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回想◆ 首筋の痕 《海里》
しおりを挟む俺がそれを見たのは本当に偶然だった。
その夜も有栖は俺の部屋の前に座って待っていた。顔を膝に埋めてうずくまっている。
有栖が中2の秋頃だった。
「有栖…そんなところに座ってたら、身体が冷えるぞ」
少し迷ったが、俺は着ていたジャケットを脱いで、有栖の肩にかける。
もうその頃、俺は卒業したらすぐ家を出ようと準備していた。
有栖と距離を取って顔を合わせないようにすること。
それが唯一できることだった。
本当はずっと見ていたかったし、触れたかった。
でもそれはだめだ。
彼女を傷つけてしまう。
けれど、俺の気持ちを知らない有栖は小学生の頃と変わらず俺を慕ってくれた。
それがつらい。
「お兄ちゃん…」
うずくまっていた有栖が顔をあげる。
「リュウが…もう一緒に寝てくれないって…」
そう呟いた有栖の唇が青ざめて見えた。
有栖が頻繁に竜之介に一緒に寝て欲しいと懇願してた頃だ。
竜之介だって年頃の少年だ、血の繋がらない姉と一緒に寝るのは抵抗があるのだろう。
なぜ、夜、有栖がそんなに、竜之介といっしょにいたがるのか、俺は知らなかったんだ。
「ひとりで寝たくないの…」
潤んだような瞳を俺に向けて、立ち上がった有栖が、ふいによろめいて、とっさに俺は彼女の腕を掴んだ。
「痛っ」
そんなに強く掴んだつもりはなかったが、有栖が声をあげる。
ぱっと手を離し、悪い…と謝ろうとして、俺は息を飲んだ。
腕を庇うように反対の手で押さえた、彼女のナイトドレスの袖がめくれて、白い手首が露わになっていた。
その手首には、しっかりわかるほどの長い指の痕が残っていたのだ。
俺の視線に気づいて、有栖がハッとして袖をおろす。
一瞬理解できず、俺は今離した手で有栖の手首をほとんど無意識に掴んでしまった。
「有栖……怪我してるのか……?」
それ以外になんと声をかけたら良かったというのか。
有栖は俺から目を逸らした。
「お兄ちゃん…手を…離して…」
俺は、まさかと思いながらそっと彼女の首筋にかかるやわらかな髪を恐る恐る指で持ち上げた。
嫌な予感がして、それが外れるのを瞬時に祈った。まさか。
彼女は少し肩をすくめて身体を硬くした。
ゾッとした。
彼女の首筋から肩にかけて無数に残る痣のような内出血の痕。
唇で強く吸われたときにできる、あの痕。
目を見張る俺の視線をさけるように有栖は顔を背けて目をつぶっていた。
こんな小さな身体に。
「誰に…やられた……?」
有栖は黙っている。
足元から血の気がひいていくのを感じた。
「誰に…っ」
繰り返し尋ねようとして、声が荒くなってしまい、有栖がビクッと震えた。
「見ないで…お兄ちゃん…」
その声を聞いて、すべてを悟った。
指の痕も、痛々しいキスマークも、同級生やボーイフレンドじゃない。もちろん竜之介でもない。
引いた血の気が今度は沸るように湧き上がるのを感じた。
まさか、そんなはずはないと何度も思い込もうとしてきた。
でも、有栖のあの表情がすべてだった。
――もう、確信するしかなかった
「親父…か…?」
有栖の唇が震えていた。
俺の中でプツンとなにかが切れて、気づいた時には、俺は父の部屋に飛び込んで、不意をつかれて驚き、振り払おうとする父親を張り倒し、馬乗りになっていた。
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