ひとまず一回ヤりましょう、公爵様 9

木野 キノ子

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第3章 正体

5 悲しすぎる気持ちの食い違い

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前世の私の親は…まあ、見事なくらいに私の欲しくないものばかり、私に与える親だった。
ブランド物のフリフリの服…、可愛く着飾ったお人形…、おままごとの道具…、ピアノに
始まり、女の子がいかにも憧れそうな靴やバック…小物の数々…。
習い事だって、一度も私の希望は通らなかった…全部私に…親がやらせたいもの。

Tシャツとズボンで、野山を駆け回って…遊んでられれば幸せだったんだけどなぁ…私。

そんな思考をする私の耳に…

「オレは…いつもいつもいつも!!みんなに言っていただろうが!!
みんなと同じことがしたいって!!両親にだってそうだ!!なんで兄さんと同じことしちゃ
いけないんだ…って!!でも…」

シェッツの…血の叫びが聞こえてきた。

「一度も聞いてくれたこと無かった!!
いじめられてやり返した時もそう!!みんなと同じことしただけだって言ったら!!
お前はそんな事しちゃダメだ!!頑張って勉強して、偉くなって…いじめた連中を見返して
やればいい…って!!
そんなの嫌だ!!みんなと同じにしたいって言ったら…結局殴られた!!」

シュケインも泣いているが…シェッツも…いつの間にか涙が…。

「オレのこと…誰もわかってくれなかった…。
オレの希望は…誰も聞いてくれなかった…。
オレの事わかってくれたのは…おじちゃんだけだった!!」

シェッツの叫びを耳で…というより、脳で聞きつつ、私は思った。
これで…すべての謎が解けた…。

「なるほどね…つまりあなただったのね…ラディルス達の仕業に見せかけて…、この大火災を
起こしたのは…」

「アナタは…そもそもジョノァドに出会う前から…もうすでに、家族も含め、仲間も全員、
抹殺するつもりだった…。
でも…幼いあなたにその力はないから…、心の奥底に眠らせた…。
でもジョノァドに会って…アナタは力を得た…」

「私の予想が正しければ…ギリアムに拷問の濡れ衣を着せるのはもちろん…私兵を毒殺する案…
出したのはアナタだったんじゃない?
そして…使われた毒…ヒガンザを使うのは…アナタの提案だったんじゃない」

私の言葉に…少し…シェッツの空気が変わったように見えた。

「なぜ…そう思う…」

否定しないってことは…やっぱりかよ…。

「まず…ラディルスのギルドを敵にした時、ギルド員含め、集められる限りの情報は集めたのよ。
だから…アナタが民間学校に通っていたことも、直ぐ突き止められた。
闇と違って光の世界では…ファルメニウス公爵家の威光は絶対的な印籠になる。
アナタの事…当時を覚えている人たちが、随分と話してくれたわ。
その中で私が気になったのは…図書館にこもって…しきりに植物図鑑を眺めていたと言う事…。
そして…特に…毒のある植物に…興味を持っていた…とね」

「非力な人間が、力のある人間を殺す場合…毒殺は一番効率がいいわ。
アナタは…調べていたんじゃない?
自分を不当に痛めつける者たちを含め…。
自分を…いたい世界から排除すしようとする者たちを…殺す手立てを…」

私がここまで言うと…シェッツの体が…大きく反り返った。
とても大きく…叫びに似た笑いと共に…。

「いや~、さすがさすが。
おじちゃんがお前を警戒しろって、言っただけあるなぁ…」

愉快極まりないとでも言いたげに、吐き捨てると…シェッツはまたシュケインの方に、顔を向け、

「ちょうどいいから、教えてやるよぉ、兄さん…。
父さんと母さんの、最後を…ね」

私は…ギリアムを見た…睨んでいるけれど、間合いを詰めない…。
つまり…。
シェッツの隙が、それだけ無いってことだ…。

「まずさ…おじちゃんが父さんと母さんを…そろそろ廃棄処分にしたいって言ってきたんだ。
だからオレは…真っ先に自分がやるって言った。
オレだったら…父さんと母さんも油断すると思ったからね」

