8 / 40
序章
ドルチェタイム
しおりを挟む
グロリアが連れてきてくれたカフェ【Dolce Donut Donatello】は、先日の中央広場から伸びる道にあった。
幅の狭い木造の店内にはレジカウンターと、その下にドーナツをはじめとしたお菓子や、パニーニなどのサンドウィッチの入ったガラスのショーケースがあるだけだった。
壁には古びた絵画や黒板が下がっている。
黒板には、ぶどう酒やコーヒーや紅茶などのドリンクや、ジェラートやグラニータなどと書かれていた。
テラス席はなく、テーブル代わりの大樽が1つ置かれているだけだ。
大樽にはすでに先客がいた。
先客のカメは、日向ぼっこをしながら眠っていた。
どうしよう、これじゃ食べる場所がない……、そう思っていると、グロリアは、カメの横に、フツーにエスプレッソの小さなカップを乗せ、カンノーリを頬張って、幸せそうな顔をした。
「え、ぼくの分は?」
「自分で買いなよ」
「ちぇ」
ぼくは、カプチーノとフルサイズのクロスタータというイタリアのパイを買った。
パイには、砂糖漬けのブラックベリーがぎっしりと詰まっていた。
ところが、レジカウンターの上に商品が出されて、ぼくは眉をひそめた。
驚いたことに、カプチーノにはソーサーがなく、直径15cmほどもある大きなパイの方にはフォークがついていなかった。
しょうがないので、ぼくは自分で魔法を使い、ソーサーやティースプーンやフォークを生み出すことにした。
「7FUだ」店主であるドナテッロさんは言った。
「え?」ぼくは、メニューを見た。【カプチーノ-1FU、クロスタータ・ディ・モーレ-3FU】。「でも、そこには……」ぼくはメニューを指差した。
「それは持ち帰りの値段だ。表で食べていくならプラス3FUだ」
「なるほど……、それならそうと書いておいてくれればいいのに」
「貴重なご意見どうも。参考にさせてもらうよ」と、ドナテッロさんは言った。
その様子を見るに、絶対に貴重なご意見だなんて思ってないし、今後の参考になんかしないだろうということが窺えた。
ぼくは、カプチーノとクロスタータを手に、店を出た。
見れば、グロリアはニヤニヤしていた。
「なに?」
「いくらだって?」
「ここで食うなら3FUプラスだって」
グロリアは笑った。
「なに?」
「あのね……」地球で言えばヴェネツィアに相当する場所から遠路遥々ここニホニアまでやってきたアテリア人であるドナテッロさんは、信じられないことに、店を訪れる人の顔を全て覚えているらしい。
それだけ聞けば、なんて良い人なんだろう、きっとドナテッロさんは人が大好きな暖かい人なんだな……、と思うものだが、さらに話を聞いてみれば、どうやらそういうわけでもないらしい。
奴は、初めて訪れる客からは、必ずぼったくるらしい。
その名目は、イートインスペースの利用料だったり、入会費だったりと様々なようだ。
ドナテッロさんのお菓子を気に入って二度目に来店した者たちは、二回目からは、『あんたはイートインスペースの利用料はタダだ、常連さんだからな』、という、ドナテッロさんの欺瞞に満ちた笑顔に感動してしまうらしい。
イタリア人が観光客からぼったくるというのは有名な話だったが、驚いたことに、連中は遠路はるばる異世界転移をしてこんな場所にやって来てまで、ぼくのような観光客からぼったくっているようだ。
まったく困ったもんだぜ……、と思いながら、クロスタータを食べてみると、さくさくもちもちのパイ生地からはバターの風味がして、ブラックベリーが甘くて美味かった。
パイによって刺激された嗅覚と味覚が、周囲に漂う、心地良い花の香り掴んだ。
ぼくは、目を瞑り、鼻で深く息を吸った。
バターとブルーベリーの香り、花の香り、カプチーノの甘い香り、コーヒーの香ばしい香り、秋の香り。
新鮮な空気には、様々な香りが含まれていた。
