笑顔の絶えない世界~道楽の道化師の軌跡~

マーキ・ヘイト

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最終章 笑顔の絶えない世界

こうして化物は生まれた(起)

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 エジタスが産まれて、約五年の月日が流れた。父親であるジラールと、母親であるターリャの二人から煙たがわれながらも、姉であるエイリスに守られながらすくすくと成長した。



 「ほら!!皿洗いが終わったら、次は井戸から飲み水を汲んでくるんだよ!!」



 「……はイ……」



 そんなエジタスを、母親であるターリャは椅子に座りながら、道具の様に扱っていた。



 「本当は今すぐにでも、お前を棄ててやりたいけど……可愛い娘のエイリスが出て行くのは堪えられないからね……そう、醜いお前とは違って可愛いエイリスの為なのさ」



 「…………」



 「返事の一つ位したらどうだい!!」



 そう言うとターリャは、テーブルの上に置いてある籠の中のリンゴを一つ取り出すと、エジタス目掛けて投げ付けた。



 「っ!!……スい……マせん……」



 「返事してるんじゃないよ!!お前の声は、気持ち悪いんだから!!」



 産まれてから五年。未だに、エジタスの声は良くなってはいなかった。辛うじて、単語を話す事が出来る様になった。それでも掠れてはいるが。



 「水を……汲んデ……来マす……」



 「とっとと行きな!!そして二度と帰って来るな!!」



 母親に罵倒を受けながらも、エジタスは木のバケツを両手で持って、玄関から外へと出て行った。







***







 「…………」



 「来たわ……あれが例の……気持ち悪いわね……」



 「ほんと、この世の生き物では無いわね……」



 玄関から出て、井戸まで歩いて行くエジタス。その様子を近所に住んでいる村人達が、少し離れた所から見ていた。そして、ヒソヒソとエジタスの悪口を話していた。



 「でも……可愛そうよね……ターリャさん……あんな化物を産んでしまったのだから……」



 「そうよね。旦那さんのジラールさんや、娘のエイリスちゃん……あんな化物と一緒に暮らしているだなんて……見てて心が痛むわ……」



 「…………」



 エジタスに同情する者はいない。村の人々は、気持ち悪いと罵倒されるエジタスでは無く、そんな気持ち悪い存在と一緒に暮らしている両親と娘に同情しているのだ。



 「おい!!」



 俯きながら、井戸へと向かうエジタスの背後から声を掛けられる。エジタスが後ろを振り向くと、そこには村の子供達が立っていた。



 「父さん、母さんから聞いたぜ。お前化物なんだって?そんな奴が、この村に住んでるんじゃねぇよ!!」



 すると、その中の先頭にいた男の子が、エジタス目掛けて石を投げ付けた。



 「…………っ!!」



 「この村から出て行け!!」



 「化物!!」



 「「「化物!!この村から出て行け!!」」」



 男の子に続いて、他の子供達もエジタス目掛けて石を投げ付けて来た。



 「ヴ……うヴ……」



 エジタスは抵抗しなかった。見た目が気持ち悪いのは事実、否定する事など出来なかった。エジタスはその場に踞り、只ひたすらに終わるのを待ち続けた。



 「あー、スッキリした。今日はこの位にしてやるよ。やっぱり良い事した後は、気持ちが良いな!!」



 「また明日もやろう!!」



 「俺、親父の伐採用の斧を持って来るよ!!」



 「じゃあ私は、鍬を持って来るね!!」



 各々が持って来る物を話ながら、エジタスから去って行った。



 「…………はぁ……はぁ……」



 「…………」



 全身が激痛に襲われながらも、何とか立ち上がるエジタス。そんなエジタスに、一人の女の子が歩み寄って来る。歳はエジタスよりも年下、約三歳位であろうと思われる。そんな女の子が、エジタスの顔をじっと見つめる。



