とある村人A~Z

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砦都ヴォラキスにて

その1 タイミングって難しい

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「さて。 では今日から三ヶ月ばかりここでお世話になるわけですが、何か決めておいたほうが良いことだとか、そう言ったものはあったりしますかね? 俺、エルフの知り合いなんて殆どいないんで習慣とかには疎いですし、気をつけたほうが良いこととかあったりします?」
「そうですわねぇ…… 一概にエルフと言いましてもガロさんたちと大差は無いと思うのですが━━」

 少しばかり眉根を寄せて目を瞑り、可愛らしく小首を傾げながら俺の質問に答え始めたのは、ふわふわした蜂蜜色の長い髪を背に流し、透き通るような白さのスベらかな肌を淡い若葉色のシンプルな冬物ワンピースで包んだ風精混在型人類エルフの女性。
普段よりもいくらかアカみの強い頬で妙に楽しそうな雰囲気を滲ませながら、彼是アレコレと思いついた事柄を弾むように口にしている彼女は、<狂双刃マッドシザース>、<国落としラウンドブレイカー>と来て、つい先日、更に<双星姫ディヴァイナー>なんていうキラっキラした二つ名まであることが判明した超有名冒険者のベルフェット・アムネリスさんであった。

 今こうして俺たち二人が向かい合っているのは、この砦都ヴォラキスまでの道中で知り合った旅商人のオルガスさんに紹介してもらって冬の間を過ごすこととなった貸家アパルトマンのリビングにあるソファの上。
家の中にある家具は全て賃料に含まれた備え付けのものなので自分で揃えたと言う訳ではなかったが、そこそこの年代物に見えるソファは程好い硬さでクッションが効いていて安心感があるので早くも気に入っていた。 この家に入ってからまだ半日と経っていないのだが、このソファがあるだけでも十分にここを借りた価値があったような気がする。
『貴方の感性って、いつまで経っても安いわねぇ』
うぬぅ…… 気に入っちゃったものは気に入っちゃったんだから仕方ないじゃないですか。



「なんだかんだで結構ありそうですねぇ…… 特に、月一で森に行かないと調子が悪くなるとか、この季節は面倒臭そうですし」
「森に満ちている精気…… ワタクシたちは森気シンキなんて呼んでいたりするのですが、私のような街エルフでも、月に一度くらいはその中で体を休めませんと調子を崩してしまうのです。 すぐさま命にかかわるようなことではないとは言え、確かにこの季節になると少々面倒ではありますわね」

 べルフェさんの言葉に相槌を打ちながら、暖炉で弾けた薪を横目にお湯で割った葡萄酒ワインを一口啜る。
散々悩んで渋って婉曲に回避しようと努力はしてみたものの、それらが全て実を結ぶことなく現在に至ってしまったが故のこの状況である。
つまるところ、ベルフェさんとの共同生活が始まってしまったのだった。
『私としては、その辺で野宿したりしているのと大差ないような気がするのだけれど、そんなに違うものなのかしら?』
概ね気分の問題のような気もしますが、しっかりとした家があって一つ屋根の下となると、なんかこう、構えちゃう部分があるんですよね。 これはちょっとばかり説明が難しいんですけども。
『ふうん…… そういうもの』
そういうものなんです。



 朝食はベルフェさんと俺で交互に日替わりで作って昼は各自で自由に。 夜は街の食堂やら酒場やらを物色して済ませ、その帰り道に二日に一度くらいの割合で湯屋に行ってサッパリして貸家アパルトマンへと帰宅する。
昼が各自で自由な理由は、昼時に二人が一緒に行動している割合がかなり低いからだ。
冬季の間は雪のお陰で遠出するのが難しくなるということもあり、他の季節よりも大分少な目であることは確かなのだが、冒険者組合ギルドへと足を運べば、冬は冬なりの様々な依頼クエストが待ち構えているらしい。
中でも、一般の冒険者たちでは対応しきれない、ベルフェさんのような腕利きの冒険者を必要とするような依頼は、この季節でも━━いや、冬の間の依頼は数が減る割に難易度が高いものが増えるって話だから、この季節だからこそってことになるんだろうか?━━ほぼ常にそれなりの数が宙に浮いた状態で組合ギルドの掲示板に貼り出されているんだとか。
本人曰く「いている時間と受けられる仕事があるのですから、やらなければ勿体無いでしょう?」とのことで、彼女はそれらを日々意欲的にこなしているため、精々二~三日置きに荷運びや雪片付けの手伝いに出ている程度の俺と昼間の行動が別になるのは、至極当たり前の話だった。
『ベルフェちゃんは本当に勤勉よねぇ』
そーですねぇ。 精力的なのは良いんですが、どうにも仕事のこなし方に熟達者ベテランの雰囲気がまるで無いと言うか何と言うか…… 悪い意味じゃあないですけども。

