とある村人A~Z

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港湾都市グラにて

その3 みんなそう言うんです

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 昼を少し過ぎて腹も減っていることだし、食事のついでに話が出来る場所へということで、ここグラに着いてから二日目の夜に見つけた安酒場の一角で、現在、俺とエルフのベルナントカさんはテーブルを挟んで座っていた。 ここの白身魚のフライが妙に美味しかったので、また食べたいと思っていたから、ある意味丁度良い。
内装はそのままに夜は酒場、昼は軽食屋をやっていて、昼のアイダは酒の注文は一人二杯までなんだそうな。
表通りから少し入ったところにある小ぢんまりとした店なのだが、ホールの八割ぐらいの席が埋まっているところをみると、結構な人気店なのかも知れない。
五月蝿くない程度の笑い声と様々な料理の香りの中、「とりあえず一杯」と頼んだエールがやってきたので、お互いに口をつけて軽く喉を潤してから、まずはベルナントカさんから話すよう、促してみた。

「先程は少々取り乱してしまい、アルフさんにはとても失礼なことを…… 改めて、本当に申し訳ありませんでした」
「ああうん、特に怪我も無かったし、いいですよ。 流石に何回もやられたら洒落にならないけど今回はもう…… だからほら、頭上げてください。 いつまでもそうしていられると居心地悪いんで」
テーブルに張り付きそうな感じで頭を下げているベルナントカさんに、他のお客さんらの視線が集まりつつあるのだ。 俺としては話のついでに食事も摂りたいわけだから、この状況は少々いただけない。 なのでそろそろ勘弁願いたい。 そして早く来いフライの盛り合わせ。
「はい。 それで、あのー…… アルフさん? は、ワタクシのことは…… 憶えていらっしゃいませんの?」
ゆるいウェーブのかかった蜂蜜色の髪の先を指で弄びながら、不安げな表情でそう訊ねてきたベルナントカさんは、見た目の年齢は人族の基準で考えると二十歳に届くか届かないか。 身長は俺の鼻の高さぐらいで、胸がちょっと切なくなるぐらいに平らに見える事を除けば、細すぎず太すぎずのバランスの取れた綺麗な体型をしているように見える。 市場で目にしたときからの印象は変わらず、お姫様なんて言葉が似合いそうなきらきらした美人さんで、やはり特に目立つのは、柔らかそうな金の髪をかき分けて左右に伸びているエルフ特有の尖った長い耳だろうか。 少々気の強そうな翠玉エメラルド色の瞳が収まっている顔はビックリするほど小さくて、彫刻めいた整った造作と相まって、こうして表情を露にして話をしていなければ、まるで大昔に一度だけ目にしたことのある神造人形フィギュアのようだった
 しかし、その容姿とは裏腹に、ここまでの道すがらで見た身体の動かし方や、不思議な気配のある布や皮を使って作られたちょっと凝った意匠の入った衣服。 それに鞄と一緒に剣も持ち歩いているところから見ると、冒険者か、それに近いような職業の人なんだろうか?
しかも俺の事を知っているらしい……?
「んー…… んん~~~……?」
だが、これだけ印象に残りそうな要素が多い外見をしているというのに、どれだけ首や頭を捻ろうとも、俺にはこの目の前にいる偉く美人なエルフの顔に心当たりの欠片も見出せないのだった。
あまりに俺の反応が芳しくないものだから、なんだかベルナントカさんの表情がどんどん暗いものになっているような気がするのだが、さて、どうしたものだろうか?
『いや…… なんでこの娘のことを憶えていないのよ、貴方は』
あれ? 女神様は知ってらっしゃる?
「ベルフェ…… ベルフェット・アムネリスです。 以前、大変お世話になりましたのに…… 何度も」
えぇぇー? お世話に? 何度も?
『ホントに憶えてないの? この娘、勇者パーティーの一員よ? しかも七十九代目と八十八代目と九十二代目の三回も』
……ナンダッテ?
「勇者の……」
女神様の言葉に反応して、つい、そう呟いてしまった瞬間のベルナントカさんの顔を、俺は一生忘れないだろう。
それは本当にほんの僅かな、瞬きの間くらいの表情ではあったのだが、一言で表すならば「掛かったな?」だ。
「そうです。 そうですわ! あなたに三度も。 あなたに三度も命を救われたベルフェット・アムネリスです。 憶えていてくださって助かりましたわ~。 あなたならば! と信じておりました!」
一瞬呆気にとられてしまった俺の前で、彼女はそうして再び名乗りを上げた。
そして何故二回言う?
「……あ、いや、俺は……」
そうして顔が引っ付きそうなぐらいまでこちらに身を乗り出しながら、先程とは打って変わった輝かんばかりの満面の笑みを向けられて言葉を失ってしまった俺は、この後、ついぞ味わったことの無い大後悔を味わう羽目になるのだった。
『やっちゃったわねー』
あんたが余計なことを言うからっ!!
やり直しを! やり直しを要求するっ!!
『無理デース』
ガッデム!!

