、俺をこの場所に連れて来てくれた人……いや、この夫人と俺を引き合わせてくれた人だ。

「こちらディヴァリュエ騎士団のデニス。目標を発見、これより討伐に移る。あぁ、問題ない。相変わらず偏屈だが先の大戦の英雄がいる。が、ディアナさんが殺された。念のため援軍を要請する」
 
 皆が酷く熱い目で俺を睨む。だけど俺にはもうそんな事、どうでも良い。俺は今、己の姿を正しく理解した。コレが俺だ。この世界における俺だ。俺は今、目覚めた。

「貴様ッ、貴様だけは!!」

 ぞろぞろと周囲を囲む人影が見える。いや、もう人の影ではない。もう、そんな風には見えなかった。そう……

「彼女程ではないけど、君達も美味しそうだ」

 もう俺にはソレが人に見えなくなった。アレは、そう……果実だ。芳醇で濃厚な、血という飲み物を内包する果実にしか見えなくなった。その言葉に殺意を滲ませる男が真っ先に反応し、続いて周囲の騎士団が続いた。
 
 ※※※

 激震が走る。夜明けと共にに齎された一報、昨夜未明に発生した大規模な時空振動の調査に向かった王都騎士団が全滅したと言う報告は王都ディヴァリュエに止まらず大陸全土をも揺るがした。名うての騎士10名以上に加え、増援20余名、更に2年前に発生した隣国との戦争における英雄ディートフリートとディアナが死亡したというのだ。

 正体不明の敵は人の血を啜る化け物。まだ同時に水の中の銀を異常に嫌い、川を渡るのを忌避するという。辛うじて生き残った騎士団の1人はそう語り終えると息を引き取った。

 正体不明の化け物は道に迷った冒険者の振りをして油断を誘い、まだ生きていたディアナ夫人を殺しその血を啜ったという。恩義を知らない卑劣な手口に王は激怒し、同盟各国に協力を呼びかけ討伐部隊を結成した。が、誰一人として生きて帰ってこなかった。程なく王都に木製の棺が届いた。中に入っていた討伐部隊の死体は、全員漏れなく身体中の血が抜き取られていた。そして、納められた亡骸にはその辺で摘んだであろう花が添えられていた。まるで死者への哀悼、いや感謝の意を示しているかのようだった。

 王は第二、第三の討伐部隊を呼びかけたが……やはり誰一人として帰ってこなかった。やがて、誰ともなくこの化け物を吸血鬼と呼ぶようになり、出没する夜を忌み嫌うようになった。今宵も耳をそばだてれば人の道を踏み外した鬼の囁く声が聞こえるという。渇く、渇く、と。
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