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番外編1 過去
4 横暴な振る舞いの対価
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デイビス卿は男2人の泣き言など一切聞かず、よく研がれた真剣の刃を、
ゆっくりと上にあげる。
「やっやめてぇぇっ!!」
さすがにこれは、男2人の母親が、庇うように覆いかぶさって、
「うっうちの子は一人息子なのよ!!まだ嫁も来てないのに…!!」
「う、うちだって跡取り息子なんだから!!」
必死に叫ぶが、
「……どれも他家の奥方に、狼藉を働いていい理由にはなりませんが?」
取り合う気はさらさらない。
ここでデイビス卿は、周りで様子を伺っている野次馬夫人たちに対し、
「ああそうそう、彼らが終わったら、次はあなた方ですからね」
と、いきなり言い出した。
「な…、私たちは何も…」
周りにいる野次馬夫人たちも、デイビス卿のあまりの容赦のなさにすっかり怯え、
先ほどの勢いはどこへやら…になっている。
「とぼけても無駄です。
私がお茶会会場に入る前に、随分と大きな声で私の妻を罵っているのが、沢山
聞こえましたから」
デイビス卿の顔には…人に恐怖心しか与えない笑顔が、張り付いていた。
……誰が皮きりだったのかは、わからない。
しかし…。
そんなことは、さして重要ではないだろう。
野次馬夫人たちのそこかしこから…次々と声が上がった。
「わ、私は最初から嫌だって言ったのよ!!
けど、ディエリン夫人に脅されて仕方なくっっ!!」
「私もよ!!お嫁さんをいたぶるような真似は良くないって言ったわ!!
でも聞かなくて!!」
「全部、ディエリン夫人が仕組んだことなのよ!!
私は巻き込まれただけ!!」
などなど。
まあ、見事なくらい保身しか考えていないセリフが、ポンポンと飛び交った。
そして当事者の男2人の母親たちも、
「そうよ!!私は嫌だって言ったのに、ディエリンが社交界に出れなくしてやるって
脅すから仕方なく!!」
「息子だって仕方なくしたがっただけ!!すべてはディエリンが…あなたの母親が全部
悪いのよ!!」
まあ、ディエリン夫人はこれに対して、
「何を言っているの!!あなたたち全員乗り気だったし、楽しんでたじゃないの!!」
などと言い返したようだが、多勢に無勢。
次第にディエリン夫人の声はかき消され、周りのディエリン夫人を責め立てる声しか
聞こえなくなった。
そのころ合いを見計らってデイビス卿は、
「10分以内に、当屋敷から全員出ていけ!!
残っている者は、皆等しく厳罰に処す!!」
と、かなり厳格な声で言うものだから、ディエリン夫人に招待されたであろう者全員、
一目散に逃げだし、人はすべていなくなった。
そしてギリアム3号君…この後もすごかった。
まず男2人の家からは、全治数か月という怪我を負わされたことについて、やりすぎだとの
抗議を受けた。
しかしデイビス卿は2人がレイチェルに無礼を働いたことをしっかり咎めた上で、ディエリン夫人に
加担したため起こったことなのだから、ディエリン夫人と話をつけるべきとして、取り合わなかった。
そして他の野次馬夫人たちの家にも、レイチェルに対する無礼な態度を、正式に抗議した。
そうなると小悪党の行動は…大抵言いやすい所へと傾く。
ディエリン夫人に招待されていたお客全員、ディエリン夫人に対し、慰謝料(男2人の家からは
治療費も)を請求した。
ディエリン夫人は最初こそ抵抗したし、無視したりもしたが、そこはさすが小悪党。
自分の事はすっかり棚に上げ、ディエリン夫人の悪評を根も葉もないも含め、ばら撒き始めた。
それについては抗議できそうなものだが、ディエリン夫人が息子であるデイビス卿は自分が抑えるから、
心配いらないと、お茶会に来た人間だけでなく、他の人間にまで吹聴していたものだから、そこを