 そこから先はベルフェットさん……? ベルフェットさんで良いんだよな?の独演会みたいなものだった。
『おーけーおーけー。 間違ってないわ。 ベルフェット・アムネリスよ。 ちょっと可哀想になってきたから憶えてあげて』
ラジャー。
「あの時のアドバイスを、私は一生忘れませんわ。 もしあの時、あの村でアルフさんが教えてくれていなかったなら、今頃私はこの世にいませんでしたもの! 白! 青! 黄色! ですわよね!」
『あれねー…… あのダンジョンのアレは、ホントに酷い初見殺しの罠だったものねー』
ソーデスネー
「二度目のときも━━」
自身の冒険譚なんかもしっかり織り交ぜながら俺との出会いを語り上げるベルフェットさんだが、さて、俺はこれにどう対応したら良いものなのか。
女神様ー? ねえ、これどうすんのー? どうすれば良いのー? ねーねえぇ~?
『どうすれば良いのかしらねぇ……』
頼りにならねえ……



「━━と…… それはさて置きまして」
「置くの!?」
『置くんだ……』
一頻り喋って満足したのか、ベルフェットさんは頬を上気させながら新しいエールを追加して椅子に座りなおすと、急に真面目な顔になって足元に置いてあった自分の旅行鞄を漁り始めた。
よくもまあ、あれだけ喋ったもんだ。
時間はそれほどでもなかったのに、絵芝居の公演を三回ぐらい通して見せられたような、変な疲労感がある。 お陰でちょっと頭がくらくらしてきた。
『情報量的には似たような物ね。 よくあんなにスラスラ喋れたものねぇ』
しかしまあ、鞄からなんだかよくわからない紙束が出てくる出てくる……
付箋やら食べ物の滓やら何かの染みやらが沢山付いた紙束が、瞬く間にテーブルに積み上げられていく。
一体なんなんだ? コレは。
『……あ、これチョット不味いかも知れないわよ?』
不味いとは……?
「一度目では流石にわかるハズもありませんでしたが、二度目でワタクシ気付きましたの。 三度目で、これはもう間違いない!と思ったのですが、それっきり巡り逢うことが出来ずに幾星霜…… 何度も諦めようかと思ったのですけれど、けれどこうして諦めずに探して探して探し続けて…… そして、本日ついにまたこうして巡り逢うことができたのです! 本当に良かったですわ!」
とてつもなく嫌な予感に導かれるままに、積まれた書類に目を通してみることにした。



 ダール暦百七十二年
  ローテリア王国ナルザック領カルナ村にアルフを名乗る青年が入植。
  髪は褪せた金だが、身長、体型、年齢共に対象の情報と酷似。
  ビールとウィンナーが好物らしい。

 ダール歴百七十三年
  同ナルザック領の宿場町シラノにてギムレーを名乗る青年が二晩の宿を取る。
  髪は茶色で頬に傷。 身長、体型は酷似。
  年齢は若干曖昧ながら誤差の範囲内と判断。
  旅の商隊の護衛についていた冒険者と酒場で会話していたと、
  酒場の店主と村人からの情報アリ。
  宿屋の入り口の段差に足を引っ掛けて派手に転んだ姿を
  宿屋の主人、他数名に目撃されている。
  対象が宿泊したという宿の部屋にて、いくつかの物品を確保する。
  後情報ではあるが、同時期、カルナ村在住のアルフを名乗る青年が
  四日間ほど村の外に出ていたとの情報アリ。

 ダール歴百七十八年
  対象はカルナ村より旅立つ。
  ここでも村民との関係は極めて良好であった模様。
  聞き込みで回った家では誰もが別れを惜しんでいた。
  相変わらず嫉妬するほど人付き合いが上手い。 呪われてしまえ。
  身長、体型、外見年齢について、入植時からほぼ変化無しとの情報多数。
  行き先は東の方? 村民たちは大らかな性格なのか、
  酷く曖昧な情報がいくつかあった。



う…… ん?
なんだか何処かで聞いたような話が、注釈やら妙な図解やらお茶をこぼした跡やらで埋め尽くされた紙の中に書かれている。



 ジラート歴五十四年
  メルザ神国ラーム領ホド村にシローを名乗る青年が入植。
  髪は黒。 身長、体型、年齢共に対象と酷似。
  料理をこよなく愛し、ホド村を中心に様々な料理や画期的な新技術を齎し、
  同村と国の発展に大きく寄与する。  
  妻が四人居たという情報アリ。 気が多いのだろうか?

 ジラート歴六十年
  対象はホド村を旅立つ。 行き先は不明。



 ダール歴二十五年
  故ジラート皇国辺境のレフ村にカイラスを名乗る青年が入植。
  髪はくすんだ赤。 年月が経ち過ぎていたためか、
  身長、体型、年齢についての情報の取得に失敗。
  村を飢饉から救ったと言われているが、詳細については不明。

 ダール歴二十八年
  対象はレフ村を旅立つ。 同行者が一名いた模様?
  当時から現在まで存命中の住民がいなかった為、不明な点が多い。
  行き先もやはり不明。
  この村に訪れるのは少し遅すぎたようだ。



 ダール歴百四十二年
  ダール帝国アルセナ領トルタポルテ村にラッセを名乗る青年が入植。
  髪は灰色。 身長、体型、年齢共に対象の情報と酷似。
  入植二日目にして猪に撥ねられるも、皆の心配を他所に無事生還。

 ダール歴百四十六年
  対象と一度は接触できたにも関わらず、その後の会話に繋げることに失敗。
  自分の会話スキルの低さに嫌気がさす。 ちょっと泣けてきた。
  急ぎ旅の最中であったため、旅を優先して一旦離れることにする。
  ※これが大きな間違いだった。
  仕方無かったとは言え、勇者たちの手伝いなんてするんじゃなかった。
  同年末、対象はトルタポルテ村より旅立つ。
  帰ってきたらもう居なかった…… また探さないといけない(泣)
  村民たちとの関係は今回も良好だったようだが、
  影の薄い人間だったとの証言多数。
  他の村でも何度か同じ証言を聞いたことがあるが、
  意図して存在感を操作している……? 器用なことをする。
  対象が住んでいたという家屋より、
  使用していたと思われる破損した食器を数点発見。 確保することに成功。
  話を聞いている最中に大泣きした女子が一名。
  対象のことが好きだったらしい。 遅くまで付き合いで飲まされた。
  村民に伝えられていた行き先は、今回も実在しないものだった。



