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港湾都市グラにて
その2 四十八もあるらしい
しおりを挟む当初は市場を見てからちょっと美味い物でも食べたらすぐに出て行こうと思っていた港湾都市グラだったが、その他にも、出港する大型帆船を見送ったり、旅行客向けの釣り船で沖釣りをしてみたり、船で他大陸から輸送されてきたらしい見たことも無い動物を引き連れた行進を眺めたりしている内に、ついついあと一日あと一日と言う感じで、気付けばもう滞在十日を優に超えていた。
その間、女神様からは更に二度ばかりお遣いをやらされることにもなったのだが、それらは、背鰭と水掻きがある若い船乗りに北の海にある幻の島の話を聞かせるだとか、冒険者を目指しているらしいお子様に古道具屋から二束三文で買い付けてきた古びた短剣を伝説の剣だと偽って進呈するだとかの、然したる手間を取られる訳でもないありきたりなものでしかなかったので、この十日余りの観光は、実に有意義で楽しいものだったと言える。
しかし、これ以上は本当にキリが無さそうだし、到着したその日の内から紐が緩みっ放しの財布も幾分軽くなってきているから、今夜宿に帰ったら荷物をまとめて明日の朝一で旅に戻るとしよう。
そんな港湾都市観光の最後の一日を存分に楽しむべく、陽気な売り子たちの声が飛び交う中、潮の香りと人いきれを掻き分けて果物の露天を中心に物色していると、後ろの方で人を呼ぶ声が聞こえた。
「ちょっとアナタ! えーっと…… レグルス!」
ちょっと高めの女の声だ。
「サウロ! ……あら? 違う?」
お? あのトゲトゲしたのは果物…… なのか?
「ラッセ!?」
おおおお? なんだこれ!? 凄い臭いがする!? 腐ってる!? 腐ってるのか!?
「アルベルトっ!!」
なんかちょっと五月蝿いな…… 何人に声かけてるんだ? あの女。
『いえ、あれって……』
「シロー!? ブルック!? シド!? カイラス!? ジラード!? ギリアム!? クレド!? ギムレー!? グレン!? それともロッシ!? ああもうっ! どれですの!?」
なんとなく聞いたことがある名前ばかり並べられてる気がするが、どれと言われましても……
後ろの方で叫んでる女は、一体誰に声をかけてるんだろうか?
「アルフ!!」
おや? 割と最近に聞いたことがある名前だ。
いい加減五月蝿いし、今の名前は流石に聞き逃せなかったので振り向いてみると、そこには真っ赤な顔をして肩で息をしながら俺の顔をがっちりと睨みつける風精混在型人類の女が居た。
目深に頭巾を被ってはいるが、隙間から覗いている尖った長い耳は、正しくエルフの証左だろう。
俺の顔を確認したからなのか、頭巾を脱いで素顔を晒したエルフの女性は、長寿であることや魔術を扱う素養が高いことと同じぐらいに風精混在型人類という種族の一つの特徴でもある、怖いぐらいに整った容姿をしていた。
日の光に照らされて、まるで光の糸のように輝く豪奢な金の髪に、碧の瞳もまるで宝石のようで、一瞬、「何処ぞのお姫様か何かが、何故にこんな市場の端っこに迷い込んでしまっているのだろうか?」と思ってしまったぐらいの随分な美人さんに見えるが……
「アナタですアナタっ!! いい加減気付きなさいな!!」
あれ? これは、俺なの…… かな?
とりあえず右を見て。 左も見て。 念のため後ろを振り返っても見てみたが、どうやら俺で間違いないらしい。
だが、俺にはこんな美人の知り合いなんかが居た記憶は欠片も無く、今こうして声をかけられている理由すらサッパリわからないし想像もつかない。
「え~~~……………… っと? ドチラ様…… で?」
「【風撃】ッ!!」
『うそぉ!? 避けっ』
エルフの女性が右腕を突き出した瞬間に発せられた何かが破裂するような音と女神様の悲鳴を聞きながら、俺は意識を失った。
◆ ◆ ◆ ◆
「ごめんなさいすみませんでしたもうしませんから牢屋だけは勘弁してください罰金でも何でも払いますこんなことしたのは本当に初めてなんですごめんなさい赦してくださいどうかどうか牢屋だけは……」
目を覚ますと、只管謝罪の言葉を連ねている尻があった。 目の前に。
起き上がってみれば、それは団子虫みたいに丸まって地面に額を擦り付けている女の尻だったと解った。 あぁ、これはさっきのエルフ女の尻か。 まだちょっと頭がガンガンする。 もう少しだけここで座っていよう。 他意は無い。 本当に無いよ?
『わかってるから』
若干困った顔をしながら見下ろしている二名の憲兵らしき人物らに対して、エルフ女は未だ徹頭徹尾の平謝りを続けている。
なんだっけ? コレ。 昔何処かで見たことあるな。 トー…… ド~~~…… トゥギャザー…… だったっけか?
