4 / 34
カルナ村にて
その4 三十五年の大仕事
しおりを挟む毎年の事ながら戦場と見紛わんばかりの熱く激しい空気に包まれながら行われた秋の収穫も一通り終わり、村中がほんの一時力を抜いて━━燃え尽きてとも言う━━だらけた雰囲気に包まれながらも、のそのそと冬の準備をしていたある日のこと。
カルナ村に旅の絵芝居の一座がやってきた。
絵芝居というのは、ここ二十年ほどで急速に流行り出した大衆娯楽の一つで、元は紙芝居という、子供向けに道端なんかで営まれていた絵本の読み聞かせのちょっと豪華版のようなものに端を発したものらしい。
物語を読み上げながら場面場面の絵を差し替えて観客を楽しませるという部分は変わっていないのだが、元々は一人で読み上げて一人で絵を差し替えて…… と、芝居というにはちょっとばかり地味にやっていたところを、読み上げ専門の役者を複数使い、観客たちの前に光の魔術で絵を拡大して投影する役割の魔術技師を登用した結果、これが大当たりした。
動きこそ無いものの、でかでかと映し出される迫力ある精緻な絵と、情感たっぷりに物語を演じ読み上げる役者たちは、その辺のちょっとした広場を瞬時に劇場へと変貌させてしまうのだ。
現在、中央大陸の人族が住む地域を実質的に治めている言ってしまってもよい程の大国であるダール帝国の首都では、アッサムだかオッカムだかいう名前の絵芝居の開祖と目される人物が暮らしているそうで、その彼が主宰する劇団では絵芝居の更なる研究開発が日夜続けられていて、一体どうやっているのかは知らないが、今では、ほんの短い時間だが投影した絵を現実の風景のように動かすことすら出来るのだとかなんとか。 いやはや、とんでもないことに技術を使う人間もいたものだ。
『秒間二十四フレームも夢じゃないわ!』
女神様の言葉の中には、偶にさっぱり意味の解らないものがありますね。
絵芝居の一座というのは、女役の読み手一人に男役の読み手一人。 そして投影師と呼ばれる投影魔術の技師を加えた最低三人からなる集団で、多ければ専属の絵師に脚本家、歌い手や楽団なども含めて百人を超える大所帯になるところもあるらしい。
そこまでやったなら、もう普通の演劇や歌劇団でも良いんじゃないか?と思えてならないのだが、しかし、それに関しては絵芝居の劇団員に対しての最大の禁句であるらしく、「彼らの前では絶対に口にするな」と、何処だかの酒場で知り合った吟遊詩人から強めに注意を受けた。 譲れない矜持みたいなものでもあるのだろうか? ちょっと気になるところだが、まあ、気を付けておくとしよう。
本日村にやってきてくれたのは、読み手が男女各二人ずつに投影師が一人という、旅回りをする絵芝居一座の業界では、今では最も主流となりつつあるらしい編成の一座だった。
ここにもう一人、背景音楽を担当する楽師が入ると、一座としてのランクが二つぐらい一気に上がるとかで、今も募集をかけているところなんだそうな。
因みに、読み手の役者さんらは、台詞や物語を読み上げる声に特化した役者と言うことで、声優と呼ばれているらしい。
今では並の演劇役者なんかよりも人気のある者が多くいるのだそうで、帝国の首都等で定期公演を催している劇団で、特に物語の主役を務める声優ともなると、恐ろしい人気が出ることがあるんだとか。
『貴方も下手にハマったりしないように気をつけなさいよ?』
はあ。 よくわかりませんが気に留めておきましょう。
ん? レイシアちゃん?
あー…… あぁ…… あのクソ生意いや、生意気なクソ餓鬼かぁ。
あれかぁ…… あれは酷かったなぁ……
『今、なんで言い直したの?』
イイエ。 特ニ他意ナンテアリマセンヨ?
