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懺悔 《有栖》

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パパが、兄にこんな酷いことをするなんて…

傷を手当てをする手が震える。
腫れた頬や瞼が痛々しい。
口の中も切れているようだ。
思わず、涙が溢れた。

あの優しいパパがこんなことを……。
パパのことをすべて思い出せたわけではないけれど、思い出のなかのパパはいつも優しく微笑んでいる。

でも、私が泣いてはいけない……きっと……兄はもっともっと辛かったはずだ…なのに、涙が勝手に溢れてきてしまう。
竜之介にも泣かないという約束で、兄の手当を任せてもらったのに、あっという間に約束を破ってしまった。

なんで?どうして? ……こんなこと、信じたくない…どんなやりとりがあってこんなことに…
わからない…わからないことばかり。
頭の芯がズキンズキンと痛む。

「俺は別に大丈夫だよ。だから無理して思い出そうとしなくていい。」
私の心配を見透かすように兄が言う。
大丈夫なはずないじゃない。
自分の父親にこんなふうに殴られて。
「痛かったでしょう…痛むでしょう…?」
傷が、それよりもっと心が…
声がわなわなと震える。
「有栖、そんなふうに泣くなよ…そのほうがつらい…」
あたたかい手のひらが私の頬に触れ、涙を拭う。
兄のこんな辛そうな顔は、見たことがない。
私は思わず兄を抱きしめてしまった。
こんな傷ついた兄を見てられなくて…。私は彼の頭を胸に抱いた。
「有栖…」
兄の声が震えている気がした。
「俺は…こんなふうにお前に抱きしめてもらう資格なんてないんだよ……」
絞り出すような声。
兄の頭を抱きしめる手に、私の涙が涙が落ちた。
いつも兄は……私を助けてくれるのに、なぜ私は傷ついた兄を救えないのだろう。
「俺は……」
兄の片手が、私の背に回る。 
そして、躊躇うように長い指を彷徨わせて、やがて私の背中を力強く抱きしめる。
私の胸に顔をうずめたまま、兄は掠れた声で呟く。 

「有栖、本当にごめん……」

なぜ謝るのかわからなかった。
兄が私を抱きしめる力に、苦しみと懺悔がこめられている気がして、兄を傷つけたのは父ではなく、私なのではないかと、なんの根拠もなくそう思った。
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