《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

夜の雨

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帰ってきた兄 《竜之介》

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翌朝、兄が頬を腫らして帰ってきた。

「お兄ちゃん……!」
有栖が駆け寄る。
「なんでもない…見かけより大したことないんだ……」
兄は有栖になんでもないことのように笑顔をつくる。
有栖は傷に触れそうな距離で一瞬、手をさまよわせた後、傷に触れないよう気をつけながらおそるおそる頬に触れた。
「唇も切れる……ひどい……」
今にも泣き出しそうに顔をゆがめる。
兄は、その手を上から包むように握った。
「こんな傷、兄ちゃんにはどうってことないって」
そう言う兄の声にはいつもの優しさだけでなく、すこし苦しげな色が滲んだ。

「有栖がおおげさに心配すると思ってさ、腫れが引くまで戻らないでおこうかとも思ったんだけど…どうしても…有栖の顔が早く見たくて…」
兄にしては、歯切れの悪いぎこちない物言いだった。少し声が震えているような気がしたのは気のせいだろうか。
「……これは……俺のせいだから……」
つぶやくように兄が言う。
だから心配すんな、と軽く笑った。
「パパ…パパがしたの…?」
信じられないというふうに首を横に振りながら、有栖は目にいっぱいたまった涙をポロポロとこぼした。
「…あ…っと…これは仕事で」
有栖が泣き出してしまったからか、いつもはスマートに必要な嘘をつく兄が、動揺して言葉につまる。
僕が助け船をだす。
「変な嘘はもういいって。親父にやられたんだろ…」
兄貴はこの後に及んで、まだ有栖の『優しいパパ』の虚像を壊したくないのだろうか。
「パパがこんな…こんなひどいことするなんて……とにかく…冷やさなきゃ…き、傷の手当ても……」
有栖はまだ信じられないようだったが、もつれそうな足取りで、洗面所に走っていった。

「……」
兄は有栖が行ってしまったのを見届けてから、大きく息を吐き、天を仰いだ。
「親父、相変わらず馬鹿力だったわ…奥歯折れた…」
タバコに火をつけながら、兄は冗談めかして笑おうとしたが、うまくいかなかった。
まず、ベランダじゃなく玄関先でタバコを吸うことが普通じゃない。
「やっぱりダメだった?」
僕が先回りして聞くと、兄貴はうなずく。
小さい声だが憎しみのこもった唸るような声で、
「……ぜんぜん反省なんてしてねぇわ」
と吐き捨てた。
ただただ怒りと憎しみの感情だけがわき上がる。
「そんなに殴られて、一発くらい返したんだろ」
僕の言葉に兄は黙る。
「……殴ってないのかよ…」

兄らしくて呆れる。

と思うのと同時に、親父のとこに行ったのは兄貴で正解だったと思った。
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