 「…………」



 「…………ぺっ!!」



 女の子は、エジタスの顔に唾を吐き捨てた。エジタスの頬を唾が流れ落ちる。



 「ばけものが……しんじゃえ!!」



 そう言うと女の子は、足早にその場から離れて行った。



 「…………」



 エジタスは、頬を流れ落ちる唾を腕で拭うと、木のバケツを両手で持って井戸へと向かうのであった。







***







 その夜。エジタスはいつも通り、夕食の支度をしていた。エジタスが三歳になってから、ターリャは全ての家事をエジタスにやらせていた。



 「ただいまー!!」



 「今、帰ったぞ」



 「あら、お帰りなさい。今日は随分と遅かったのね?」



 すると、父親であるジラールと姉であるエイリスが帰って来た。



 「今日はちょっと、村外れの森まで足を運んでいてな……だがお陰で、沢山の食料が手に入ったぞ」



 「この茸とか、山菜は全部私が採ったんだよ!!」



 ジラールの職業は狩人。主に野生の動物を狩ったり、茸や山菜を集めるなどをして、月一にやって来る行商人に売って収入を得ている。



 「凄いじゃない!!これは狩人交代かもしれないわね?」



 「おいおい、冗談がキツいぞ」



 「「「あはははは!!!」」」



 冗談混じりの会話で、三人が笑い合っている中、エジタスは黙々と夕食の支度を済ませていた。



 「エジタスー!!愛しのお姉ちゃんが帰って来たわよー!!」



 そんなエジタスの背中から、抱き付いて来るエイリス。



 「……お帰……リ……」



 「はぁー、いつ見ても可愛いわー!!世界一の可愛さと言っても、過言では無いわ!!」



 こうしたエイリスのスキンシップに、正直エジタスは困っていた。別に嫌という訳では無い。だが、こうしたスキンシップは最近になってエスカレートしていた。



 『エジタス!!一緒に寝ましょう!!お姉ちゃんが子守唄を歌ってあげる!!』



 『エジタス!!一緒にお風呂に入りましょう!!姉弟同士、背中を洗いっこしましょう!!』



 『エジタス!!トイレが不便だなって感じていない!?お姉ちゃんが手伝ってあげる!!』



 さすがに、トイレのスキンシップは全力で断った。



 「あれ?どうしたのエジタス!?この痣は!?」



 するとエイリスは、エジタスの体に付けられた痣に気が付いた。



 「……転んダ……」



 「転んだ?……いつも物事を、注意深く判断出来るエジタスが転んだ?……まさかそんな……よく見たらこの痣、数ヵ所に付けられている……転んだだけで……こんなに痣が付くなんてあり得ない……考えられるとしたら……あいつらか……あの糞ガキどもが……エジタスの優しさに漬け込んで、私の大切なエジタスを傷つけやがって……絶対に殺してやる……殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる…………」



 「…………」



 エジタスは、こうしたエイリスの一面に軽い恐怖を抱いていた。



 「……お姉ちャン……ご飯……」



 「殺してやる殺してやる……あぁ、そうだね。もう夕食の時間だもんね。本当にエジタスは気が利くね。良い子……良い子……」



 エジタスの言葉で我に帰ったエイリスは、エジタスを褒めながら頭を撫でる。



 「「…………」」



 そんな二人の様子を、両親はじっと見つめるのであった。







***







 早朝。目を覚ましたエジタスは、いつも通りに朝食の支度を始めようとした。



 「おっ、起きたのかエジタス。おはよう」



 「おはようエジタス。いつも早起きが出来て偉いわね」



 「…………?」



 しかし、そこで目にしたのは朝の挨拶を交わして来る両親の姿であった。ジラールはテーブルの椅子に座り、ターリャは朝食の支度をしていた。



 「もう少し待っててね。すぐに朝御飯が出来るわよ」



 「ほら、早く座りなさい。お母さんの料理は世界一美味しいからな」



 「もう、あなたったら……褒めたって何も出ないわよ」



 「…………」



 夢でも見ているのだろうか。いつもなら、エジタスの顔を見ただけで舌打ちや罵倒をして来るはずなのに、早起きして偉いわねっと褒められた。場の状況に混乱しながらも、エジタスはジラールと向かい合う様にして椅子に座った。



 「……あ……ああ……」



 「ん?どうした?」



 「お、お姉ちャン……」



 「エイリスか。エイリスなら日が出る前に、近くに来ている行商人に茸や山菜を売りに行ったぞ」



 「はーい、出来たわよ……ターリャ特製……朝御飯スペシャル!!」



 エイリスの事を話していると、ターリャが食卓に朝御飯を並べ始めた。



 「おっ、来た来た!!それじゃあ早速食べようか!!」



 「そうね。では、いただきまーす!!」



 「いただきまーす!!」



 「……いた……だき……ます……」



 エジタスは恐る恐る、出された朝食を口に運んだ。



 「……美味……しイ……」



 「それは良かった」



 「張り切って、作った甲斐があるわ」



 暖かい食事。何年振りだろうか。料理を口に運ぶ度に、心が暖かくなるのを感じていた。



 「そうだ!!朝食が済んだら、一緒に狩りに出掛けないか?」



 「…………狩リ?」



 朝食を食べている中、ジラールが一緒に狩りに出掛けないかと提案した。



 「ずっと家にいるのも退屈だろ。たまには親子水入らず、楽しまないか?」



 「……で、でモ……」



 「家事の事なら私に任せて、行ってらっしゃい」



 「採った獲物をエイリスに見せたら、きっと喜ぶぞ?」



 「お姉ちャン……喜ぶ……」



 ジラールの言葉を聞いたエジタスは、エイリスの喜ぶ姿を想像する。



 「……行ク……」



 「よし!!そうと決まれば、早く食べ終わらないとな……うっ!!ごほっ!!ごほっ!!」



 エジタスの返事に、ジラールは急いで朝食を口へと運んだ。すると喉に詰まったのか、胸を強く叩く。



 「もうあなたったら……嬉しいのは分かるけど……急ぎ過ぎよ」



 「いやぁ、すまんすまん」



 「「あははははは!!」」



 「あは……あはは……あははは……」



 嬉しい。今までの出来事が全て嘘だったかの様に、とても楽しかった。両親が漸く、自分を家族として認めてくれた。この外見を受け入れ、家族として愛してくれている。この時間が永遠に続けば良い……そう思った。