 俺は俺で決して惰眠を貪ってるだとか怠惰に過ごしてるという訳ではないのだが、冬の間の街中マチナカの仕事で俺が手を出せるようなものはそもそも多くない。
その上、そんな仕事の枠も大概は元々この街に住んでいる人間によって埋まってしまっているため、怪我やら急病やらでそこに穴が開いた時の臨時で雇ってもらうぐらいでしか仕事にありつけていないのだった。 少々情けなくはあるが今のところは懐に余裕もあることだし、だらけ過ぎない程度にのんびりしようかと思う。
『端から見たら働き者の若奥様とぐうたら亭主って言う見事な構図にしかならないわよね…… これって』
女神様、それはちょっと人聞きが悪すぎるので、本当にやめてくださいお願いします。



 とまあ、そんな具合で朝食後から日が暮れるまでの間は各々が好きなように行動して、晩飯時に合流するような流れが定着しつつある今日この頃。
たまにベルフェさんの請けた依頼に荷物持ちとしてくっ付いて行って魔物やら魔獣やらの討伐風景を眺めたりもしているが、相変わらずまるで相手を寄せ付けないあの安定感は凄いの一言だ。
『貴方がこれまで作物を育ててきたのと同じくらいの時間を剣を振ることに使ってきたって考えたら、いくらか納得できるんじゃないかしら?』
あ、それは…… うん。 確かに。 上手いこと言いますね女神様。



 そうしている内に半月ばかりが過ぎたある日の事、俺はこれまで先延ばしにしてきた『とある事柄』についてをベルフェさんに告げるべく、珍しく真面目な表情を繕って彼女と相対していた。
時期的に考えて、そろそろ彼女の方から頃合でもある筈なので、きっとここら辺が限界だろう。
「えーっと…… まずはどうぞ座ってくださいベルフェさん」
「な、なんでしょうか? ワタクシ、何か良くないことをしてしまいましたの? 何かガロさんのお気に障るようなことでも……?」
「いえ、そういうのではないので安心してください。 ですが、少々報告と言うか、何と言うか…… ちょっと伝えておかないといけないことがあったんだけど、これがなかなか上手いこと切り出せないままここまで来てしまいまして……」
「は…… はあ。 ガロさんがそれほどまでに言い淀むだなんて一体……?」

 若干戸惑った様子のベルフェさんが暖炉前のソファに腰を下ろしたのを見計らって口を開く。
「そのー…… ですね」
「はい」
「現在、外は見ての通り嫌になるぐらい冬真っ盛りな訳ですが……」
「……ですわね」
窓の外に目をやれば、路肩に積み上げられた雪があっさりとベルフェさんの身長と同じぐらい。 つまり俺の鼻ぐらいの高さにまで達している。 釣られて外に目を向けていたベルフェさんが、ややげんなりとした表情で同意を返した。
「訊かれなかったし、特に言う必要も無いかと思ってたので今まで言わずにおいたんですが…… 実は、冬の間、俺は殆どの作物を作ることが出来ません」
「はー…… あ~…… まあ、冬なのですからきっとそうなのでしょうね」

 イマイチ事態を理解していない様子で曖昧な表情を浮かべているベルフェさんには悪いのだが、ここはきちんと理解していただかないと後々アトアト怖い気がするので、しっかりと理解するまで付き合っておいたほうが吉だろう。
理解したら理解したで大変な気がするのだけれど、そこは少しだけ覚悟を決めて、改めて、勤めて冷静にゆっくりと言い聞かせるように、俺は言葉を続けた。

