ひとまず一回ヤりましょう、公爵様 9

木野 キノ子

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第3章 正体

3 シェッツの過去

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「おじちゃんと初めて会ったのはさ…」

シェッツは…天を仰いだまま、いきなり話し始めた。

「お前にちょっかいかける1年ぐらい前だったかなぁ。
あの頃…行きたくもない民間学校ってやつに行かされてさぁ…。
馴染めなくて…いじめられて…泣いてたんだよ、路地裏でさぁ…」


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そこは…薄暗く、汚い路地裏だった。
ネズミやゴキブリが、昼でも徘徊し…汚物の臭いが、ほのかに漂う…そんな場所だ。
だがその日は…ネズミやゴキブリだけでなく…泣く子供がいた。
10歳にも満たないその子供は…、ボロボロになった教科書が…散乱した鞄の近くで…、
ただただ泣いていた。
人など来ない。
その子はそれがわかっていたようなのだが…。

「おや、子供がいたよ」

その…聞きなれない声に、子供は思わず顔を上げた。

そこに佇んでいたのは…立派なスーツを着こなした、裕福な貴族と一目でわかる…
ジョノァド・スタリュイヴェだった。
脇には…長年の執事が佇んでいた。

「こういう路地裏散歩も…たまにはいいかと思ってやってみたが…。
面白いものが見つかったなぁ、ゲッフェル…」

ニンマリとした笑いが…何かを企んでいることをよく表している。
ゲッフェルと呼ばれた執事は、

「お戯れが過ぎます…。
その子供…いかがされるおつもりですか?」

無表情なまま、上機嫌な主に尋ねた。

「ん?いやいや…。
たまには慈善活動もいいかと思ってな」

ゲッフェルは、ため息しか出てこない。

「キミは…ひょとしてシェッツ君じゃないかね?」

「お、おじちゃん…どうしてぼくのこと…」

「キミの…父母とはちょっとした知り合いで…ね」

父母…と聞くと、びくりとした。

「お、お父さんとお母さんに…言いつける?」

「しないよ、そんなこと…。
よかったら、なぜ泣いているのか…おじちゃんに教えてくれないか?」

するとシェッツは…父母から民間学校に行って勉強して…、将来立派な人になりなさい…と
言われた。
でも…自分は勉強して立派になるより、父母や兄…その仲間と同じことがしたい。
何度そう言っても、聞いてもらえない。
毎日学校へ行けと追い出され、さぼると父母や兄だけでなく…仲間からまで叱られる。
でも学校へ行っても、勉強が出来ずバカにされ、教科書も破られた…と。
一度…バカにしてくる人間を殴ったら…、物凄く叱られた。

「あのさ…兄ちゃんはね…バカにしてくる奴殴ってもね…何も言われないの。
何でぼくはダメなの…って言っても、誰も答えてくれない…。
仲間だって、殴られたら殴り返しているのに…。
ぼくだけ怒られる…」

「そうかい…それは…辛いねぇ…」

ジョノァドの口の端が…かなり上がってきていた…。

「キミは…キミをバカにしてくる奴を、どうしたいんだい?シェッツ君」

ジョノァドの問いに、少しだけ下を向きつつ、

「ころしたい…」

答えるシェッツ。

「どうしてだい?」

「だって!!みんなそうしてるって知ってるもん!!
バカにされるってことは、舐められるってこと!!
みんなの仕事は舐められたらダメなんだ!!
だから…殺すってみんな言ってるの、ぼく知ってるんだ!!」

「なるほど、なるほど…」

そこまで言ったシェッツは、ジョノァドの顔をじっと見て、

「おじちゃんは…どうしてみんなみたいに、怒らないの?
ぼくがこんなこと言うと…みんなすごく怒るのに…」

「ん?そりゃー、キミの言う事が、正しいと思うからさ、シェッツ君…。
舐めてきた奴は殺す…。
立派じゃないか!!
おじちゃんは君のような子が、好きだよ」

するとシェッツは目を輝かせて、

「おじちゃんはぼくの味方なんだね!!うれしい!!」

そう言って、また泣き始めた。

「お父さんもお母さんも…お兄ちゃんもみんなも…誰もぼくの味方になってくれない…。
ぼくはいらない子なんだ…。
その証拠に…お父さんとお母さんは、どこかに行ったまま、帰ってこない…。
きっとぼくの知らない所で…お兄ちゃんと仲間と…楽しくやっているんだ…」

