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第四章 冒険編 殺人犯サトウマオ

運命の出会い

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 あれはよく晴れた日の事だった。絵の具の原料である木の実を取りに、馴染みの森へと足を運んでいた。



 「赤青黄緑黒白……うーん、何かどれもパッとしないな……」



 その日、僕は新作の為に新しい原料となる木の実を探していた。それまで使っていた色じゃ、満足する物が描けなかったんだ。



 「この色とこの色を混ぜ合わせて……駄目だ、元の色が暗過ぎる。もっと明るく濃い色じゃないと……」



 結果は散々。どの木の実も、暗く薄い色しか出なかった。混ぜ合わせて使おうともしたけど、より暗さが増すだけで上手くはいかなかった。



 「……もっと奥に行ってみるか……」



 思い悩んだ末、更に奥へと足を運ぶ事にした。普段なら安全を考慮して、そんな事はしないんだけど、あの日は何故か無性に行きたいと感じた。



 「おぉー、これは……」



 奥に足を運ぶと、そこには今まで見た事も無かった木の実が沢山実っていた。



 「鮮やかな色合い……少し粘りは強いけど、これなら……」



 目当ての物を見つけた僕は、持ち帰られるだけ持ち帰ろうとした。その時だった、“彼女”を見つけたのは……。



 「ん? 何だあれ……?」



 彼女は、一際目立つ大きな木にもたれ掛かる様にして眠っていた。



 「ひ、人!!? 大丈夫ですか!!? 大丈……っ!!?」



 急いで彼女を助けようとした。だがその時、僕はあるとても重要な事に気が付いた。それは……。



 「う、う、美しい……」



 彼女はとても美しかった。素の顔は勿論の事、衰弱した彼女がもたれ掛かる大きな木の躍動感、森の生い茂った木の葉の隙間から漏れ入る太陽の光が、彼女という存在を幻想的に写し出し、より魅力的な存在にしていた。正に天界から地上に降り立った天使の様な美しさであり、今まで見て来た光景よりも素晴らしく、寧ろ今までの光景が霞んでしまう位だった。彼女こそ僕の様な絵描きに描かれる為に、神様の手で意図的に作られた存在であると言っても過言じゃない。彼女の目、鼻、口、手、足、どの部分を取り上げても美しく感じられた。僕に女性経験が無いから、そう感じ取れたのかもしれないけど、それでもあの時の感動は生涯忘れる事は無いと思う。彼女の顔を見る度に込み上げる気持ち、高鳴る鼓動、僕は彼女に恋心を抱いてしまった。だがそれは当然の事であり、彼女の美しさからすれば『ちょ、ちょっと待って下さい』……何ですか?



 『あの……干渉に浸るのはまた今度にして頂けませんか? 早くしないと、戻って来てしまいますよ』



 そ、そうですね……すみません。えっと……どこまで話したっけ……そうそう!! 彼女を見つけた所まで話したんですよね……彼女を見つけた後、急いで側へと駆け寄り、安否の確認をしました。