「ええ。 なので、ベルフェさん。 落ち着いて聞いてくださいね?」
「……はい?」
「なので、勿論、この冬、三ヶ月の間は、甜瓜メロンも作ることが出来ません」
「………………………………え?」
「春が来るまで甜瓜は作れません」
「ほわっ!?」

 ソファから勢いよく立ち上がった姿勢のまま、長い睫毛に縁取られた翡翠色の瞳を大きく見開いて口を半開きにした状態で硬直していたベルフェさんが再び動き出すまでには、減っていた暖炉の薪を三本ばかり追加してから二人分のお茶を淹れ直し、三日前にハーミリアさんから頂いた葉っぱの形をした焼き菓子を台所から引っ張り出してきて菓子櫃カシビツに盛ってテーブルに置いてもまだいくらかの余裕があった。



「くっ、詳しくっ! 詳しく理由をお伺いしても宜しいでしょうかっ!?」
「え? あー…… まあ、すごーく単純な話なんですが、寒いと種から芽が出ませんし、実も生らないってだけですね。 俺のはあくまで成長を促進させるってだけのものですんで、元々その場所に作物が育つために必要な日光だとか栄養だとか気温だとか…… そういうある程度の環境が整ってないとダメなんですよ。 中には寒くても育つし実も生るものもあるんですが、ここまで寒くなっちゃうと残念ながら甜瓜メロンはもう無理なんですよね」
「そっ…… んな……」
「春になれば…… それなりに暖かくなれば勿論また作れるようになりますんで、ベルフェさんには申し訳ないですが、それまではどうにか我慢してもらうしか……」
「うぅぅ…… あんまりです。 あんまりですわ…… ワタクシをこんな体に…… メロンが無くては生きられないような体にしたのはガロさんだと言いますのに…… それをまさか今更三ヶ月も我慢しろだなんてっ!」
うん。 なんと言うか、この場面だけ切り取ったらもの凄く人聞きが悪いな!
『最近、本格的に中毒とかを疑わないといけないレベルな気がしているのだけれど…… ベルフェちゃんは本当に大丈夫なのかしら?』
その辺はもう、神のみぞ知るって領域だと思うんですが、女神様にも解らないとなると俺なんかにはどうしようも……



 絨毯の上に膝から崩れ落ち、仕舞いには肩を震わせながらさめざめと涙まで流し始めたベルフェさんを宥めるのには、これまた結構な時間がかかった。
そして気付けば菓子櫃に山盛りだった筈の焼き菓子が一欠片も残っていなかった。
俺、まだ食べてなかったんだけどなぁ……



   ◆ ◆ ◆ ◆



 半ば雪に埋もれた街道を東へと進むこと四半日余り。
だだっ広い盆地のほぼ中心部に位置していて、東西南北を結ぶ交易路の交差点として栄えているヴォラキスの街は、南には俺たちがオルガスさん一家と共に通ってきた森林地帯。 そしてこの東側には、正に盆地然とした平坦な大穀倉地帯が広がっているんだそうな。
どうせならば、こんな色彩の乏しい時期ではなく夏か秋口のあたりに訪れて、ご自慢の田畑を見てみたかったものだと切に思うのだが、これはまあ、詮無い話である。

 元々起伏が少ない上に背の高い木々も少なく、農地として殊更に均されていたヴォラキス東側の土地は、見渡す限りが真白に染った今、徹底的に凹凸が無くなってしまって、遠くに薄らぼんやりと見える山々の裾野に至るまで、実にのっぺりとした風景が続いている。
それはただ眺めるだけならなかなか気持ちの良いものだったりするのだが、実際にその中を進む身となると全く以ってそんなことは無かった。
白一色で塗り潰された世界は容赦なく日の光を反射してくるもんだから、眩しくて目はちかちかするわ、距離感が掴み辛くてちょっとした拍子に街道の両脇を囲んでいる雪の壁に突っ込みそうになるわ…… ついでになんだか頭までくらくらしてきたような気までする。 
雲の少ない空は青々と晴れ渡っていて太陽もしっかりと上っていると言うのに、空気は突き刺さるように冷たくて、吐き出した息は一つ一つが真っ白な綿の塊ように見える始末。
とっとと家に帰って暖炉の前でお茶でも啜りながらのんびりしていたい。 と言うのが今現在の正直な気分だ。
そんな事を考えながらも、遥か彼方に薄らぼんやりと見える山々の麓まで続く平坦な景色の中を只々道なりに進んでいく。
直ぐ後ろを黙々と付いてきているベルフェさんの姿を振り返って確認してから大きく一つ息を吐くと、やっぱり見事な綿の塊のようなものが目の前に浮かんだ。
コレ、いっそ掴めるんじゃないだろうか?
『流石に人界でそれは無理だと思うわー』
……うん? その言いヨウだと、ひょっとして女神様のいるところでは掴めたりするってことですか?
『そんな日もあるわね』
天界ってよくわからない。



