《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

夜の雨

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混沌、あの頃言えなかった言葉 《有栖》

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「イヤ……!」

  パパやめて。
  私はパパが好きなの。
  パパが好きでいたいの。
  だから、お願い…
  こんなひどいことしないで。 
  パパ、パパ、ねぇパパ!
  のしかかるパパの身体が重い。

  身体が自由にならない。
  お兄ちゃん助けて、ママ…
  竜之介、助けて、
  助けて、お兄ちゃん……!

  声を出してはいけない
  呼んではいけない…

頭が割れるように痛い。
同時に心臓は、血液が逆流するように脈打つ。
「……っ……ぐぅ…っ……」
声を噛み殺す。
くぐもったケモノみたいな唸り声は私の声だった。

「有栖!!」 
その時、大きな声で名前を呼ばれる。
「いや…パパっ、や、やめて…」
「有栖っ!僕だよ!…竜之介だよ…親父じゃない!」
手首を掴まれてハッとする。

目の前には見慣れた竜之介の顔があった。
私は動揺した。
「み、見ないでっ‼︎」
反射的に竜之介を突き飛ばそうとする。

が、彼は私をぐっと抱きしめてそれを阻止した。私は半狂乱になって泣き叫んだ。

「やっ、離してっ…パパが…」
そんな私の頭と背中を竜之介はぎゅっと抱きしめる。彼が呼吸をする度にゆっくりと胸郭が動き、そのリズムに合わせて私の背中もやさしくさすられる。

「大丈夫…大丈夫だから。
ここには親父はいないよ、僕だけだ」
気づくと私はハァハァと肩で息をしていた。
頰が涙で濡れている。
体じゅうにじっとり汗をかいている。
フゥーフゥーッとケモノじみた呼吸音。
私の口から漏れているらしい。

「気持ち悪い?吐く??」
竜之介が心配そうな目でのぞき込む。かろうじて私はふるふると首を横に振る。

私の口がなにか言いたがっている。
駄目!言っては駄目…!
必死に声を殺して、自分の手首を掻きむしって我慢しようとするのに、竜之介が手首を離してくれない。
奥歯がギリギリ鳴る。
「ダメだ、有栖…そんなに奥歯を噛み締めたら…歯が割れちゃう…口を開いて!」
口を開いたら言ってしまう…

竜之介が私の閉じた唇に指を差し入れようとする。
「噛み締めるなら俺の指を噛んでいいから…!そんなに我慢しないで」
竜之介の指が私の涙と唾液でぐしょぐしょになる。

ハァ…ハァ…
竜之介の指を傷つけながら、開かれた口から声が漏れてしまう…
竜之介が真剣な眼差しで私を見ている。

「た…たすけ て…リュウ」

荒い吐息とともに、あの頃言いたくても言えなかった一言をもらしてしまう。

「有栖…あの頃…気がついてあげられなかったこと本当にごめん……俺もずっと謝りたかった、謝っても許されるわけないけど…だから俺はもう、何を犠牲にしても……どんなことをしても有栖を守るから……」

知られるのが怖かった。
でも、もうみんな知られてしまったんだ…兄にも竜之介にも。

私は壊れたように泣き叫んでいた。
竜之介が暴れる私を包み込むように抱きしめて、私は彼の腕の中でただ泣いていた。
涙と涎でぐしゃぐしゃになった私の頰を竜之介の大きな手が包む。

「もっと言って…」
竜之介が私を見る。
唇が震えて、奥歯がガチガチ鳴った。
「リュウ…たすけて…たすけて…」
絞り出した声が、まだうまく出ない。ちゃんと竜之介に届いたか不安で彼の顔を見ると、 竜之介は真摯な瞳で私をじっと見つめて、届いてるよ、と言っているようだった。

私はそこで意識を手放した…。
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