上 下
40 / 81

甘いお薬と優しい毒 《竜之介》

しおりを挟む
その晩、兄は帰ってこなかった。

有栖には仕事と伝えたけど、兄は父と話をつけてくると言っていた。
あの父に話が通じるのだろうか。
心配だが、他に今何ができるだろうか。
早く大人になりたい。
一刻も早く大人になりたい。
ひとつ飛ばしに大人になって、父親の手の届かないところに有栖を連れて逃げたい。

窓からは大きな月が見える。
明るい月の夜で助かった。
有栖も少しは安心できるだろう。

ベッドからはすやすやと規則正しい寝息が聞こえてくる。
部屋には月明かりと、兄が用意していたアロマキャンドルの灯。
よかった…
さっきのココアに安定剤いれておいて。
静かにキャンドルを消して有栖の頬に手を触れる。
「ごめんね…飲み物に薬盛って…」
手の中に感じる体温が暖かい。
月の光が差し込む部屋で、僕は有栖の唇に指で触れて、形のよいおでこに口づけをした。
「おやすみ、僕の小さなお姫様」
心をこめて呟く。

兄のほうが、容姿は父に似ているけれど、中身は僕のほうが似てる気がする。
この執着心。独占欲。
真綿で首を締めるように、
僕がいないと生きていけないように、 ゆっくり有栖を依存させていく。
甘い甘いお薬とやさしい毒で。

兄のように、そのへんの誰かと普通の幸せを手に入れて欲しいなんて思わない。
誰にも渡したくない。
有栖に気づかれないように、彼女をゆっくりと追い詰めていく。ベッドにそっと入って、後ろから有栖を抱きしめた。
しおりを挟む

処理中です...