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しおりを挟む仕事を終えて、帰宅してご飯を作って食べて片付けて。それからシャワーを浴びて使ったタオルを洗濯機に入れて回して。そうしていればすぐにもう寝る時間になってしまう。そしてそれを数回繰り返し、あっという間に木曜の夜。
「諒くん」
「……はい」
いつものように篠崎の腕の中。疲れた身体はすでに眠りに落ちそうになっている。
「……すまない、おやすみ」
「や、なんですか」
眠い。けれど気になる。何かあっただろうか。
「明日の夜、早めに帰ってこれるか」
「明日……?何時ですか」
篠崎がそんなことを言うなんて珍しい。急用だろうか。明日が終われば週末で休みなのに。
「定時で帰ってこれるか」
篠崎が言うなら、と頭の中で計算をする。残っている仕事量。明日発生する仕事量。締切。早退するのは厳しそうだけれど、定時で帰れないことはなさそうだった。
「多分、帰ってこれると思いますが……何か用事ですか」
「明日、心霊特集をやるらしい。一緒に観よう」
「……お化け」
「うん、テレビが始まる前にお風呂を終えて、抱っこで観よう」
覚えていてくれたのか。以前話したこと。お化けが苦手だけれど心霊番組を観てみたいと言ったのだ。また浮かぶ子供の頃の記憶。怖くないよと抱きしめてくれる人のいない夜。これ以上考えると夏祭りと同じように卑屈になりそうで、話を変える。
「ん……篠崎仕事は?」
「大丈夫。食事も作っておくよ」
これは篠崎の優しさだ。「今年は抱っこで観ようか」と言ってくれた篠崎。それを覚えていて、叶えてくれようとしている。それに普段篠崎はテレビを観ないからもしかしたら今年の心霊番組を確認してくれていたのかもしれない。
なのに、けれど、と思ってしまう。けれど――忘れられない昔の記憶。満たされなかった過去。それを未だに引きずる子供の時分。
「……仕事が大変なら構わない。帰ってこれたらでいいんだ」
「……わかりました。なるべく調整しますね」
さっき、多分定時で帰れるなんて言ったくせに。
あぁだめだ。抱っこで観ようと言ってもらったのに、「ありがとう」の一言すら出せなかった。なんで自分はこうなのだろう。幸せでたまらないはずなのに、時折ひどく悲しくなる。幸せを感じると不安になることがある。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。気を付けて」
玄関でのお見送りを受ける。額に触れる唇の優しさもいつもと変わらない。それなのに少しだけ気まずく感じてしまうのは自分の心が卑屈になっているからだろうか。
そういえば、と考えながらアクセルを踏み込む。
前に話したとき篠崎は確かにジャパニーズホラーは怖いという言い方をしていた。篠崎も何か観たことがあるのだろうか。テレビから女が出てくる映画はアメリカでも人気があったと聞いたことがあるからそちらを観たのかもしれない。
それで篠崎自身が観たいと思っている――?
いや、それはないだろう。心霊に興味があるタイプではない。今までレンタルショップに一緒に行っても、篠崎がホラーを選んだことは一度だってない。
やはり、安西のためだ。
昼休み、携帯で今夜の心霊番組を検索した。当日なら詳しい情報も載っているだろう、と。
表示されたテレビ局の番組情報を読み込んでいく。どうやら視聴者提供の投稿映像を連続で流すようだ。それから心霊写真も。文章だけですでに怖い。今まで心霊系を回避して生きてきたせいか、免疫がないのかもしれない。
観たい。観てみたい。怖いけれど。でも――
でも、何なのだろう。
観てみたくて、篠崎が抱っこで一緒に観てくれると言っていて、自分は何が引っかかっているのだろう。何が不満なのだろう。
そんなことを考えていても嫌でも時間は過ぎて、定時。
仕事は切りの良いところまで終わった。残業する理由はない。それに篠崎の優しさを踏みにじることもしたくなかった。
テレビが観たくなければ、怖いからやっぱり観られないです、とそう言えばいいのだ。それなら篠崎は決して無理強いしないだろうし、顔を潰すことにもならないだろう。
なのに、それすらしたくないと思う。自分のこの気持ちが何なのか分からない。幸せなのに。そのはずなのに。
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