サクサクのパイ生地を噛む音、そよ風に揺られる花壇の花々、鳥の鳴き声、硬い靴底が石畳を叩く音……、コト……、と、すぐ近くで、何か硬いものが、硬い木の板に置かれる音に目を開けてみれば、グロリアが、樽の上にエスプレッソのカップを置き、タバコを咥えていた。
視線を感じてそちらを見れば、樽の上で眠っていたカメが、いつの間にやら目を覚ましていた。
カメは、ぼくを見上げて、パイを見て、再びぼくを見上げた。
ここでも利用料を要求されてしまった。
ぼくは、パイを摘んで、欠片をカメの前に置いた。
カメは、しゅっ、と、首を伸ばしてパイの欠片を食べようとしたが、パイ生地は、ビリヤードで玉を弾くように、カメの顔に弾かれて、地面に落ちてしまった。
ネコ顔のグリフォンが、どっからともなくやってきて、そのパイ生地を食べた。
ネコ顔のグリフォンはぼくを見上げた。
視線を感じてそちらを見ると、カメも、無表情にぼくを見上げていた。
こいつらグルなんじゃないか……? と思いながら、ぼくはネコ顔のグリフォンを睨みつけた。
ネコ顔のグリフォンはスタスタと歩き去って行ったが、10mくらい離れたところで、こちらを振り返って、再び歩き去っていった。
ぼくは、ため息を吐いて、「これで最後だぞ」と、言いながら、カメの前にパイ生地のかけらを置いた。
カメは、今度は上手にパイ生地を咥えることが出来た。
満足した様子のカメは、ぼくに頷きかけると、首を引っ込めて、昼寝に戻った。
「ネコ顔のグリフォンには気をつけなよ。あいつら調子に乗るから」と、グロリア。
「うん。知ってる」
「ワシ顔の方は、自立してて、自分でネズミとか取って食うから良いんだけどね。でも、ワシ顔にねだられたらあげてやんなよ。あいつらプライドが高いから滅多に人にすり寄ってくることはないんだけど、そういう連中が助けを求めてくる時は、本当に困ってる時だから。プライドが傷つく痛みを堪えて、胸の中で啜り泣きながら助けを求めてくるのよ」
「なんか、どっちにしろめんどくさい奴らだね。グリフォンって」
「関わらないのが一番よ」タバコを吸い終えたグロリアは、店内に入ってすぐに戻ってきた。両手にエスプレッソのカップを持っている。
「お? ぼくに?」
グロリアはニンマリとして、左手のエスプレッソを一口で飲み干し、右手のエスプレッソを啜った。
「けち」
「それ美味しそうだね」
「分けてあげない」
「お願いっ! 一口だけっ! ねっ、先っちょだけで良いからっ! お、俺さぁ……、もう我慢出来ねんだよ……、でへへへへへ……」グロリアは、鼻息を荒くしながら言った。
「しょうがないなぁ」ぼくは、グロリアにパイを差し出した。
グロリアは、パイをちぎった。
結構ごっそり持っていかれた。
グロリアはあーん、と頬張って、むしゃむしゃとした。「美味い」
「だよね」
「ソラってちょっとお願いしたら簡単にヤらせてくれそうだよね。何をとは言わんけど」
「かっ、死ね」ぼくは、残りのパイを頬張り、むしゃむしゃした。ごくん。「死ね」
「大事なことだから二回言ったってわけね。うぇえ~ん」グロリアは泣くフリをした。「うえんぴえんぱおん」
「なんだよぴえんぱおんって」
「数年以内に流行る。流行らなくてもわたしが流行らせます」
ぼくは笑った。カプチーノでパイを流し込み、息を吐く。「美味しかった。タバコちょうだい」
グロリアはこちらにタバコを差し出してきた。
「ありがと」ぼくは、煙を吐いた。
良い街だ……、と思った。
西部劇っぽかったり、イタリアっぽかったり、ポーランドっぽかったり……。
小6の修学旅行を思い出す。
「そういえば、こっち来る時あのおねえさんに、ニホニアね、って言ってたけど、あれってどういうことなの?」
「土地名を言えばそこまで繋いでくれるの」
「そうなんだ」
「うん」
「この世界広いみたいだから、どうやって見て周ろうかなって考えてたの。細マッチョのスライムを雇うか、自然同化の魔法で行こうかって考えてた」