つかれると、何とも言い訳ができなかったようだ。
ああちなみに、ギリアム3号君、このディエリン夫人の悪評には全くノータッチだった。
小悪党はデイビス卿やレイチェルの悪評を、ばら撒いたりはしなかったらしいから。
結果として徐々に追い詰められたディエリン夫人は…慰謝料を払うしかなくなったのだが、なにを
血迷ったか、デイビス卿にそれを出させようとした。
それに対してデイビス卿は、
「ご自分の自業自得で生じたのですから、ご自分でどうにかしてください。
子供じゃあるまいし」
一切取り合わなかった。
結果としてディエリン夫人は、自分の財産…実家からの支度金(雀の涙だったらしいが)とデイビス卿の
お父様が亡くなった時に相続した遺産とで、支払ったそう。
こうしてディエリン夫人の固有資産は、ほぼすべて泡と消えたそうな。
この時もディエリン夫人を実家に帰すかどうか、デイビス卿は悩んだそう。
ただ、ディエリン夫人を実家に帰せば、かなりひどい扱いを受けることはわかっていた。
そして何よりレイチェルが…この一件以降、すっかりふさぎ込んでしまい、ほぼ寝たきりに近くなり、
家の切り盛りなど、とても出来る状態ではなくなった。
ファルメニウス公爵家に来るころには、ある程度回復していたが、一切人前に出れなくなったのはこの時
からだし、ちょっとしたことですぐ体調を崩すようになってしまった。
そんなレイチェルに対し、容赦ない毒実家からの呼び出しは定期的にあるから、余計だった。
だからデイビス卿は、ディエリン夫人への一抹の情も合わさって、実家には帰さず、ただ、レイチェルに
対しての使用人の態度を改めさせること。
あくまでディエリン夫人は代理であり、正式な女主人はレイチェルであることを、しっかり流布することを
条件に、ディエリン夫人をホッランバック伯爵家に残したのだ。
ただ、最初こそディエリン夫人はおとなしかったが、当然レイチェルを認めることなどせず、あからさまに
痛めつけることはしなくなったが、使用人にレイチェルを女主人とは言わなかったらしい。
そして私がホッランバック家に行ったころには…喉元過ぎれば熱さを忘れる…状態になっていた…と。
ホンット、ばかやね。
ギリアム3号君が次はない…って言ったら、本当に次はない!!
一度許されたから、またなーなーにできるだろうと思ったのかな?
それとも私の実年齢が実年齢だから、うまく取り込めると思ったのか…。
まあ、これが1年前の顛末でございます、皆さま。
戻ってコウドリグス侯爵家…。
「レイチェルは…全面的に表に出るのは、凄く苦手なの…でも…」
ジュリアが何かを思い出す。
「覚えているかしら、あなた…。
レイチェルがまだ結婚する前…私のお茶会を、陰で支えてくれたこと…」
「もちろんだ。
様々な催しや舞台の装飾…お茶やお菓子の手配から配置まで…かなり美しく彩られていて、とても評判が
良かったよな」
「ええ…。
みんな私を褒めてくれたけれど…あの成功はどれも、レイチェル無しではありえなかった」
悔しそうに語るジュリア。
「そうだな…」
ベンズ卿もそれについては同意のようだ。
「あの子は…裏でサポートする能力がとても高くて…センスも抜群なの。
結婚するときだって…私を手伝えなくなるからせめて…って言って、飾りつけやお茶やお菓子なんか…
事細かに纏めて、渡してくれたわ…。
自分だって結婚準備で忙しかったろうに…」
「纏めてもらった物には今でも、大分助けられているんだったな」
「ええ、そうよ」
「フレイア伯爵夫人はそのことを、とてもよくわかってくれていたのだけれど…ディエリン夫人は
上手に切り盛りできないという一点をもって、レイチェルを能無しと位置付けた…」
ジュリアは本当に悔しそうだ。
「しかし…ディエリン夫人はあれから、一応おとなしいのだろう?」
「……社交界にもあまり出てこなくなったし…デイビス卿が完全にレイチェルの味方だから、
