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カルナ村にて
その4 三十五年の大仕事
しおりを挟む毎年の事ながら戦場と見紛わんばかりの熱く激しい空気に包まれながら行われた秋の収穫も一通り終わり、村中がほんの一時力を抜いて━━燃え尽きてとも言う━━だらけた雰囲気に包まれながらも、のそのそと冬の準備をしていたある日のこと。
カルナ村に旅の絵芝居の一座がやってきた。
絵芝居というのは、ここ二十年ほどで急速に流行り出した大衆娯楽の一つで、元は紙芝居という、子供向けに道端なんかで営まれていた絵本の読み聞かせのちょっと豪華版のようなものに端を発したものらしい。
物語を読み上げながら場面場面の絵を差し替えて観客を楽しませるという部分は変わっていないのだが、元々は一人で読み上げて一人で絵を差し替えて…… と、芝居というにはちょっとばかり地味にやっていたところを、読み上げ専門の役者を複数使い、観客たちの前に光の魔術で絵を拡大して投影する役割の魔術技師を登用した結果、これが大当たりした。
動きこそ無いものの、でかでかと映し出される迫力ある精緻な絵と、情感たっぷりに物語を演じ読み上げる役者たちは、その辺のちょっとした広場を瞬時に劇場へと変貌させてしまうのだ。
現在、中央大陸の人族が住む地域を実質的に治めている言ってしまってもよい程の大国であるダール帝国の首都では、アッサムだかオッカムだかいう名前の絵芝居の開祖と目される人物が暮らしているそうで、その彼が主宰する劇団では絵芝居の更なる研究開発が日夜続けられていて、一体どうやっているのかは知らないが、今では、ほんの短い時間だが投影した絵を現実の風景のように動かすことすら出来るのだとかなんとか。 いやはや、とんでもないことに技術を使う人間もいたものだ。
『秒間二十四フレームも夢じゃないわ!』
女神様の言葉の中には、偶にさっぱり意味の解らないものがありますね。
絵芝居の一座というのは、女役の読み手一人に男役の読み手一人。 そして投影師と呼ばれる投影魔術の技師を加えた最低三人からなる集団で、多ければ専属の絵師に脚本家、歌い手や楽団なども含めて百人を超える大所帯になるところもあるらしい。
そこまでやったなら、もう普通の演劇や歌劇団でも良いんじゃないか?と思えてならないのだが、しかし、それに関しては絵芝居の劇団員に対しての最大の禁句であるらしく、「彼らの前では絶対に口にするな」と、何処だかの酒場で知り合った吟遊詩人から強めに注意を受けた。 譲れない矜持みたいなものでもあるのだろうか? ちょっと気になるところだが、まあ、気を付けておくとしよう。
本日村にやってきてくれたのは、読み手が男女各二人ずつに投影師が一人という、旅回りをする絵芝居一座の業界では、今では最も主流となりつつあるらしい編成の一座だった。
ここにもう一人、背景音楽を担当する楽師が入ると、一座としてのランクが二つぐらい一気に上がるとかで、今も募集をかけているところなんだそうな。
因みに、読み手の役者さんらは、台詞や物語を読み上げる声に特化した役者と言うことで、声優と呼ばれているらしい。
今では並の演劇役者なんかよりも人気のある者が多くいるのだそうで、帝国の首都等で定期公演を催している劇団で、特に物語の主役を務める声優ともなると、恐ろしい人気が出ることがあるんだとか。
『貴方も下手にハマったりしないように気をつけなさいよ?』
はあ。 よくわかりませんが気に留めておきましょう。
ん? レイシアちゃん?
あー…… あぁ…… あのクソ生意いや、生意気なクソ餓鬼かぁ。
あれかぁ…… あれは酷かったなぁ……
『今、なんで言い直したの?』
イイエ。 特ニ他意ナンテアリマセンヨ?
