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最終章 笑顔の絶えない世界

漆黒のドラゴン(後編)

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 時は、シーラとラクウンのブレスがぶつかり合う所まで遡る。



 「シーラ………」



 地上にいるフォルスは、空中で激闘を繰り広げているシーラとラクウンを、只見る事しか出来なかった。



 「……やっぱり……俺もシーラと一緒に…………!!」



 一緒に戦う。そう思って、空中に舞い上がろうとするが、羽が震えて羽ばたく事が出来なかった。この時フォルスの心は、ある一つの感情で埋め尽くされていた。



 「……まさか……怖いのか……?」



 それは恐怖。フォルスは、空中にいる二匹のドラゴンに恐れを成していた。頭では戦おうと考えているのだが、体が動いてくれない。



 「くそっ……何処まで無力なんだ……俺は……」



 自身の無力さを嘆きながら、思わず俯いてしまった。



 「……シーラ……すまない……」



 俯いた顔を上げ、空中で戦っているシーラを見ながら一緒に戦えない事を謝罪した。その時、シーラの周りには暗雲が立ち込め、暗雲から無数のイカヅチが、ラクウン目掛けて放たれていた。



 「凄いな……これは、俺なんかが加わった所で、何の戦力の足しにもならないな…………」



 フォルスは、悲観的な気持ちになりながら自身の手に握られている三連弓を見つめる。



 「…………母さん」



 母の形見とも言える三連弓を見つめていると、過去の出来事が甦る。母親が死んでしまった事、里を抜け出した事、真緒達と出会って過去のトラウマを克服出来た事、信頼していたエジタスの裏切り、これまでの出来事が脳裏を過り心を締め付ける。



 「…………そうだよな……何もせず諦めるより、死に物狂いで行動してから諦めた方がいいよな…………」



 それは、フォルスにとっての逃げだった。少しでも、罪悪感を残したく無いと思った結果生まれた考え。フォルスも分かってはいるのだが、最早それしか方法は残されていなかった。



 「そうは言ったものの……いったいどうすれば…………!!?」



 どう行動に移そうか頭を悩ませていると、シーラの喉元をラクウンが締め付けていた。



 「シーラ!!不味い……このままだとシーラが……だけど、俺が矢を放った所で…………痛!?」



 その瞬間、弓の弦が切れてフォルスの右手を傷付けた。



 「……母さん……ごめん……全く……俺って奴は……考えるな……まずは行動に移すんだ……」



 まるで、亡き母に叱られた様に感じたフォルスは、改めて冷静さを取り戻す。弓に弦を引き直し、ラクウンに向けて構える。



 「落ち着け……周りの音を気にしちゃいけない……この指に全神経を集中させるんだ…………失敗を恐れるな……俺なら……出来る!!」



 フォルスは、自身の弓に対して意識を傾ける。周りから入って来る音を全て受け流す。それによって、フォルスの周りは恐ろしい程に静かになった。



 「…………」



 それは、フォルスにとって新しいスキルの発現だった。空中にいるラクウンに弓を向けると、まるで近づいたかの様にフォルスの目には、ラクウンが目の前にいる様に感じられる。



 「スキル“一点集中”……貫け!!」



 フォルスは恐ろしく落ち着いていた。シーラの喉元が締め付けられながらも、ゆっくりと時間を掛けて集中力を研ぎ澄ました。そして、その集中力が頂点に達した瞬間、ラクウン目掛けて矢を放った。







***







 『おのれ!!よくも我の右腕を…………絶対に許さないぞ!!』



 ラクウンは、フォルスの矢によって貫かれた右腕を押さえながら、フォルスに怒りをぶつける。



 「許さない?悪いが、お前の言い分は筋違いだぜ」



 『何だと!?我はお前に右腕を貫かれたのだぞ!!許さないのは当然ではないか!!?』



 フォルスに筋違いと言われて、更に怒りが爆発するラクウン。



 「…………俺達は今、命を掛けた戦いをしている。命さえ残っていれば、例え喉を潰されようが、右腕を貫かれようが、何の問題も無いんじゃないのか。そしてきっと、エジタスさんも同じ事を言うと思う。だから悪いが、お前の言い分は筋違いだぜ」



 『…………』



 フォルスの言葉に、思わず息を飲んでしまったラクウンは、適当な言葉が見つからなかった。



 『(こ、これが本当にあのフォルスなのか!?……凄く冷静になって、まるで十年以上の修羅場を掻い潜って来た風格を醸し出している…………いったいこの数分の間に何があったんだ!?)』