ぐすぐすと泣くシェッツを、しばらく見守りつつ…、

「まあ…実際はお父さんとお母さんに聞いてみないと、分からないだろうけどねぇ」

「でも…どこ行っちゃったか、わかんないもん。
みんな…どんなに聞いても答えてくれないし…」

「ふむ…」

ここでジョノァドは、シェッツの頭にポンッと手を置き、

「おじちゃんが調べてあげようか?
お父さんとお母さんがどこへ行ったのか…」

「え!!ホント!!」

シェッツの顔は、一瞬だけ明るくなったが、

「でも…ダメだよ…。
ぼくの事…また怒るだけだと思う…。
今日だって…喧嘩しちゃダメって言われたから…手を出さなかったら、教科書破られちゃったし…」

シェッツはまた…顔を伏せてしまった。

「ぼくは…いらない子なんだ…」

するとジョノァドは、少し考えるような素振りをし、

「だったら…いる子になれるよう、頑張ってみては?」

ジョノァドのその言葉で、顔を上げたシェッツ。

「いる…子?」

「そうさ…キミのお父さんとお母さん…お兄さんもか…あとは…仲間がいるみたいだけど、
みんな…舐められたら殺すと言っているんだろう?」

「うん!!」

「だったら…キミはキミを、舐めてきた奴を殺してみたらどうだ?
だいたい叱られて止めてしまった事に…失望したんじゃないかな…。
そうだとしたら…、キミが何を言われてもやり遂げられたら…みんな認めてくれるんじゃ
ないかな…」

「そっか!!じゃあ、さっそく…」

「ああ、待ちたまえ!」

「どうしたの?おじちゃん…」

「……人のいるところでやるとね…捕まってしまう事がある…と、仲間から聞いたことは
ないかね?」

シェッツは少し考えて、

「あ、そう言えば…。
それで帰ってこなくなっちゃった仲間もいる…確かに」

思い出したように言った。

「だろう?だから…殺すならうまくやる必要があるんだ…。
それに…殺したと言う事も、滅多に言わない方がいい…」

「え~、でもそれじゃ…誰にも認めてもらえない…」

しょんぼりするシェッツ。

「そんなことは無いさ…。私はキミを認めてあげるよ。
キミが誰かを殺したと言ったところで、他の人に話したりしないし…。
キミを捕まえようとする奴がいたら、匿ってあげるよ」

「ほんと?おじちゃん…」

「もちろんだ…ただし…」

ここでジョノァドの口の端が持ち上がる。

「ギブアンドテイクが、キミに出来るなら…だ」

「ギブアンドテイク?」

シェッツが首をかしげる。

「そうさ…おじちゃんが殺したい人間を、キミが殺してくれるなら…。
おじちゃんはキミに、あらゆる支援をしようじゃないか。
もちろん…キミが殺したいと言った人間も…誰にもバレないように、連れてきて、
キミに殺させてあげることもできる」

「ホントに!!ホントに?おじちゃん!!」

「もちろん…おじちゃんは嘘は嫌いだ…」

隣にいる執事…汗が一筋出てる…。

「それと…人を殺したことは…おじちゃんが許可しない限り、人には喋らない事。
もちろん…家族にも仲間にも…だ」

「許可が出たらいいの?」

「もちろんさ…」

「じゃあ、分かった」

「聞き分けがいい子は好きだよ…。
それじゃ、早速…キミが殺したい子を、明日にでもこの場所に連れてきてあげよう…」

「ホント!!」

「ああ、嘘はつかないと言っただろう?」

「じゃ、じゃあぼくは、おじちゃんの役に立てるように、頑張るよ!!」

「おや、本当にいい子だねぇ…」

「だ…だから…」

「ん?」

「おじちゃん家に…行っちゃダメ?」

「なぜうちに来たいのかね?」

「だ、だって…」

シェッツは服の裾を強く握り…。

「教科書…破られちゃったし…。
家に帰ったら、また叱られる…明日も学校に行けって言われて…みんなに追い立てられる…。
ぼく…もう、そんな生活…やだ…」

震えている。

「フム…なら、こうしようか」

ジョノァドが、人差し指を立て、

「キミはこれから…おじちゃんの持っている別荘に行くんだ。
そこで…人の殺し方を教えてあげよう。
おじちゃんより…そういうのに詳しい人がそこにいるから…習いなさい。
それで…今日一日で習ったことを、明日試してみるといい」

するとシェッツは、あからさまに目を輝かせて、

「わあ!!みんなに教えてって言っても、教えてくれなかったんだ!!
おじちゃん、ありがとう!!」

こうして…狂気に満ちた契約が…幕を開けたのだ…。
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