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第八章 冒険編 狂乱の王子ヴァルベルト

フォルス VS ラミー

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 「さて、それではそろそろ俺達も始めるとしようか……」



 真緒が玉座の間へと入った直後、その廊下ではフォルスとラミーの戦いが今まさに始まろうとしていた。



 「そうだな……」



 そう言った瞬間、フォルスは弓を構えてラミーに向かって放った。



 「成る程……弓矢の名手か……」



 しかし、それを平然とした様子で掴み取るラミー。



 「挨拶代わりだ」



 「そうか……では俺も……」



 そう言うとラミーは懐から、一つのフラスコ瓶を取り出してその中身をぶちまけた。



 「!!?」



 それに対してフォルスは慌てて、後ろへと跳んで回避した。



 「安心しろ……只の水だ」



 「水だと…………?」



 フォルスは足下まで飛んだ液体を指で触って確かめた。



 「確かに……これは水だ……」



 何の変哲も無い只の水。しかし、何故そんな水を突然ぶちまけたのかフォルスは疑問に思った。



 「俺は元々、魔王軍の偵察部隊に所属していた。それは俺にある能力が備わっていたからだ」



 するとラミーは、突然飛び散った水の中へと入って行った。



 「な、何!?」



 「俺は、鏡の様な反射する物体を自由自在に行き来出来る能力を持っている」



 壁や床、あらゆる所に水が飛び散っており、ラミーはそこを休み無く動き回る。



 「くそっ、狙いが定まらない……!」



 「この能力は、外部からの攻撃を一切受け付けない。この中にいる限り俺は無敵だ」



 左、右、下、左、上、下、右、下。ちょこまかと動き回るラミーに、上手く狙いが定まらず困惑するフォルス。



 「し、しまった、見失った!!何処に行った!?」



 何とか狙いを定め様として、必死に目で追っていたフォルスだが、瞬きをした瞬間不覚にも見失ってしまった。



 「だが欠点も存在する。それは……」



 「ぐぁああ……!!」



 フォルスの足下にあった小指程の小さな水溜まり、そんな水溜まりからラミーが突然現れて、フォルスを剣で突き刺した。



 「こちらから攻撃を加える時は、こうして一度体を完全に出さなければいけないのだ……」



 「この……!!」



 フォルスが弓矢で反撃を試みようとするが、ラミーは再び近くの水溜まりへと姿を隠した。



 「だが今回その点に関しては問題無い。お前は遠距離専門、接近戦は得意では無いのだろう?」



 「!!」



 フォルスはあくまで弓矢の名手。真緒やハナコなどの接近戦は不得意である。また、リーマの音魔法の様に代わりとなる技は持っていない。



 「無言……という事は認めると言う訳だな?」



 「それがどうした!?例え接近戦が出来ないとしても、この弓矢でお前を仕留めてやる!!」



 フォルスは弓矢を構え水溜まりに映るラミーを狙うが、放つ前に移動されてしまう。



 「くそっ!!」



 「威勢だけは褒めてやろう……だが、気持ちだけで勝てる程俺は甘くは無いぞ!」



 闘志に火を付けてしまったのか、ラミーは容赦無く水溜まりから突然現れて、フォルスを剣で突き刺していく。



 「ぐはぁああ!!!」



 「諦めろ、ここは室内。空中を得意とする鳥人族に勝ち目は無い」



 体から、血が止めどなく流れ出る。意識が朦朧とする中、フォルスはラミーに問い掛ける。



 「はぁ……はぁ……どうして……」



 「ん?」



 「どうして……そこまでの強さを持っていながら……どうしてヴァルベルトの眷属になったんだ?」



 それは純粋な疑問だった。ここまで強力な能力を持ちながら、何故ヴァルベルトの下に着いているのか。



 「……簡単だ。俺何かより、ヴァルベルト様の方が強いからだ」



 「……そんなにヴァルベルトは強いのか?」



 淡白に答えるラミーに、フォルスは更に話を掘り下げる。



 「ああ……俺は元々魔王軍の偵察部隊において、ヴァルベルト様の監視を命じられていた。俺は普段“鏡写し”という技で鏡越しに相手を見る様にしているのだが……ヴァルベルト様は職業柄、鏡には写らなかったのだ。そうなっては鏡からの監視は不可能、鏡から出て監視するしか無いが……そこをヴァルベルト様に見つかり眷属になったという訳だ。だが後悔はしていない、寧ろヴァルベルト様の眷属になれてとても光栄だ。そもそもヴァルベルト様は…………」



 「…………」



 ラミーが淡々と喋り続けるが、フォルスは全く聞いていなかった。問い掛けた本当の理由は、打開策を考える為に少しでも時間が欲しかったのだ。



 「(どうする……奴の言う通り、室内で飛ぶ事は出来ない。それなら“ブースト”を使って不意を突くか?駄目だ!!反射出来る物体を自由自在に行き来出来るんだぞ!?避けられて終わりだ!!…………俺はいったい何をしているんだ……“ブースト”を身に付け、これからはマオ達の隣で戦えると思ったのに……俺は空を飛べなければ何も出来ないのか!!)」