 砦都ヴォラキスから東へと伸びているこの街道は、冬の間もの都市を支える交易道のひとつとして細々とではあるが機能し続けているため、数日置きに行われている除雪作業でもって、必要最低限ではあるが雪に埋もれてしまうことなく存在し続けている。
直近の除雪は昨日キノウ行われたらしいのだが、昨晩も憎たらしくもしっかりと降り積もってくれた雪は優に俺の膝丈を超えてくれていた。
それを掻き分けながら進むのは、ありったけの防寒装備━━と言っても本格的な物は持っていないので、厚めの服をひたすら重ね着しただけである━━を身に付けてもっこもこに着膨れた格好で空橇カラゾリを引く俺と、強い防寒の魔術が付与されているらしい外套マント型の魔導具を普段使いの外套と胸甲ブレスト篭手アームなんかの装備一式の上に追加で身に付けたのみの、いつもとそう大差ない出で立ちのベルフェさんの二人きり。

 平時であれば、日中は近隣の村や街から食料や日用品なんかを積んだソリを引いた商人たちの一団や、冬でも足を止めることのない気合の入った旅人たちを少ないながらも見ることが出来る筈なのだが、今日に限っては目に入る範囲に自分たち以外の人影は一つも無かった。

「あそこで雪を被っているのが、恐らく昨日襲われたという橇ですわね」
「ああ…… 漸くですか。 もう少し近い場所かと思ってましたが、意外と遠かったですねぇ」
まだ結構な距離があるのだが、エルフと言う種族柄、目の良いベルフェさんにはが何であるか確認できたらしい。
俺からすると、まだ「なんとなくそれっぽいのがあるなぁ」程度にしか解らなかったのだが、は確かに、街道のほぼ真ん中にこんもりと鎮座しているのだった。



 近づくにつれていくらか細かい部分が見えるようになってくると、俺にもそれが横倒しになっている幌付きの橇らしきものだとわかった。
一晩の内に降り積もった雪ですっかりと覆われてしまっている本体から、ちょこちょこと黒っぽい物が突き出しているのが見える。 あれは恐らく、襲われたときに破損した荷台の床板か何かなのだろう。

「見たところそこまで大きくは壊れてないみたいですね」
「被害に遭ったのは人と馬ばかりで、積荷には目もくれなかったそうですわ。 まあ、積荷は衣類ということですし、虫が興味を持つものとは思えませんわね」
「なるほど…… それもそうですね」
じゃあ、あれは襲われたときについでに引っ掛けて転がされたとか、多分そんな感じなんだろうかね。
『まあ、そんなところでしょうね』



 ここまでの道中でベルフェさんから聞いた話によると、昨日の昼より少し前ぐらいの時間に、この街道で【純白百足ホワイトホワイトセンチピード】という魔物が出たんだそうな。
冒険者たちの間では【ワイワイ】だとか【ホワホワ】だとか、随分と愉快な略称で呼ばれている魔物らしいのだが、その実、山間部や深い森の近くを通る街道の夏の風物詩━━悪い意味で━━のひとつとも言える【大百足ギガントセンチピード】の親戚のような魔物で、見た目は、とにかく巨大な百足そのもの。
ただし、黒っぽい外殻に毒々しくも鮮やかな橙色の節足でお馴染みの【大百足】と違って、【純白百足】は、その名の通り、全身が吃驚するほど見事に真っ白けであるらしい。
しかも、これの活動期が寄りにも寄って現在真っ盛りの冬だと言うのだから冗談じゃない。
馬を丸呑みにするような馬鹿デカくて真っ白い百足が雪の中に潜んでいて、通りかかった人間に突然襲いかかってくるなんてのは、どう考えたところで悪夢以外の何者でも無いだろう。

