《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

夜の雨

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友だちの訪問 《有栖》

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「有栖…何にもないとかいいながら、立派な邸宅…」

遊びにきてくれた華ちゃんと奈緒ちゃんは、門から家を見るなりそう呟いた。
自分の家の印象って自分ではよくわからない。
私は彼女たちを招き入れると、玄関でスリッパを出した。
「ほんとに、でっかいわ……」
華ちゃんが呟くのを聞きながら、リビングに通すべきか自室に通すべきか一瞬悩んで、2階の自室に案内した。

「い、今、お茶を持ってくるね」
竜之介は今日はめずらしく友だちと家で勉強をすると言って出ていった。よかった…また竜之介が変なことを言い出したらと、内心ヒヤヒヤしていたのだ。

「…有栖ってもしかして…いや、もしかしなくても、完全にお嬢様じゃん…」
奈緒ちゃんは部屋を眺めながら興味津々な様子で言う。

「ち、ちがうよ…パパに建築家の友だちがいて…」
私にはなぜか中学の頃の記憶があまりない。

小学生の頃のパパとママがいて…お兄ちゃんと竜之介、そして犬のチャチャがいた頃のことはよく覚えているのに…

中学になってからの記憶はまるで朧げだ。
そんな自分の空白の時間が私自身を不安にさせているに違いない。
その頃の日記もなければ、写真もない…。
兄たちは中学生の頃の私は体調が悪くあまり学校に行けなかったと話している。

「そういえば、竜之介くんの部屋ってどこにあるの?」
奈緒ちゃんがキョロキョロしている。
部屋に友だちを入れた記憶もないからなんだか気はずかしい…。

「ここのとなりだよ」
「なにそれ……なんかやらしい!」
2人は顔を見合わせる

2人にとっては竜之介は同級生の男子校生だから、そんな感覚になるものなのかな?きょうだいならばなんてことはないんだけれど…朝、髪を結んでもらってるなんて、口が裂けても言えないな……
私は唾をのみこむ。

急に華ちゃんが小声になり尋ねてくる。
「ねえ……ところで、今日は大学生のお兄さまはいらっしゃらないのかしら…」
中学の頃のことを覚えていないので女の子の友だちとの付き合い方も慣れなくて、こんな時どうしていいのか戸惑ってしまうけど、みんなでこうして顔を寄せ合っておしゃべりするのはやっぱり楽しい。

「お兄ちゃんは…」と
いいかけたところでタイミングよく、部屋の扉がノックされて、返事を待たずにガチャリと開く。

「ありす、竜之介がどこ行ったか知らないか?」
朝のシャワーからあがったばかりなのか、頭をタオルでごしごし拭きながら。
「……あれ?お友だち?めずらしいね…いらっしゃい」
兄は愛想良い笑みを浮かべて2人にペコっと頭を下げる。

2人はきゃーっと声をあげる。
「お、お、お邪魔してます…!」
2人とも反射的に立ち上がっている。

無理もない。
「お、お兄ちゃん、上、はだか、はだか!」
上半身まだ濡れたままの、下はジーンズを履いていて本当に良かった…の兄は、やっと自分の姿に気づく。
「あ、そうか……だらしねえな、俺」
兄はのんきに笑いながら頭をかいた。

「ごめんね…有栖と仲良くしてやってな…」
兄はたいして恥ずかしくもなさそうににこにこ笑って退場した。
「すごいね、有栖のお兄さま……」
奈緒ちゃんはうっとりしたようにつぶやく。
「芸能人かモデルさんみたいだった…
かっこよすぎる…」
やっぱり兄はかっこいいのか…。
「そ、そうかな……」
私は戸惑いながら、とりあえず紅茶を2人に出しながら、口籠もる。

「有栖は?家のなかに、あんなかっこいいお兄さまがいてなんとも思わないの?」
2人はまだドキドキしているようで、ちらちらと兄が出ていったドアを眺めている。
「なんともって…?」
「だって、あんなにかっこよかったら普通……」
私にとって兄は、いつも優しく頼もしく、ちょっとふざけていて…だけど、私を包み込んで安心させてくれる人…

