笑顔の絶えない世界~道楽の道化師の軌跡~

マーキ・ヘイト

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最終章 笑顔の絶えない世界

こうして化物は生まれた(承)

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 「……………ん……」



 目を覚ますと、知らない天井が広がっていた。天井全体が木で出来ており、所々が腐っていた。そしてエジタスの体には、薄いピンクのシーツが掛けられていた。



 「……こ……こハ……」



 エジタスは、ゆっくり体を起こして辺りを見回した。部屋の内装は落ち着いていて、真ん中には丸いテーブルと椅子、その奥には暖炉があった。部屋の側面には本棚が置かれており、中は無数の本で一面埋め尽くされていた。しかし、とても古い本なのか非常にカビ臭かった。その強烈な臭いに、寝ぼけていたエジタスの思考は完全に目覚めた。すると、本棚とは反対方向に位置する、古ぼけた扉が開いた。



 『グルルルル……』



 入って来たのは、三つの頭を持つ犬だった。エジタスは、その犬に見覚えがあった。薄れ行く意識の中で、最後に目にしたのがあの犬だった。



 『グルルルル……ガァア!!』



 「!!!」



 犬は、こちらが目を覚ました事に気がつくと、獲物を見つけたと言わんばかりに駆け出して飛び掛かって来た。死を覚悟したエジタスは強く目を瞑ると、これから来るであろう痛みに備えた。



 「…………?」



 しかし、いつまで経っても痛みは来なかった。不思議に感じたエジタスは、恐る恐る目を開いた。



 『ワフッ!!』



 「あ…………」



 飛び掛かって来た犬は、エジタスにじゃれて来た。三つの頭それぞれが、エジタスの体にすり寄る。



 「…………」



 『!!……ワフッ!!ワフッ!!』



 エジタスは、何となく三つの内の一つの頭を撫でた。撫でられた頭は、嬉しそうに目を細めていた。すると、他の二つの頭が撫でられている頭を押し退け、次は自分の番と主張して来た。



 「あ……え……よし……よし……」



 不公平の無い様に、他の二つの頭も撫でるエジタス。それぞれ撫でられた頭は、嬉しそうに尻尾を振っていた。



 「おやおや、その子が懐くとは珍しいね……」



 「!!?」



 撫でているのに夢中になり、玄関側で女性が立っている事に全く気が付かなかった。女性は白髪のロングで、全身を覆い隠す小汚ない茶色いローブを身に纏っていた。肌が白く、目は細くつり上がっていた。そして何処と無く、大人の雰囲気を醸し出していた。しかし、そんな女性の頭には似つかわしくない物が付いていた。それは“角”、傍目からでも充分に本物だと見て取れるその角は、女性の頭から生えていた。



 「その子の名前は“ワーフ”、ワフッ!!って鳴くから“ワーフ”……分かりやすいだろ?」



 『ワフッ!!』



 三つの頭を持つ犬“ワーフ”は、エジタスから離れると、女性の側へと駆け寄る。



 「……誰……ダ?」



 「そうか……上手く喋れないんだね……ちょっと、待ってておくれよ……」



 「!!?」



 そう言うと女性は、エジタスの目の前で小汚ない茶色いローブを脱ぎ始めた。ローブの下は勿論裸であった。突然脱ぎ始めた女性に、慌てて明後日の方向を振り向くエジタス。



 「えーっと、今日はこれにしようかね……」



 そう言いながら女性は、指をパチンと鳴らした。すると瞬く間に、女性は紫色のローブを身に纏っていた。先程の茶色いローブとは違い、非常に綺麗なローブであった。



 「さて、着替え終わった所で始めようかね」



 すると女性は、エジタスの側へと歩み寄った。そして、エジタスの喉に手を当てる。



 「“キュア”」



 「!!!」



 その瞬間、エジタスの喉に当てた手が黄緑色の光を放ち始め、エジタスの喉を包み込んだ。



 「はい、おしまい」



 しばらくすると光は弱まり始め、収まると女性は、エジタスの喉から手を離した。



 「い、いったい何をした!!……な!?しゃ、喋れる……」



 女性の突然の行動に、疑問を感じたエジタスが声を掛けた時、その明確な変化に驚いた。声が出せる様になっていた。いつも単語しか発せず、発した言葉も掠れていて聞くに堪えない騒音だった。しかし今発した声は、全く掠れていなかった。



 「あなたの喉は、酷い炎症を引き起こしていた。だから、私の魔法で治したのよ」



 「ま、魔法!?」



 魔法。当時魔法は、とても貴重な存在だった。魔法を扱える者はほんの一握りであり、その殆どが王国の上流階級に在籍していた。魔法の存在自体は認識していたエジタスだが、実際に見るのは初めてである。



 「そうだよ。私達魔族は、皆魔法を扱えるんだ。この事について、人間はまだ知らないでいるらしいけどね……さてと、喉が治った所で自己紹介をしましょう。私の名前は“オモト”、あなたの名前は?」



