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第二章 勇者

純白の剣

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 「師匠!早く早くー!」



 「ちょ、ちょっと……待ってください……はぁ、はぁ」



 「もうー、遅いですよ。早く修行を再開しましょう!私はもっと強くなりたいんです。今のままでは満足できません!」



 今でも十分強いのでは?と思うエジタスだが、更に強くなった真緒も見てみたいと思っている。



 「(というか、性格変わりすぎじゃないですかね…………)」



 ついさっきまで暗く内気だった彼女が、嘘のように明るく活発な女の子になっていた。いくら強くなったとはいえ、性格まで変わるものなのだろうか?疑問に感じたエジタスは鑑定で真緒の事を調べる。すると称号の説明に気になる内容が記されていた。







称号 過去を克服せし者



過去を克服し、新しい人生に一歩踏み出した者に贈られる称号。



効果 レベルアップ時、全ステータスに極大補正。“性格変化”の可能性あり。







 「(……十中八九これが原因ですね)」



 真緒が明るく元気になったのを喜ぶべきなのだが、あそこまで性格が変わってしまうと、こちらもどう接していいのか戸惑ってしまう。



 「師匠ー!置いていきますよー!」



 「今行きますよ~」



 遠くの方で真緒の呼ぶ声が聞こえる中、彼女の腰に掛けられている純白の剣が輝いている。



 「(それにしても、まさかあの剣があんな能力を秘めていたとは驚きです)」



 エジタスは武器屋での出来事を思い出す。







***







 「嬢ちゃんよかったのかい?バッサリ髪切っちまって……」



 「いいんです。これは私なりのけじめのつもりです」



 「そうか、嬢ちゃんがいいんならそれでいいけどよ」



 髪を切り落とし、眼鏡を外した真緒はどこか清々しい気持ちになっていた。



 「そういえば、マオさん。その剣を触っているのに何とも無さそうですね」



 「あ、本当だ……」



 「どうやら、その剣は嬢ちゃんの事を認めたらしい。それはもう呪われた剣なんかじゃない、嬢ちゃんだけが扱える聖なる剣、聖剣だ!」



 「私だけの聖剣…………」



 純白の剣をじっと眺める真緒。



 「マオさん。その剣を鑑定してみたらどうですか?そうすれば性能が分かりますよ」



 「え、でも私スキルなんて覚えてません」



 「いえ、今のマオさんならできるはずですよ。剣に認められたことで大幅に強くなっています。」



 「本当ですか!」



 「はい、それを調べたいと念じてみてください。そしてスキル“鑑定”と唱えるのです」



 「………………スキル“鑑定”!」







 呪聖剣 グラム・ソラス



 かつて勇者が愛用したとされる剣。その純白さから何者にも汚されない伝説の剣。しかし、勇者自身が掛けた呪いのせいで能力は禍々しい物へと変貌した。



 能力 相手の全ての補正効果を無効にする。斬りつけた相手のステータスからランダムに一つ奪う。重複可。同じ相手からは二度は奪えない。また、剣を鞘に納めた場合、奪ったステータスは元に戻る。