何とも言えないけど…でもあのタイプは、懲りないと思うから…」
さすが、ジュリアやね。
よくわかってる。
「何とも難しい話だな…現状でレイチェル伯爵夫人は、王立騎士団で一番顔にならねばならない
夫人のポジションにいる」
いわば、一番苦手なことを、常にしろと言われているようなものだ。
「すまんな…私の役割のせいで、お前は余計レイチェル伯爵夫人に会えなくなってしまった…」
「そんなことを言わないでください。
神というものが、酷いいたずらをするものだということは、わかっています。
私はあなたの…コウドリグス侯爵家の夫人で、現時点で近衛騎士団の顔となっている夫人です。
甘えたことを言う気はありません」
だが、そう言うジュリアの顔は、随分と辛そうだった。
「ギリアム公爵閣下が、一日も早く夫人を娶ってくれるといいんだかな…」
「それはそれで、別の問題が発生しますよ」
ジュリアはため息をつく。
「まず、ギリアム公爵閣下が自分で選ぶ以上、そんなに性格の悪い方にはならないと思いますが…、
それとレイチェルと仲良くできるかどうかは、別問題です」
そう。
フレイア伯爵夫人と付き合いのあった王立騎士団の夫人&令嬢たちは、レイチェルに好意的ではある。
しかしレイチェルの苦手の克服に付き合うほど、暇ではないし、もっと言えば義理もない。
あくまで王立騎士団…旦那なり息子なり父親なりが王立騎士団所属であるために生じる付き合いの上で、
上手くやるのを役目としているだけだ。
いわば、会社の同僚・上司の母・妻・娘のポジションだからね。
フレイア伯爵夫人がレイチェルと密に関わったのは…性格があったこともあるが、やはりテオルド卿の
役割のこともあるだろう。
テオルド卿は、騎士団員全体の相談役を担っていたからね。
あと、私の勝手な予想として…レイチェルって、ルイーズに被るところが結構あるんだよね。
だから、フレイア伯爵夫人としては、ほっとけなくなったんだろうなぁ。
だから上記の事で言えば、仲良くできるかももちろん、そもそも私がレイチェルに必要以上に教える義理も
また、ないんだよね。
一般社会人という概念から言えば、身を守ることももちろん、社会勉強なんかは各々、必要に応じてやる
ものだし、教えを乞うなら、その旨自分から言い出すのが筋さ。
でも…おそらくレイチェルに、そこまでの行動を起こすことは難しかろう。
ディエリン夫人の件があるから、なおの事…。
引きこもり…って言われる人たちと、同じような心境になっちゃってるんだからね。
「それに最悪…ファルメニウス公爵夫人がいるからこそ、レイチェルも家にこもったきりではいられなく
なるかもしれません…」
これも、私に言わせりゃー、バカバカしいと思うんだけどね。
上司の妻を、部下の妻が支えないなんて…って、陰口叩く奴はいるんよ。
そんなの適材適所で、やりたい奴がやりゃーいいじゃねぇか。
まして体調が悪いなら、なおの事。
うつは人を殺せるぞ、こら。
…………………………………まあ。
そうも言ってられないのが人間社会だから、難しいってこたぁ、私もわかってるよ、うん。
実際、近衛騎士団の夫人&令嬢の集まりでは、結構話題に出るらしい。
近衛騎士団の夫人の顔であるジュリアは素晴らしいのに、王立騎士団の夫人の顔であるレイチェルは…
みたいな話。
ジュリアとレイチェルの関係を知っている人間は、もちろん話題に出さないが、ジュリアを攻撃したい
人間にとっては、格好のエサになっている。
ジュリアは言われっぱなしでいる人間じゃないし、牽制もやんわりかわすことも上手にできるが、
さりとて立場上、レイチェルを完全に庇うわけにはいかない。
かなり歯がゆい思いをしたろうなぁ。
自分が優秀であることもまた、レイチェルを貶める一端になるなんてなぁ。
そんな中、部屋の外からバタバタと騒々しい音がしたので、ベンズ卿とジュリアは話をやめた。