「細マッチョのスライムねー。スライムに乗るなら、普通のプニプニのスライムが一番よ。筋肉ついたスライムだと走ることしか出来ないし寝心地も硬いけど、プニプニのスライムならウォーターベッドみたいで寝心地最高だし、なんにでも変身できるし、融通も効くから。鳥とかドラゴンになってもらって空から見て周るのもいいし、ユニコーンに変身してもらって駆けても良いし。ただ、スライムって対象を包み込んで形とか性質や能力を記憶してから変身するっていう性質なのよね。形状記憶のボキャブラリーが多いほど強くて、自立心も旺盛でヒトと仲良くしようっていう感じじゃなくなるのよね。雇う費用も高くなるし。鳥に変身できるだけなら、細マッチョのスライムより安いから、オススメね」
「性質とか能力って?」
「たとえば、スライムがドラゴンを包み込んで形状を記憶しているときにドラゴンが火を噴いたら、スライムもドラゴンの火を吹けるようになるの。ドラゴンほど強力じゃなくても、魔法使いの火よりは全然強力なやつ」
「どういう理屈?」
「コピーをして進化するのよ。それがスライムっていう生き物なんだとしか説明できないわね。この世界は幻獣を尊重して、連中と共存しているけど、生態の研究や解明には積極的じゃないの。スライム一つとっても、地球にいる幻獣とはところどころで生態が違うみたいだし、地域ごとにも違いがある。それにインターネットもないし、土地も広いから、情報の共有にも一手間だし。多分、幻獣の研究に力を入れてる人もいるとは思うけど、そういう奴はこんな街中にはいないだろうし」
「スライムってドラゴンの火食らっても生きてられるの?」
「連中は不老不死だから。歳を取ったら、活性化している細胞と弱りかけている細胞に分裂して、弱りかけている方は消滅するんだって。年取ったスライムは、幻獣保護委員会のシェルターに行くみたいよ。で、シェルターの中で若返るんだって」
「繁殖は?」
「たまにするみたい」
「分裂?」
「謎」
ぼくは左手に作った輪っかに、右手の人差し指を差し込んで首を傾げた。
グロリアは笑った。「本当に謎なんだって」
ぼくはタバコの煙を吐いた。「この世界にインターネットがあったらやだな……」
「なんで?」
「ここにいれば肌が荒れないのに、インターネットが普及したら、地球と一緒になっちゃう」
「女の子みたいなこと言うのね」
「やめろ」
グロリアは肩を竦めた。「わたしにはわかんない悩みだね」
「ラッキーだね。でも、それなら交通手段で悩む必要もないね。地図あるし、行きたいと思った地名を言えばそこまで行けるっていうなら、それに越したことない」
「自然同化の魔法って高等部から学ぶんだけどさ、基礎だけなら教えてあげよっか?」
ぼくは、うーんと唸った。
実は、それについてはグロリアの幼馴染であり、ぼくの友人でもあるレオーニさんという、イタリア人のおにいさんから教えてもらって、すでに出来るのだ。「失敗したら死ぬ系はやだよ」
「死なんし。大丈夫。やってみよ」
「良いよ」ぼくは頷いた。「でも、また今度が良いな。今日は思いっきり遊びたい」
「思いっきりね」グロリアは、ニヤリとした。こいつがこういう顔をするときは、ろくでもないことを考えている時だった。「何か食べたいものある?」
「ビール」
幅の狭い木造の店内にはレジカウンターと、その下にドーナツをはじめとしたお菓子や、パニーニなどのサンドウィッチの入ったガラスのショーケースがあるだけだった。
壁には古びた絵画や黒板が下がっている。
黒板には、ぶどう酒やコーヒーや紅茶などのドリンクや、ジェラートやグラニータなどと書かれていた。
テラス席はなく、テーブル代わりの大樽が1つ置かれているだけだ。
大樽にはすでに先客がいた。
先客のカメは、日向ぼっこをしながら眠っていた。
