とある村人A~Z

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カルナ村にて

その5 後になって状況を冷静に見直してみたら犯罪者一歩手前だった

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 そんなこんなで【村人N装備】を背嚢リュックに収め、馬車で七日以上掛かるらしい道のりを寝る間も惜しんで一日で走破した俺は、無事にルルカン村へと到着した。
足にはちょっと自信があるのです。 逃げ足には特に。
『確かに貴方のはちょっとしたものよね』
そして一度村の中を遠目から観察して服装の流行や方向性なんかを把握すると、早速村から少し離れた岩場の陰まで戻って着替えを済ませてから、こっそりと村の中に侵入することに成功。
今回の要点ポイントは、髪色をルルカン村の村民に多く見られる暗めの灰色アッシュシルバーに染めることと、ルルカン村の村民たちと比べて少々日に焼けすぎている自分の肌を白粉オシロイで気持ち白く見せること。 あとは何処ドコの村でも大概共通することだけれど、おろし立ての服だけは着ちゃ駄目ってことだ。 駄目、絶対。
着替えが終わったら村の周りを三周ばかり走って、服が馴染んだら準備完了。
『ミッションスタートよ!』
いえすまむ!



 村に入り込んだ後は、実に順調に事が運んだ。
目立たないように目立たないように。 しかし人の目はけ過ぎず、居ても居なくても変わらない。 そんなあなたになりたくて。
『……誰?』
そうやって住人たちの声に耳をソバダてながらぬるぬると歩き回っていると、無事作戦目標ターゲットを発見することが出来た。

 明日で十歳になるらしいレイシアと言う名前の少女は、目鼻立ちの整ったとても可愛らしい少女だった。 顎のラインのあたりで切りそろえた若干くすんだ色の銀の髪は、あれはボブカットとか言うんだっけか? 利発そうなお子さんだ。
『そうそう。 その子で間違いないわ』
彼女のについては女神様から聞いているので、それさえ使えばきっと簡単に足止めすることが出来るだろう。
さて、まずは先制攻撃ファーストアタックと行ってみようじゃないか。

 ススキに似ているようでいて、しかし妙に茎が太く、ちょっと俺の記憶には無かった植物を手にして時折振り回し、子供特有の不思議歌を口ずさみながら歩いている銀髪の少女に横手から声をかける。
『いつも思うのだけれど、ああいう歌ってどこから出てくるのかしらね?』
そういうのを子供の頭に送り込んだりする神様でも居るんじゃないかと思ってたんですが、違うんですかね?
『私の記憶には無いわ』
「おや? レイシアちゃん、お散歩かい?」
「そう……だ、けど…… あれ? おじさんってこの村の人? 全然見たことないような……」
おじっ!? まさかそちらから先制攻撃してくるとは…… やってくれる!!
まだちょっと不審な目を向けられてるから、まずは我慢。 我慢だ俺。
「いっ、いやあ…… 僕は普段、おウチの中でばかり仕事をしていてね。 滅多に外に出ないから見かけなかっただけじゃないかな?」
よし、冷静に冷静に。
『ファイトよっ』
「んー…… お家の中にずっといるの? おじさんはニートなの?」
「っ!?」
なっ!! 今なんか刺さったよ!? グサって来ましたよ!?
この子、日々汗水垂らして鍬を振い続けてる勤労青年に向かってなんていう言葉ぶつけてくるわけ!?
『青年かどうかについては一考の余地があると思うけどまだいける! 大丈夫よ! まだいけるわっ!!』
「にっ…… ニートって言うよりは引き篭もりカナァ」
「ニートと引きこもりは違うものなの?」
不思議そうに首を傾げているレイシアちゃんに、ここはひとつ、現実というものをしっかりと教えてあげなければならないようだ。
「ぜっ、全然違うものだよ。 いいかい? レイシアちゃん。 よ~く覚えておいたほうがいい。 この二つはね、絶対に一緒にしちゃいけないんだ」
「ふーん?」
反応薄いなぁ…… くそぅ。
「引き篭もりは家から出ないだけで働いてしっかり自分の食い扶持…… つまりお金を稼ぐけれど、ニートはお金も稼がないし家からも出ない。 親の脛を齧るだけの、いわゆる穀潰しなんだ。 最低の人間クズだね」
「んー……」
なんだろう…… ものすごく反応が薄い気がする。
『仕方ないんじゃないかなぁ』
「じゃあ…… おじさんはニーこもりなの?」
「なんで混ぜたのっ!?」
危ない…… 今、一瞬膝から崩れ落ちそうになった。
『頑張って! 貴方はまだやれるわっ!!』
「それで? ニーこもりのおじさんは、あたしに何かご用があるの?」
「うぐっ…… うぅん。 あ、ああ。 ちょっとレイシアちゃんの気になる噂を耳にしてね?」
「……うわさ?」
なにこれ? なんか胃に来るんですけど!?
「そう。 風の噂でちょっとね? 内緒の話になるんだけど、なるべく人に聞かれたりしない場所ってあるかな?」
「変なことしようとしたら大声上げるけど大丈夫? しゃかいてきにデストロイよ?」
「しねえよ!」
「そっ、そう? ならちょっとこっちよ」
おっと…… つい声が大きくなってしまった。 落ち着こう落ち着こう。
『頑張ってとしか言えないこの身が恨めしいわ…… ぐすん』