「彼女とかいないのかな?」
奈緒ちゃんがそわそわした様子で聞いてくる。

私はなぜか先日の電話のことを頭の隅で思い出しながら、さあ…そういう話はしたことないからわからない…と言おうとしたが、彼女たちの興味とおしゃべりは止まることなく、ちょっと竜之介に似てるねとか、竜之介くんも大学生になったらあんな感じかな…竜之介くんのが中性的な感じで、お兄様のがワイルド…とかどんどん話は流れているようだ…

「ところで有栖のお部屋こんなに広いのに、ベッドないんだね、どこで寝てるの?」

ふいに自分に話が戻ってくる。
「あ、えと……私は隣でリュウのベッドで寝るから…」
言ってしまってハッとする。
また、きゃーって言われるかなと咄嗟に身構える。

でも、2人は黙っていた。
華ちゃんは戸惑ったような困惑した顔をしていた。
「有栖、流石に冗談だよね?」
と、伺うように小さな声でそう言った。 

え……
冗談と笑えばよかった。
奈緒ちゃんは、なにか気色の悪いものを見るような顔で、
「なにそれ、きょうだいで…一緒に寝るとか…家族なのにキモ…」と一言言った。

それから私はどんな顔をしていたのかわからない…
お茶を飲み終わるか終わらないかのうちに、奈緒ちゃんは、帰る…と呟くと、立ち上がり部屋を出て階段を降りていく。

あれ、もう帰っちゃうの?パンケーキ焼いてるよー?と呑気な兄の声が聞こえてくる。
華ちゃんは、早口で、
「有栖、ごめんね、奈緒は竜之介くんが好きだったんだよ…今日は帰るね…」と言って慌てて奈緒ちゃんのあとを追って出て行った。

私はただ玄関に立ち尽くしていることしかできなかった。カナヅチで頭を殴られたような気分だった。
奈緒ちゃんの言葉が頭の中で繰り返しまわっている。

(そう…だよね….)
いつも穏やかに笑っている兄が私を見るなり顔を曇らせた。
「ありす……どうしたんだ?」
私はそれに答えることができないまま、首を振った。
「なにがあった?兄ちゃんに話せ…」
私はそんなにひどい顔をしているのだろうか。

兄は私の手首をしっかり掴むと、正面からじっと見据える。
その瞳に射抜かれて、私の口は要領を得ないまま、なんとか、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「奈緒ちゃんが……リュウを…好きって……私……なにも知らなくて……」 
「おともだちが?竜之介を?」
兄が復唱する。

「悪いこと…言ってしま…って…」
奈緒ちゃん、竜之介が好きだったんだね。
私、知らなくて、ごめんなさい。
「….…わ、わたしたち…キモイって…変なのって……言われて…」
「ありす、落ち着いて…」
私の声がうわずっていたのか、兄は私の背中に手をまわした。

「きょうだいなの…にキモイって……」
私はほとんど無意識に竜之介の部屋のほうをみた。
それで兄は察しがついたのだろう、私の背中にまわした手に力を込めて私を引き寄せた。

「ちがうよ、ありす…わかるだろ…?
家族にも、きょうだいにも、いろいろなかたちがあること…何が正しいとか間違っているとかじゃないんだ……兄ちゃんはありすが大事だよ、竜之介だっておなじきもちだ…その気持ちを、ありすは気持ち悪いと思うのか……」
「う…ううん…う…でも…」

私はまだ呆然としながら兄にしがみついていた。
動転しながらも、自分のなかにひっかかりを感じた。
私がひっかかっているのは何?なぜこんなに動揺しているの? 

『家族なのに気持ち悪い』

(前にもこのセリフ聞いたことがある気がする)
どこで?夢のなかで?
何か思い出せそうだったが、頭が痛んだ。
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