 「…………エジタス」



 “オモト”と呼ばれる女性に、未だに警戒心を弱めないエジタスは、一言だけ発した。



 「よろしくねエジタス……早速だけどエジタス、あなたは三日間目を覚まさなかったんだよ」



 「三日!?……そんなに……」



 「血塗れのあなたを、ワーフがこの小屋まで連れて来てくれたんだよ」



 『ワフッ!!』



 「……ありがとう……」



 誇らしげに胸を張るワーフに、エジタスは素直に御礼を述べた。



 「それで聞きたいのは、何があったのか……森の奥深くで、どうして血塗れになって倒れていたんだい?」



 「…………俺は……っ!!!」



 呼び起こされるのは、意識を失う前の記憶。今まで信じていた家族に裏切られ、殺されかけた記憶。



 「そうだ……俺は……俺は……愛は幻想……意味なんて無い……」



 「…………」



 エジタスから、負の感情が流れ始める。どす黒い負の感情が流れ始める。ぶつぶつと独り言を呟く。



 「誰も愛してくれない……見た目が全てなんだ…………」



 「…………辛かったわね」



 「!!!」



 独り言を呟くエジタスに、オモトが優しく抱き締める。そして、暖かい言葉を投げ掛ける。



 「離れろ!!」



 「…………」



 突然の抱擁に混乱したエジタスだが、直ぐ様オモトを突き飛ばして、自分から引き剥がした。



 「何故、急に抱き締めた!?」



 「…………辛そうだったから」



 「辛そうだった!?俺が……今までどんな目にあって来たか知らない癖に!!勝手な事をほざいてんじゃねぇ!!」



 「……そうだね……エジタスがどんなに辛い目にあって来たのか……私は知らない……でも、悲しんでいるのは……私でも分かる」



 「…………」



 悲しんでいる事を見抜かれたエジタスは、そのまま黙り込んでしまった。するとオモトは指をパチンと鳴らし、丸いテーブルに食事を一瞬の内に用意した。



 「まずは食べましょう。三日も寝込んでいたんだから、お腹が空いているでしょ?」



 「…………空いていない」



          グゥウウウ……



 空いていないと言った矢先、エジタスのお腹から腹の虫が鳴いた。



 「一口だけでも良いから、食べてみて……はい、どうぞ」



 そう言いながらオモトは、木の器をエジタスの元へと運んで来た。中身はお粥だった。白いお米と卵の黄身が入っていた。エジタスは、オモトから木の器と木のスプーンを受け取った。



 「…………お姉さんは……」



 「お姉さんだって?……あはははははははははは!!!」



 「な、何が可笑しい!!?」



 エジタスの言葉に対して、突然大声で笑い始めるオモト。そんなオモトに、エジタスが激しく問い掛ける。



 「ごめんなさいね。あなたが私の事を“お姉さん”って言う物だから……つい……あはははは!!!」



 「若い女性をお姉さんと呼んで、何が悪いんだ!!」



 「私は今年で“5732歳”……あなた達の年齢で言うと、“96歳”なんだよ?」



 「“9、96歳”!?ババァじゃねぇか!?」



 オモトのまさかの年齢に、驚きの表情が隠せないエジタス。



 「あらあら、口が悪いわね」



 「うるせぇ!!」



 「はいはい」



 エジタスは、オモトに暴言を吐き捨てるが、軽く流されてしまった。



 「それで?何が聞きたいんだい?」



 「…………何で俺を助けた……」



 「えっ?」



 「何で俺みたいな化物を助けたんだよ……」



 エジタスは理解していた。自分が化物である事を、石を投げ付けられ、唾を吐き捨てられ、終いには家族に見捨てられた。全てはこの見た目が原因であると、エジタスは理解していた。



 「目の前に死にかけている人がいるのに、放っておける訳が無いだろ?」



 「俺の事を……気持ち悪いって思わないのかよ……」



 「気持ち悪い?こんな可愛い顔をしているのに、気持ち悪いだなんて思う訳が無いだろ?」



 「…………嘘だ……」



 「…………嘘じゃない」



 「嘘だ!!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!俺には、皮膚が無い!!頭皮も、髪の毛も無い!!唇だって無いのに……可愛い訳が無いだろう!!俺は化物なんだよ!!」



 エジタスにとって、同情されるのが一番辛かった。特に可愛いという言葉は、姉であるエイリスが度々使っていた言葉だった為、一番心に刺さる言葉だった。



 「……本当にそうかしら?」



 「…………えっ?」



 そう言うとオモトは、エジタスの体を触り始めた。



 「目が二つ……私と同じ……腕が二本に……足が二本……これも私と同じ……指が五本ずつ……私と同じ……そして心……暖かい……私と同じ……ほら、これだけ私と同じ所がある。あなたは化物なんかじゃないわ……」



 「…………」



 エジタスは何も言えなかった。これ以上反論すれば、自分が情けない存在になると思ったからだ。エジタスは無言のまま、出されたお粥を食べ始めた。



 「…………おい……ババァ……」



 「ん?どうしたの?」



 「このお粥に……何を入れた……」



 その時、エジタスの目から流れる筈の無い涙が流れ落ちた。



 「涙が……止まらないぞ……」



 止めどなく流れ落ちる涙。落ちた涙が、薄いピンクのシーツを濡らす。



 「…………えぇ、そのお粥には魔法が入っているわ……とても強力な魔法がね…………」



 「そうか……なら……涙が出るのも仕方無いな…………」



 お粥を口に運ぶ度に、目から涙が流れ落ちる。エジタスはしばらくの間、泣き続けるのであった。
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