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ふたりきり 《桃》
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俺たちはカフェでのお昼休みを挟んで、ゆっくりと水族館をまわった。
竜之介が何度か有栖ちゃんを気遣って、そろそろ帰ろうか?と聞いていたが、そのたびに彼女が、まだここにいたいとちいさく言うのが聞こえてきた。
夕方、大水槽で本日最後の魚のエサやりショーがあるというので、それを見て帰ろうかということになる。
トイレに竜之介が立って、初めて有栖ちゃんと俺とふたりきりになる。
俺がいつものように差し障りのない会話をしようと口を開きかけたとき、有栖ちゃんか先に俺の名前を呼んだ。
「桃くん」
「は、はい!」
彼女に名前を呼ばれたのはたぶん初めてだ。
考えたら、2人きりになるのも初めてだ。
急なことで、柄にもなくドキッとし、思わず返事をしてしまった。
「今日は連れてきてくれてありがとう…すごく楽しかった」
と、今日の中でいちばんはっきりした声で彼女が言う。
彼女のこんなところが好きだ。
彼女はどうみても、今日体調が万全には見えなかった。でも、そんな時も、相手へ感謝や心配りを忘れない。
学校にいるときもそうだった。控えめではあるけれど、いつも周りに気を配り、そっと周りが心地よくなるように自分が動く。
それが彼女の普通であることが尊く感じた。
「桃くん、リュウが好きなんでしょ?」
「…ん、えっ…⁈」
有栖ちゃんはこちらを覗き込むようにして微笑をたたえながいうので、飲みかけたコーラを吹きそうになる。
俺が言葉を失っていると有栖ちゃんは、うふふと優しく笑った。おっとりとした上品な笑い方は彼女のチャームポイントのひとつだ。
「私、こんなにダメダメで、いつもリュウに迷惑ばかりかけているけど、これでもリュウのお姉さんなの…」
有栖ちゃんの横顔に魚が群れて泳ぐ影がゆらゆらと映っている。
少し潤んだような大きな彼女の瞳に、すっと心の奥をのぞかれているようだ。
俺の中心が熱くなるのがわかった。
誰にもバレていないと思っていたのに、有栖ちゃんに気づかれていたことに驚く。
弟が男に好かれていたら迷惑だろうか…嫌悪されたかなと、彼女が次にどんな言葉を発するのか少し怖くなる。
有栖ちゃんは少しだけ間を置いて口を開いた。
「リュウには…もっとのびのびと幸せになって欲しい…私がそれを妨げてしまっているのかもしれない……だから…桃くんみたいな人がそばにいて…笑っていてくれたらうれしいの……」
有栖ちゃんの言葉に俺はぽかんとするしかなかった。想像もしていなかった言葉だった。
ああ…
俺はこの小さな女の子をできるなら今すぐ抱きしめたい衝動に駆られた。
誰もしっかり肯定してくれるはずのない思いだと思っていた。
やっぱり俺は有栖ちゃんが好きだ。
俺が好きな人が愛する女性。
うん、と返事を返そうとした時、フッと会場の電気が消えた。
竜之介が何度か有栖ちゃんを気遣って、そろそろ帰ろうか?と聞いていたが、そのたびに彼女が、まだここにいたいとちいさく言うのが聞こえてきた。
夕方、大水槽で本日最後の魚のエサやりショーがあるというので、それを見て帰ろうかということになる。
トイレに竜之介が立って、初めて有栖ちゃんと俺とふたりきりになる。
俺がいつものように差し障りのない会話をしようと口を開きかけたとき、有栖ちゃんか先に俺の名前を呼んだ。
「桃くん」
「は、はい!」
彼女に名前を呼ばれたのはたぶん初めてだ。
考えたら、2人きりになるのも初めてだ。
急なことで、柄にもなくドキッとし、思わず返事をしてしまった。
「今日は連れてきてくれてありがとう…すごく楽しかった」
と、今日の中でいちばんはっきりした声で彼女が言う。
彼女のこんなところが好きだ。
彼女はどうみても、今日体調が万全には見えなかった。でも、そんな時も、相手へ感謝や心配りを忘れない。
学校にいるときもそうだった。控えめではあるけれど、いつも周りに気を配り、そっと周りが心地よくなるように自分が動く。
それが彼女の普通であることが尊く感じた。
「桃くん、リュウが好きなんでしょ?」
「…ん、えっ…⁈」
有栖ちゃんはこちらを覗き込むようにして微笑をたたえながいうので、飲みかけたコーラを吹きそうになる。
俺が言葉を失っていると有栖ちゃんは、うふふと優しく笑った。おっとりとした上品な笑い方は彼女のチャームポイントのひとつだ。
「私、こんなにダメダメで、いつもリュウに迷惑ばかりかけているけど、これでもリュウのお姉さんなの…」
有栖ちゃんの横顔に魚が群れて泳ぐ影がゆらゆらと映っている。
少し潤んだような大きな彼女の瞳に、すっと心の奥をのぞかれているようだ。
俺の中心が熱くなるのがわかった。
誰にもバレていないと思っていたのに、有栖ちゃんに気づかれていたことに驚く。
弟が男に好かれていたら迷惑だろうか…嫌悪されたかなと、彼女が次にどんな言葉を発するのか少し怖くなる。
有栖ちゃんは少しだけ間を置いて口を開いた。
「リュウには…もっとのびのびと幸せになって欲しい…私がそれを妨げてしまっているのかもしれない……だから…桃くんみたいな人がそばにいて…笑っていてくれたらうれしいの……」
有栖ちゃんの言葉に俺はぽかんとするしかなかった。想像もしていなかった言葉だった。
ああ…
俺はこの小さな女の子をできるなら今すぐ抱きしめたい衝動に駆られた。
誰もしっかり肯定してくれるはずのない思いだと思っていた。
やっぱり俺は有栖ちゃんが好きだ。
俺が好きな人が愛する女性。
うん、と返事を返そうとした時、フッと会場の電気が消えた。
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