ひとまず一回ヤりましょう、公爵様3

木野 キノ子

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番外編3 事情

2 マギーという人

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「その施設の人たちは…決して悪い人たちじゃなかったんです…」

「何言ってんだ!!
子供を縛って、閉じ込めておくなんざ、人間のやることじゃない!!」

「そうです…それ自体は絶対許されることではないですが…どうしようもない事情も
あったのは、事実です」

「あの子…名前はルナというのですが…叫んで暴れるのは、前はもっと酷かったんです。
そのせいで…施設を転々として…」

「ギリアム様たちが行った施設でも、何とかしようとしたらしいのですが…とにかく
一度発作が起こると、暴れて手が付けられず、職員だけでなく他の子供にも怪我が
続出して…病院に入れようにも、病院からも断られたそうで…」

「……」

「結局…お客様が来るときや、他の子供がいる時は、縛って閉じ込めておくしか
なかったそうで…。
その施設はまだマシだったそうです…他の施設では…鞭で打たれることもあったらしく…」

「はあぁ?」

一部…酷い施設はあるからさ。

「でも、それにしたって酷いって…ギリアム様がその子の拘束を解いたらしいんですが…。
そしたら案の定…ものすごく暴れ出して…ギリアム様の腕に嚙みついたりして…」

「あ~」

ギリアム全く気にしてなかったんだけど…施設の人がすんげぇ恐縮してた…。

「そしたらオルフィリア嬢が…さっき私がやったように、その子をいきなり抱きしめて…。
私と同じように言って…言い続けて…」

「……」

「半日ぐらいずっと…ギリアム様が止めようとしたら、絶対近づくなと凄い剣幕だった
らしくて…。
そうしたら、徐々にルナはおとなしくなっていって…」

ルナは…世界のすべてが敵だと思っている…。
そうじゃない…そうじゃないんだって…口で言ったところでわからない。
温もりで教えるしかない。

「致し方ない事情とはいえ、やっぱりこういうことは良くない…さりとて、職員や他の子が
怪我をしていいわけじゃない…。
平行線の話し合いの中…フィリーがひとまずルナを預かると言ったんです」

だってさぁ…それ以外にいい方法が無かったからね。

「ファルメニウス公爵家に引き取られたルナは…フィリーが世話のすべてをしたそうです。
そして発作が出ると…抱きしめて…同じ言葉を言って…」

「そうしたらルナは…段々と落ち着いていったそうです」

マギーの手は、握りすぎたせいか、赤くなってしまっている。

「ルナをこの施設に移すかどうか…は、やはりだいぶ議論したそうです。
ルナは…オルフィリア嬢や女性に対しては、そうでもないのですが…やはり男性に怯える
所は治らなかったので…。
話は平行線で…ただ…オルフィリア嬢が…」

「ルナにはこの世界を見る権利がある。
この世界の…優しい部分を知ってなお、閉じこもるのはルナの自由。
でも知らせずに閉じ込めてしまうのは、絶対に間違っている…って」

「そう…だったんですね…」

ローカス卿も、何と言っていいのやら、わからないのだろう。

「幸い…あの子は少しずつですけれど、よくなっているんです。
最初は…部屋から出ようとしなかったんですが…同じ年の子供たちが…事情は分からなくても
明るく優しく接してくれて…特にオルフィリア嬢がいると、色んな所を見て回りたいと、
意思表示するようになって…」

「喋りはしないんですか?」

するとマギーは途端に下を向き…。

「…言葉を…教えて貰っていないんです…。
だから…今…少しずつ…」

「……」

もう本当にね…ローカス卿、言葉が出なくなってるよ…。

マギーは赤くなった手を、再度握りしめ、

「だから…ローカス様…ルナには、中途半端な関わり方は、しない方がいいんです…。
ルナはもう…十分すぎるくらい傷ついた…。
これ以上、周りの大人が傷つけてはいけません」

