《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

夜の雨

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キス 《竜之介》

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「有栖ちゃん、俺からの宿題ちゃんとやってくれてるね」

桃は、有栖が病院に運ばれてからずっとあれこれ僕らによくしてくれていて、兄と僕が疲れたとき、有栖の看護を買ってでてくれたり、こんなふうに僕が苦手な英語の勉強を有栖に教えにきてくれたりしている。

いつか、桃は、僕と有栖が好きだとさらっと言っていた。あれがloveなのか、 likeなのかはわからないまま時が流れている。

桃が、たまにそっと有栖の肩や髪に触れることがあるけれど、有栖自身嫌がっている素振りはみせないし、不思議なことに僕も不快な気持ちにならないのだ。こんなこと初めてで自分でもちょっと驚いている。

有栖は何も話さないから水族館での一件は覚えているのかどうかもわからない。
でも、学校で会っていただけのクラスメイトとしての桃よりも、親しい雰囲気で話しているのはよくわかる。

***

桃と有栖が楽しそうに話しているから、僕は少し席を外そうとして、桃の花束を手にする。
「この花束、花瓶に生けてくるね」

水道で水を注いでいると、桃が追いかけてきた。

「なんでおまえまで来ちゃうんだよ」
僕が呟くように言うと、桃が金色に染めた髪をがしがしとかく。
この髪で大学行くつもりなのかな…。

「竜之介、前からちょっと思ってたけど、なんか誤解してない?」
え、べつに?
と言って振り返ろうとすると、急に桃に唇を塞がれた。
「…⁉︎⁉︎」
一瞬なにが起きたかわからず、固まってしまったが、キスをされていると気づき、咄嗟にバッと桃から身体を離す。

な、なにが起きたんだ…⁈
桃はイタズラっぽくにやにや笑いながら、親指の腹で唇を撫でている。
「言っただろ?俺は竜之介が好きだって。有栖ちゃんも好きだけど」
「……」
「好きな人から好きな人を奪う趣味はないの。むしろ2人セットでいてくれたら、俺はありがたいんだって…」
「何、言ってんだよ、意味がわからない…」

僕がたじたじと言うと、桃はにやっと笑って少し顎をあげながら小首を傾けた。
「わからないかな?好きな人に幸せでいてほしい気持ち」
それは…わかるけど…。
「とにかく」
と、桃は言葉を切って、片側の肩にかけたリュックを背負いなおす。
「次、変な誤解したら、今度は有栖ちゃんにキスするから覚悟しなよ」. 
「……!」

***

病室に戻ると、有栖は真面目に桃が置いていった英語の宿題を解いていた。
「おかえり……あれ?桃くん帰っちゃったの?」
顔をあげて有栖が尋ねる。
「?? リュウ、顔が赤いよ?なんかあった…?」
「はは…桃にファーストキスを奪われちゃった……」
あまりに有栖が無垢な顔で尋ねるので、つい正直に答えてしまう。

言った瞬間、しまった、驚かれるかな?と思ったら、有栖はきょとんとした顔をしたあとにっこりと笑って、
「うふふ、桃くん、リュウが大好きだものね…」
と、続ける。
「え、知ってたの…?」
つい僕は声のボリュームをあげてしまう。
「見てたらわかるよ。いつも桃くん言ってるし。竜之介がかわいいーって」
えー…
有栖はパタンとノートを閉じる。

「だから、私も言ってるの。でしょ?リュウはかわいくてかっこいいでしょ?って。私の弟だもん…」
有栖は口元に手を当ててくすくすと笑う。手首にはもう包帯は巻かれておらず、微かに古傷が残るだけだ。
かわいいとは心外だし、弟としか見られていないと言われているようなものなんだけど、なんだかくすぐったい気持ちになる。

そして追い討ちをかけるように有栖は続ける。
「それにリュウは、桃くんがファーストキスじゃないよ?」
「え!?」
「私、高校にあがるくらいまで、リュウの寝顔見るたびにかわいくってキスしてたもの。リュウはぜんぜん起きなかったけど。だから、ファーストキスは桃くんじゃなくて、私だね♡」
と、いたずらっぽく笑う。
「えっ、ほっぺとかじゃなく、く……」
「くちに……」
有栖が動揺した僕の言葉に重ねた。
両手をあわせて、にっこりとうれしそうに笑った。

目眩がする……寝耳に水だ。
そして、中学生の僕はなぜ起きないんだ!(もったいない)

有栖の記憶がどこまで本物でどこから幻想なのかはわからないけれど、地獄でしかないと思っていた有栖の中学時代に、幻想だとしても、そんなかわいい記憶に塗り替えられていたなら、そんな幸せなことってない。

僕の知らない有栖のかわいい思い出(それが有栖の作り出したものだとしても)をもっともっと聞いてみたい。

ガラッと病室の扉が開いて、ラフなスプリングコートを羽織った兄が入ってくる。
「今、病院の入り口で桃にあったよ。あれ?竜之介、なんでそんなに赤い顔してるんだ?」
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