 「ふふ…………」



 奇しくも“泥棒”というあだ名に相応しい能力に笑みが零れる。



 「どうでしたか、使えそうですか?」



 「師匠……私この剣、気に入りました!この剣が欲しいです」



 「いいでしょう!店主さん。この剣はおいくらでしょうか?」



 「いくらも何もねぇ、やるよ」



 「え、でも……」



 「代々続いてきた勇者との約束を俺の代で終わらせられたんだ。これほど嬉しいことはねぇよ。その代わり、また何か武器が欲しくなったら真っ先に俺の店を訪ねてくれよな」



 「店主さん…………ありがとうございます!」



 真緒はお礼を述べると純白の剣を鞘へと仕舞った。



 「それじゃあ師匠。無事武器も手に入れられた事ですし、修行の方を再開しましょう!」



 そう言って店から飛び出した。



 「マオさん!?」



 「ほら、師匠。早く来てくださーい」



 エジタスが外に出ると既に真緒は遠くの方で手を振っていた。



 「マオさんちょっと待ってくださいよ~」



 そのまま追いかけるエジタス。







***







 エジタスと真緒が店を出たほぼ同時刻……。カルド城内部。与えられた自室で聖一が寛いでいると扉が叩かれる。



 「はい、どちら様ですか?」



 扉を開けるとそこには愛子と舞子の二人が立っていた。



 「聖一さん、やっほー」



 「遊びに来ちゃいました」



 「二人とも急にどうしたの、訓練の方は終わったの?」



 三人はこの世界での戦いに少しでも早く慣れるために、それぞれに指南役がつけられ、戦闘訓練を行っていた。



 「だってあの指南役の人弱いんだもん」



 「うんうん、拍子抜けって感じ。何か異世界も大したことないね」



 「ははは、それはあの人達が弱いんじゃなくて僕達が強すぎるんだよ」



 「そうだけどー。もう終わっちゃたから暇なんだよね。そうだ、これから三人で城下町の方に行かない?」



 「あ、それいいねー」



 「ちょっと待ってよ、行くにしてもまずは許可を貰わないと「よろしいですよ」……え?」



 愛子と舞子のうしろに隠れるようにシーリャがそこにいた。



 「シーリャ!どうしてここに……」



 「実はあたしたち、あのあと意気投合して仲良しになったんだよねー」



 「だから、許可は既に取っていたんですよ」



 「なんだそうだったのか。でも本当にいいのかいシーリャ。こんな簡単に外出を許して……」



 「はい、皆さんはもう王国の中で一番強いので、城の外に出ても大丈夫だと思います。それに早くこの国にも慣れてほしいというのもあります。ただ、一つだけお願いがあります」