 クソガ…… レイシアちゃんに手を引かれてやってきたのは、ルルカンの村に一軒だけあるパン屋の裏手にある薪置き場の更に一つ裏の木陰だった。
「それで? ニーこもりのおじさんはあたしにどんな話があるの?」
「う、うん…… レイシアちゃんは明日。 キミの誕生日に、みんなに秘密の計画を立てているだろう?」
「な!?」
フフフ…… 今、一瞬女の子が絶対したらいけないような顔したような気がするけど、驚いてる驚いてる。 よーし、ここから巻き返してくれる!
「どっどど、どどこでそんな話をきっき聞いたのかかかかしら?」
「風の噂で…… だよ」
「風…… あなどれないのね」
努めて冷静を装おうとしているようだが、視点は定まっていないし、そわそわと体を揺らしてしまっていてあからさまに過ぎる。
口は悪いが所詮はまだ十歳の子供ってことなんだろう。
「じゃあ、ひょっとして、ニーこもりのおじさんはあたしを止めに来たの?」
「んー…… ちょっと違うかなぁ。 アドバイスみたいなもの…… かな?」
「アドバイス……?」
「そう。 アドバイス。 あの洞窟にはね、ちょっと危ないものがあるというか……」
「危ないもの?」
「いるというか…… その……」
レイシアちゃんの足が半歩後ろに下がったのを俺は見逃さない。 フフフ…… 見逃さないよ?
『きゅぴーん!』
「いる…… の?」
「なんていうか…… あそこには幽霊とかお化けみたいなものがい」
「いないわ! 幽霊なんていない! おおっオバケもいるはずがないわ!」
俺の台詞を遮ってまで否定しようとするその声には、先ほどの動揺なんかとは種類の違う、明らかな脅えの色が多分に含まれていた。
「いなかったら良かったんだけどね…… 僕は十年ちょっと前に試練を受けてね」
「……洞窟へ、行ったの?」
「うん…… だけど、あの…… あいつらに散々追い掛け回された挙句に大怪我しちゃって死に掛けてね。 お陰でご覧の通りのニーこもりさ。 カッコ悪いだろう?」
「いいいいいるの!? おほほっ本当に!? 本当にいるのね!?」
うわー…… なんか凄いな。 まさかこんなに効き目があるとは。
事前に女神様から「レイシアちゃんはオバケが苦手」って聞いてはいたけど、まさかこれほど……
挙動不審って言葉をここまで体現できてる人間を俺は他に知らない。
『私もちょっとびっくりよ』
「うん…… だから、もしレイシアちゃんが行こうとしてるなら気をつけて」
「とめっ…… あるあらあれ? 止めっ、ないの?」
「行く行かないはレイシアちゃんの自由だしね。 でもまあ、行くなら本当に気をつけてね? 僕みたいになったら大変だからさ」
俺はそう言ってから上着の裾を捲り上げ、レイシアちゃんの目の前に裸の半身を晒した。
「ひっ」
現在、俺の右胸から左脇腹にかけては大きな傷跡に見える化粧が施してある。
丁度薄暗い木陰にいることだし、ここで見せれば偽物とは見抜けないだろう。
『こうかはばつぐんね!』
「こんな…… 酷い」
「だろう? だから気をつけて…… ね?」
「うん…… うん」
「じゃ、僕は家に戻るよ。 ニーこもりだからね」
「また…… また、ね」
手を振るレイシアちゃんに別れを告げて、俺は来たときと同じようにぬるぬると村の外に出た。
「まあ、これでどうにかなるんじゃないかな?」
『あれは相当強烈だったと思うわ。 最後なんて殆ど放心してたんじゃない?』
「ふっふふ…… ざっとこんなもんですよ」
『そのドヤ顔は正直ウザいわ……』
ホントに酷いなこの女神様は!