 現に、昨日襲われたと言う商人たちとその護衛に就いていた冒険者たちの一団は、元は二十人近いそこそこの規模の集団だったらしいのだが、ヴォラキスまで無事に辿り着く事が出来たのは、その半分にも満たないたったの五人。
そもそも【大百足】と言えば、並の冒険者の一団パーティーや街の警備隊ぐらいでは手に負えない、下手をするとちょっとした騎士団やら領軍やらが動かなければ対応出来ない程の巨大で危険度の高い魔物の代名詞みたいなものだ。
その亜種とも言える【純白百足】にしても、色が違うだけで、その大きさや能力、危険度自体は大差ないと言う話なのだから、あとは言わずもがな。

 魔物というのは、どうも本能か何かで集団になった人間の脅威を知っているからなのか、極端に人の多い場所には余程の事が無い限り単体で近寄って来ることはない。
昨日現れたという【純白百足】にしてみてもこの例には漏れず、ヴォラキスに近づくにつれて襲撃の手を緩め、最終的には姿を消してしまったそうだ。
しかし、それはつまるところ、今も尚、誰に害されることなくこの街道の何処かで白くて馬鹿デカい百足がのんびりと次の獲物を待ち構えている可能性が非常に高いということで……
故に、現在この街道は、ある『特定の職種』の人間を除いて通行を制限された状態になっているのだった。
この『特定の職種』の中には、勿論、魔物の討伐や調査を生業にしている冒険者が含まれている。
ベルフェさんに引き連れられた俺がこんな所にまで足を運んでいるのは、つまりはなのだった。
しかし、魔物にしたって虫ってのは大概冬は休眠期だと思ってたんだけどなぁ……
とんでもないのがいたものである。
『それを気軽に狩りに出ようなんて言うんだから、ベルフェちゃんも大概よねー』
ええもう、ホントに全くそうですよねー。



 女神様とそんなやりとりをしていると、昨日襲われたと言う話の幌橇ホロゾリの前に到着した。
今朝方まで降っていた雪に粗方を覆われて小さな雪山のようになってしまっているが、こうして見れば、確かにこれは幌橇だ。
丁度幌の屋根側をこちら向きにして倒れていたため、俺たちが来た方向からでは解らなかったのだが、少し横に回ってみると御者台の裏側に幌の中へと続く暗い穴がぽっかりと口を開けているのが目に入った。
「ああ、こっちが御者台のほうで━━」
と、中の荷物がどんな具合になっているのか覗き込もうとしたところでベルフェさんに襟首を掴まれて無言で引き戻された。 酷く真面目な顔をしているところを見ると、どうやらあまり良くない事態であるらしい。
さて…… 一体何事だろうか?



「どうやら先客が居るようですわ」
「む…… 昨日の生き残り、ですかね?」
馬車の中とは言え、こんなところで一晩を明かしたとすれば相当に消耗してるだろうから、そうだとすれば早いところ助けたほうが良いんじゃないだろうか?
囁くように声を潜めてそう言ったベルフェさんに合わせて小声で返し、続けてそんな提案を切り出そうとした俺の口元を文字通りに覆って塞いだのは、またも無言で動かされた彼女の左手だった。
俺の口を制したまま、小さく鼻を鳴らしながらベルフェさんが前に出る。
「……このニオい、魔物のものですわ。 しかも沢山」
「沢山……? え? 百足じゃないんですか?」
「ええ。 恐らくこれは……」



 果たしてそれは俺たちの気配を感じたからなのか、俺とベルフェさんが小声で交わした会話を耳聡く聞きつけたからなのかは解りはしなかったが、雪に覆われてちょっとした雪洞かまくらのような外見になってしまっている幌橇の中で、何かが一斉に蠢いた。



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