どうしよう、これじゃ食べる場所がない……、そう思っていると、グロリアは、カメの横に、フツーにエスプレッソの小さなカップを乗せ、カンノーリを頬張って、幸せそうな顔をした。
「え、ぼくの分は?」
「自分で買いなよ」
「ちぇ」
ぼくは、カプチーノとフルサイズのクロスタータというイタリアのパイを買った。
パイには、砂糖漬けのブラックベリーがぎっしりと詰まっていた。
ところが、レジカウンターの上に商品が出されて、ぼくは眉をひそめた。
驚いたことに、カプチーノにはソーサーがなく、直径15cmほどもある大きなパイの方にはフォークがついていなかった。
しょうがないので、ぼくは自分で魔法を使い、ソーサーやティースプーンやフォークを生み出すことにした。
「7FUだ」店主であるドナテッロさんは言った。
「え?」ぼくは、メニューを見た。【カプチーノ-1FU、クロスタータ・ディ・モーレ-3FU】。「でも、そこには……」ぼくはメニューを指差した。
「それは持ち帰りの値段だ。表で食べていくならプラス3FUだ」
「なるほど……、それならそうと書いておいてくれればいいのに」
「貴重なご意見どうも。参考にさせてもらうよ」と、ドナテッロさんは言った。
その様子を見るに、絶対に貴重なご意見だなんて思ってないし、今後の参考になんかしないだろうということが窺えた。
ぼくは、カプチーノとクロスタータを手に、店を出た。
見れば、グロリアはニヤニヤしていた。
「なに?」
「いくらだって?」
「ここで食うなら3FUプラスだって」
グロリアは笑った。
「なに?」
「あのね……」地球で言えばヴェネツィアに相当する場所から遠路遥々ここニホニアまでやってきたアテリア人であるドナテッロさんは、信じられないことに、店を訪れる人の顔を全て覚えているらしい。
それだけ聞けば、なんて良い人なんだろう、きっとドナテッロさんは人が大好きな暖かい人なんだな……、と思うものだが、さらに話を聞いてみれば、どうやらそういうわけでもないらしい。
奴は、初めて訪れる客からは、必ずぼったくるらしい。
その名目は、イートインスペースの利用料だったり、入会費だったりと様々なようだ。
ドナテッロさんのお菓子を気に入って二度目に来店した者たちは、二回目からは、『あんたはイートインスペースの利用料はタダだ、常連さんだからな』、という、ドナテッロさんの欺瞞に満ちた笑顔に感動してしまうらしい。
イタリア人が観光客からぼったくるというのは有名な話だったが、驚いたことに、連中は遠路はるばる異世界転移をしてこんな場所にやって来てまで、ぼくのような観光客からぼったくっているようだ。
まったく困ったもんだぜ……、と思いながら、クロスタータを食べてみると、さくさくもちもちのパイ生地からはバターの風味がして、ブラックベリーが甘くて美味かった。
パイによって刺激された嗅覚と味覚が、周囲に漂う、心地良い花の香り掴んだ。
ぼくは、目を瞑り、鼻で深く息を吸った。
バターとブルーベリーの香り、花の香り、カプチーノの甘い香り、コーヒーの香ばしい香り、秋の香り。
新鮮な空気には、様々な香りが含まれていた。
サクサクのパイ生地を噛む音、そよ風に揺られる花壇の花々、鳥の鳴き声、硬い靴底が石畳を叩く音……、コト……、と、すぐ近くで、何か硬いものが、硬い木の板に置かれる音に目を開けてみれば、グロリアが、樽の上にエスプレッソのカップを置き、タバコを咥えていた。
視線を感じてそちらを見れば、樽の上で眠っていたカメが、いつの間にやら目を覚ましていた。
カメは、ぼくを見上げて、パイを見て、再びぼくを見上げた。
ここでも利用料を要求されてしまった。
ぼくは、パイを摘んで、欠片をカメの前に置いた。
カメは、しゅっ、と、首を伸ばしてパイの欠片を食べようとしたが、パイ生地は、ビリヤードで玉を弾くように、カメの顔に弾かれて、地面に落ちてしまった。