 そして明くる日、レイシアちゃんは当然のように竜岩洞ルルックガンタへと入っていった。
「あれっ?」
『あらっ?』
「とっ! とりあえず俺はどうにか先行して危ない物とかが無いか見て回りますよ!?」
『念のためにお化けセット持ってきて良かったわね』
「まさか使うことになろうとはっ!!」
足元にまとめてあった【村人N&お化け変装セット】を肩に引っ掛けると、俺は雷電烏サンダークロウをも上回るんじゃないかという速度で竜岩洞へと突っ込んだ。
そういう余計な勇気は要らないんだよ勇者があああああっ!!



 そこから先はもう、ちょっとした地獄だった。
女神様から聞いていた洞窟ダンジョンの中の話と、実際の洞窟の中身がまるで違っていたからだ。
魔物こそ出てこないというだけで、竜岩洞と呼ばれているダンジョンの中は、世界的に有名なトラップ山盛りのダンジョン【罠海トラップオーシャン】もかくやと言わんばかりの罠の大祭典オンパレード
せっかく持ってきたと言うのに、【お化け変装セット】なんて使う暇は微塵も無かった。

 明らかにサクっと人の命を持って行こうとする危険なものから、精神にじわじわと響いてくる人を小馬鹿にした類のお笑い系の罠まで、とんでもない数の罠が待ち構えていたダンジョンの中を、レイシアちゃんの移動経路を女神様の実況による生の位置情報と予測で先回りして、進路上にあった罠を片っ端から潰していくこと二層の入り口付近まで。
その間に俺が流した血の量と悲鳴の数は、ちょっとしたものなんじゃないかと思う。
久しぶりに本気で死ぬかと思った。 この体じゃなかったら十回ぐらい軽く死んでいるところだ。 カナだらいの中にみっちりオモリ仕込むとかなんなの? 馬鹿なの!? 首折れるかと思ったわ!!
『こんなことになっているだなんて…… 登記簿をちゃんと確認しておくんだったわ。 これは多分……』
多分…… なんですかね?
『いつからだったのかは調べてみないと解らないけれど、多分、このダンジョンは入れ替えられた…… いや、偽装が解かれたのね。 竜が住み着いたことで本来の姿に戻ったんだわ』
「えーっと…… それは、つまり?」
『貴方でも気を抜いたら死んでしまうかも知れないわ』
さて、帰りましょうか。
『そうね…… 貴方の頑張りも妙な感じで実を結んだみたいだし』
ほ?
『レイシアちゃん、少し前から一歩も動いてないわ。 ほら、貴方さっき凄い悲鳴上げたじゃない? あの時からよ』
「あー……」
あれは我ながら何処から出たんだか解らないような酷い悲鳴だった。
ダンジョンの罠で股裂き仕掛けてくるとか冗談じゃねえ。 責任者がいるならちょっと出てきてくれないものだろうか?
『あれを聞いて腰が抜けちゃったみたいねー』
なんだかなぁ……