ゆっくりと上にあげる。
「やっやめてぇぇっ!!」
さすがにこれは、男2人の母親が、庇うように覆いかぶさって、
「うっうちの子は一人息子なのよ!!まだ嫁も来てないのに…!!」
「う、うちだって跡取り息子なんだから!!」
必死に叫ぶが、
「……どれも他家の奥方に、狼藉を働いていい理由にはなりませんが?」
取り合う気はさらさらない。
ここでデイビス卿は、周りで様子を伺っている野次馬夫人たちに対し、
「ああそうそう、彼らが終わったら、次はあなた方ですからね」
と、いきなり言い出した。
「な…、私たちは何も…」
周りにいる野次馬夫人たちも、デイビス卿のあまりの容赦のなさにすっかり怯え、
先ほどの勢いはどこへやら…になっている。
「とぼけても無駄です。
私がお茶会会場に入る前に、随分と大きな声で私の妻を罵っているのが、沢山
聞こえましたから」
デイビス卿の顔には…人に恐怖心しか与えない笑顔が、張り付いていた。
……誰が皮きりだったのかは、わからない。
しかし…。
そんなことは、さして重要ではないだろう。
野次馬夫人たちのそこかしこから…次々と声が上がった。
「わ、私は最初から嫌だって言ったのよ!!
けど、ディエリン夫人に脅されて仕方なくっっ!!」
「私もよ!!お嫁さんをいたぶるような真似は良くないって言ったわ!!
でも聞かなくて!!」
「全部、ディエリン夫人が仕組んだことなのよ!!
私は巻き込まれただけ!!」
などなど。
まあ、見事なくらい保身しか考えていないセリフが、ポンポンと飛び交った。
そして当事者の男2人の母親たちも、
「そうよ!!私は嫌だって言ったのに、ディエリンが社交界に出れなくしてやるって
脅すから仕方なく!!」
「息子だって仕方なくしたがっただけ!!すべてはディエリンが…あなたの母親が全部
悪いのよ!!」
まあ、ディエリン夫人はこれに対して、
「何を言っているの!!あなたたち全員乗り気だったし、楽しんでたじゃないの!!」
などと言い返したようだが、多勢に無勢。
次第にディエリン夫人の声はかき消され、周りのディエリン夫人を責め立てる声しか
聞こえなくなった。
そのころ合いを見計らってデイビス卿は、
「10分以内に、当屋敷から全員出ていけ!!
残っている者は、皆等しく厳罰に処す!!」
と、かなり厳格な声で言うものだから、ディエリン夫人に招待されたであろう者全員、
一目散に逃げだし、人はすべていなくなった。
そしてギリアム3号君…この後もすごかった。
まず男2人の家からは、全治数か月という怪我を負わされたことについて、やりすぎだとの
抗議を受けた。
しかしデイビス卿は2人がレイチェルに無礼を働いたことをしっかり咎めた上で、ディエリン夫人に
加担したため起こったことなのだから、ディエリン夫人と話をつけるべきとして、取り合わなかった。
そして他の野次馬夫人たちの家にも、レイチェルに対する無礼な態度を、正式に抗議した。
そうなると小悪党の行動は…大抵言いやすい所へと傾く。
ディエリン夫人に招待されていたお客全員、ディエリン夫人に対し、慰謝料(男2人の家からは
治療費も)を請求した。
ディエリン夫人は最初こそ抵抗したし、無視したりもしたが、そこはさすが小悪党。
自分の事はすっかり棚に上げ、ディエリン夫人の悪評を根も葉もないも含め、ばら撒き始めた。
それについては抗議できそうなものだが、ディエリン夫人が息子であるデイビス卿は自分が抑えるから、
心配いらないと、お茶会に来た人間だけでなく、他の人間にまで吹聴していたものだから、そこを
つかれると、何とも言い訳ができなかったようだ。
ああちなみに、ギリアム3号君、このディエリン夫人の悪評には全くノータッチだった。
小悪党はデイビス卿やレイチェルの悪評を、ばら撒いたりはしなかったらしいから。
結果として徐々に追い詰められたディエリン夫人は…慰謝料を払うしかなくなったのだが、なにを