ネコ顔のグリフォンが、どっからともなくやってきて、そのパイ生地を食べた。
ネコ顔のグリフォンはぼくを見上げた。
視線を感じてそちらを見ると、カメも、無表情にぼくを見上げていた。
こいつらグルなんじゃないか……? と思いながら、ぼくはネコ顔のグリフォンを睨みつけた。
ネコ顔のグリフォンはスタスタと歩き去って行ったが、10mくらい離れたところで、こちらを振り返って、再び歩き去っていった。
ぼくは、ため息を吐いて、「これで最後だぞ」と、言いながら、カメの前にパイ生地のかけらを置いた。
カメは、今度は上手にパイ生地を咥えることが出来た。
満足した様子のカメは、ぼくに頷きかけると、首を引っ込めて、昼寝に戻った。
「ネコ顔のグリフォンには気をつけなよ。あいつら調子に乗るから」と、グロリア。
「うん。知ってる」
「ワシ顔の方は、自立してて、自分でネズミとか取って食うから良いんだけどね。でも、ワシ顔にねだられたらあげてやんなよ。あいつらプライドが高いから滅多に人にすり寄ってくることはないんだけど、そういう連中が助けを求めてくる時は、本当に困ってる時だから。プライドが傷つく痛みを堪えて、胸の中で啜り泣きながら助けを求めてくるのよ」
「なんか、どっちにしろめんどくさい奴らだね。グリフォンって」
「関わらないのが一番よ」タバコを吸い終えたグロリアは、店内に入ってすぐに戻ってきた。両手にエスプレッソのカップを持っている。
「お? ぼくに?」
グロリアはニンマリとして、左手のエスプレッソを一口で飲み干し、右手のエスプレッソを啜った。
「けち」
「それ美味しそうだね」
「分けてあげない」
「お願いっ! 一口だけっ! ねっ、先っちょだけで良いからっ! お、俺さぁ……、もう我慢出来ねんだよ……、でへへへへへ……」グロリアは、鼻息を荒くしながら言った。
「しょうがないなぁ」ぼくは、グロリアにパイを差し出した。
グロリアは、パイをちぎった。
結構ごっそり持っていかれた。
グロリアはあーん、と頬張って、むしゃむしゃとした。「美味い」
「だよね」
「ソラってちょっとお願いしたら簡単にヤらせてくれそうだよね。何をとは言わんけど」
「かっ、死ね」ぼくは、残りのパイを頬張り、むしゃむしゃした。ごくん。「死ね」
「大事なことだから二回言ったってわけね。うぇえ~ん」グロリアは泣くフリをした。「うえんぴえんぱおん」
「なんだよぴえんぱおんって」
「数年以内に流行る。流行らなくてもわたしが流行らせます」
ぼくは笑った。カプチーノでパイを流し込み、息を吐く。「美味しかった。タバコちょうだい」
グロリアはこちらにタバコを差し出してきた。
「ありがと」ぼくは、煙を吐いた。
良い街だ……、と思った。
西部劇っぽかったり、イタリアっぽかったり、ポーランドっぽかったり……。
小6の修学旅行を思い出す。
「そういえば、こっち来る時あのおねえさんに、ニホニアね、って言ってたけど、あれってどういうことなの?」
「土地名を言えばそこまで繋いでくれるの」
「そうなんだ」
「うん」
「この世界広いみたいだから、どうやって見て周ろうかなって考えてたの。細マッチョのスライムを雇うか、自然同化の魔法で行こうかって考えてた」
「細マッチョのスライムねー。スライムに乗るなら、普通のプニプニのスライムが一番よ。筋肉ついたスライムだと走ることしか出来ないし寝心地も硬いけど、プニプニのスライムならウォーターベッドみたいで寝心地最高だし、なんにでも変身できるし、融通も効くから。鳥とかドラゴンになってもらって空から見て周るのもいいし、ユニコーンに変身してもらって駆けても良いし。ただ、スライムって対象を包み込んで形とか性質や能力を記憶してから変身するっていう性質なのよね。形状記憶のボキャブラリーが多いほど強くて、自立心も旺盛でヒトと仲良くしようっていう感じじゃなくなるのよね。雇う費用も高くなるし。鳥に変身できるだけなら、細マッチョのスライムより安いから、オススメね」
