ひとまず一回ヤりましょう、公爵様 9

木野 キノ子

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第3章 正体

6 準備は整った

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「敵と対峙した時は…」

「己と敵の力量の差を、いち早く見抜き…」

「冷静に対処する…だったっけ…」

大きくて長いため息を…吐くシェッツ。

「自分で言った事…まるでできてないよな、アンタ…。
ま、しょうがないか…。
オレ…隠すのそれだけ、うまかったんだろーなぁ。
それに…」

「言っただろ?チビって結構役に立つ…って。
アンタは特にタッパがあるからさぁ…。
一度懐に入られると、対処が難しいのさ…。
日々組手してて…、その事がオレにはよくわかったぜぇ…。
アンタみたいなリーチの長さに頼っている奴は…懐に入っちまうに限る」

改めてギリアムの方を向き、

「お待たせ~、ちょっと変な横やりが入ったけどぉ…。
オマエともそろそろ…決着付けたいからぁ~」

「…仲間に対し、随分とあっさり…攻撃できるんだな」

ギリアムの言葉で、シェッツのにやけ面が…急に強張る。

「はあ?仲間なんかじゃ、ねーよ。
アイツはよ…特に子供のころ、オレをいたぶってたんだ…。
だから…特に酷く痛めつけたいって思ってたんだ!!
ちょうど良かっただけさ」

「ま、待てシェッツ!!レグザクがいつ、お前を痛めつけたんだ!!」

ラディルスが…それは違うと言わんばかりに、口を出してきた。
シェッツは面倒くさそうな眼を向け、

「叔父さんだって、知ってるだろう?
そいつが…母さんに横恋慕してたこと…」

ラディルスが止まったってことは…、真実みたい。

「兄さんは母さん似…けどオレは…父さん似だったからなぁ…。
オレが学校に行きたくなくて…逃げて隠れていると…見つけるのは大抵そいつだ…。
泣こうが喚こうが、引っ張り出されて…学校に連れていかれた…」

「母さんには…だいぶ褒められてたっけ…そいつ。
感謝もされてたなぁ…」

「……オレは学校に行って、いじめられて、惨めな思いをしてたってのに…。
母さんの好感を上げるためだけに…オレを利用しやがった!!
オレがどんなに苦しんでも…そいつはどうでもよかったんだ!!」

「違うっっ!!!」

うおっ、レグザク…。
息も絶え絶えの状態で…叫んでる…凄い…。

「オレは…」

「うるっせーよ!!」

シェッツが蹴り飛ばした足元の石は…レグザクの顔面を直撃し、そのまま倒した…。
動かない…生きてる?よね…。

「街の火付けも…お前が主犯か…」

ギリアム…意に介してない…まあ、慣れているんだろうなぁ…。
そして予想していても…本人の供述がとれた方がいい。

「そだよ。
そうすれば…ギルドの連中は…オマエが残らず始末してくれると思ったんだ。
火あぶりって…一番残酷で、苦しむ処刑法だって、知ってるからさぁ。
ちょうどいいなって」

私の方を、ちらりと見て、

「まあ…でも、お前はやっぱり、おじちゃんを困らせるだけあって、優秀すぎ。
カミさんを狙われたかもしれないんだから、多少冤罪っぽくても、ふっ被せて殺しちゃえば
いいのにさ~」

「オレは…下っ端で、雑用ばっかりやらされてたからさぁ…。
火薬は簡単に入手できた…。
特に人の多い所は、大めにして…人の少ない所は、証拠が燃え残るよう、少なめに…ってね」

淡々と語るシェッツの声には…感情が感じられない。

「出来るだけ…被害が大きくなるようにしたのさ。
その方が…ギルドの連中全員…より確実に火あぶりに出来るだろう?」

ここでまた愉快そうに…笑った。
対して、ギリアムの眉間の皺は…どんどん深くなり、

「真犯人であることを…ペラペラとよく喋るな…。
私が真犯人を逃して、冤罪を許すと思っているのか?」

声のドスも…強くなる…。
するとシェッツは…再び首をこきこきと揺らし始め、

「許す許さないは、関係ないさ…」

「おじちゃんはさ…必ずオレに…定期的な連絡をくれた…。
仕事もくれた…。
人を殺す…オレに最も合った仕事を…」

「でも…半年前から…連絡がぷっつり途絶えたんだ!!」

笑いを消した顔に、鋭い目を携え、

「オマエらのせいだ!!オマエらがおじちゃんの邪魔ばっかりして…。
おじちゃんを苦しめて…いたぶるから…。
だからおじちゃんは、ふさぎ込んで、出てこなくなっちゃったんだ!!」