笑顔が…怖い…。

「でもさ…おじちゃんは、父さんと母さんだけじゃなく、他多数も一斉に…廃棄処分にしたがって
いた…。
だから…ヒガンザなんかどう?…って言ったのさ。
あれは…結構知られていないし、効率が悪いから…バレにくいと思う…ってね」

良く調べてやがる…。
ヒガンザは、特定量を特定の期間…毎日盛り続けないと、効果が出ずらい…。
だから…食事に混ぜて盛ったんだろうが…。
途中で気づかれて、服用を止めると…殺すことはまず不可能だ。

「なるほどね…でも、アナタがヒガンザを選んだのは…その末期症状が、かなり苦しむもの
だったからじゃないの?」

ゴギュラン病ほどじゃないが…ヒガンザ中毒は、酷い皮膚湿疹と消化器異常を引き起こす。
下痢や嘔吐が激しく出て…脱水症状の方で死ぬ人間さえいるくらいだ。

「あはは、やっぱりわかってるなぁ~」

…私もアンタほどじゃないけど…だいぶ前世の親が嫌いだったからね…。

「途中までは…父さんと母さんも普通に食べてたけどぉ…、他の奴に症状が出始めたあたりで…、
一切食べなくなった…。
でも…オレとしてはありがたかったよ」

口が耳まで裂ける…そんな表現が良く似合う顔をし、

「だってさぁ…いくら苦しい症状が出るからって…、やっぱり自分で殺したかったからねぇ…。
だからおじちゃんと一緒に、宿舎に行ったらさ…、かなり弱ってたんだけど…。
オレとおじちゃんの姿を見たら…、必死におじちゃんにすがってたなぁ…。
もう自分たちは、ここで死ぬ覚悟はしている…でも、自分たちが死んだら、オレは開放して
やってくれ…ってね」

シェッツは続ける…。

「だから…オレ、言ってあげたんだ。
オレはもう…その時、79人殺してたから…おじちゃんに沢山褒めてもらって、毎日幸せだ…。
死ぬまでおじちゃんの兵隊さんでいる…ってね」

ここで少し…表情が強張る。

「そしたらさぁ…父さん切れちゃってさぁ…。
あろうことか、おじちゃんに、この悪魔!!…って言って、掴みかかろうとしたから。
すぐに喉笛かき切った。
母さんは…それを見て、何が起こったのかわからなかったみたい…。
悲鳴を上げて…父さんに寄り添ってたなぁ…。
自分だって、人殺しなのに、変なの…って思ってたら、おじちゃんが生き残ってるのがいたら、
始末してきて…って、言ったんだ。
確かに3人残ってたから、全員喉切って、殺したよ」

