79 / 81
兄弟の対話 《海里》
しおりを挟む
明日、有栖はようやく退院してこの部屋に戻ってくる。
有栖が少しでも安心できるように、俺は有栖の好きな香りのアロマキャンドルにライターで火をつけた。
夜の帳が下りはじめた部屋にベルガモットの優しい香りが漂う。
カラカラカラと乾いた音を立てて、ベランダへと続く窓を開ける。
音に気づいて、すでにベランダに出ていた竜之介が振り向く。
「アロマ、焚いたんだ」
鼻をちょっと動かして竜之介がいう。
「有栖、この部屋に引っ越してきたとき、非常事態にもかかわらず、けっこう楽しそうにしていたよ。最初は電気もつかなくて、シャワーも水だったのにさ。このアロマも、キャンプのキャンドルみたいに灯してさ……」
竜之介が手すりに持たれて外を見ながら言った。この部屋のベランダの手すりはちょっとレトロな金属造りの縦格子がしつらえられていて、そこがなんだか気にいっている。
「そっか」
俺は返事をして一本煙草を咥えると、先ほどキャンドルに使ったライターで火を点ける。
チラッとこちらを見た竜之介の視線が近くてドキリとする。
「おまえ、また背伸びた?」
俺が聞くと、竜之介は頭を触りながらそうかな…?と言った。
竜之介はまたベランダの外に視線を戻す。
竜之介が見ているのは、有栖が彼を庇って倒れた場所だ。
ずっと悔やんでいるのだろう。ここから外を眺める竜之介を何度も見てきた。
「一本ちょうだい」
竜之介が手をのばしてきたが、ダメと断る。
竜之介は律儀に小さく舌打ちをする。
「有栖は今幸せそうだよ」
俺は、竜之介のほうを見ずに言ってみた。
ベランダの手すりに両手をついて上を向いてふーっと息を吹きながら紫煙を吐く。煙が薄く流れる空の向こうにはもうオレンジに光る月があった。
何も竜之介が言わないので、
「そんなに悔やまれるなら、一生かけて償えば?…ずっとそばにいて」
と続けてみた。
竜之介が目を丸くしてこちらを見た。
「兄貴…」
「ま、俺も償っていくつもりだけど…有栖のそばで」
少し冗談めかして言うと竜之介はやれやれというふうに笑った。
「なー…今なら聞けそうなんだけど……いつも、兄貴が有栖に償うとか言うの、なんで?」
竜之介がずっと気になっていたというように尋ねてくる。
「あー、うん……」
俺が言い淀む。
誰にも話したことがなかった。
「……有栖が中学生になりたての頃、風呂上りに我慢できなくて唇にキスした」
口に出したら思いのほか恥ずかしくて、耳がかあっと赤くなるのを感じて、また煙草をくわえて、煙を深く吸い込んだ。
竜之介はびっくりして目をパチパチとさせている。
そしてやや時間を置いて、俺の横顔を見ながらにやにやしながら
「へえ…そりゃあ、ある意味罪だね……ふーん……俺は一緒に寝ていてもこれまでずっと耐えてきたのにねー」
と揶揄うように意地悪く言った。
俺はぐっと煙を飲み込んだが、むせてしまった。ゴホゴホッと咳き込む。
「兄貴って案外堪え性なかったんだな……ちょっと、いや、かなり意外だった…」
竜之介は言葉を切って、また口を開いた。
「兄貴もそばにいて償わなきゃいけないってわけだ…」
にやっと竜之介が笑う。
そうだな、有栖が離れたいと思うまでは。
許されるなら。
「俺たちサイテーな兄弟だな」
竜之介は鼻で笑った。
「本当それ」
俺も同意して少し笑う。
やっと声を出して笑うことができた。
「でも、サイテーでもいいや……有栖が笑ってるなら」
そうつぶやきながら竜之介は目を細めた。
部屋から有栖の好きなベルガモットの香りが夜風に乗って流れてきた。
***
あと2話ほどで完結予定です
有栖が少しでも安心できるように、俺は有栖の好きな香りのアロマキャンドルにライターで火をつけた。
夜の帳が下りはじめた部屋にベルガモットの優しい香りが漂う。
カラカラカラと乾いた音を立てて、ベランダへと続く窓を開ける。
音に気づいて、すでにベランダに出ていた竜之介が振り向く。
「アロマ、焚いたんだ」
鼻をちょっと動かして竜之介がいう。
「有栖、この部屋に引っ越してきたとき、非常事態にもかかわらず、けっこう楽しそうにしていたよ。最初は電気もつかなくて、シャワーも水だったのにさ。このアロマも、キャンプのキャンドルみたいに灯してさ……」
竜之介が手すりに持たれて外を見ながら言った。この部屋のベランダの手すりはちょっとレトロな金属造りの縦格子がしつらえられていて、そこがなんだか気にいっている。
「そっか」
俺は返事をして一本煙草を咥えると、先ほどキャンドルに使ったライターで火を点ける。
チラッとこちらを見た竜之介の視線が近くてドキリとする。
「おまえ、また背伸びた?」
俺が聞くと、竜之介は頭を触りながらそうかな…?と言った。
竜之介はまたベランダの外に視線を戻す。
竜之介が見ているのは、有栖が彼を庇って倒れた場所だ。
ずっと悔やんでいるのだろう。ここから外を眺める竜之介を何度も見てきた。
「一本ちょうだい」
竜之介が手をのばしてきたが、ダメと断る。
竜之介は律儀に小さく舌打ちをする。