***







 村外れの森。木々や草が生い茂り、奥に進めば進む程、暗く迷いやすい。そんな森を、エジタスとジラールは歩いていた。



 「かなり奥まで来たな……辛くないかエジタス?」



 「……大丈夫……」



 「偉いぞ!!もう少し進んだ先に、茸や山菜が沢山採れる秘密の穴場があるんだ。沢山採って、お母さんとエイリスを驚かしてやろう」



 「…………うん」



 そうして、エジタスとジラールは森の更に奥まで歩いて行く。まだ昼間だと言うのに、辺りは薄暗く次第に道も荒れ始める。



 「…………おっ!!見えて来たぞ!!あそこだ!!」



 するとジラールが、真っ直ぐ遠くの方向を指差した。



 「…………?」



 しかし、見えるのは延々と続く木々と草だけだった。



 「見えないか?ほら、あそこだ!!もっと前に出て見て見ろ!!」



 ジラールに言われて、エジタスは前に歩み出る。そしてよく目を凝らすが、やはり見えるのは延々と続く木々と草だけだった。



 「…………!!?」



 エジタスが、ジラールに問い掛け様と振り返ろうとしたその時、背中に焼ける様な激しい痛みが走る。



 「はぁー、やっと解放される……化物の親の演技は辛かったなー」



 「あ……え……あァ……」



 そのままエジタスは、うつ伏せに倒れ込んでしまった。そして気が付いた。背中にはナイフが突き刺さっており、また動こうとしたが全く動かない。



 「無駄だよ。お前に突き刺したのは、強力な痺れ毒が塗られたナイフだ。まる一週間は動けないだろうよ」



 「……お、お父……サん……」



 「気安くお父さんなんて呼んでんじゃねぇよ!!」



 「がハァ!!?」



 ジラールは、動けないエジタスを強く蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたエジタスは、血反吐を吐きながら地面を転がる。



 「……ど……うし……テ……」



 「全部演技だよ!!俺やターリャ、そしてエイリスも全て演技だったんだよ!!産まれたばかりの赤ん坊だったお前を棄てるのは、さすがに近所からの評価が下がってしまう。そこである程度までお前を育て上げて、近所からも嫌われ始めてから改めて棄てに行こうって決めたのさ。そうすれば、近所からの評価は下がらない。それどころか、化物を退治したと褒め称えられるかもしれない!!」



 「……嘘……ダ……」



 「残念だが本当さ。何を隠そう、この計画を思い付いたのは、他ならぬエイリスなんだよ!!」



 「!!!」



 信じられなかった。あのエイリスが……優しかったエイリスが……唯一の拠り所だったエイリスが……今までの出来事は全て演技だった……あの言葉も……愛も……全て嘘だった。



 「しかし、さすがは俺の娘だ。一度希望を与えてから、一気に絶望に叩き落とすとは……とんだ女狐だ!!あはははははははは!!!」



 「うっ……うゥ……」



 悲しい。胸が張り裂けそうだ。しかし、涙は一滴も出なかった。どんどん、自分自身が嫌いになっていく。



 「この辺には、危険な猛獣が沢山出るからな……ほらよ!!」



 するとジラールは、懐から生肉を取り出すとエジタスに投げ付けた。



 「血と肉の匂いで、猛獣どもが集まるだろうな……感謝しろよ?お前みたいな化物でも、猛獣の腹の足しにはなるんだからな!!あははははははは!!!」



 そう吐き捨てると、ジラールは高笑いをしながら去って行った。



 「…………」



 森の奥深く。一人取り残されたエジタスの心に、ある感情が芽生えようとしていた。



 「(どうして……どうしてだよ……お父さん……お母さん……お姉ちゃん……どうして愛してくれないの?……化物だから……見た目が醜いから……愛してくれないの?……ふざけるな……何が家族だ……愛しているだ……見た目が醜かったら……家族だとしても愛さないのか!?…………ふざけるな!!)」



 “殺しなさい…………”



 「(誰だ!?)」



 その瞬間、エジタスの頭の中から声が響き渡る。



 “愛は幻想……結局大事なのは……見た目なんですよ……殺しなさい……”



 「(殺しなさいって……いったい誰を……それよりも、お前は誰だ!?)」



 “殺しなさい……殺しなさい……殺しなさい……殺しなさい……”



 頭の中の声に問い掛けるも、返事は返って来なかった。只延々と、“殺しなさい”という言葉が聞こえて来る。



 「(くそっ……いったい誰なんだよ……ま、不味い……意識が……もし……生まれ変われるなら……こんな見た目では無く、普通の見た目に……生まれ……変わり……たい…………)」



 『グルルルル……』



 意識が遠退く中、最後にエジタスが目にしたのは、頭が三つの犬が唸り声を上げて近づいて来る光景だった。
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