また笑顔に戻る…。

「母さんは…逃げるでもなくずっと…呆けてたなぁ…。
おじちゃんがどうしたい?…って聞いてきたから、とりあえず牢屋に入れて…って言った」

ここで笑顔の色が…醜悪になった…。

「今から…兄さんの首切って、持ってくるから…って。
ラディルスの伯父さんは…あの時のオレじゃ難しいだろうけど…兄さんだったら簡単に
殺せる自信があったからね…」

「!!!!」

これはもう、本当に…。
この場で驚愕しなかった者は…いなかっただろうな…。

「そしたら…母さん急に絶叫しだして…そこら辺に落ちてたナイフで…自分の喉切って
死んじゃったよ」

まるで…楽しい話を無邪気に話す子供の用に…身振り手振りも加えながら話すそれは…、
醜悪を通り越した何かだろう…。

「この悪魔ぁぁっっ――――――――――――――――――――っ!!」

シェッツめがけて…黒い影が飛んで来た…ように見えたそれは…レグザクだった。
黒い影を…すんででかわしたシェッツは…改めて体勢を整える。

「あ~、そういやレグザクさんって…。
縄抜け上手いんだよなぁ…忘れてたぁ~」

その表情に…焦りなど微塵もない。

「でも、ま、いいや。アンタは…」

逆に…楽しいおもちゃを与えられた、子供のように…

「特に…痛めつけたいと思ってたからぁ…」

笑う。

すうぅ…っとその場の空気が、冷たくなるのを…確かに感じた気がした。
シェッツは…構えを取る…。

「ちょっ!!フォルト!!あの構えって…」

「ええ…間違いありません…、初代の構えです」

その構えは…おおよそ武術をやっている者に…構えと認識されるかどうか…怪しいものだ。
なぜならそれは…腰を深く落とし、足の片方を折り、片方を伸ばし…。
己が手を片方地面につけ…もう片方の手には…刃物が握られている…。
ポーズとしては…獣のそれに近い…というより、獣そのものに見える…。

「ジョノァドが教えたってこと?」

「あり得ます…あの男が知らないはずは、ないですから…」

初代の構え…。
初代はおおよそ騎士としての教育など、何も受けなかった…。
持っていたのは…武に対する、不世出の天才と言っていい、才能…。
だからこそ…獣のような構えが…構えとして後世に伝わったのだろう…。

レグザクは…隠していた、暗器を両手に持ち…構える。
シェッツの異様さは、手練れだからこそ、分かっただろうが…。
さりとて逃げ場などないし、逃げる気も無いのだろう。

獣が…目の前の獲物を…補足するように…ただシェッツの目だけが…ぎらついていた…。

最初に仕掛けたのがどちらだったのか…。
達人ではない私には見えなかったけれど、どちらも同時に…動いたように見えた。
鍔迫り合いの音が…いくつか響いた後…両者が体を離した…と、思ったら。

着地したと同時にシェッツが跳躍…やはり下半身のバネが…異様すぎる。
先ほどギリアムと戦った時も…、ギリアムの反応速度を超えて、懐に入り込んだから…。

ギリアムでも無理な速度に…レグザクが対応できるはずもなく、入り込んだシェッツは、
下卑た笑いをこびりつかせながら、

「せぇ…のっ!!」

僅かな声が私の耳に届いた時には、シェッツはレグザクの腕を、小さな体全体で、
羽交い締めにしていた。
そして…私の目に映ったのは…レグザクの腕があり得ない方向に、曲がった映像だ…。

「ぐっ、ああぁあぁっ!!」

レグザクのその声を、どう聞いたのかはわからない。
だが…シェッツが攻撃を緩めることは一切なかった。

暗器をレグザクの太ももに深く刺し、体制を崩し倒れたレグザクの…暗器が刺さっていない
方の足…正確には膝に、かかと落としが炸裂した。
腕同様…あり得ない方向に曲がる足…。
鈍い音と、悲鳴がまじりあうその最中…、再びシェッツの腰が、深く深く…沈んだ。

スプリング…バネの威力が強ければ強いほど…その反動や反発は非常に大きい…。
たとえ本体が小さくても、それは変わらないだろう。

深く沈んだシェッツの腰と…縮んだ足…。
それが勢いよく伸び…足の裏はレグザクの腹部にめり込んだ。

再度聞こえる軋んだ音…肋骨が何本か…たたき割られたのだろう…。
バネの反動で吹き飛んだレグザクの体は…そのまま縛れていた場所の、後ろの木まで
吹き飛ぶ。

「ぐっ…あっ…ごほぉっ…」

レグザクの虚ろな目は…閉じることなく、前を見ている…。
……格闘技素人の私からすれば…、ここまでやられて気絶しないレグザクの方が凄いと
思っちまうが…。
対してシェッツは…面倒くさそうに首をこきこきと鳴らしている。
余裕しゃくしゃくってか…いよいよ…マズいなぁ…。
ギリアム!!
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