 竜岩洞ダンジョンの第一層中ほどの通路の真ん中で、腰を抜かしてしまって動けなくなり、ひぃひぃ言っているレイシアちゃんを発見した。
水たまりは作ってなかったので少し関心したが、見つけて声をかけてやると耳が痛くなるぐらいの大声で泣き出してくれてちょっと困った。
涙と鼻水で顔なんてぐっちゃぐちゃだし、大変だこりゃ。
「ごべんだざい! ごべんだざい! おじーざんありがどう! ありがどう。 だずげでぐれであじがどうううぅぅぅ~~~~~~!!」
「ほらほら…… せっかく可愛い顔をしてるんだから、もうそろそろ泣き止もうな~。 ほら、鼻かんで」
「あじがどうおじーざん」
おじさん呼びはやめてくれたみたいでホッとしたのだが、なんだかもう、お兄さんだかお爺さんだかわからない感じになっている気がする。
でもまあ、良いか。 今日のところは勘弁してやるとしよう。
『大人になりましょう』
俺はこれ以上とりたくても歳とれないんですけどねー。
『はいはい』



 ヨウヤく泣き止んだレイシアちゃんを村まで送り届ける頃には、もう随分と日が傾いていて、オレンジ色の夕日が野山を染めているところだった。
あれは万年雪なんだろうか? 山頂の辺りに残っている雪まで橙色に見えて、なんだかちょっと不思議な感じがする。
『なんとなく美味しそうよね?』
否定はしない。

 帰りの道すがら聞いたところによると、レイシアちゃんは少し前に一つ年下の友達の男の子と喧嘩をしてしまったらしいのだが、その時になんやかんやと話が転がっていく内に、「なら【試しの洞窟】に行ってきてやるわよ! 首を洗って待ってなさい!」というような流れになってしまったんだそうな。
そして当日、洞窟の前まで来てみたまでは良かったものの、前の日に俺から脅かされていたお陰で、その時点でもう足はガクガクの半泣き状態だったらしいのだが、その辺が勇者候補たる所以であるのか、振り絞らなくても良い勇気を振り絞っちゃって中に突入。
頻繁に聞こえてくる悲鳴や姿の見えない何かの気配━━多分それも俺━━を感じて怯えながらも、どうにかこうにか洞窟の中を進んでいたレイシアちゃんだったが、ついに特大の絶叫を聞いて半ば失神。
その後、腰が抜けてしまって動けなくなっていたところを俺に拾われて現在に至る。 と言う訳だ。

「……お兄さんのお嫁さんにだったら、なってあげても良いわよ?」
手を繋いで歩いていると、レイシアちゃんは一体どんな思考の果てにそんな結論に達したと言うのか、突然そんな事を言い出した。
と言うか、そろそろ手を放してもらっても宜しいでしょうか?
ほら、おナカ鳴ってるみたいだし、適当に何処かで食べようかと思って持ってきた林檎リンゴ差し上げますんで。
引っ付いてるわけでもないってのに子供の体温高すぎて、隣にいるだけでちょっと暑い気がする。
「僕はニーこもりだから、自分一人が食べていく分を稼ぐだけで精一杯なんだよね。 だから、残念だけどお嫁さんを養って上げられるほどの収入は無いんだ…… まあ、レイシアちゃんには僕なんかよりずっと素敵なお婿さんが見つかるだろうから、楽しみにしてると良いんじゃないかなー」
少々嘘くさい台詞を吐いてみた。 好かれて悪い気はしないけど、子供は勘弁願いたい。 いや本当に。
『そういえば…… 貴方の女の子の好みって、どんなのだか聞いたことないわね?』
なんで今それを訊こうと思った?






「稼げる女になれば良いってことね…… わかったわ」



『そんな呟きが風に溶けて消えて行ったが、それが誰に向けられたものであったのかは、もう誰にも知ることは出来ないのだった』
女神様? 今、何か変なナレーションみたいなの入れませんでしたか?
『……気のせいじゃないかしら?』


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