 フォルスは、今までの出来事を振り返る。



 「(折角過去を克服したと言うのに、氷像の時は洞窟内で飛べず、スゥーの時は翼を凍らされて役に立てなかった…………これじゃあ、何の為に俺は翼を取り戻したんだ…………)」



 フォルスの脳裏には、亡き母の顔が浮かんでいた。ぼんやりとあやふやな記憶だが、その暖かさはしっかりと覚えていた。



 「(いや、諦めたら駄目だ!!ピンチをチャンスに変えるんだ!俺は空の支配者になるんだ!!!)」



 諦め掛けていたフォルスだったが、その目に宿る炎はまだ死んではいなかった。



 「おっと……つい長話をしてしまった……それじゃあ、そろそろ決着をつけようか」



 「ああ……そうだな!!」



 その瞬間、フォルスは後方へ跳んだ。



 「“ウインド”!!」



 そして、自分が元いた場所より少し手前に風魔法を唱えた。



 「!!貴様、いったい何をするつもりだ!?」



 「……“バカな事”……かな?」



 何故かフォルスの頭の中に、真緒の顔が浮かんだ。



 「ふふ……さぁ、行くぞ!!」



 思わず笑みを浮かべたフォルスだが、直ぐ様真剣な表情となり、唱えた風魔法目掛けて走り出した。



 「(“ブースト”は風魔法を矢に付与する事で爆発的な加速を可能とした。武器で上手く行ったのだから、身体に付与しても上手く行く筈だ!!)」



 するとフォルスは走る途中で体を捻らせ、まるで矢の様に真っ直ぐ横回転しながら風魔法に突撃した。



 「こ、これは何だ!?」



 フォルスが回転しながら風魔法に突撃すると、その途端フォルスの回転する速度が上がり、その風圧で全ての水溜まりを巻き上げた。



 「思った通り、全ての水溜まりが空中に上がりさえすれば、後は空中戦を得意とするこっちの物だ!!」



 「ま、まさか貴様……この全ての水溜まりを狙うつもりか!?」



 「そのまさかだ!!」



 フォルスは懐の“三連弓”を取り出すと、一心不乱に巻き上げた水溜まり目掛けて放った。



 「“三連弓”!!“三連弓”!!“三連弓”!!」



 「き、貴様ーーー!!!」



 “三連弓”を用いて、フォルスは全ての水溜まりを撃ち抜いた。



 「へ……へへ……やっ……たぜ……」



 しかし、思った以上にダメージが大きかったのか、その場に倒れ伏せてしまう。



 「…………」



 戦いが終わった静寂な廊下。そこにいるのはフォルスだけであった。そう思っていた…………。



 「……さすがは“空の支配者”と称される鳥人族だ。まさか、この室内で空中戦をやってのけるとは……賞賛に値する」



 なんと廊下の途中にある部屋の中から、無傷のラミーが現れた。



 「言った筈だ。俺が反射する物体に入っている間は、外部からの攻撃を一切受け付けないと……」



 ラミーは倒れているフォルスに近づく。



 「だが貴様は誇って良い。あの状況下で水溜まりを全て撃ち抜いたのだからな……せめてもの情けだ、俺自らが止めを刺してやる!!」



 ラミーは持っていた剣を振り上げて、倒れているフォルス目掛けて振り下ろした。



 「ああ、自分でも自分を褒めたい位だ……」



 「!!?」



 しかし、振り下ろした剣は当たらず代わりに倒れていた筈のフォルスが起き上がり、ラミーの首元に弓矢を構えていた。



 「き、貴様何故!?」



 「死んだふりさ……こうでもしないとお前は廊下に出て来ないだろうと思ってな……だが用心深いお前の事だ。必ず俺に止めを刺しに来ると思っていたぜ」



 「く、くそーー!!!」



 「遅い!!」



 フォルスはラミーに攻撃の隙を与えず、素早く首元に矢を放った。



 「がぁ……あ……あ……!!」



 死にもの狂いで突き刺さった矢を引き抜こうと思ったが、運悪く壁にまで突き刺さっており抜く事が出来なかった。



 「お前は強いよ……俺よりもずっと……だが、この勝負……勝者は俺だ」



 「が…………はぁ………………」



 次第に息が出来なくなり、そのまま息絶えるラミー。その表情は最後まで矢を引き抜こうとする必死な形相だった。



 「ふぅー、終わったか……何とか勝てたな……」



 「フォ、フォルスさん……」



 「おー、リーマお前も無事だった……ってどうしたその酷い怪我は!?」



 聞き覚えのある声に、振り返るフォルスが見た光景は、足を引きずりながらも必死に歩いて来たリーマの姿だった。



 「へっ、へっちゃらです。この位の怪我、大した事ありません……」



 「すまないな……治してやりたいのは山々だが、肝心のポーションはエジタスさんが持っているから、すぐには治せそうに無い」



 道具の管理をエジタスに任せていた為、リーマの治療は出来ない。



 「気にしないで下さい。そこまで酷くありませんから……」



 「本当にすまない。しばらくの間、我慢していてくれ…………さて、それじゃあマオとハナコを助けに行くか!!」



 「はい!!」



 満身創痍な二人は、マオとハナコが待つ玉座の間へと突入するのであった。
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