ルルカン村でのレイシアちゃんへの足止め作戦だか妨害作戦だか、そんな感じの例のアレは、竜が住んでいるらしいという件の洞窟にこそ入られてしまったものの、最後は拍子抜けするぐらいにあっさりと上手くいった。
過程に結構とんでもない苦労があったのだが、それについては女神様に苦情を入れて、現在調査してもらっているところだ。
『あれは私にも本当に想定外だったのよう』
どうにか頑張って畑の仕事を前倒しして時間を作り、ハンスに酒を奢らせようと思っていた分の貸しを清算させる代わりに、「水遣りだけで良いから」と、俺が借りている畑の世話を頼んでから出掛けたルルカンの村は、隠れ里なんて前評判とは無縁の、のどかな只の山村だった。
ただし、流石に隠れ里なんて言われるだけはあって街道から大きく外れた山奥にあり、外界との接触の殆ど無い閉じた村だった為、目立たず怪しまれず無難に穏便に記憶に残らないように全力で人畜無害を装いながら村の雰囲気に身を任せて接触する人間にはそこそこ親しげに。
「うちの村にあんな奴いたっけか?」「見たことあるようなないような?」「ああほら、あれだ。 たしかあそこの家の息子さんの……」を目指した装備で侵入することにした。
『【村人N】あたりで行ってみましょうか』
女神様の仰られるところによると、俺がこの手のお遣い━━と言う名の奉仕活動━━で町や村に潜り込む際、潜り込んだ先での立ち位置やらを大雑把に表す指標として、彼女の独断と偏見によるランクがあるのだそうだ。
個々のお遣いの重要度に関しては、毎回それほどの差は無いらしいのだが、状況によっては、それを実行するためにそれなりの立場が必要になってくるものもある。
AからZまでの二十六の種類があると聞かされた記憶があるそれは、なんとなく言わんとするところは解らないでもないが、そのセンスには少々…… いや、大いに疑問を抱かざるを得ない。
『わかり易くて良いじゃない』
【村人X】とか【Y】とか【Z】とか、もう完全に只の通りすがりだった上に場所も宿場町とか王都だとかで村人ですらなかったですし、ずっと前に一度だけやらされた女神様基準での【村人A】。 あれは本当にしんどかったんですからね?
『あれは…… まあ……』
Aに近づくほどに潜り込んだ集団の中での立ち位置は高くなり、Zに近づくほどに低くなる。
【村人A】というのは、女神様基準だと村長や顔役のような重要な立場を求められるものらしく、結局、その役割を演じるためだけにとある村に村民として入り込んで時間をかけて村長に気に入られ、そして役人に繋ぎを付けられるようになり、更に領主の信頼を得るまで身を粉にして働き、そこから開拓団の長になって、最終的には辺境のダンジョン付近に開拓村を作る羽目になった。
魔物や天災から村を護りながら、村民たちがどうにか最低限の安定した暮らしが出来る様になるまで、実に三十五年の大仕事である。
五~六年程度なら問題無いだろう。 しかし、俺は諸々の事情により、この二十二歳の体のまま歳を重ねることのできない身の上だ。
せめて外見が風精混在型人類や地精混在型人類たちのような長命種と似ていたらよかったのだが、耳は丸いし背も人並に高く、どう見たところで只の人族でしかない俺の顔━━至極平凡な農村生まれのありきたりな顔では、混ざり物にすら見られまい━━では、それ以上の年月を同じ人の輪の中で重ねてしまうと、どうやったって怪しまれるようになる。
そして、そうなってしまった場合、生粋の農民としてしか生きて来ておらず、魔術や錬金術等の神秘なんてものとは縁遠い俺では、その不自然さを説明できる術を一切持ち合わせていないため、出来ることなら考えたくないような面倒な未来が来るであろうという事しか想像出来ない。
『便利だけど不便よねー』
お陰で七年目からは徐々に歳をとっているように見えるようにと、毎朝必死の変装が必要になった。
うっかり素顔で外に出て全力疾走で家まで戻ったことが何度あったことか……
村民たちにバレかけて誤魔化しの為の工作に奔走したことも一度や二度ではない。
それを延々と三十年近くも続けた挙句の、最後の仕事を締め括る言葉は「あの遺跡の地下三階。 南西の隅の部屋にある色が違って見える床から東に十五歩、北に十二歩だ。 それと、毒消しを忘れるんじゃないぞ?」だった。
理由を問い質してみれば、それはもう複雑極まりない因果関係が絡まりに絡まりあっていて、たしかに自分がやらなければ他にどうしようもなさそうな役割ではあったのだが、それにしたってあれは思い返すだけで吐きそうになる面倒臭すぎる仕事だった。
あれでもう二度とやるものかと誓ったはずだったというのに、なのにこうして今でも女神様に付き合っている自分が自分でよくわからない。 まさか精神操作の力でも持っているんじゃあるまいな? あの女神様は。
『モッテナイヨー。 ソンナノモッテマセンヨー』
…………
さてまあ、嫌な思い出話なんかはこの辺にしておいて、あのクソガ……
レイシアちゃんの話に戻るとしよう。
『正直は美徳かも知れないけれど、もう少しだけ控えたほうが良いと思うのよ』
出来る限り前向きに検討させていただきます。
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