 シーラは、フォルスの成長した姿を見て、そのあまりの変化に驚きの表情を隠せなかった。



 『…………“エジタスさんも同じ事を言うと思う”………確かにそうかもしれないな……だが、お前の様な奴が我が王の考えを理解するのは、二千年早いぞ!!』



 フォルスの言葉で、一旦冷静さを取り戻したラクウンだっだが、エジタスの名前を出した事が逆鱗に触れ、再び怒りを爆発させた。



 「全く……こんな恐ろしいドラゴンを仲間にしているだなんて、エジタスさんの心の器は相当大きい様だな……シーラ、ここからは俺も一緒に戦わせて貰う。文句は無いな?」



 『えっ?あ、あぁ……勿論だ……それより……お前本当にフォルス……なのか?』



 あまりの変化に、さすがのシーラも疑わずにはいられなかった。



 「当たり前だろ。俺はフォルス、“空の支配者”だ!!」



 『…………あはははは!!そうか、ならば良し!!』



 何も変わってはいなかった。確かに、言動や風格は変わってしまったかもしれないが、その覚悟や決意は何も変わってはいなかった。



 「シーラ!!俺はもう一度、さっきのスキルを放つ!!だが、時間が掛かってしまう上に、その場から動く事は出来ない!!その間の援護を頼む!!」



 『分かったぜ!!』



 大声で作戦を伝えると、フォルスはラクウンに向けて弓を構える。



 『ぐはははは!!!愚か者め!!そんな大声で発してしまっては、作戦の意味が無い!!先程は油断してしまったが、お前を先に殺せば問題無い!!』



 そう言うとラクウンは、翼を広げて弓を構えているフォルス目掛けて、飛んで行く。



 『おいおい、ちょっと待てよ。私を無視出来ると思うなよ』



 しかし、その行く手にはシーラが立ち塞がった。



 『おのれ……邪魔だ退け!!』



 ラクウンは、目の前に立ち塞がるシーラ目掛けて、両手を突き出して襲い掛かる。



 『断る!!せっかく見つけた希望の光を、そう簡単に潰させてたまるか!!』



 それに対してシーラは、ラクウンの両手を取る様に自身の両手をぶつけた。



 『退け!!!』



 『退かない!!!』



 両者の押し合いが続く中、フォルスは冷静に弓を、ラクウンに向けて構える。



 『退け!!!“ブレス”!!』



 『退かない!!!“ブレス”!!』



 押し合いが一向に終わらず、痺れを切らしたラクウンは、鼻から大きく息を吸い込み溜め込んだ。対してシーラも同じ様に、鼻から大きく息を吸い込み溜め込んだ。そして両者、至近距離で一斉に炎を吐いた。



 『ぐぉおおおおおおおおお!!!』



 『うぉおおおおおおおおお!!!』



 至近距離でのブレスが、お互いの体を傷付けていく。それでも両手を離そうとしない。



 『(こ、こいつ……まだこんな力を隠し持っていたのか!?)』



 『(もう限界の筈なのに……もう“ブレス”なんか吐ける筈が無いのに……誰かの為に戦っていると思うと、不思議と力が湧いてくる!!!)』



 予想だにしなかったシーラの力に、ラクウンは思わず驚愕した。またシーラも、自身にこれ程の力が残っているとは思っても見なかった。



 『(くそっ!!ふざけるな!!)』



 『(ぐっ……!!こいつ……また尻尾で…………!?)』



 中々倒れないシーラに、ラクウンは尻尾を使ってシーラの横腹を叩き付ける。



 『(退け!!退け!!退け!!!)』



 『(退かない!!絶対に退かない!!死んでもこの手は離さない!!)』



 尻尾で横腹を叩き付けられながらも、シーラは必死に耐え凌ぎながらブレスを吐き続ける。



 『(何故だ!?何故なんだ!?自分が死ぬかもしれないのに、何故お前は退かないんだ!?くそっ!!お前も“あの女”と同じなのか!?退け!!退け!!頼むから退いてくれぇええええ!!!)』



 『………………』



 その瞬間、シーラは炎を吐くのを止めてしまった。ラクウンの真っ黒な炎に焼かれながら、シーラは遂にその手を離してしまった。



 『ぐはははは!!!離した!!遂に離したな!!これで勝ちだ!!』



 『…………あぁ、そうだな……勝ちだ……“私達”のな!!!』



 『何!?ま、まさか!!!』



 「……タイミングバッチリだ……退いてくれてありがとうシーラ。これで、確実に放つ事が出来る…………」



 シーラが退いた先では、既にフォルスがスキルを放つ準備を終えていた。後は、直線上にいるシーラが退けば放つ事が出来る状態だった。それに気がついたシーラは敗けた振りをして、わざと退いたのだった。



 『フォルス!!今だ、行け!!!』



 「スキル“一点集中”……貫け!!!」



 フォルスの弓から、閃光の速度で矢が放たれた。放たれた矢は一直線にラクウン目掛けて飛んで行く。



 『ま、まだだぁああああ!!!』



 するとラクウンは、飛んで来る矢に対して右手を突き出して、受け止め様とする。そして、フォルスの放った矢とラクウンの右手がぶつかり合う。



 『ぐぐぐ…………!!!』



 『そ、そんな!?まさか、これでもラクウンを倒す事は出来ないのか!?』



 「…………もしも、その矢を受け止めていたのが左手だったり、ブレスだったら、俺達に勝ち目は無かっただろう。だけど、お前は“右手”を選んだ!!俺達が唯一勝つ事が出来る“右手”を!!」



 『…………し、しまった!!?』



 ラクウンの右腕には、フォルスが矢で貫いた時の穴が空いていた。シーラとの両手でのぶつかり合い、至近距離でのブレス、そして閃光の速度で放たれた矢とのぶつかり合い。ラクウンの右腕は限界を迎えていた。ラクウンの右腕は衝撃に耐えられなくなり、千切れて吹っ飛んでしまった。受け止める物が無くなったラクウンは、そのままフォルスの放った矢に体を貫かれた。



 『がぁあああ…………!!!』



 『やった!!やったぞ!!』



 「運が無かったな…………」



 フォルスの矢に貫かれたラクウンは、力が抜けた様に地上へと落下して行く。



 『(運が無い……か……確かに……そうかもしれない……だが……これだけは言える…………我が王……と会ったあの時……まだ世界が……二匹のドラゴンによって……その均衡が保たれていたあの時は……運があった……筈だ……)』



 地上へと落下して行きながら、まるで走馬灯の様に過去の出来事がフラッシュバックしていく。ラクウンがまだ、“漆黒のドラゴン”と呼ばれていた頃の出来事を…………。







***







 「ど~も初めまして“道楽の道化師”エジタスと申しま~す」
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