いや…ジョノァドはそんなタマじゃないと思うけど…。
だいたいちょっと前の、収穫祭で思いっきり見かけましたけど?
息子殴って、冤罪ひっ被せてましたけど?
…って言っても、狂信者には無駄だよな…。

「だから…おじちゃんを殺す…って言った、オマエと女房は…」

三度腰を落とす。

「オレが今日ここで…、殺す!!」

シェッツが腰を落としたことは…私の目にも確認できた…。
でも、その後は…。
瞬間移動したようにしか、見えなかった。
同時に…ギリアムの腹の部分の服が裂け、血が噴き出す。

「ご当主様!!」

ジェードが飛び出そうとしたのを…フォルトが止める。

「何するんだ!!」

「あの男の間合いに、入ってはダメだっ!!
あの初代の構えは…そもそも一対一ではなく…一対多数を相手にするために、編み出された
モノなのだ!!
行けば…ギリアム様の重荷にしかならない!!」

「本当よ、ジェード!!私も文献と資料を確認しているから…間違いない!!」

「じゃあ、どうしろってんだ!!」

ジェードが…こんなに焦るのは…肌で…感覚で…シェッツの強さを感じるからだろう。

「フォルトの言う通りだ、ジェード!!
絶対にこっちへ来るな!!余計なこともせんでいい!!
私に任せろ!!」

ギリアムの…怒号に似た声は…ジェードの動きを見事に止めた。

「余裕だなぁ…全員まとめて、かかってくればいいのに…」

シェッツは…目と口を歪ませた…何ともいびつな笑顔をしている。

「いいから、来い!!貴様の相手は私だ!!」

「言われなくても…」

声がしたころには…シェッツはまた別の位置に…。
ギリアムは…いつの間にか手を顔の前で十字に組んでいた…。
その腕は…かなりたくさん裂けて…血がにじむ…。

「早すぎて、見えないぃ~」

私が涙目になると、

「…奴の…爪と歯を使った攻撃が…ご当主様の腕に無数に当たったのです!!」

ジョーカーが解説してくれた。
ありがとぉ。

「信じられない…。
武器も何もなしで…歯と爪だけで…あんな鋭い切り傷…」

ダイヤの驚いた声から、いかにシェッツが異常かがわかる…。

「なあ…網か何かで捕獲できないのかよ?」

「無理だ…。
あんなに素早かったら、まずよけられちまう!!」

クローバとスペードが…喧嘩腰の会話のようになっている。

「どうするのよぉ~、このままじゃ…」

ハートもおたおたしている。
彼らのこんな姿は…滅多に見られないだろう…。
そう言う私も、拳に力が入る…。
目をそらしてはいけない…。
その一心で、私はギリアムを見つめていた。

「父上!!…初代の構えに…攻略法は無いのですか?」

ラルトも必死だ。

「…現状として…ないっ!!
だからこそ初代は…不世出の天才と呼ばれているのだ…」

フォルトの歪んだ顔が…その言葉の真実味をより増している。

現実は…いつだって残酷なものだ。
ギリアムの服は…上も下も、どんどん…見るも無残になっていく。
所々が裂け…でも…。

攻撃を繰り出しているシェッツは…ちっとも満足そうではなかった…。

「オマエ…なぜ、よけない?」

この時は…誰もわからなかったのだが…ギリアムはシェッツの攻撃を、ワザとすんでの所で
かわさなかったのだ…。
完全にかわすことが、出来るのに…だ。

致命傷のみを避け…ワザと肌を裂き…血を流していた…。

「…お前には…本当に私の行動の意味が…分からないのか?」

「?何を言って…?」

「ジョノァドがそこまで教えなかったのか…、それとも…」

ギリアムの体からは…水蒸気が漂うように…白い靄がかかっていた…。

「ジョノァドも知らなかったのか…」

振り向いたギリアムの笑顔に…、

「お前は…どちらだと思う?」

品行方正っぷりは…一切なかった。

「…何を言ってるんだ?さっきから…」

ここで初めて…シェッツの猛攻が止む。
だがそれは…ギリアムと会話するためではなかった。
シェッツの類まれなる野生の勘が…、

「お前は…何を…」

ギリアムの間合いに入ることを…。

拒んだのだろう…。

「…まあ、どちらでもいいさ」

この時のギリアムの笑顔は…

「私の準備は…」

禍々しいの一言だった。

「整った!!」
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