これは…… ひょっとしたら……
いや、ひょっとしなくても……
「ストーカーじゃねえか!!」
『ストーカーよね』
「うなっ!? ちがっ!? 違います! 違いますわっ!」
山ほどある紙束の、ほんの一部を読んでみただけでこれだ。
執着と言うかなんというか…… このお嬢さんは、なんでまた俺なんぞにこんな労力を使ってしまっているのか。 疑問と不安と、あとはちょっとした恐怖しかない。
つい大きな声を上げてしまった所為で一瞬だけ酒場の空気が静まり返ったが、すぐに元の喧騒が帰ってくる。
皆して見て見ぬ振りをしてくれたらしい。 よく訓練された客たちだ。
「これはわーたーくーしーが! あなたを探して大陸中を旅した記録ですわ! 二度目に出逢ってからもう百二十年ですのよ? 全部が全部あなたの事で合っているのかは解りませんが、今まで本当に、どれだけの苦労を重ねたと…… 本当にもう……」
泣きそうな顔しないでくれるかなぁ…… 俺に非は無いはずなのに変な罪悪感が沸くから。
『端から見たらただの酷い男よねー』
人聞きの悪いこと言わないで頂けます?
「はあ……」
ぺらぺらと紙束を捲っていくと、自分がムカシ住んでいた村の情報や懐かしい名前なんかが出てくるわ出てくるわ……
確かに、記憶に全く無い俺じゃないのがちょくちょく混ざってるような気もするけど、これだけの情報を集めるのには、一体どれだけの時間や手間を費やしたんだか想像も付かない。
そもそも、ベルフェットさんが俺と顔を合わせた回数なんて、三回あったと言ってはいても、どれもほんの少し言葉を交わした程度の本当に短い時間でしかなかった筈だし、その会話ですら直接のものではなくて、アイダに時代時代の勇者かその取り巻きの誰かを挟んでのものだった筈だ。 
俺の外見についても、住む場所を変える度に髪色を変えている上に服装なんかも相当違っていただろうに、よくもまあ、こんな何処にでもありそうな顔なんかを憶えていられたものだ。 それに関してだけは、ちょっとした感動を覚えてしまいそうになる。
うぬぬ…… しかし、一体なんて返せば良いんだろうか? こういうのは。
『どうしたものかしらねぇ』

「西にそれらしき人物がいると聞いて駆けつけては、似ても似つかない別人でしたのでアンタ誰よと殴りつけ。 東にそれらしき人物がいると聞いて出向いてみれば、もう旅に出たと言われて魔物達に八つ当たりをして小遣いを稼ぎ。 北の宿屋にほんの少し前まで泊まっていたと聞けば、なにか手がかりは無いかと宿屋のゴミ捨て場を漁ってみたり。 南であなたの古着があると聞けば、何かに使えないものかと鞄に詰め込んで…… 本当に、本当にどれだけ私があなたを探して旅したことか!」
「やっぱりストーカーじゃねえか!!」
『やっぱりストーカーよね』
酒場は二度目の静寂に包まれた。
本物だ! 本物がいる!!
たたかう? にげる? どうぐ? まじゅつ? せっとく? ためる? なげる? ものまね? しょうかん? ぼうぎょ? マテリア?
マテリアって何!?
『説得が無難かしらねぇ…… 逃げるのもアリではあるけど、もしこの娘が本気で襲ってきたりなんてしたら、貴方でも多分……』
た、多分……?
『バラバラにされるんじゃないかしら』
怖いな!? 死ぬとかじゃなくてバラバラが最初に出てくるんだ!?
静まり返った店内で、ほぼ全員からの訝しげな視線を一身に受けながら、ベルフェットさんはそれを必死な様子で否定した。
またも見事で華麗な見て見ぬ振りスルースキルを発揮してくれた客たちからは、三度の明るい声が聞こえ始める。
本当に良く訓練された客たちだ。 余程良い教官に恵まれたとみえる。
『ハートマンも真っ青ね』
……聞いたことの無い名前ですが、それは女神様の知り合いの神様か何かですか?

「ちちちっ、違いますの! あ、いえ、違うんです。 本当にそういうのではありませんの。 違うのです。 違うんですの、賢者様。 私はあなたにどうしても相談に乗って欲しいお願いがあるのです。 ですから、その…… ほんの、ほんの少しで良いのです。 話だけでも聞いてはいただけませんでしょうか? お願いします賢者様」
再びテーブルに額を擦り付けるかの様に頭を下げ、消え入りそうな声でそう言ったベルフェットさんのその横で、鞄の上に載せられていた二本の剣がかちゃりと音を立てた。
バラバラって…… ひょっとしてこれで?
『いえす』
キャー! って、いや、そうじゃない。 ちょっと待て。 なんだって? 今なんて言った? このエルフ。 
『……あら?』


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