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兄弟の対話 《海里》
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明日、有栖はようやく退院してこの部屋に戻ってくる。
有栖が少しでも安心できるように、俺は有栖の好きな香りのアロマキャンドルにライターで火をつけた。
夜の帳が下りはじめた部屋にベルガモットの優しい香りが漂う。
カラカラカラと乾いた音を立てて、ベランダへと続く窓を開ける。
音に気づいて、すでにベランダに出ていた竜之介が振り向く。
「アロマ、焚いたんだ」
鼻をちょっと動かして竜之介がいう。
「有栖、この部屋に引っ越してきたとき、非常事態にもかかわらず、けっこう楽しそうにしていたよ。最初は電気もつかなくて、シャワーも水だったのにさ。このアロマも、キャンプのキャンドルみたいに灯してさ……」
竜之介が手すりに持たれて外を見ながら言った。この部屋のベランダの手すりはちょっとレトロな金属造りの縦格子がしつらえられていて、そこがなんだか気にいっている。
「そっか」
俺は返事をして一本煙草を咥えると、先ほどキャンドルに使ったライターで火を点ける。
チラッとこちらを見た竜之介の視線が近くてドキリとする。
「おまえ、また背伸びた?」
俺が聞くと、竜之介は頭を触りながらそうかな…?と言った。
竜之介はまたベランダの外に視線を戻す。
竜之介が見ているのは、有栖が彼を庇って倒れた場所だ。
ずっと悔やんでいるのだろう。ここから外を眺める竜之介を何度も見てきた。
「一本ちょうだい」
竜之介が手をのばしてきたが、ダメと断る。
竜之介は律儀に小さく舌打ちをする。
「有栖は今幸せそうだよ」
俺は、竜之介のほうを見ずに言ってみた。
ベランダの手すりに両手をついて上を向いてふーっと息を吹きながら紫煙を吐く。煙が薄く流れる空の向こうにはもうオレンジに光る月があった。
何も竜之介が言わないので、
「そんなに悔やまれるなら、一生かけて償えば?…ずっとそばにいて」
と続けてみた。
竜之介が目を丸くしてこちらを見た。
「兄貴…」
「ま、俺も償っていくつもりだけど…有栖のそばで」
少し冗談めかして言うと竜之介はやれやれというふうに笑った。
「なー…今なら聞けそうなんだけど……いつも、兄貴が有栖に償うとか言うの、なんで?」
竜之介がずっと気になっていたというように尋ねてくる。
「あー、うん……」
俺が言い淀む。
誰にも話したことがなかった。
「……有栖が中学生になりたての頃、風呂上りに我慢できなくて唇にキスした」
口に出したら思いのほか恥ずかしくて、耳がかあっと赤くなるのを感じて、また煙草をくわえて、煙を深く吸い込んだ。
竜之介はびっくりして目をパチパチとさせている。
そしてやや時間を置いて、俺の横顔を見ながらにやにやしながら
「へえ…そりゃあ、ある意味罪だね……ふーん……俺は一緒に寝ていてもこれまでずっと耐えてきたのにねー」
と揶揄うように意地悪く言った。
俺はぐっと煙を飲み込んだが、むせてしまった。ゴホゴホッと咳き込む。
「兄貴って案外堪え性なかったんだな……ちょっと、いや、かなり意外だった…」
竜之介は言葉を切って、また口を開いた。
「兄貴もそばにいて償わなきゃいけないってわけだ…」
にやっと竜之介が笑う。
そうだな、有栖が離れたいと思うまでは。
許されるなら。
「俺たちサイテーな兄弟だな」
竜之介は鼻で笑った。
「本当それ」
俺も同意して少し笑う。
やっと声を出して笑うことができた。
「でも、サイテーでもいいや……有栖が笑ってるなら」
そうつぶやきながら竜之介は目を細めた。
部屋から有栖の好きなベルガモットの香りが夜風に乗って流れてきた。
***
あと2話ほどで完結予定です
有栖が少しでも安心できるように、俺は有栖の好きな香りのアロマキャンドルにライターで火をつけた。
夜の帳が下りはじめた部屋にベルガモットの優しい香りが漂う。
カラカラカラと乾いた音を立てて、ベランダへと続く窓を開ける。
音に気づいて、すでにベランダに出ていた竜之介が振り向く。
「アロマ、焚いたんだ」
鼻をちょっと動かして竜之介がいう。
「有栖、この部屋に引っ越してきたとき、非常事態にもかかわらず、けっこう楽しそうにしていたよ。最初は電気もつかなくて、シャワーも水だったのにさ。このアロマも、キャンプのキャンドルみたいに灯してさ……」
竜之介が手すりに持たれて外を見ながら言った。この部屋のベランダの手すりはちょっとレトロな金属造りの縦格子がしつらえられていて、そこがなんだか気にいっている。
「そっか」
俺は返事をして一本煙草を咥えると、先ほどキャンドルに使ったライターで火を点ける。
チラッとこちらを見た竜之介の視線が近くてドキリとする。
「おまえ、また背伸びた?」
俺が聞くと、竜之介は頭を触りながらそうかな…?と言った。
竜之介はまたベランダの外に視線を戻す。
竜之介が見ているのは、有栖が彼を庇って倒れた場所だ。
ずっと悔やんでいるのだろう。ここから外を眺める竜之介を何度も見てきた。
「一本ちょうだい」
竜之介が手をのばしてきたが、ダメと断る。
竜之介は律儀に小さく舌打ちをする。
「有栖は今幸せそうだよ」
俺は、竜之介のほうを見ずに言ってみた。
ベランダの手すりに両手をついて上を向いてふーっと息を吹きながら紫煙を吐く。煙が薄く流れる空の向こうにはもうオレンジに光る月があった。
何も竜之介が言わないので、
「そんなに悔やまれるなら、一生かけて償えば?…ずっとそばにいて」
と続けてみた。
竜之介が目を丸くしてこちらを見た。
「兄貴…」
「ま、俺も償っていくつもりだけど…有栖のそばで」
少し冗談めかして言うと竜之介はやれやれというふうに笑った。
「なー…今なら聞けそうなんだけど……いつも、兄貴が有栖に償うとか言うの、なんで?」
竜之介がずっと気になっていたというように尋ねてくる。
「あー、うん……」
俺が言い淀む。
誰にも話したことがなかった。
「……有栖が中学生になりたての頃、風呂上りに我慢できなくて唇にキスした」
口に出したら思いのほか恥ずかしくて、耳がかあっと赤くなるのを感じて、また煙草をくわえて、煙を深く吸い込んだ。
竜之介はびっくりして目をパチパチとさせている。
そしてやや時間を置いて、俺の横顔を見ながらにやにやしながら
「へえ…そりゃあ、ある意味罪だね……ふーん……俺は一緒に寝ていてもこれまでずっと耐えてきたのにねー」
と揶揄うように意地悪く言った。
俺はぐっと煙を飲み込んだが、むせてしまった。ゴホゴホッと咳き込む。
「兄貴って案外堪え性なかったんだな……ちょっと、いや、かなり意外だった…」
竜之介は言葉を切って、また口を開いた。
「兄貴もそばにいて償わなきゃいけないってわけだ…」
にやっと竜之介が笑う。
そうだな、有栖が離れたいと思うまでは。
許されるなら。
「俺たちサイテーな兄弟だな」
竜之介は鼻で笑った。
「本当それ」
俺も同意して少し笑う。
やっと声を出して笑うことができた。
「でも、サイテーでもいいや……有栖が笑ってるなら」
そうつぶやきながら竜之介は目を細めた。
部屋から有栖の好きなベルガモットの香りが夜風に乗って流れてきた。
***
あと2話ほどで完結予定です
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