 「何でしょうか?」



 「なるべく問題は起こさず穏便に済ますようにしてください」



 「分かりました、肝に命じます」



 「ほら、聖一さん。早く行きましょう」



 聖一の誓いを他所に愛子と舞子が手を引っ張っていく。



 「ちょ、ちょっと待ってくれよ。あまり引っ張らないでくれ……」



 「お気をつけて」



 二人に引っ張られながら城下町の方へと向かった。







***







 「師匠ー、早く来てくださいよ」



 「そんなに慌てて走ると危ないですよ」



 真緒は十字路を下の方から真っ直ぐ通ろうとする。



 「舞子、聖一さん。こっちこっち!」



 「待ちなさいよー」



 「愛子さん、ちゃんと前を向かないと危ないよ」



 「へーきへーき」



 愛子は十字路を右の方から真っ直ぐ通ろうとする。



 「師匠」



 「舞子、聖一さん」



 「「早く行きましょうよ」」



 「マオさん!前、前!」「愛子!前!」



 「「え!?」」



 ドッシーン。そんなような擬音が聞こえるかのようにぶつかり、尻餅をついてしまった。



 「あ、ごめんなさい。お怪我はありません……か……!?」



 「いったーい、どこ見て歩いてるのよ!」



 「…………愛子さん?」



 「え、何であたしの名前知ってるのよ?」



 「あ、いやこれはその……」



 うっかり口を滑らしてしまい、後悔する。



 「……まさかあんた、真緒!?」



 「……ええ、そうです」



 「へぇー変わったわね。でもいくら見た目を変えてもあんたが“泥棒”という事実は変わらないけどね」



 「愛子、大丈夫?」



 すると舞子が合流する。



 「あ、舞子。見てみなよ目の前の女、あの真緒なんだってさ。マジ笑えるわ」



 「真緒?あんたまだこの国にいたんだ。使えない“泥棒”は、さっさと出ていけばいいのに…………」



 今までだったら、二人の弄いじりに堪えかねて負けてしまうことであろう。そう今までだったら…………。



 「失礼ですが私は泥棒じゃありません」



 「はぁ?」



 「今更遅いとは分かっていますが、あの時私は愛子さんの財布を盗んだのではなく、落ちたのを拾って届けようとしただけです」



 ようやく言えた。ずっと言えなかったことをこんなにもあっさり言うことが出来た。しかし…………。



 「何言ってるの?嘘つくとか最低じゃん」



 「しかも何その喋り……気持ち悪!」



 「なんと言われようと私は真実を述べただけです」



 「…………ちょっとあんた調子のってない?異世界に来たからって生意気なんだよ!」



 自分の思い通りにならなかったのが気に入らないため殴りかかる。だがしかし…………。



 「調子などのっていません。私はいつだって真剣です」



 異常な程の反射神経で体は動かさず首だけ傾けて攻撃を避ける。そして飛んできた拳の手首を右手で掴み、押さえつける。



 「あ……あ……あい」



 「愛子!?離しなさいよ……この!」



 続けて舞子が殴りかかるがその前に、真緒は右手で掴んでいた愛子を舞子にぶつけて吹き飛ばす。



 「きゃあ!」



 「……よくもやってくれたわね!もう手加減してやんないから!」



 すると一本の杖を取り出す愛子。



 「愛子!それはいくらなんでも不味いって…………」



 「うるさい!あんたは黙ってて!」



 舞子の忠告も聞かずに魔法を唱える。



 「くたばりなさい!“フリーズアロー”」



 愛子の周りに小さな氷の矢が生成され、真緒に向かって飛んでいくが、それを二本指で器用に取って二人の足下に投げ返す。



 「え……?」



 「嘘…………」



 「…………」



 真緒は無言のまま近づいてくる。



 「く、来んじゃねぇよ!」



 「あっちいってよ!」



 「二人ともどうかしたのかい?」



 「「あ、聖一さん!」」



 二人よりも遅れて合流を果たす聖一。



 「聖一さん聞いてくださいよー」



 「実は……「私が事実を述べたところ、それが気に入らなかったのか、いきなり殴りかかってきたり、魔法で攻撃してきました」……お前!!」



 「今の話は本当なのかい?」



 「いや、本当な訳ないじゃないですかー」



 「いえ、本当ですよ。一部始終ちゃ~んと見ていました」



 いつの間にか真緒の隣にいたエジタス。



 「はぁ!?あんた誰?」



 「どっから現れた!?」



 「師匠!」



 「「師匠!?」」



 真緒の意外な言葉に驚きを隠せない二人。



 「こんな変なやつがあんたの師匠なの!?頭おかしいんじゃないの?」



 「聖一さん、こんなおかしな仮面野郎のこと信用しない方がいいですよ」



 「…………るな」



 ボソリと真緒が呟く。先程の冷静な声とは明らかに異なっていた。



 「何だって?」



 「よく聞こえないんだけど」



 「……う……を馬鹿にするな」



 「「はぁ?」」



 「師匠のことを馬鹿にするな!!!」



 怒り。純粋な怒りがそこにはあった。突然の感情の爆発に愛子と舞子は恐怖で震えが止まらなかった。



 「私のことはいくらでも馬鹿にしても構わない。でも、師匠のことだけは馬鹿にするな!!!」



 「……ヒィ!殺さないでお願い……」



 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」



 そのあまりの恐怖に壊れてしまう二人。



 「真緒さん。一旦落ち着いてくれ」



 だが聖一の言葉も空しく、怒りが治まらない真緒。



 「師匠のことを、師匠のことを」



 「マオさん、落ち着いてください」



 エジタスが真緒の目の前に立ち、頭を撫でて気を静めさせる。



 「…………師匠?」



 疲れていたのか、真緒はそのまま寝てしまった。真緒を抱き抱えると聖一と向き合うエジタス。



 「この度はご迷惑をお掛けしました」



 「いや、謝るのはこちらの方だ。真緒さんにとってあなたは特別な存在のようですね」



 「そんなことないですよ~私はただのしがない道化師ですよ」



 その言葉を聞くと聖一は少し笑い、愛子と舞子の二人に近づく。



 「僕達はこの辺で失礼します。真緒さんに“いずれ二人にはキチンと謝罪させる”とお伝え下さい。それでは……ほら二人とも城に戻るよ」



 「殺さないで、何でもしますからお願い助けて…………」



 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



 「はぁ、これはしばらく時間が掛かりそうだ」



 その場には既にエジタス達の姿はなく、聖一の独り言を聞く者は誰一人としていなかった。
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