「…どういうことです?」

ローカス卿がマギーを見れば、マギーは怯えながらだが、

「私も…最初オルフィリア嬢に言われました」

真っすぐ前を…、

「下手な同情心で関わって…途中で手を離すのは、ルナを傷付けるだけ…。
だったら最初から、関わらない方がいい。
あなたは…どうする…?って」

ローカス卿の眼を…、

「だから…ローカス様…」

しっかり見ていた。

「どうか…これ以上ルナには深入りしないでください」

「……」

ローカス卿は一瞬だけ、眼を背けたが、すぐにまたマギーを見て、

「アンタは何で関わるって決めたんだ?
そんなに傷だらけになってよ…」

マギーの腕や肩…首のあたりには、いくつも絆創膏が貼られている。
先ほどルナを抱きしめた時、ひっかかれたものだ。
するとマギーはまた下を向いてしまったが…、

「……私…ここに来て…色んなことを学びました」

言葉だけはしっかりと…、

「私が…役に立たない…取るに足らないものだと思っていたことが…、とても素晴らしい
凄い物だって言ってもらえて…」

ハッキリと…、

「本当に本当に…救われたんです…」

紡ぐ…。

「ルナは…私の刺繍を見て…なにも言わなかったけど、ずっと見てて…。
触っていいよって…言ったら…無表情なまま…でも、ずっと触っていた…」

「感情を表に出せないだけで…本当は綺麗な物とか、好きな物とか…自分の意志をちゃんと
持ってて…表そうとしているんです…」

そこまで言うと、顔を勢い良く上げ、

「私の作品を好きになってくれた…だから…私は!!」

眼に涙をためながら、

「ルナに…教えてあげたいんです…」

叫ぶ。

「この世界は…素敵な場所だって…!!」

少しの静寂ののち、息を荒くしつつ、マギーはハッとなり、

「すすす、すみません!!でっでも!」

「ルナは…叫びたくなくても…暴れたくなくても…男の人に触られると…、発作を起こして
しまうんです…。
だから…関わっても…、つらいだけだと思います…」

それだけ言うと、

「すみません…私…本当にもう、帰らなきゃいけないんで…。
でも、私のいった事…よく考えてください!!」

逃げるように去ってしまった。

一人残されたローカス卿は…、

「う~ん、変な人だなぁ…」

と、思いつつも、

「でも…」

マギーがルナを抱きしめた時の様子や、腕や肩、首に張られた絆創膏を思い出し、

「誰にでも…出来ることじゃないなぁ…あれ…」

ポリポリと頭をかいていると、

「ローカス様、いた~!!」

「ローカス様!!また教えて~」

と、子供たちがまとわりついてきたので…ひとまずローカス卿は考えるのをやめ、
子供たちの相手をするのだった。


---------------------------------------------------------------------------------


「よ、また会ったな」

そういうローカス卿…相手は…、

「こここ、こんにちは…」

マギーだった。

マギーはルナの事を話す時こそ必死だったが、やっぱり基本はローカス卿と距離を
取ろうとする。

「今日は、ルナいないのか?」

「あ…えっと…刺繍の授業が終わって…他の子とお昼寝中で…」

「なるほどね…えっと…」

ローカス卿が何か言おうとしたが、マギーはさっさと向こうに行ってしまった。

「……ホント、変な女…」

ぽそり…と呟いた時だった。

「うっう~うっ!!あああう!!ああぅぁあっ!!」

獣の雄たけびのような…聞き覚えにある声が、思いっきり後ろから響いてきた。

「な、何だぁ?」

驚いて振り向けば…そこにはルナがいた。
精一杯口を開け、下を向き…叫んでいた。

「ルナ!!どうしたの!!」

マギーが抱きしめると、一応止まったのだが…。

「すみません!!ローカス様…この子、大人の男性に近づくこと…滅多にないのに…」

「あうぁああ!!」

「どうしたの?お腹すいたの?眠くないの?」

ルナは言葉が喋れない…だから推測するしかないのだ。
それが当たっていると、最近頷くくらいは出来るようになったから、多少は言葉がわかって
来たのだろう。

だが…この日はいつもと明らかに違った…。
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