「有栖は今幸せそうだよ」
俺は、竜之介のほうを見ずに言ってみた。
ベランダの手すりに両手をついて上を向いてふーっと息を吹きながら紫煙を吐く。煙が薄く流れる空の向こうにはもうオレンジに光る月があった。
何も竜之介が言わないので、
「そんなに悔やまれるなら、一生かけて償えば?…ずっとそばにいて」
と続けてみた。
竜之介が目を丸くしてこちらを見た。
「兄貴…」
「ま、俺も償っていくつもりだけど…有栖のそばで」
少し冗談めかして言うと竜之介はやれやれというふうに笑った。
「なー…今なら聞けそうなんだけど……いつも、兄貴が有栖に償うとか言うの、なんで?」
竜之介がずっと気になっていたというように尋ねてくる。
「あー、うん……」
俺が言い淀む。
誰にも話したことがなかった。
「……有栖が中学生になりたての頃、風呂上りに我慢できなくて唇にキスした」
口に出したら思いのほか恥ずかしくて、耳がかあっと赤くなるのを感じて、また煙草をくわえて、煙を深く吸い込んだ。
竜之介はびっくりして目をパチパチとさせている。
そしてやや時間を置いて、俺の横顔を見ながらにやにやしながら
「へえ…そりゃあ、ある意味罪だね……ふーん……俺は一緒に寝ていてもこれまでずっと耐えてきたのにねー」
と揶揄うように意地悪く言った。
俺はぐっと煙を飲み込んだが、むせてしまった。ゴホゴホッと咳き込む。
「兄貴って案外堪え性なかったんだな……ちょっと、いや、かなり意外だった…」
竜之介は言葉を切って、また口を開いた。
「兄貴もそばにいて償わなきゃいけないってわけだ…」
にやっと竜之介が笑う。
そうだな、有栖が離れたいと思うまでは。
許されるなら。
「俺たちサイテーな兄弟だな」
竜之介は鼻で笑った。
「本当それ」
俺も同意して少し笑う。
やっと声を出して笑うことができた。
「でも、サイテーでもいいや……有栖が笑ってるなら」
そうつぶやきながら竜之介は目を細めた。
部屋から有栖の好きなベルガモットの香りが夜風に乗って流れてきた。
***
あと2話ほどで完結予定です
0
あなたにおすすめの小説
記憶をなくしても君は忘れない
水城ひさぎ
恋愛
本田光莉(ほんだひかり)、アメリカ・ロサンゼルス在住フォトグラファー、28歳。光莉には、松村理乃(まつむらりの)という同い年の異母姉がいる。行方不明になった理乃を探すため、日本へやってきた光莉は、高校時代の元カレ、月島拓海(つきしまたくみ)と再会する。しかし、彼は高校時代以降の記憶を喪失していた……。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~
世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。
──え……この方、誰?
相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。
けれど私は、自分の名前すら思い出せない。
訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。
「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」
……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!?
しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。
もしかして、そのせいで私は命を狙われている?
公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。
全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね!
※本作品はR18表現があります、ご注意ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】
藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。
そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。
記憶を抱えたまま、幼い頃に――。
どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、
結末は変わらない。
何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。
それでも私は今日も微笑む。
過去を知るのは、私だけ。
もう一度、大切な人たちと過ごすために。
もう一度、恋をするために。
「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」
十一度目の人生。
これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる