笑顔の絶えない世界 season2 ~道楽の道化師の遺産~

マーキ・ヘイト

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第七章 冒険編 大戦争

悲劇の引き金

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 「こんな所でいったい何をしているんですか?」



 「何って、見て分からないのかい? スープを作っているんだよ」



 そう言いながら老婆は、寸胴鍋の中からおたまを掬い上げる。中には半透明な液体が入っており、微かに湯気が立っていた。



 「スープって……何もこんな広場の真ん中で作らなくても……」



 「別に構わないだろう? 誰にも迷惑をかけていないのだから」



 辺りを見回すと確かに、老婆以外の人は誰もいなかった。



 「いや、さっきからずっと視線を感じているんですが……」



 が、この広場に足を踏み入れてからずっと家の中から視線を感じていた。



 「もし迷惑だと思っているのならその内、向こうから文句を言いに来るさ」



 「そんないい加減な……」



 「それよりどうだい、良かったらこのスープを一緒に食べないかい? お腹、減ってるんだろう?」



 「そ、そんな訳……」



 あまり関わらない方が良いと判断した真緒は、老婆の申し出を断ろうとするも、スープの良い匂いに思わずお腹が鳴ってしまう。







           ぐぅー……







 「…………」



 「あっははは、どうやら体の方は正直な用だね」



 あまりの恥ずかしさから、顔を真っ赤に染める真緒。もう今すぐにでもこの場を離れたかった。しかし目の前の寸胴鍋から香って来る匂いには、逆らえそうになかった。



 「ほらほら、遠慮せずに食べなさい」



 何処からか取り出した器に、熱々のスープが注がれる。寸胴鍋から発せられる匂いの時点で既に限界だったのに、それが手に取れる位置まで来てしまっては、最早抗うのは不可能だった。



 「い、いただきます!!」



 差し出された器とスプーンを受け取った真緒は、無我夢中で食べ始める。



 「美味しいかい?」



 「はい!! とっても美味しいです!!」



 これはお世辞では無く本心だった。この異世界に転移してから一年、今まで食べて来たどんな料理よりも美味しく感じた。



 「そりゃあ良かった。おかわりもまだまだあるから、たんとお食べなさい」



 「おかわり!!」



 「はいはい、そんな慌てんでもスープは逃げやしないよ」



 まるでやんちゃな子供をあやすかの様に、落ち着いた対応をする老婆。







***







 不思議な事に、いくらスープを飲んでも満腹にはならなかった。その替わり、満足感だけが満たされていた。



 「はぁー、美味しかった。お婆さん、ありがとうございました」



 「いやはや、まさか全部飲み干すとはね。それだけ限界だった訳か」



 「限界?」



 「いや、こっちの話だよ」



 少し引っ掛かるが、大した事では無いのだろう。食事に夢中で時間が経つのを忘れていた。そろそろ昼休憩も終わる頃だ。皆の所に戻ろうと立ち上がる真緒。



 「それじゃあそろそろ行きます。今日は本当にご馳走さまでした」



 「あっ、ちょっと待ちなさい」



 その場から立ち去ろうとする真緒を引き止める老婆。何かと思った矢先、老婆は掌をこちらに差し出して来た。



 「何ですか?」



 「何ですかじゃないよ。金だよ、金」



 「えっ!? お金取るんですか!?」



 「当たり前だろ。こっちは一度もタダなんて言ってないよ。一緒に食べないかいと言っただけさ」



 「そ、そんな……あの状況を見たら、誰だって無償だと思うじゃないですか!?」



 「はぁー、情けないね。勇者様ともあろうお方が言い訳とは……この国の未来は絶望的だよ」



 「……っ!!」



 確かにタダとは一言も言ってない。だとしても何と汚い老婆だろうか。払わない真緒に対して暴言を吐くのでは無く、嘆き悲しむ事で払わせようとする。



 「……わ、分かりました。払いますよ。払いますから」



 「おや、そうかい。いやはや、最近の勇者様は優しいねぇ」



 「いくらですか?」



 「銀貨二枚」



 「ぎ、銀貨二枚!? 高過ぎませんか!?」



 「あのスープは特別なんだ。それ位の値段はするのさ。それとも何かい? あんたはスープの値段に詳しいのかい?」



 「……っ!!」



 スープの相場など分かる筈が無い。真緒は渋々、老婆にスープ代の銀貨二枚を支払った。



 「へへへ、まいどあり」



 「(……そういえば、前に来た時もこんな事があった様な……その時は確か、変な液体の入った瓶を手渡されて……それでその後……っ!!)」



 その時、真緒の脳裏に老婆との思い出が甦った。



 「お婆さん!!」



 「何だい?」



 「そういえば前に言ってましたよね!? 『六つ全てのピースが揃った時、またここに戻っておいで』って!!」



 それは前に真緒がここに訪れた時の事、謎の液体が入った瓶を売り付けられ、釈然としない気持ちで帰ろうとした時に老婆が真緒を引き止め、耳打ちした時の内容だった。



 「おや、覚えていたのかい。物覚えは良いらしい」



 「あの時は何を言っているのか分かりませんでしたが、今なら何となく分かる気がします。六つのピース、これは今まで私達が集めようとしていたロストマジックアイテムの事を指しているんですね!?」



 「あぁ、その通りだよ」



 「何故あなたがロストマジックアイテムの事を……?」



 すると老婆は悲しげな表情を浮かべ、俯いてしまった。



 「……もう……随分と昔の話さ。まだここに王国なんて物が建てられるずっと……ずっと前の事……ここはある一族が住む小さな集落だったんだ」



 老婆がそう言った途端、薄汚れた家々から次々と視線の正体と思われる、住人らしき者達が出て来た。そう住人らしき者達である。妙な言い回しに聞こえるかもしれないが、これが適切な答えだ。何故なら……。



 「ど、どうしたんですか!? その姿は!!?」



 何故なら、体の殆どが欠損していたのだ。顔が無い者、右半身が無い者、下半身だけの者、中にはぐちゃぐちゃな肉片みたいな者までいた。見るだけで痛々しく、あまりの気持ち悪さから思わず吐き気すら覚えてしまった。



 「これが一族の辿った末路さ……私を含め、一族は全員漏れ無くね……」



 「……けどお婆さんは何処も怪我して……」



 そう言い切る前に老婆は後ろに振り返り、己の背中を真緒に見せ付けた。



 「!!!」



 そこには背中の肉が削り取られ、中の骨が剥き出しになっている姿があった。



 「何で……何でこんな……」



 頭がパニック状態だった。先程まで楽しく食事をしていた筈の人物が実は既に死人で、生前はカルド王国が建設されるより前だと言うではないか。



 「私達はある男によって、その命を奪われた」



 「ある男?」



 「その男は自分を、世界中を旅する旅人だと言った。そして同時にこうも言っていた……」



 「?」



 「自分は“道楽の道化師”だと……ね」



 「!!!」



 聞き慣れたフレーズ。いったい何十回い、何百回聞いただろうか。しかし老婆からその言葉を聞いた瞬間、真緒の心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。



 「……私達の一族はあんたの師匠によって、滅ぼされたのさ」



 「師匠が……どうして……」



 エジタスが自ら手を下すのは珍しい。何度か人を殺めてはいるが、その殆どが間接的な者であり直接は中々無い事例であった。



 「それはあいつにとって、私達の存在が邪魔だったのさ」



 「どう言う意味ですか?」



 「……ロストマジックアイテムを作ったのは……他ならない私達だからさ」



 「……え……?」



 時が止まった。驚きのあまり、何も反応する事が出来なかった。そして数秒後、漸く言葉の意味を理解する事が出来た。



 「作ったって……いったいどうやって……」



 「正確には作り方を知っていたと言うべきかね。私達の一族は、マジックアイテムを作るのに長けていた。その究極の完成形がロストマジックアイテム……その作り方をうっかりあの道化師に教えてしまった事が悲劇の引き金だった」



 「教えたって……どうして教えてしまったんですか!!?」



 真緒は怒りのあまり、老婆の胸元に掴み掛かる。もし、老婆の言っている事が本当なのであれば、この一族がエジタスにロストマジックアイテムの作り方を教えなければ、これまでの悲劇は起こらなかったのかもしれない。



 「……そうね、あんたには知る権利がある……ちゃんと一から話す……だから離してくれないか?」



 「あっ、すみません!!」



 慌てて掴んでいた手を離し、頭を下げて謝る真緒。



 「謝らんでおくれ。私達は取り返しのつかない事をしてしまったんだ。何をされようと文句は言えないよ」



 「……教えて下さい、皆さんに何があったのか……師匠と何があったのか」



 「……あれはよく晴れた日の事だった。いつもと何も変わらない一日になる筈だった。あの道化師が私達の前に現れるまでは……」
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