血迷ったか、デイビス卿にそれを出させようとした。
それに対してデイビス卿は、
「ご自分の自業自得で生じたのですから、ご自分でどうにかしてください。
子供じゃあるまいし」
一切取り合わなかった。
結果としてディエリン夫人は、自分の財産…実家からの支度金(雀の涙だったらしいが)とデイビス卿の
お父様が亡くなった時に相続した遺産とで、支払ったそう。
こうしてディエリン夫人の固有資産は、ほぼすべて泡と消えたそうな。
この時もディエリン夫人を実家に帰すかどうか、デイビス卿は悩んだそう。
ただ、ディエリン夫人を実家に帰せば、かなりひどい扱いを受けることはわかっていた。
そして何よりレイチェルが…この一件以降、すっかりふさぎ込んでしまい、ほぼ寝たきりに近くなり、
家の切り盛りなど、とても出来る状態ではなくなった。
ファルメニウス公爵家に来るころには、ある程度回復していたが、一切人前に出れなくなったのはこの時
からだし、ちょっとしたことですぐ体調を崩すようになってしまった。
そんなレイチェルに対し、容赦ない毒実家からの呼び出しは定期的にあるから、余計だった。
だからデイビス卿は、ディエリン夫人への一抹の情も合わさって、実家には帰さず、ただ、レイチェルに
対しての使用人の態度を改めさせること。
あくまでディエリン夫人は代理であり、正式な女主人はレイチェルであることを、しっかり流布することを
条件に、ディエリン夫人をホッランバック伯爵家に残したのだ。
ただ、最初こそディエリン夫人はおとなしかったが、当然レイチェルを認めることなどせず、あからさまに
痛めつけることはしなくなったが、使用人にレイチェルを女主人とは言わなかったらしい。
そして私がホッランバック家に行ったころには…喉元過ぎれば熱さを忘れる…状態になっていた…と。
ホンット、ばかやね。
ギリアム3号君が次はない…って言ったら、本当に次はない!!
一度許されたから、またなーなーにできるだろうと思ったのかな?
それとも私の実年齢が実年齢だから、うまく取り込めると思ったのか…。
まあ、これが1年前の顛末でございます、皆さま。
戻ってコウドリグス侯爵家…。
「レイチェルは…全面的に表に出るのは、凄く苦手なの…でも…」
ジュリアが何かを思い出す。
「覚えているかしら、あなた…。
レイチェルがまだ結婚する前…私のお茶会を、陰で支えてくれたこと…」
「もちろんだ。
様々な催しや舞台の装飾…お茶やお菓子の手配から配置まで…かなり美しく彩られていて、とても評判が
良かったよな」
「ええ…。
みんな私を褒めてくれたけれど…あの成功はどれも、レイチェル無しではありえなかった」
悔しそうに語るジュリア。
「そうだな…」
ベンズ卿もそれについては同意のようだ。
「あの子は…裏でサポートする能力がとても高くて…センスも抜群なの。
結婚するときだって…私を手伝えなくなるからせめて…って言って、飾りつけやお茶やお菓子なんか…
事細かに纏めて、渡してくれたわ…。
自分だって結婚準備で忙しかったろうに…」
「纏めてもらった物には今でも、大分助けられているんだったな」
「ええ、そうよ」
「フレイア伯爵夫人はそのことを、とてもよくわかってくれていたのだけれど…ディエリン夫人は
上手に切り盛りできないという一点をもって、レイチェルを能無しと位置付けた…」
ジュリアは本当に悔しそうだ。
「しかし…ディエリン夫人はあれから、一応おとなしいのだろう?」
「……社交界にもあまり出てこなくなったし…デイビス卿が完全にレイチェルの味方だから、
何とも言えないけど…でもあのタイプは、懲りないと思うから…」
さすが、ジュリアやね。
よくわかってる。
「何とも難しい話だな…現状でレイチェル伯爵夫人は、王立騎士団で一番顔にならねばならない
夫人のポジションにいる」
いわば、一番苦手なことを、常にしろと言われているようなものだ。