 「大丈夫ですか!!? 大丈夫ですか!!?」



 「…………うっ、うぅん……」



 幸いにも彼女には目立った怪我はありませんでした。



 「ここで寝かせていたら危険だ……何処か安全な場所に避難させないと……」



 取り敢えず僕は木の実の代わりに彼女を抱え、村へと戻りました。そして目が覚めるまで、僕の家で寝かせる事にしました。



 「…………うっ、ここは……」



 「あっ、目が覚めたのかい。良かった、ここは僕の家さ。君、三日間も眠りっぱなしだったんだよ」



 「三日間も……」



 「お腹空いただろう。お粥を作ったから、良かったら食べて」



 「ありがとうございます……」



 彼女の目は何処か虚ろで、光が宿っていなかった。出されたお粥には一切手を付けず、一点を見つめるばかりだった。



 「ねぇ、君はどうしてあんな森の奥で眠っていたんだい?」



 「……分かりません……」



 「分からない? それじゃあ……君の名前は?」



 「…………分かりません」



 「!!!」



 その時ハッキリと理解した。彼女は“記憶喪失”であると。



 「何処から来たのか覚えていない?」



 「…………」



 「自分の年齢は?」



 「…………」



 「家族の事は?」



 「…………」



 「それじゃあ……友人の事は?」



 「友人……友人……友人……あぁ……あぁああああ……あぁああああああああああああ!!!」



 「!!?」



 友人の事を訪ねると、突然頭を抱えて叫び声を上げ始めた。恐らく、思い出してはいけない何かを、無理矢理思い出そうとしたのが原因だと思った。



 「…………大丈夫かい?」



 「はぁ……はぁ……はい……気を使わせてしまってごめんなさい……」



 「いや、こっちこそごめん。無理に思い出そうとしなくても大丈夫だよ。ゆっくり自然に思い出していけば良いんだ」



 僕は彼女の手を握り、落ち着かせた。



 「あ、あの……」



 「あっ、ごめん!! 気持ち悪いよね!!」



 「いえ、そうじゃなくて……その手……」



 「えっ? あぁ、料理の時に誤って指を切ってしまったんですよ」



 僕は料理が苦手だった。出血は止まっていたが、指にはまだ綺麗な切れ目が入っていた。すると彼女は、両手で怪我した指を包み込んだ。



 「“ヒール”」



 「えっ…………」



 その瞬間、怪我した指が眩しくも暖かな光に包まれる。彼女が両手を離すと、指に入っていた切れ目は綺麗さっぱり無くなっていた。



 「い、いったい何を……」



 「ご、ごめんなさい。私のせいで作った怪我なら、私が治したいと思って……それに……とても痛そうだったから……」



 「い、いやそうじゃなくて!! 回復魔法が扱えるのかい!!?」



 「えっ、あっ、はい……そうみたいです」



 「そうみたいって……分かってやったんじゃないの?」



 「いえ……その……包み込んで、必死に祈れば少しでも痛みが和らぐかなって……」



 「結婚しよう」



 「えっ!!?」



 「あっ、いや、けっ、血痕……そう“血痕”!! 君のおかげで部屋に血痕が付かずに済んだよ。ありがとう」



 「いえ、こんな親身になって接してくれたあなたに、少しでも恩返しが出来ればと思って……」



 その時、僕は思った。彼女と結婚すると。優しい彼女、少し天然な彼女、記憶喪失で大変な筈なのに、僕にまで気を使ってくれる彼女。生まれて初めて僕は恋という物を知った。彼女を目の前にすると、胸の高鳴りを抑えられない。隣にいるだけで幸せな気分になれる。僕は今まで様々な絵を描いて来た。それで幸せだと感じた事は何度かあったが、これは今までの幸せとは比べ物にならない程、大きく感じられた。初めて会った時は彼女の外見ばかりに目を奪われていたが、今では彼女の内面に心を奪われてしまった。そう彼女は泥棒。男の恋心を巧みに奪い去る恋の大泥棒だ。だがそんな大泥棒にだったら、盗まれても構わない。彼女と永遠に添い遂げたい。この幸せの気持ちは何物にも替えがたく『ちょ、ちょと待って下さい!!』……何ですか?



 『また話が脱線していますよ……』



 す、すみません。彼女の事となると、どうも熱中してしまう。気を取り直して……彼女に恋心を抱いた僕は、それが悟られない様に自己紹介をして誤魔化そうとした。



 「そ、そう言えば自己紹介がまだだったね。僕の名前はリューゲ」



 「リューゲさん……改めまして、私を介抱して頂き、ありがとうございます」



 「いやそんな、大した事はしてないよ。僕は只、君を助けたいと思った。それだけさ」



 「リューゲさん……」



 「君は……名前が無いと不便だよね。もし良かったら、名前を付けても良いかな」



 「名前ですか?」



 「うん、嫌なら良いんだ。自分で考えた方が納得もいくと思うし……それに僕なんかに付けられたく無いよね……」



 「いえ、是非お願いします!!」



 「そ、そう? それなら…………“アイラ”なんてどう?」



 「アイラ?」



 「この村の名前……女の子らしい名前かなって……」



 「アイラ……アイラ……ありがとうございます!! とっても嬉しいです!!」



 「ほ、本当に!!? 良かった……それじゃあ、これからよろしくねアイラ」



 「はい、よろしくお願いします。リューゲさん」



 そうして僕達は、名前を付けた特別な関係となり、村の皆にもアイラの事を紹介した。そしてアイラの回復魔法で多くの村人を救い、何時しか“聖女”なんて言われる様になった。それから半年後、僕達は結婚して夫婦となった。特別な関係は、もっと特別な関係になったんだ。
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