「性質とか能力って?」
「たとえば、スライムがドラゴンを包み込んで形状を記憶しているときにドラゴンが火を噴いたら、スライムもドラゴンの火を吹けるようになるの。ドラゴンほど強力じゃなくても、魔法使いの火よりは全然強力なやつ」
「どういう理屈?」
「コピーをして進化するのよ。それがスライムっていう生き物なんだとしか説明できないわね。この世界は幻獣を尊重して、連中と共存しているけど、生態の研究や解明には積極的じゃないの。スライム一つとっても、地球にいる幻獣とはところどころで生態が違うみたいだし、地域ごとにも違いがある。それにインターネットもないし、土地も広いから、情報の共有にも一手間だし。多分、幻獣の研究に力を入れてる人もいるとは思うけど、そういう奴はこんな街中にはいないだろうし」
「スライムってドラゴンの火食らっても生きてられるの?」
「連中は不老不死だから。歳を取ったら、活性化している細胞と弱りかけている細胞に分裂して、弱りかけている方は消滅するんだって。年取ったスライムは、幻獣保護委員会のシェルターに行くみたいよ。で、シェルターの中で若返るんだって」
「繁殖は?」
「たまにするみたい」
「分裂?」
「謎」
ぼくは左手に作った輪っかに、右手の人差し指を差し込んで首を傾げた。
グロリアは笑った。「本当に謎なんだって」
ぼくはタバコの煙を吐いた。「この世界にインターネットがあったらやだな……」
「なんで?」
「ここにいれば肌が荒れないのに、インターネットが普及したら、地球と一緒になっちゃう」
「女の子みたいなこと言うのね」
「やめろ」
グロリアは肩を竦めた。「わたしにはわかんない悩みだね」
「ラッキーだね。でも、それなら交通手段で悩む必要もないね。地図あるし、行きたいと思った地名を言えばそこまで行けるっていうなら、それに越したことない」
「自然同化の魔法って高等部から学ぶんだけどさ、基礎だけなら教えてあげよっか?」
ぼくは、うーんと唸った。
実は、それについてはグロリアの幼馴染であり、ぼくの友人でもあるレオーニさんという、イタリア人のおにいさんから教えてもらって、すでに出来るのだ。「失敗したら死ぬ系はやだよ」
「死なんし。大丈夫。やってみよ」
「良いよ」ぼくは頷いた。「でも、また今度が良いな。今日は思いっきり遊びたい」
「思いっきりね」グロリアは、ニヤリとした。こいつがこういう顔をするときは、ろくでもないことを考えている時だった。「何か食べたいものある?」
「ビール」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯
☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。
でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。
今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。
なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。
今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。
絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。
それが、いまのレナの“最強スタイル”。
誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。
そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる