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夕食はまたルームサービスで終えた。料金を考えると外食に出た方が安いのでは、と思うけれど篠崎に気にした様子はない。安西とて社会人なのだし払おうと思うのだが、果たしていつからいつまでの滞在なかすら分からない。食事の料金は全て後払いだろうと思うけれど、金額は想像もつかなかった。
「少し飲まないか」
 食後の酒にと渡されたのはシャンパンだった。
「軽いから大丈夫。炭酸は飲めただろう」
 以前篠崎の前でラム・コークを飲んだことを思い出す。あのときはカルーアミルクでも飲むかとからかわれた。それからオレンジジュースとも。懐かしい。
「いただきます」
 受け取って、カウンターテーブルに座る。
「前はカルーアを勧めてきたのに」
「可愛いベイビーだと思ってたんだ」
「……カルーアって篠崎みたいです」
「俺?」
「甘いのに、調子に乗って飲みすぎると酔っちゃうんですよね」
 篠崎はふ、と笑った。
「でも美味しくて飲んじゃう……」
「それを思えば諒だってカルーアみたいだ」
「僕も?」
「甘くてジュースみたいなのに、アルコールだ」
「へ?」
「可愛いのに本当は大人だろう。信じがたいが」
「それ、褒めてないですよね」
「可愛いって言ってるんだ」
 篠崎はやはり笑っている。またからかわれた。シャンパンをグイと飲み干す。
「カルーア飲みたくなっちゃいました」
「バーに行くか」
「いえ、こっちのカルーア」
 甘えるように腕に触れる。身体は男らしいのにむだ毛はない。手入れをしているのだろうか。
「やはり諒の方がカルーアだな。甘さに騙されそうだ」
 篠崎は困ったように笑った。

 しばらくそうして甘えていた。
「……諒」
「はい」
 雰囲気が変わったので、腕を離す。どうこうしたかったわけではなく、ちょっと触れてみたかっただけなのでその雰囲気に未練もない。
「風呂で、生きる世界が違うと言ったな」
「……はい」
「俺は親の仕事に興味がない。義務として会社を回してはいるが、それだけだ」
「はい」
「俺は俺のやりたいことをしたい」
「はい」
 篠崎はグラスを揺らす。でも飲もうとはしない。言葉の先を考えている。
「俺のやりたいことは、家業とは関係がない」
「でも、」
 会社の規模や内容は分からないけれど、電話で済ませるのではなく景山がぽんとやってきてしまえる規模なのだろう。
「日本での住処が決まったら仕事の縁を切ろうと思っていたんだが、不安か」
 安西は瞬きを繰り返した。篠崎は何を言っているのだろう。安西が返事をしないからか、篠崎が視線を寄越した。
「諒?」
「あ、えと、なんで僕が不安になるんですか」
「ならないのか」
「え、篠崎が親に任されている会社を辞めるんですよね」
「そうだ」
「それで、僕に何か、その関係っていうか」
「一応役員報酬が出ている。それがなくなる。ほとんど使うことなく放置してあるんだが、多少の経済的支障は出る」
「え、僕には関係が……あの、よくわからないんですけど、篠崎が収入なくなっても僕一人で篠崎を養うことはできますよ。まぁ、贅沢はできませんけど」
 安西とて29歳。世の中では結婚して子供をもうけている人だって沢山いるのだ。篠崎との価値観は正反対のようだけれど、少しずつ安西の基準に慣れてもらうしかない。
「あ、えと、普通の生活じゃ足りないですか」
 今度は篠崎が口を噤んでしまい、不安で問いかける。
「……いや……ありがとう」
「あんまり旅行とかはできないですけど、いいですか」
 まぁ日本で勤めに出ている限り、休みの関係で旅行なんて気軽に行けるものでもないのだが、その辺りの感覚すら篠崎とは違いそうだ。
「あぁ。君と居られれば何でも」
「頑張りますから」
「……諒、俺は別に収入がなくなるわけじゃない」
「あ……」
 そうだった。自分の会社と、投資もしていると言っていた。そもそも役員報酬が手つかずということは自分の稼ぎだけでこの生活を回しているということなのだろう。一人先走ってしまって恥ずかしい。
「でもとても嬉しい。ありがとう」
「いえ……」
 恥ずかしさを紛らわせようとグラスを見るが、シャンパンは先ほど飲み干してしまった。それに気付いた篠崎がシャンパンを注いでくれる。
「すみません」
 シャンパンは冷たいままだ。きちんとシャンパンクーラーに入れられていたからだろう。まめだな、と思った。安西は栄養には気を遣うが、酒にそこまでの気遣いはしない。
「美味しい」
「良かった」
 その夜も篠崎の腕の中で眠った。
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