『土下座よ、土・下・座。 四十八の謝罪技の中でも最強クラスの大技よ』
四十八って…… 一体何と戦う気なんだ? その技の数々は。
『人の罪…… かしらね?』
その台詞だけ切り取ると偉くカッコイイじゃないか女神様。
しかし、良いんだろうか? コレは。
このエルフさん、短いスカート履いてるもんだから、そんな土下座してると只でさえ短いスカートが見事にぺろんと捲れちゃって半分以上お尻出ちゃってるんだが…… あ、水色ですか。
『水色ね』
憲兵さんなんかが来てるもんだから、いくらか野次馬が集まって来ちゃってて、周りを囲んでる大人たちはちらちらちらちら横目で我慢してるけど、ほら、そこの餓鬼とかエロい顔して鼻息フンフン言わせながらガッツリ見てるし。 あれは大丈夫なんだろーか? 言ったほうが良いのかね?
『うーん……』
「あー…… 初犯、らしいし? そこのお兄さんも見たところ特に怪我も無く目を覚ましたみたいだから良いけど…… 街中で無許可の攻撃魔術濫用なんてのは結構な重罪よ? 罰金もちょっと凄いよ? 金貨十五枚。 エルフのお嬢さんだからそこそこ持ってるのかもしれないけど、大丈夫? 払えるの?」
憲兵さん(右)の言葉に対して、エルフ女の全身が一瞬だけ跳ねるようにビクッと震えた。
「じゅう、ごまっ! 十五枚…… ですの?」
背負い鞄から取り出した十五枚の金貨を、震える指で一枚一枚憲兵さん(左)に渡したエルフ女の顔は、誰の目から見ても青いとわかるほどに真っ青で、どんよりと暗いものだった。
「うぐぅ」
下唇を噛み締めながら俯いたエルフ女の瞳には、ほんのちょっと突ついただけでも零れてしまいそうなぐらいに涙が溜まっていた。
目覚めたときに一番近くに居た売り子風のお嬢さんから話を訊いてみたところ、俺が気を失っていたのは、エルフ女の放った風の魔術が顔面で炸裂した所為であるらしい。
結構派手な音が出たらしく、これはもう死んだんじゃないか?と思われていたようだが、こうして目を覚ましてくれて一安心したそうな。
店の前で死人が出るなんて最悪だから勘弁願いたいとも言っていたが、このお嬢さん、よく見たらさっき俺が見てたトゲトゲの臭い実を売ってた売り子さんじゃないか。 あの実は気になるところだが、流石に今はそれどころではなさそうなので、ちょっと我慢しておくべきか。 凄く気になるんだけども。
『貴方は本当に……』
「で? エルフのー…… ベルフェットさん? ナンかどっかで聞いたことあるな、この名前…… まあいいけど。 でもって、そこのお兄さんとは一体どんな関係な訳? あんまりプライベートには踏み込みたくないんだけど、痴情の縺れか何か? 浮気でもされたの?」
「あっ、それはちょっとこれか」
「知らない人です」
「らおは…… って、待って!? 待ってださいまし!? アルフさん! お願いだからちょっと待って!? 後生ですからっ!!」
「うーわー…… 赤の他人にイキナリ攻撃魔術は不味いよ~。 とりあえず今の金貨は返しておくから、うちらの詰め所まで来てくれる? こりゃちょっと上司呼ばないと……」
俺は憲兵さんの事情聴取に正直に協力した筈だったのだが、何故だかエルフ女は今にも泣き出しそうな声をあげてこちらを見ていた。
え? そんな顔で見られても…… だって偽証罪とかあるかも知れないじゃない? いや、あるよね? 多分そういうの。
「あるっ…… アルフさん? アルフさんお願いします。 お願いですからちょっとお時間をっ!」
俺の上着の袖をしきりに引っ張りながら上目遣いに潤んだ瞳を向けてくるエルフ女から必死で目を逸らそうと試みているのだが、これがなかなか思うように成功してくれない。
美人ってこういうときに狡いですよねー。
『自覚無自覚はあるでしょうけどねー』
尚も縋り付くエルフ女をどうしたものかと頭を悩ませていると、次第に何故だか俺の方が悪者なんじゃないか?と言う雰囲気が辺りに漂い始めていることに気が付いた。
「アルフさん? お願いです。 後生ですからぁ……」
野次馬連中だけなら構いやしないのだが、段々と憲兵さんらまでうっすら不審な目を向けてくるようになる始末で、正直手に負えない。 頼むから役人さんはもうちょっと自分をしっかり持っていただきたい。
なんだろう? ひょっとしてものすごく厄介な人と出会ってしまったんじゃないだろうか?
『流石に可哀想だし、これ以上引っ張ると貴方が面倒なことになりそうだから助けてあげたら?』
なんと…… 女神様までそんなこと仰いますか。
未だに俺には謝罪の一つも無いんだけどなぁ……
『あぁ…… そういえばそうね』
ああもう…… この市場も今日が最後だって言うのに、なんでこんなことになっちゃってるんだか!
「えっと…… エルフのベルー…… なんとかさん? 俺に何か言うことありませんか? まず最初に言っておくべきこととか、そーゆー感じの。 無いなら無いで別に構わないんですけども」
「……あっ」
少しの逡巡を経た後、酷く跋が悪そうにこちらに向き直ったエルフのベルナントカさんは「大変申し訳ありませんでしたぁぁぁ!」との叫び声を上げながら、市場の敷石に皹を入れる程の威力で二度目の土下座を披露した。
今度は俺に向かっての土下座であったため、こちら側からでは殆ど目にすることが出来なかったことが聊か悔やまれるが、やはりまたぺろんとお尻が出ていた。
エロガキホイホイという単語が頭に浮かんだけれど、心の内にそっと仕舞っておくことにした。
『正解』
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