ルルカン村でのレイシアちゃんへの足止め作戦だか妨害作戦だか、そんな感じの例のアレは、竜が住んでいるらしいという件の洞窟にこそ入られてしまったものの、最後は拍子抜けするぐらいにあっさりと上手くいった。
過程に結構とんでもない苦労があったのだが、それについては女神様に苦情を入れて、現在調査してもらっているところだ。
『あれは私にも本当に想定外だったのよう』
どうにか頑張って畑の仕事を前倒しして時間を作り、ハンスに酒を奢らせようと思っていた分の貸しを清算させる代わりに、「水遣りだけで良いから」と、俺が借りている畑の世話を頼んでから出掛けたルルカンの村は、隠れ里なんて前評判とは無縁の、のどかな只の山村だった。
ただし、流石に隠れ里なんて言われるだけはあって街道から大きく外れた山奥にあり、外界との接触の殆ど無い閉じた村だった為、目立たず怪しまれず無難に穏便に記憶に残らないように全力で人畜無害を装いながら村の雰囲気に身を任せて接触する人間にはそこそこ親しげに。
「うちの村にあんな奴いたっけか?」「見たことあるようなないような?」「ああほら、あれだ。 たしかあそこの家の息子さんの……」を目指した装備で侵入することにした。
『【村人N】あたりで行ってみましょうか』
女神様の仰られるところによると、俺がこの手のお遣い━━と言う名の奉仕活動━━で町や村に潜り込む際、潜り込んだ先での立ち位置やらを大雑把に表す指標として、彼女の独断と偏見によるランクがあるのだそうだ。
個々のお遣いの重要度に関しては、毎回それほどの差は無いらしいのだが、状況によっては、それを実行するためにそれなりの立場が必要になってくるものもある。
AからZまでの二十六の種類があると聞かされた記憶があるそれは、なんとなく言わんとするところは解らないでもないが、そのセンスには少々…… いや、大いに疑問を抱かざるを得ない。
『わかり易くて良いじゃない』
【村人X】とか【Y】とか【Z】とか、もう完全に只の通りすがりだった上に場所も宿場町とか王都だとかで村人ですらなかったですし、ずっと前に一度だけやらされた女神様基準での【村人A】。 あれは本当にしんどかったんですからね?
『あれは…… まあ……』
Aに近づくほどに潜り込んだ集団の中での立ち位置は高くなり、Zに近づくほどに低くなる。
【村人A】というのは、女神様基準だと村長や顔役のような重要な立場を求められるものらしく、結局、その役割を演じるためだけにとある村に村民として入り込んで時間をかけて村長に気に入られ、そして役人に繋ぎを付けられるようになり、更に領主の信頼を得るまで身を粉にして働き、そこから開拓団の長になって、最終的には辺境のダンジョン付近に開拓村を作る羽目になった。
魔物や天災から村を護りながら、村民たちがどうにか最低限の安定した暮らしが出来る様になるまで、実に三十五年の大仕事である。
五~六年程度なら問題無いだろう。 しかし、俺は諸々の事情により、この二十二歳の体のまま歳を重ねることのできない身の上だ。
せめて外見が風精混在型人類や地精混在型人類たちのような長命種と似ていたらよかったのだが、耳は丸いし背も人並に高く、どう見たところで只の人族でしかない俺の顔━━至極平凡な農村生まれのありきたりな顔では、混ざり物にすら見られまい━━では、それ以上の年月を同じ人の輪の中で重ねてしまうと、どうやったって怪しまれるようになる。
そして、そうなってしまった場合、生粋の農民としてしか生きて来ておらず、魔術や錬金術等の神秘なんてものとは縁遠い俺では、その不自然さを説明できる術を一切持ち合わせていないため、出来ることなら考えたくないような面倒な未来が来るであろうという事しか想像出来ない。
『便利だけど不便よねー』
お陰で七年目からは徐々に歳をとっているように見えるようにと、毎朝必死の変装が必要になった。
うっかり素顔で外に出て全力疾走で家まで戻ったことが何度あったことか……
村民たちにバレかけて誤魔化しの為の工作に奔走したことも一度や二度ではない。
それを延々と三十年近くも続けた挙句の、最後の仕事を締め括る言葉は「あの遺跡の地下三階。 南西の隅の部屋にある色が違って見える床から東に十五歩、北に十二歩だ。 それと、毒消しを忘れるんじゃないぞ?」だった。
理由を問い質してみれば、それはもう複雑極まりない因果関係が絡まりに絡まりあっていて、たしかに自分がやらなければ他にどうしようもなさそうな役割ではあったのだが、それにしたってあれは思い返すだけで吐きそうになる面倒臭すぎる仕事だった。
あれでもう二度とやるものかと誓ったはずだったというのに、なのにこうして今でも女神様に付き合っている自分が自分でよくわからない。 まさか精神操作の力でも持っているんじゃあるまいな? あの女神様は。
『モッテナイヨー。 ソンナノモッテマセンヨー』
…………
さてまあ、嫌な思い出話なんかはこの辺にしておいて、あのクソガ……
レイシアちゃんの話に戻るとしよう。
『正直は美徳かも知れないけれど、もう少しだけ控えたほうが良いと思うのよ』
出来る限り前向きに検討させていただきます。
0
あなたにおすすめの小説
勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。
だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。
その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。
だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…?
才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる