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「身体にかけるよ。怖かったら言いなさい」
諒は返事をしなかった。先ほどまでしっかり返事のできるいい子だったのに。それほど風呂が怖いのか。
「ほら、大丈夫。温かくて気持ちがいいな」
座っている諒の視線に合うよう膝をつき高さを合わせる。そして手から少しずつ肩の方にシャワーを動かしていく。肘は大丈夫だった。それから二の腕も。肩に掛かったときに少しびくりとしていたけれどなんとか暴れることはなかった。それから背中、胸と流してやったけれど結局何が怖いかは分からないままだった。
「身体を洗おうな」
諒のボディタオルに石鹸をつけ泡立てる。ちらりと見るが、これも大丈夫そうだった。また手から順に怯えさせないよう洗ってやる。陰部も洗ってやったけれどまさかと恐れていた反応がないことに深く安心した。
「さぁ綺麗になったよ。怖かったのに頑張ったな。お湯に浸かろうか」
「あ……」
びくりと跳ねた身体。恐怖の正体はこれだった。まさか、と思う。
「……諒くん、怖くないよ。足をそっと入れてごらん」
けれど諒は動かなかった。固まったように止まってしまう。仕方なく急いで自分の身体を清め、先に湯に浸かる。
「気持ちいいよ。おいで、抱っこで入ろう」
手を伸ばすとようやく動いた。足の間に座らせ後ろから抱きしめてやる。
「いいこ。熱くないかな」
「大丈夫」
「そうか」
諒は暴れることも遊ぶこともなく大人しく浸かっている。何かを話すこともしない。緊張しているのだ。
「……諒くんは今いくつかな」
「五歳」
「そうか、五歳か」
諒が施設に預けられた頃だったような気がする。詳しく覚えていないのは諒自身仔細を話さずぼかしていたからだ。
「いつもは何をして遊んでいるのかな。幼稚園?」
「おうち。お絵かきしてる」
「そうか、お絵かきか。いつも何時頃に寝るのかな」
「わかんない」
先ほどまでの様子とやはりトーンが違う。風呂に入ったことで嫌なことを思い出させてしまったのか。少しでも笑ってほしい、と思うのは普段の諒にも思うことだ。
「好きな食べ物は?」
「……」
「アイスは好きかな?」
「アイス?」
「そう。お風呂から出たら一緒に食べようか」
これもやはり諒のものだけれど。後で多めに買い足しておけばいいだろう。
「……怒られるから」
「怒られる?誰に?」
「ママ」
「怒られないよ、大丈夫」
「でも」
「うん」
「家のものは食べちゃいけないの」
「どうして?」
「ママのだから」
「そうか、ママのなのか。じゃあ諒くんはいつも何を食べてるのかな」
「ママが帰ってきたときにパンもらう」
「パンか」
「たまにおにぎり」
「どんな味のやつ?」
「味?」
「何か中に入ってる?」
「パンは食パン。おにぎりは白いの」
一番安いものなのだろうことは容易に察しがついた。
「そうか、白いのか。諒くんはたくさん食べられるのかな」
「一個」
「一個?」
諒は頷く。
「毎日、起きてから寝るまでに三個?」
「一個」
「起きてから寝るまでに一個?」
まさか、と思う。けれど今の諒は嘘を吐かないだろう。
「お腹が空いてしまうんじゃないか」
「けど、おうちのはママのだから」
「ママはいつも家にいるのかな」
「いない」
「どこに行ってるの」
「わかんない」
「家にはどんなものがあるの」
「食べ物。沢山。けどママの」
「そうか。ママのか。諒くんはママの約束を守ってるんだな。偉いな。いいこだ」
「いいこ?」
「いいこだよ」
「でもママは悪い子っていう、いらないって」
「俺は諒くんに会えて嬉しいよ。諒くんはいいこだよ。ずっと一緒にいたいな」
「いらなくない?」
「ずっと一緒だよ」
「しのざきは毎日帰ってくる?」
「ずっと一緒だよ。離れない」
「ほんと?」
「本当」
まさかこれほど酷いとは思っていなかった。諒は本当に普段からいいこだから――いいこでいなければならなかったのか。普段から顔色を窺うのも、言葉を慎重に選ぶのも幼い頃に身につけた生きる術だったのだと気付く。愕然とした。こんなに辛い人生を歩んできたのか。
「諒くん、ママはいないから、ここには俺と諒くんだけだから、お風呂から出てアイスを食べよう」
「アイス」
「そう。冷たくて甘いのだよ」
諒は返事をしなかった。先ほどまでしっかり返事のできるいい子だったのに。それほど風呂が怖いのか。
「ほら、大丈夫。温かくて気持ちがいいな」
座っている諒の視線に合うよう膝をつき高さを合わせる。そして手から少しずつ肩の方にシャワーを動かしていく。肘は大丈夫だった。それから二の腕も。肩に掛かったときに少しびくりとしていたけれどなんとか暴れることはなかった。それから背中、胸と流してやったけれど結局何が怖いかは分からないままだった。
「身体を洗おうな」
諒のボディタオルに石鹸をつけ泡立てる。ちらりと見るが、これも大丈夫そうだった。また手から順に怯えさせないよう洗ってやる。陰部も洗ってやったけれどまさかと恐れていた反応がないことに深く安心した。
「さぁ綺麗になったよ。怖かったのに頑張ったな。お湯に浸かろうか」
「あ……」
びくりと跳ねた身体。恐怖の正体はこれだった。まさか、と思う。
「……諒くん、怖くないよ。足をそっと入れてごらん」
けれど諒は動かなかった。固まったように止まってしまう。仕方なく急いで自分の身体を清め、先に湯に浸かる。
「気持ちいいよ。おいで、抱っこで入ろう」
手を伸ばすとようやく動いた。足の間に座らせ後ろから抱きしめてやる。
「いいこ。熱くないかな」
「大丈夫」
「そうか」
諒は暴れることも遊ぶこともなく大人しく浸かっている。何かを話すこともしない。緊張しているのだ。
「……諒くんは今いくつかな」
「五歳」
「そうか、五歳か」
諒が施設に預けられた頃だったような気がする。詳しく覚えていないのは諒自身仔細を話さずぼかしていたからだ。
「いつもは何をして遊んでいるのかな。幼稚園?」
「おうち。お絵かきしてる」
「そうか、お絵かきか。いつも何時頃に寝るのかな」
「わかんない」
先ほどまでの様子とやはりトーンが違う。風呂に入ったことで嫌なことを思い出させてしまったのか。少しでも笑ってほしい、と思うのは普段の諒にも思うことだ。
「好きな食べ物は?」
「……」
「アイスは好きかな?」
「アイス?」
「そう。お風呂から出たら一緒に食べようか」
これもやはり諒のものだけれど。後で多めに買い足しておけばいいだろう。
「……怒られるから」
「怒られる?誰に?」
「ママ」
「怒られないよ、大丈夫」
「でも」
「うん」
「家のものは食べちゃいけないの」
「どうして?」
「ママのだから」
「そうか、ママのなのか。じゃあ諒くんはいつも何を食べてるのかな」
「ママが帰ってきたときにパンもらう」
「パンか」
「たまにおにぎり」
「どんな味のやつ?」
「味?」
「何か中に入ってる?」
「パンは食パン。おにぎりは白いの」
一番安いものなのだろうことは容易に察しがついた。
「そうか、白いのか。諒くんはたくさん食べられるのかな」
「一個」
「一個?」
諒は頷く。
「毎日、起きてから寝るまでに三個?」
「一個」
「起きてから寝るまでに一個?」
まさか、と思う。けれど今の諒は嘘を吐かないだろう。
「お腹が空いてしまうんじゃないか」
「けど、おうちのはママのだから」
「ママはいつも家にいるのかな」
「いない」
「どこに行ってるの」
「わかんない」
「家にはどんなものがあるの」
「食べ物。沢山。けどママの」
「そうか。ママのか。諒くんはママの約束を守ってるんだな。偉いな。いいこだ」
「いいこ?」
「いいこだよ」
「でもママは悪い子っていう、いらないって」
「俺は諒くんに会えて嬉しいよ。諒くんはいいこだよ。ずっと一緒にいたいな」
「いらなくない?」
「ずっと一緒だよ」
「しのざきは毎日帰ってくる?」
「ずっと一緒だよ。離れない」
「ほんと?」
「本当」
まさかこれほど酷いとは思っていなかった。諒は本当に普段からいいこだから――いいこでいなければならなかったのか。普段から顔色を窺うのも、言葉を慎重に選ぶのも幼い頃に身につけた生きる術だったのだと気付く。愕然とした。こんなに辛い人生を歩んできたのか。
「諒くん、ママはいないから、ここには俺と諒くんだけだから、お風呂から出てアイスを食べよう」
「アイス」
「そう。冷たくて甘いのだよ」
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