「すまんな…私の役割のせいで、お前は余計レイチェル伯爵夫人に会えなくなってしまった…」
「そんなことを言わないでください。
神というものが、酷いいたずらをするものだということは、わかっています。
私はあなたの…コウドリグス侯爵家の夫人で、現時点で近衛騎士団の顔となっている夫人です。
甘えたことを言う気はありません」
だが、そう言うジュリアの顔は、随分と辛そうだった。
「ギリアム公爵閣下が、一日も早く夫人を娶ってくれるといいんだかな…」
「それはそれで、別の問題が発生しますよ」
ジュリアはため息をつく。
「まず、ギリアム公爵閣下が自分で選ぶ以上、そんなに性格の悪い方にはならないと思いますが…、
それとレイチェルと仲良くできるかどうかは、別問題です」
そう。
フレイア伯爵夫人と付き合いのあった王立騎士団の夫人&令嬢たちは、レイチェルに好意的ではある。
しかしレイチェルの苦手の克服に付き合うほど、暇ではないし、もっと言えば義理もない。
あくまで王立騎士団…旦那なり息子なり父親なりが王立騎士団所属であるために生じる付き合いの上で、
上手くやるのを役目としているだけだ。
いわば、会社の同僚・上司の母・妻・娘のポジションだからね。
フレイア伯爵夫人がレイチェルと密に関わったのは…性格があったこともあるが、やはりテオルド卿の
役割のこともあるだろう。
テオルド卿は、騎士団員全体の相談役を担っていたからね。
あと、私の勝手な予想として…レイチェルって、ルイーズに被るところが結構あるんだよね。
だから、フレイア伯爵夫人としては、ほっとけなくなったんだろうなぁ。
だから上記の事で言えば、仲良くできるかももちろん、そもそも私がレイチェルに必要以上に教える義理も
また、ないんだよね。
一般社会人という概念から言えば、身を守ることももちろん、社会勉強なんかは各々、必要に応じてやる
ものだし、教えを乞うなら、その旨自分から言い出すのが筋さ。
でも…おそらくレイチェルに、そこまでの行動を起こすことは難しかろう。
ディエリン夫人の件があるから、なおの事…。
引きこもり…って言われる人たちと、同じような心境になっちゃってるんだからね。
「それに最悪…ファルメニウス公爵夫人がいるからこそ、レイチェルも家にこもったきりではいられなく
なるかもしれません…」
これも、私に言わせりゃー、バカバカしいと思うんだけどね。
上司の妻を、部下の妻が支えないなんて…って、陰口叩く奴はいるんよ。
そんなの適材適所で、やりたい奴がやりゃーいいじゃねぇか。
まして体調が悪いなら、なおの事。
うつは人を殺せるぞ、こら。
…………………………………まあ。
そうも言ってられないのが人間社会だから、難しいってこたぁ、私もわかってるよ、うん。
実際、近衛騎士団の夫人&令嬢の集まりでは、結構話題に出るらしい。
近衛騎士団の夫人の顔であるジュリアは素晴らしいのに、王立騎士団の夫人の顔であるレイチェルは…
みたいな話。
ジュリアとレイチェルの関係を知っている人間は、もちろん話題に出さないが、ジュリアを攻撃したい
人間にとっては、格好のエサになっている。
ジュリアは言われっぱなしでいる人間じゃないし、牽制もやんわりかわすことも上手にできるが、
さりとて立場上、レイチェルを完全に庇うわけにはいかない。
かなり歯がゆい思いをしたろうなぁ。
自分が優秀であることもまた、レイチェルを貶める一端になるなんてなぁ。
そんな中、部屋の外からバタバタと騒々しい音がしたので、ベンズ卿とジュリアは話をやめた。
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王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
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